シュレーディンガーの私
炊飯ジャー
見得るもの
私には未来がみえる、所謂予知能力がある。来週のテストの答案だってわかるし、同じ研究室の山西君が私に明日告白しようとしてるのも知ってる。彼はイケメンだから惜しいけど振るつもり。
この能力のおかげで失敗らしい失敗はあまりしたことがない。「今のままだと」この未来が現実になるというビジョンが映像として頭に浮かぶ、それを回避するだけでいいから。結果がわかっているからするべきことが、してはいけないことがわかる。
「付き合ってください!」
「嬉しいけど、好きな人がいるの」
彼は泣いた。折角の甘いマスクが台無しね、でもそんな弱気な性格が私は好きよ。でも付き合えるわけないじゃない。私と付き合えば、大学を一緒に卒業して社会人三年目で結婚、そしてそのあと交通事故で死んでしまうんだから。今回もそれを回避するの。私も泣いた。
「ごめんなさい、なんでもないの」
帰り道、抑えつけた想いが爆発してまた泣いた。失敗はしてない、でも最悪な結末を迎えないだけで、望んだ未来になるわけではない。それでもこうするしかないの、彼のためだから。
私たちは卒業し、離れ離れになった。連絡を取っていないから今頃どうしているのか知らないけど、誰か他の人との幸せを願うばかりだ。
それはそうと今日は、予期せぬトラブルで残業だった。さっさと帰ろう。ちなみに予知ではこの肩こりは当分治らないらしい、残念だ。
「「「危ない!!!」」」
「!?」
ガッシャーン!!
改装工事中のアパートの足場が降ってきた。間一髪だった。
「なんで…」
「大丈夫ですか!?」
「はい…」
みえなかった。私の予知では何事もなく帰宅するはずだったのに。まだ25だというのに歳のせいか最近予知の精度があまり良くない。元から100%の精度だったわけではないけれど予知の過信は危険だな。
帰宅後お風呂と晩御飯を済ませてテレビをつける。毎日毎日気分が落ち込むニュースばかりだ、今回は大企業で過労死が出たらしい。亡くなったのは、入社三年目のやま…
「…!?」
言葉を失った。
「どうして!どうしてよ!私ちゃんと回避したじゃない!」
涙と怒りが抑えきれない。なぜこんなにも大事な予知が外れるのか、私があの時告白を断ったのは失敗だったの?
「うぅ…あぁぁぁ!!」
山西君は独身だったらしい。きっと他にいい子を見つけて幸せに暮らしてると思ってたのに。彼はどんな気持ちで働いていたんだろう。何がそこまで彼を追い込んだんだろう。私がそばにいて支えてあげていれば、こんなことは起きなかったのかな。こんなことなら、交通事故で彼が死ぬ未来をみても信じずに付き合っていればよかったな。
___________________________________
あの日から未来はみえなくなった。今日は晩御飯で卵を焼いているときに宅配がきて卵を焦がした。2分早く調理を始めていれば避けられた未来だった。
「ごちそうさま」
焦げの苦みがまだ口に残ってる。
シュレーディンガーの私 炊飯ジャー @tora_nov
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