第15章:ライトノベルとAVのタイトルがやたらと長い理由を俺はもう少しで理解できそうなんだ(第3話)

「ボクの任務は『箱』を回収する事」フロルが言った。「『箱』が、何の為に作られたのか、ボクは知らない。君たちも気づいているだろうけれど、技術水準的に、現代…つまり、2020年を遥かに凌駕している。だから、もしかすると、君たちが組み立てた設計図や部品自体が、もっと未来から送られて来た可能性は充分にあるんだけれど、そこまではボクも知らない。君たちがダークウェブで、あのUSBメモリを入手しまった事は計画外ではあったけれど、メンバーにとって都合が良かったんだ」

「『回収』と言ったな」豊橋が訊いた。「目的があった、という事は『箱』がどのような機能を有するのか、お前は知っている筈だ。加えて言えば、現代の技術水準ではない、という言葉も引っかかっている。金山の身に起こった事も考慮すれば、ある程度機能は類推できそうだがな」

 フロルはすぐには肯定しなかった。

「そうだね…一部はそうかも。ボクが聞いているのは、あの『箱』を使えば、時間と空間を捻じ曲げて、つなぎ合わせる事ができる、という事。つまり、小さなワームホール製造機だね」

 豊橋は、フッと笑った。

「そんな代物が3Dプリンタでプリントできるとは驚きだ。想像を絶する巨大電力が必要になる筈だ。それこそ、1955年のドクが1.21ジゴワットという必要電力に驚愕したようにな。確かに、現代技術では到底為し得ない。だが、時空間を捻じ曲げ任意に移動できるとしたら、かろうじて話の論理性は保たれる」

 フロルは頷いた。

「幾つか、想定外の出来事があったんだ。まず、カナヤマと平和島駅で鉢合わせしてしまった事。6分割されているという情報だったのに、7つのコインロッカーが指定されていたから混乱してしまった」

 豊橋が、ククク、と笑った。

「どうやら、うまく欺けていた訳だ」

「6つの部品で箱は完成していたからね。で、カナヤマに見つかってしまったから、やむを得ず箱を使った。まあ、メンバーにとって、丁度いい実験台でもあったしね」

 俺は、舌打ちをした。

「そうか、それで俺は、あの世界にワームホールを通って移動してしまった、って訳だ」俺が言った。「微かだが思い出した。ピエロ野郎だ。ピエロの面を被ったヤツに俺はやられた。フロルよ、つまり、あのピエロ野郎はお前の仲間か?」

 俺の言葉に、フロルは首肯した。

「ピエロフェイスの存在は覚えているんだね。カナヤマを、あのラノベの世界に転生させたのは、そのピエロ野郎さ」フロルは言葉を止めると、伺う様に俺の目を見た。「…つまり、ボクさ」

 なんだと?

「俺は、お前に記憶を消され、あの都合良く取ってつけたような世界に連れ込まれたって訳か」

「もっと言うと、箱の出力の調整の仕方もあの時は解らなかった。だから、ボクも一緒に箱ごとワームホールに吸い込まれてしまった。カナヤマが記憶を失ったのは想定外だったんだ。カナヤマが箱を持っていて、記憶もあれば、すぐに取り戻せると思っていたからね。訊かれると思うから先に言うと、ミクルの妹、という設定も色々苦労して細工した結果だよ」

 俺は、ミクルの表情を伺った。意外と冷静で、無表情だ。何を考えているか解らないが、賢い娘だ、ある程度状況を理解しているだろう。否、時間軸で考えると、フロルとミクルおよびその母親が、姉妹という設定において取引をしていた可能性もあるな。まあ、無駄な詮索はすまい。そして、まさか、俺が記憶を無くしたから始まった大冒険だった、とはな。

「その『ラノベ世界』という言い方は、かなりひっかかるぞ」俺が言った。「確かに、典型的なラノベの世界だと俺も思った。何とかそれぞれの存在や文明の在り方に説明を見出そうとしたが『ラノベの世界に迷い込んだ』と考えなければ腑に落ちない要素は存分にあった」

 フロルは笑った。

「宇宙はひとつじゃない。それに、ボクたちのいる宇宙だけとっても、陽子崩壊を起こしたり、最終的にブラックホールがホーキング放射で消滅する時点まで想定すると、莫大な寿命を持っている。つまり時空間で捉えると、ワームホールの接続先はほぼ無限に存在する。ラノベの様な世界で、しかも日本語が通用する場所に繋がった事が、偶然なのか、それともカナヤマの記憶の一部を削り取ってしまった事と関係しているのかは、ボクには解らない。でも、もしそうだとしたら、つまりカナヤマの精神世界を切り取って具現化した様な世界を箱が意図的に無限宇宙の中から選択して接続したのなら、ミクルが美人で巨乳で女勇者なのは、ミクルの所為じゃない。カナヤマがラノベに対して抱いているイメージの所為なんだよ」

 マジか…。

「俺の厨二病的世界観を軽蔑されるのはゾッとしないが、なんとなく理解できた気はするな。コデックスが繋いだ穴を中心に、ゲームキャラクタが魔物として登場したのも、無理をすれば納得できなくもない」

 思えば、警官ゾンビと同時にエンカウントしたピエロ野郎は、フロルに関する記憶だった、って訳か。

「そうそう、『魔王』の存在だけれど、あれもボクが仕組んだんだ」フロルが言った。「ラノベ世界の中で、カナヤマを見つけた時、箱を持っていなかったから本当に焦ったよ。しかも、ゴブリンが自分達の中央府に持って帰ってしまった。だから、魔王復活の話と、エクスカリバーと穴が存在している話を、噂として流した」

「へっ」俺が言った。「つまり、魔王とは、フロル、お前自身だった、って訳だ。まさか、ラスボスの魔王は男の娘だったとはな」

「金山、お前がそのラノベ世界でどのような冒険譚を繰り広げて来たかは知らんが…」豊橋が腕を組んだまま言った。「パワーワード爆誕としてはエモすぎるシチュエーションだろう。お前の次回作のAVタイトルは図らずも決まってしまったようだな」

 俺たちの言葉に、フロルは嗤った。

「初対面でカナヤマに、ボクが男だと見破られた時は驚いたよ。でも、カナヤマが箱を持っていなかったから。顔を出してカナヤマに近づいて、一緒に箱を見つける冒険をする為には、好都合だと思ったんだ。それに…」フロルは視線を落とした。「どうせ助からないんだから、ボクをAVに使ってくれてもいいよ」

 フロルの言葉に、俺は咳き込んだ。

「お前から提案されると、折角勃起したディックも萎えるってもんだ。その手の話題については黙ってろ。お前には、お前の事情があったんだろうからな」

 俺が言うと、フロルは微笑んだ。コイツも、利用されていただけだと考えると、可哀相なヤツだ。

 俺は、改めてミクルの方を見た。冷静さは失っていない様だった。

「フロルよ、さっき、向こうの世界は俺の精神世界を反映したものかもしれない、と言ったな。じゃあ、ミクルはどうなんだ? 実在するのか? しないのか?」

「安心して」フロルが言った。「実在しているよ。さっき言った通り、無限に存在する宇宙のいずれかの時空間のひとつと繋がっただけだから」

 そうか。安心した。頭の片隅で、いずれミクルが消失してしまうのではないか、という恐怖がよぎったからだ。

「ミクルよ」俺が言った。「フロルに対して君が何を思っているのか、また、君とフロルが、俺の計り知れない取引をしていたのか、については一切訊かない。ただ、ミクルが実在している限り、元の世界に戻る方法は必ず見つけてやる」

 俺の言葉に、ミクルは寂しそうに首を傾いて、微笑んだ。

「残念だけれど、それはほぼ不可能だよ」フロルが言った。「ラノベ世界につながるワームホールは閉じてしまったからね。箱をもう一度動作させたからと言って、同じ場所、同じ時間につながる可能性は限りなく0に近い。ごめんね、ミクル。君をここまで巻き添えにするつもりはなかったんだけれど…」

 ミクルは小さくかぶりを振った。

「その覚悟でここまで来たんだから、大丈夫よ」

 絞り出すような声だった。

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