“希望”

鴨暢(かものいたる)

第1話 第1章 消えゆく者

プロローグ

 ヒュー  ヒュー・・・・・ 雪嵐は止まなかった。

 ヒュー  ヒュー・・・・・ 一年の間に数度しか止むことのない風が凍てついた凍土の上を吹いていた。強風に舞い上げられた雪が、今や誰も訪れることのない記念碑となった鋼鉄製の残骸を打ち続けていた。

 何万年もの間主を失い、打ち捨てられたその骸は半分以上も埋もれてしまっていた。かって”希望”と名付けられたこの星は今、そこで生息し繁栄した者達の痕跡を消し去ろうと躍起になっているかのようだった。

 荒涼とした風景は見る者の心を凍てつかせ、吹き止まない強い風と舞い上がる雪だけがこの星の全てを支配していた。

 ただせさえ痩せ細っていく日の光を遮る雪風は、僅かばかり残っている生ある者達をも消し去ろうとしていた。

 ヒュー  ヒュー・・・・・ 遠い昔にこの”希望”にもここを、第2の故郷としてけなげに生きようとした種族のいたことなど全てを雪風が吹き飛ばそうとしていた。


第1章 消えゆく者

1.トト盆地にて 

「ウララララ ーーー !  」

舞い上がる雪と、遠くで聞こえる微かな風の音が支配していた渓谷に不釣合いな叫び声が響き渡った。それはこの不毛の大地に一時、命の存在を誇示しようとするかの様に雄々しくそして切なく響きわたった。叫び声と共に放たれたブーメランのシュルシュルという風切音は、トト盆地の雪風に負けじと唸りを発しながら、目標に向かって襲いかかって行った。強い風の影響を諸ともせずにブーメランは大きな軌跡を描き、叫び声にうろたえるラビ達の群れの中に吸い込まれて行った。  

「ピイイイ!    」

悲しげな断末魔、それが今まで染み一つなかったトト盆地を血に染める屠殺への合図となった。次々と殺戮者達の放った数本のブーメランが、非力で反撃することなど思いもしない哀れな群れの中に吸い込まれて行った。狩られているのは、ラビという白い豊かな体毛に覆われた体長30㎝程の小動物だった。雪山の中に穴を掘り、集団で暮らしている彼らは時折、この盆地に降りてきて雪の下に僅かに生えている苔をはんでは、巣穴に逃げ込むという生活を送っていた。狩っているもの達はツバ族と呼ばれ、ラビよりも4~5倍は大きな体を持っているほぼ直立歩行のできる種族であった。ただラビと同じ様にその体は白い体毛で覆われている為、遠目には同一種族の大人と子供にも見えた。

今、狩猟者達は自らの武器を投げ終わると、容赦なく逃げ惑うラビ達に襲いかかった。ラビ達はヒトよりも体が小さい分、遥かに機敏ですばしっこかったが、ヒト達はまず彼らが出てきた巣穴を抑える事から始めたので良い様に狩られて行った。5頭程の彼らは予め確認しておいたラビ達の巣穴に殺到した。突然の襲撃にパニックに陥ったラビ達が、自分達の巣穴目指して駈け出した頃にはもう、ヒト達はそこを押え込んでいた。そして2頭がかりで追いつめては、鋭い牙と爪でしとめることを繰り返して行った。ヒト達に取ってはこんなに楽な狩りはない。たた黙っているだけで次から次へと獲物が自分の方からやってくるのだから・・・

結局計7頭の犠牲と引き換えに、残りの物はそのはかない小さな命を取り留めることができた。それは単に狩猟者達が皆殺しを望んでいなかったからに過ぎなかった。ヒト達は適当な頃合を見計らって包囲の輪をといた。その横を雪崩を打って巣穴に潜り込むラビ達・・・

ここトト盆地で何度となく繰り返されてきた光景だったが、それを200m程、離れた風下からじっと見つめているもの達がいた。


「ピイイイーーー!! 」

谷を吹き抜ける風の音しかなかった、トト盆地の静寂をもの悲しい絶叫が切り裂いた。

 ”うまいものだ・・・  ”

ボスは風上の窪みに仲間の2頭と体を潜めながら、密猟者達の仕事ぶりを見てうなった。ツバ族やラビと同じく、毛足の長い白い毛皮に覆われた体に、雪を積もらせながらボスはただ待っていた。ツバ族と比べるとボス達ラルの体は遥かに大きい。その大きな体から発せられる気配を絶ちながら、ボス達は待っていた。

”同じ様にやっても俺達では3頭がいいところだろうな・・・ フフフ・・ まあどの道俺達の胃袋に入るのだから構いはしないが・・・”

眼下に広がるトト盆地の中央では、兎に似た小さいラビと呼ばれている小動物がいいように狩られていた。彼らは狩猟者より遥かにすばっしっこかったが、2頭がかりで追いつめられては撲殺され、鮮血を真白な大地にまき散らしていた。そう、まず狩猟者はラビの巣穴を抑えてから、襲いかかるのだ。これまで幾度となく同じ光景が、ここトト盆地で繰り広げられてきたが、あまり賢いとは言えないラビは、その度に同じ様に狩られ続けていた。まず1頭がラビの巣穴に陣取り、残りの4頭が2組のペアを組んでラビを屠殺していた。1つしかない巣穴に逃げ込もうと必死になって逃げ戻っても、追い払われるか殴り殺されるかのどちらかであった。狩猟者の気分によってこの虐殺はすぐに終わったり、皆殺しに近い状態まで行ったりするのだった。

「ピイイイーーー!! 」

ちょうど7回目の断末魔が悲しげに響きわたった時、リーダーと見られる巣穴に陣取ったツバ族の1頭が、持ち場を離れて盆地の底へと降り始めた。今回は7頭の収穫で満足したのだろう。狩りは終わったのである。何とか命拾いしたラビ達は、我先にと巣穴に潜り込んでいった。

ボスは狩猟者いや、ボス達に取っては密猟者達が、しとめた獲物を1カ所に集めて帰り支度を始めるのをじっと見つめていた。いくら奴らが頑張ったところで結果は同じなんだと・・・実際、ボス達ラルにとってヒトを襲ってラビを横取りした方が、自分達が狩りをするより遥かに容易であった。ラルはヒトほど小回りが利かない。大きな体に大きな力を宿していたが、ヒトの様な器用さには欠けていた。ボスは密猟者達を見やった。いつもよりも幾分少ない5頭だったが、自信に溢れるボスには気にはならなかった。

「返って仕事が楽になるってものだ・・・」

ボスは横に並んで、体を小刻みに震わしている若い2頭の方に目を移した。2頭はその目には知的なきらめきはなかったが、鋭い、そして食い入る様な眼差しでボスを迎えた。合図さえすればすぐにでも突進しかねないだろう。彼らはその体を小刻みに揺らしてはいたが、それは寒さのせいではなく溢れてくる闘争本能を、押さえつけようと必死になっているからだった。ボスはもう一度盆地の底の方を見やると今この時が、2頭を呪縛から解放してやる瞬間だと判断し全身の気を集中した。ボスの白い巨体に力が漲り、風に吹き上げられたかの様に跳ね上がるや、地響きを上げながら哀れな5頭めがけて突き進んで行った。ボスの描いた1本の雪煙はすぐさま3本に増え、トト盆地を揺るがしながらまっすぐ侵入者へと突き進んで行った。若い2頭も弾かれた様にボスの後に続く。トト盆地のなだらかな傾斜が、気持ちがいいほどスピードを出させた。頬を風が切る。ボスは殺りくの喜びに打ち振るえていた。ヒト達はようやく迫りくる敵に気付いた様だった。

”今度はおまえらが狩られる番だ!!!・・・”

いつものように慌てふためき、今狩ったばかりの獲物内の僅かばかりを担いで逃げ出し始めた。

”それすらも決して持ち帰えらせはしない・・・ 腹をすかしてうろつき回るのは俺達じゃない!  おまえらだ!!!”

脚力が違う。ラルはラビ程の足は持ってはいないが、走ることに関しては若干ツバ族より長けていた。まして獲物を担いだままで自分達から逃げおおせるはずはなかった。いずれ追いつくことができるだろう。勝負は初めから着いているのだ。この光景もこれからは幾度となくここトト盆地で繰り広げられていくだろう。ボスはこの一瞬が一番好きだった。ヒトが自分達を見て一目散に逃げ出す。これこそ長年のラル達の悲願だったのだ。代々のリーダー達の出来なかった事を自分が行っている。その満足感にボスは酔いしれることが出来た。

突進を続けるボスは、ヒト達が今しがたまで獲物を並べていたところまで来たが、彼らが残して行ったラビの死骸などには目もくれずに後を追った。そんな物は2次的なものに過ぎない。問題は奴らに1匹のラビも渡さずに追い返して、ここトト盆地がもう俺達ラルの物になったことを思い知らせることと、自分達の殺戮の火を爆発することであった。どうやらトト盆地の入口付近で追いつけそうな感じだった。

「ウオオオオオオオオオ・・・・・・!  」

後ろから着いてきている弟のボーが雄たけびを挙げる。ボスは勝利を確信し、1番後ろを走っているヒトに今まさに必殺の一激を加えようとした。しかし、まさにその時に信じられないことが起こった。微かな風切り音がボスの耳に入ったかと思うと肩口に激痛が走った。余りに意外なことだったので、ボスは横ざまにモンドリ打って倒れ込んだ。混乱したボスの耳に、その風切り音が四方八方から幾つも飛び込んで来た。

「ドカッツ!!!  」

更に倒れ込んで無防備にさらけ出してしまった脇腹に2カ所同じように傷みが走る。

「ギャオオオオオーーーーー!!!!」

ボスはそれまで味わったことのない激痛に身をよじりのたうった。それが傷をまた大きくさせ、刺さったブーメラン状の物を付け根から折ってしまった。トト盆地の白い大地に、無数の赤い染みが飛び散った。信じられない事だった。何とボス達は狩られていた。転げ回りながらボスは若い2頭を目で捜した。やはり同じように鮮血をまき散らしながら狂ったように転げ回っている。もはや”希望”の新しい覇者となったはずのラルが昔のように血を流し、泣き叫んでいるのだ。パニックに陥りそうになるのを懸命に堪え、ボスは現状を把握しようと痛みに堪え、敵を捜した。ボスの目にチラと迫りくるヒト達の姿が写った。全部で10頭はいるだろうか?ボスは風切り音が止んだ事を確認してから、荒い息を抑え腹這になり凝視した。最初に逃げだしていたはずの5頭が、手に棒のような物を振りかざしながら引き返し、突き進んでくる。それだけではない。左右の山肌からそれぞれ2~3頭が今、正に襲いかからんとしている所だった。

”奴らがあの風切り音を発するものを投げたのか!!?・・・”

彼らは盆地を囲む山の斜面を吹き上がる風に自分達の臭いを消させ、じっと潜んでいたの違いなかった。そしてボス達がいい気になって突き進んで来るのを待ちかまえていたのだろう。

”罠だ!!!”

ボスは初めて死の恐怖を感じた。”このままでは殺られる”と・・・ボヤボヤしてはいられなかった。すぐさま反撃に移らねば皆殺しは避けられないだろう。

「バオオオオオオーーーー !」

倒れのたうっている2頭には構わず、ボスは傷ついた体を起こすや、まず正面の5頭に向かって突進した。怒りで全身の毛を逆立て、鮮血に染まったボスと、ツバ族5頭の起こした雪煙の線が激突した。ボスは力任せの最初の激突で、まず先頭の2頭を吹っとばした。体重の軽いヒト2頭は激突の瞬間、全身の骨を砕かれ宙に舞ったが、ボスも代わりに額を大きく割ってしまった。生暖かいものが額からボスの口へと流れてきた。右肩に鈍い痛みが走る。続いて何かが背中にのし掛かるのを感じた。反転して右の奴を突き飛ばす。ボスの牙に腹を貫かれたそいつは、ボスの口の両脇に生えている牙にぶら下がる格好で泣き叫んでいた。ボスは思いきり放り上げて、

落ちてきた所を渾身の力を込めて踏みつぶしてやると、そいつはやっと静かになった。背中に飛び乗ってきた奴が、釈迦力になって、ボスの開いた額目がけて棍棒のような物を振り下ろし続けている。血がボスの顔と言わずあたりに飛び散り、真っ白な体毛を赤く染めた。ボスはそいつには構わずに次の獲物を捜した。そんな余裕はなかったのだ。哀れな1頭はすぐに見つかった。まだ子供の様なそいつは棍棒を握りしめながら震えていた。ボスは迷わずに突進しそいつを蹴り飛ばした。

「ギャオオオオオーーーーー・・・・・」

踏みつぶしたヒトの断末魔に混ざって、ボスの胸を引き裂くような悲鳴が聴こえてきた。後ろを振り返ったボスの目に、決して起こるはずのない光景が飛び込んで来た。200m程先の所に雪煙がたち昇り、回りに赤い染みが飛び散っていた。そこには左右から棍棒で殴られ、言い様になぶられている若いラル2頭の姿があった。ボスがリーダーになってから生まれた若い2頭は、今まで襲われることなど経験したことがなかった。最初の不意打ちに我を忘れてしまったのだろうか?・・・2頭は満足に反撃もできないまま、泣き叫びのた打ち回っていた。

”おのれ!!!・・・・・”

ボスは背中で、これでもかこれでもかと額に棍棒を振り下ろし続ける奴を乗せたまま2頭の救出に駆けだした。

”ゆるさん! ここトト盆地は俺が  ・・・この俺がやっとの事で手にした大地だ!!もう俺達が狩られることなどあってはならない安住の土地になったはずなんだ!!!!! ” 

全身に怒りを漲らせてボスは一気に雪煙の中に突っ込んだ。ボスの弟であるボーが、後ろからそして右から2匹のヒトにめった打ちにされていた。ボスは勢いを落とさずに、まずボーの後ろ足をもう二度と彼が立ち上がれないほど殴り続けている奴を串刺しにしてやった。右から倒れ込んでいるボーの喉笛にかじり付いている奴を踏みつぶす。ボーの喉からは止めどもなく鮮血が流れ出ていた。虚ろな目がボスを捕らえたが、もう彼の生命の炎が燃えつきようとしているのは明かであった。

「ギャオオオオオオーーーーーー!!   」

ボスに気付いた2頭のヒトが、雄叫びを上げながら向かって来るところだった。ボスは背中に1頭のヒトを乗せたまま突進し、体当りを食らわせた。向かってきた2頭と、背中にしがみついたいた奴も、激突の拍子に一緒に山肌の方まで吹っとばされた。そこへ突き進み、踏みつぶし、念入りに突き刺してやった。

”次はどいつだ!!!  ”

額を大きく割り、全身を血に染め、仁王立ちしたボスは次の獲物を捜していた。弱虫ジーの、もう動かない屍の上に立つ2頭がこちらを見つめていた。1頭はおびえた目で、そしてもう1頭は射る様な鋭い目で・・・ボスはその不敵な1頭と暫くにらみ合っていた。

”こいつか!  こいつが・・・・ "

かつてのトト盆地の支配者、ツバ族の新たなリーダーとなるハアシュであった。ツバ族は以前は幾つかあった部族の中で最古・最大のそして最後の部族であった。ラビは言うに及ばずラルを狩り、ここ”希望”に君臨していたツバ族の誇り高き種族であった。この狩りが終れば、彼はボスに再起不能にされた彼の父から族長の座を引き継ぐはずだ。ボスの鋭い眼光にもハアシュは怯む事なく、敵意のこもった目でにらみ返していた。ボスはハアシュを、そしてハアシュもボスを互いに理解した。昇りゆく種族ラルの老リーダーと、沈みゆくツバ族の若いリーダーは、これがここ”希望”の覇権を賭けた最終の戦いであることを知った。ボスをにらみ衝けている、ツバ族最後の勇者ハアシュは、最後の賭けに破れたことを知った。必殺を期した奇襲も、ボス1頭に撃ち破られ、もはや自分を含め2頭しか残ってはいない。ボスというヒトを恐れず立ち向かうような天才さえ現れなければ、ツバ族はハアシュの元でトト盆地を失うことはなかったろう。ボスもまた、ハアシュと言う勇者さえ現れなければ、これほどの傷を負うことなく、トト盆地を容易にラルのものとすることが出来たに違いなかった。ボスは初めて出会った強敵を見上げ、ハアシュはそれを見おろしていた。

「ヒーーー・・・  」

ハアシュに並んでいたもう1頭は、その緊張に耐えられなくなったのか、握りしめていた棍棒を捨て盆地の奥へと逃げだした。ハアシュは気にするでもなく、それが合図になったかのように、フイと骸から降りると棍棒を構えもせず、まっすぐにボスめがけて突っ込んで来た。それは余りに唐突に、そして闘志を感じさせない突進であった。怒りに燃え狂っていたボスではあったが、その異様な雰囲気に飲まれてしまい、身構えたまま身動き一つ出来なかった。まるで勝ち目のない、そして無防備に迫って来るその姿に、ボスは恐怖を感じた。その気になったラル相手に何の罠も仕掛けず、1対1で勝負を挑むことなど自殺行為以外の何物でもなかった。ハアシュがもう目前にまで迫ってきた時、ボスの中で何かが弾けた。無意識のままボスの体も、ハアシュめがけて掛けだしていた。

「バオオオオオオオオーーーーー!!!!!」

「オオオオオオオオオーーーーー!!!!!」

雄たけびを上げながら突き進む2つの体は、鈍い音を立てて正面から激突した。こん身の力を込めたボスの体当りに、ハアシュの小さい体は、ボロ切れの様に、元居た辺りまで吹っ飛ばされてしまった。全身を襲った恐怖の割りに、余りにあっけない勝利にボスはその場にぼう然と立ち尽くしていた。ボスのパックリと開いた額に、間違いのない感触として相手に致命傷を与えた、手ごたえがあった。しかし、立ち尽くすボスの目に信じられない光景が飛び込んで来た。致命的なダメージを与えたはずの、その小さな体が起き上がり、再度なんでもなかったかの様に、ボスめがけて突進を始めたのだった。無傷のはずはなかった。実際ハアシュは棍棒を吹き飛ばされ更に右足を引きずつていた。しかし、目に冷たい光をたぎらせ、まっすぐに向かって来るその姿にボスは抑えきれない苛立ちと恐怖を感じた。ボスは今度こそと狙いを定め、血に染まった鋭い牙で一気に刺し貫いて、決着を着けようと駈け出した。

「バオオオーーーーー!!  」

「グサッツ!! 」ハアシュの体が、ボスの視界を遮るように覆いかぶさった。ボスは牙に、ハアシュの生暖かい血が伝われるのを感じた。今度こそ勝利を確信したボスは、牙にハアシュをぶら下げたまま、暫く走り続け、そのまま山肌で押しつぶしてやろうと思った。しかし、暴れ回るハアシュの意図には気付かなかった。ボスが気付いたのは右目に激痛が走ってからであった。そう、ハアシュはボスの目を狙っていたのだった。自ら牙めがけて突き進み、その身をボスの頭に固定した後、最後の力を振り絞って手をボスの目に突き刺したのだ。

「ガアアアアアアーーーーー!!!!  」

悲鳴を上げながら、ボスはもんどり打って転げ回った。その拍子にハアシュは、手にボスの右目を掴んだまま弾き飛ばされた。激痛に泣き叫びながらも、ボスは残った左目でハアシュを見つけると、その大きな足で力任せに彼を踏みつけた。ハアシュは口から血を溢れさせ、片手にボスの右目を握りしめながらも、残った手はまだボスの左目をももぎ取ろうと、空しく空をさまよっていた。ハアシュの目にはボスの再度振り下ろしてきた足は映っていただろうか?

”グチャッツ!!! ”鈍い音と共に辺りに赤い液体が飛び散り、ツバ族最後の勇者ハアシュの戦いは終わりを告げた。ボスはハアシュの動きが止まるまでそのままにしていた。

どの位の時が経ったろうか? ハアシュの体から伝わって来る熱が、なくなってしまってから、やっとボスは足を上げた。そこにはもう2度と動くことはない破壊しつくされた肉塊があった。そして余りに激しかった戦いに勝利したことを実感した。トト盆地に又風が吹き荒れ出していた。すぐにもこの戦いの痕跡など覆い尽くしてしまうだろう。 

”今度こそ、トト盆地は俺のものになったんだ・・・  ”

立ち尽くすボスの体にも雪が降り積もり始めていた。

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