第18話 それぞれの正体

誠が目を覚ますと、すぐ隣に素肌を露わにしたリゼットがこちらを見下ろしながら、足を組んで堂々と座って居た。


「え?????」


誠の思考は、驚きのあまりフリーズしていた。


「温かくて気持ちいいでしょ?治癒力が高まるから、もう少しの間、そのまま力を抜いて浸かってなさい。」


リゼットは、誠の顔を見ながらニッコリと笑う。


「お!ご主人様が目覚めたのじゃー!!」


少し遠くの方から、ニアの声がしたかと思うと、バシャバシャと水を叩く音が近づいて来る。


「ちょっと、ニア!浴槽が広いからって泳がないでよ!髪が濡れるでしょ!!」


水を叩く音に続いて、リーナの声も聞こえた。


「別にどうせ後から洗うから良いではないか〜、お風呂は満喫しなきゃ損じゃぞ?」


ニアが相変わらずの調子でリーナの声に答えていた。


(お風呂???ということは、お風呂場かここは……って、お風呂場!?いつの間に俺、ここに来たんだ??)


誠は、意識が次第にハッキリとしてくると同時にいまの状況に頭が混乱する。

しかし、彼は何かを悟ったように冷静に振る舞った。


「リゼット…とりあえず、前をタオルで隠してくれ。」


「あら、何で?私の体じゃ、ご不満かしら?」


リゼットは、堂々と浴槽に腰掛けて浸かり、足を組んだまま悪戯に聞き返した。


「いや、むしろ刺激が……強すぎ…る…」


誠は体を反転させ、まるで転覆したボートかのように、ブクブクと顔をお湯に沈めて言う。


「え?ちょっと、何やってんのよ。寝起きにそんなことしたら死ぬわよ?」


リゼットが水面に浮かぶ誠の首根っこを掴み、猫のように持ち上げる。

ザバーッという音と共に、誠の頭が水面から引き上げられた。


「なっ!?」


誠はリゼットと対面する形で頭を引き上げられたため、目の前にはリゼットの顔と大きな谷間がある。

水面に浮かんでいる時は気づかなかったが、湯は乳白色に濁っていて、湯で谷間の両端にある頂はちょうど水面下に隠れていた。それが彼にとってせめてもの救いだった。


「あ…ちょっと近い。もう大丈夫…大丈夫だから、下ろしてくれ。」


誠は慌ててリゼットから目を逸らす。


「無茶しないでよ?あなたに死なれたら困るわ。それに、あと2人も居るんだから慣れなさいな。」


リゼットは、誠を掴んだ腕をそのまま自分の横へやり、膝が底へついたことを確認するとそっと手を離した。


誠は四つん這いの姿勢から、あぐらをかいて座り直す。直後、誠のすぐ近くからタオルがプカ〜ッと水面に浮かんできた。

誠は、初めはどこから流れてきたのだろうかと思っていたが、自身の腰にいままであった布を巻いている感覚がないことに気づいた。


「……あ!」


気づくや否や、バチャバチャと音を立てながらそれを急いで回収し腰に巻き直す。


「まったく…忙しい人ね、フフッ。」


リゼットは、全く何も気にしていない様子でその行動を見て笑っていた。

するとそこへ、ニアが乱入して来た。


「ごっ主人様〜♪」


「こら、抱きつこうとしない。」


誠へすり寄って来るニアを、リゼットが組んでいた長い足を伸ばして静止する。


「め…目が覚めたみたいですね、誠…」


首までしっかりと湯に浸かった状態で、リーナが恥ずかしそうにしながら、誠の左側へ来た。


「あぁ、まぁな。それにしても目のやり場に困るな…」


誠が周囲を見渡すと、右隣にリゼット、斜め前にリゼットの足で静止されジタバタするニア、左隣にはリーナが居る。


「気にしないでいいわよ。連れて来たのは私達だし、全員合意の上だから、気にせずゆっくりするといいわ。」


リゼットは、相変わらず前を隠すこともせず、堂々と足を組んだまま飄々と言う。


「気にせずにと言われてもな……美女に囲まれて、俺はいったいいつから金持ちバチェラーの主役になったのやら…」


「バチェラー??」


リーナが興味深そうに聞き返した。


「あ、いや、なんでもない。それより、誰かタオルを1枚とって来てくれないか?」


「タオル??タオルならここにあるぞ?ほら。」


ニアがリゼットの足に掴まったまま、ポイっと誠の前へタオルを投げた。


「ありがとう。これを目隠しに顔に巻けば少しは気が落ち着く…」


「へ??顔に巻くのはちょっと…」


ニアが何やら慌てて言った。

誠は、そんな様子に気付くことなく、お構いなしにそのタオルを顔に巻き、両眼を覆うようにして目隠しにした。


「ん?なんか甘い花のようないい匂いがする。湯の匂いじゃないな…洗剤の香りかな?まぁいいか。」


ニアは無言で目を逸らしている。

しかし、内心はハラハラとしていた。


(まずい…いまさらわらわが体に巻いていたタオルとは言えぬな。まぁ、気づいていないなら、そのままで良いか。言えばまたあの蛇に睨まれるわい…)


「洗剤?この世界の洗剤は無臭の物しかないわよ??花の香りなんてしないわ。」


リゼットが平然と答えた。

ニアはギクッとした様子でいる。


(勘の鋭い蛇めー!いかぬ!そこを追求してはならぬ!!)


「え、そうなのか?じゃあ、これは何の匂いだ??」


「ちょっとこちらへ来なさい。」


リゼットが顔を近づけて、誠が顔に巻いているタオルのニオイを嗅いだ。


「特に何も感じないわよ?」


「え?するよ??それに、いまさっきより強い甘い香りがしたんだけど…何だこれ?頭が物凄くクラクラする…なんだか頭が真っ白になるような、酔っているような感覚…このニオイ、危ない薬品の類いか?」


「なっ……もっと嗅がせてあげましょうか?」


リゼットがイラついたような口調に変わり、誠へ肩を回したかと思うとそのまま右手で後頭部を掴み、ヘッドロックの要領で自身の首元へ誠の顔を近づけ固定する。


「え!?あ…ちょ、ダメ…このニオイ、酔う。」


視界を自らタオルで閉ざしてしまった誠は自分の状況が掴めず、ただただリゼットが放つ甘いニオイに酔いしれそうになっていた。

そして、もう1つ。本能の高まりを感じていた。


「ちょっと、リゼット!何やってるんですかー!!」


驚きと怒りが混じった声色で、リーナが止めに入る。


「何って……女の怖さを教えてる。」


「えー…」


リーナは、ポカーンっと呆気に取られた。


「と、とりあえず、離れて下さい。誠が酔って死にかけてます!」


ギューっと誠の左腕を掴んで引っ張り、リゼットの捕縛から誠を救出する。

一方の誠は、恍惚とした表情で魂の抜けたような状態だった。


「あら、止めて良かったの?もう少しで彼の本能が目覚めて、男になるとこ見れたのに〜。」


リゼットが少し残念そうにしながら言う。


「あなたの言ってる意味が分かりかねます。」


リーナは誠を抱きかかえながら、ハッキリと言った。


「誠が感じていたニオイの正体…あれが何かわかる?」


「それは…ただのニオイでしょ?」


「ただの…ね。違うわ。ニオイ…それは生物にとって重要な意味を持つものよ。あれはね、おそらくフェロモンよ。ここにいる全員、誠以外は異性の個体だし、他種族でもあるしね。」


「フェロモン??」


リーナが聞き返した。


「まぁ、いわゆる……性の誘発剤。」


「な!??」


「はぁ!?」


リーナが顔を真っ赤にして誠の方を見る。

誠も意識を取り戻してきており、それを聞いて思わず「はぁ!?」と声を上げていた。

リーナは、誠の意識が正常に戻ったことに気づき、さっと誠を放して離れる。


「冗談じゃなくて本当よ。同性の個体には感じない、あるいは不快に感じる臭いなんだけど、異性の個体には、いい匂いと感じるニオイ…だいたい、妊娠可能な発情期に強くなるわ。」


誠が無言でリゼットとニアの声がしていた方へ顔を向ける。

リゼットは相変わらず堂々としていた。


「何よ?ちょっとムカついたから男にして、からかってあげようと思っただけよ。ま、暴走して襲ってきても私なら相手できるしね。」


ニアは誠がこちらを向いていることに気付くと、顔を紅く染め始める。


「べ、別にわらわは誘ってないわい…お主がタオルが欲しいと言ったから、あげただけじゃ。」


ニアはそう言いながら顔を逸らし始める。


「そうか…もういい。それより、他種族って言ったけど、ここにいる全員、同じ人間じゃないのか?外観は全員一緒だけど…」


「いえ、実は…みんな違います。」


これには、リーナが答えた。


「誠は別の世界の人間。私はこの世界の人間で、ニアは魔族の魔女、リゼットは竜族と人間の混血である竜人と言った感じです。」


「情報量が多いな…リーナは俺と同じ種族は人間か。」


「はい。誠と私はあまり大差はないかと思います。」


「なるほど…で、ニアが美魔女だったか?」


「ほぅ、なかなか嬉しいことを言ってくれるな、ご主人様。」


ニアが嬉しそうにニコニコしながら言った。

しかし、リゼットはそれを否定する。


「違うわよ、正真正銘の魔女。20代ぐらいの幼い見た目してるけど、実年齢は現在300歳のオババよ。」


「ババア扱いするなと言っておるじゃろうが、リゼットー!!」


相変わらず、リゼットの言葉に噛み付くニア。

リゼットの足に掴まったまま、ジタバタと暴れ始める。


「あぁもう、うるさい!暴れるなら、ひとりであっちに行ってなさい。」


リゼットは、自身の片足に掴まりジタバタとするニアを、宙を蹴る動作で軽々と遠くへ放り投げた。

宙を舞うニアは、5mほど先の浴槽内へバッシャーンと顔面から水面に着水した。

その後、チーンっと言った様子で仰向けで水面に浮かんできた。どうやら気絶しているようだ。


「うわぁ…」


リーナは、いまの出来事にドン引きしていた。

誠は視界はタオルで塞いでいるため見ていなかったが、音を聞いてだいたいの状況を把握していた。


(ニアって2つの意味で魔女だったんだ…にしても、結構派手な水飛沫の音したぞ。)


「すごい音したけど、ニアは大丈夫か?」


「大丈夫よ。300年生きながらえてるだけあって、意外とタフだから。」


そう言いながら、リゼットは足を組み直す。


「それで、リゼットは竜人だったか?」


「えぇ、そうよ。竜と人の混血…だから、私は両方の特徴を引き継いでるの。まさか、王女様に正体を見破られるとは思わなかったけどね。」


リゼットは、チラッとリーナの方を見る。


「あなたの背中の傷、その皮膚の下にある黒い鱗のようなものに見覚えがあったんです。私は数年前、いつものように1人で城を抜け出して森を探索していた時、左目と全身に多数の傷を負った小さな黒色のドラゴンを保護したことがあったので…」


それを聞いたリゼットの表情が一瞬変わる。


「あなたのことだったんだ…」


小さな声で、リゼットがボソッと呟いた。


「え?」


リーナが聞き返す。

しかし、リゼットははぐらかすように言った。


「いえ、なんでもないわ。私は外見は人間だけど、中身はドラゴンと一緒…おかげで、皮下組織は鱗で守られていて頑丈、その上、筋肉もドラゴンと同じ。だから、他の人間や魔族に比べて剛力かつ俊敏に動けるってわけ。心臓も2つあるらしいわ。」


「心臓が2つ!?もし敵から片方の心臓を刺されても、生きていけそうだな…」


誠は驚いたように言った。


「あはは、おもしろいことを言うのね。そもそも刺されないようにしてるに決まってるでしょ。こう見えて私強いのよ?」


「石壁を拳でカチ割ったところを見てるからわかってるさ。」


「それは、単なる私の身体能力よ。スキルはまだ使ってないわ。そういえば、まだあなたには見せてなかったわね。」


「どんなスキルを持っているんだ?」


親密そうに2人だけで会話する様子に、リーナは湯に口まで浸かり不満げにブクブクと音を立てていた。


「そうね〜…こんなスキルとか?」


リゼットは突然、誠の顎に手を添えて目隠しに巻いていたタオルを剥ぎ取り、誠の目を見つめたまま自身の顔を近づけた。

その目の色は変わっていた。


「!」


リーナはその変化にいち早く気付き、誠の目を手で覆い隠し、そのまま自身の方を向かせ胸に抱え込む。


「いきなりどういうつもりですか!?リゼット!!」


「あら、素早い反応ね。私のスキルの一部をほんのちょっと見せただけよ?」


リゼットは、悪びれた様子もなく飄々としている。


「ほんのちょっとって…誠に【洗脳】をかけていったいどうするつもりですか!最低なことですよ!?」


リーナが怒りの混ざった声で噛み付くように言う。

それに対してリゼットは感心したように、言葉を返した。


「あら、よくスキル名までわかったわね。」


「伊達に王女してませんから。危険なスキルについては一応、対処まで学んでます。でも…確かこのスキルはとてもレアで、持っているのは過激派で危険視されていた1人の中年男性だけだったはずです。なぜあなたがそのスキルを使えるんですか?」


「あぁ、安心して。その中年の男はもうとっくに死んでるわ。それに、やっぱり誠には効かなかったわ。これこそ、レアリティの格の違いってやつかしらね?」


「え???」


リーナがキョトンとした表情になり、目下に視線をやる。


「リーナ…俺、普通に意識あるからちょっと放して?すごく柔らかいものが当たってるから。」


「な……誠のエッチー!!」


リーナは直後、顔を真っ赤にしたかと思うと、誠を解放すると同時に強烈なビンタをお見舞いする。


「おわっ…」


バチーン!!!という鈍い破裂音のような轟音が大浴場にこだました。


強烈なビンタの勢いで首を捻り、誠が脳震盪を起こしてブラックアウトしたのは言うまでもない。


リーナは、そのまま後ろをフンッと向いて首元まで湯に浸かっていた。

プンプンと怒っている様子が見て取れる。


失神しブクブクと溺れかけている誠を、リゼットはまた首根っこを片手で掴みながら、溺れないように水面から引き上げた。


「最低なのはどっちよ、王女様…まったくまだまだ子供ね。あんなやつのどこがいいの?誠…」


リゼットは失神した誠を腕に抱きかかえながら語りかけた。

リゼットは、気づいていた。

彼はただ洗脳にかからなかったのではなく、自ら選択し、弾いてきたのだと。


リゼットはあの時、【私と共に来い】とメッセージ(命令)を誠の脳に直接送りつけた。通常であれば、このメッセージは一方通行で、相手は必ず指示された言葉に従うはずだった。

しかし、彼は【君とは行けない】と異例なことに返事を送り返してきたのだ。


「そこまであの子に拘るとは、絆ってやつかしらね…ちょっと妬いちゃうわ。」


リゼットは、誠を腕に抱えながらひとり呟いた。


こうして夜は更けて行くのだった。

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