第14話 後悔(リーナサイド)
一方、その頃…
リーナは、スキルを使い透明のまま茂みの中でオーク軍の基地を監視を続け、辺りが暗くなるのを待っていた。
(やっと真っ暗になった。そろそろ動き出さないとね。)
基地内は、夜になったからか警備以外の者は、皆テント内へ入りゆっくり休んでいるようだ。すっかり静まり返っている。
彼女は茂みの中から、ゆっくりとでて出入り口の門にに近づく。彼女の手には小石が3つ握られていた。
小石が宙に浮いている姿を見られては気付かれてしまうため、小石にも【透過】スキルを使い透明にした。
相変わらず門番が松明を片手に持って警戒している。
リーナは、門から3mほど離れた場所で立ち止まる。
そして、門の1.5mほど右側へ離れた丸太の壁に向かって小石を投げつける。
カツンッという鈍い音がする。
すると、右にいた門番がその音に気づいた。
右門番「おい、いま何かをぶつけるような音がしなかったか?」
左門番「えぇ?そんな音なんかしたか?」
(音に食いついた!)
続けざまに、同じ場所へ再度小石を投げつける。
再びカツンッという音がした。
右門番「ほら、また同じ音がした!いったい何の音だ??ちょっと行って見てくる。」
左門番「あぁ、行ってこい。ふぁー。」
左の門番は疲れからかあくびをしていた。
右側にいた門番のオークは、先程、彼女が石を投げて音を立てた方向へと進んでいく。
リーナは、確認へ向かった門番が向かう先にある、少し草が生い茂った場所へとめがけて小石を投げ込んだ。
ガサガサッと草の茂みが音を立てて揺れる。
右門番「ん???こっちに何かいるのか?」
そのまま音につられてその茂みの辺りを調べ始めた。
(いまのうちだ。)
リーナは、左側の門番に察知されないように門の右側スレスレを足音に気を付けて通る。
幸い、何事もなく通過できた。
(やった!侵入成功だ!)
だが、これは潜入の第一歩に過ぎない。
ここから先、警備で巡回しているオークもいるだろう。敵陣を脱出するまで、胸を撫で下ろす暇などないのだ。
(先ずは中心にあるテントからだわ。他のテントより大きいし、基地の中心にあるってことは、きっと重要な場所に違いない…)
リーナは、巡回中の敵に角でばったり遭遇することを防ぐため、通り道の真ん中を足音を殺しながら慎重に歩く。
歩いていると、道の両脇にある明かりが灯された小さなテントから、さまざまなオーク達の声が聞こえてきた。
賑やかに笑う者、しんみりと泣く者、実にさまざまだ。
(どんな話をしてるんだろう…)
リーナは、テントから聞こえてくる周囲の声に耳を傾けてみることにした。
まずは、賑やかな声がするテントに近づき、その場にしゃがんで聞き耳を立てる。
オークA「ほら、祝いだ!祝いだ!どんどん飲めー!!」
オークB「もうお酒を飲み過ぎだよ、父さん。」
オークA「お前がとうとう20歳になったんだ!20歳だぞ?実の息子が大人の仲間入りを果たしたというのに、これを父親として祝わずにいられるか!」
オークB「僕が恥ずかしいから、ほんとに辞めて?」
オークC「まぁ、いいじゃないか。それより、おめでとう!君の大人への仲間入り、歓迎するよ。」
オークB「ありがとうございます。」
オークC「俺も早く帰って妻と娘に会いたいな…」
オークB「きっと、もうすぐ会えますよ。」
オークC「あぁ、そうだな。こんな戦争なんか、早く終わらせて帰ろう。」
(父と息子…いい家族だな。私の父上も私が20歳になったらあんな風に喜んでくれるのかな…?
それに、妻と娘か…ということは、やっぱりここにいるのは全て男のオークってわけか。)
リーナは、これ以上の収穫はないと判断し、賑やかな声のするテントを静かに離れた。
反対側にあるテントからは、悲しげな声がする。
そのテントの近くへ行き、しゃがんで身を潜めて耳を澄ませる。
オークA「ジルダのやつ、残念だったな…」
オークB「あぁ…見つけた時には既に冷たくなっていた。いいやつだったのに…あいつ。
最近、食糧の配給が少ないから、何か食べれる物がないか外の森へ探しに行って来るって朝から言ってたんだ。それがあいつから聞いた最期の言葉だった。あの時、留めていれば良かった…」
オークA「自分をそう責めるなよ。いまは戦争中だから、仕方がなかったんだ…」
オークB「お前、あいつの亡骸を見たか?人間が使う剣がよ、胸に突き刺したまま、あいつの身体に突き立てられてたんだ。それに、右腕を切り取られて持ち去られていた。」
オークA「残酷だな…でも、なぜ切り取って持ち去ったんだろうな?」
オークB「俺達を殺した証明か、何かの素材として使うんだろうさ。あいつらは何でも加工したがるからな。だから、あれは間違いなく人間の仕業だ。俺達がやったんだ、お前らもすぐこうなるぞって、見せしめに剣を突き刺したままあいつを…人間め、絶対に許さない。」
オークA「俺達も人間には気をつけないとな。その怒りは次の戦に取っておけ。」
オークB「あぁ、人間なんか蹴散らしてやる!!」
リーナは、複雑な気持ちになった。
過去の自分と重なる点があったからだ。
(可哀想…まるで過去の私みたい。でも、これが戦争。相手をやらなければ、自分がやられる。だから、お互いに殺し合い、弱い方が死ぬ。どちらも悪いわけじゃない。悪いのは戦争という名の殺し合いを強いるこの状況。早く終わらせなきゃ…)
ふと、ここでリーナの中に疑問が浮かぶ。
(でも、この戦争を終わらせるってことは…ここにいるオーク達も含めて、種族を全滅させるってことになるのかな?全滅とは行かずとも、前に聞いた父上の話では戦争で負けた方は一生奴隷になっちゃうんだっけ?なんか…どっちも嫌だな。殺すのも、奴隷にするのも…)
リーナには、王女であるがゆえに戦争に参加し他者を殺したことも、自分の下に奴隷を取ったこともなかった。
(そもそもなんで格差なんてものがあるんだろう…同じ1つの命に上も下もないだろうに。)
リーナはしばらくその場で考えていたが、答えなどでない。
誠は戦争を終わらせると言っていた。彼ならいったいどうするだろうか?
彼女はそんなことを考えながら、先に進むことにした。
周囲を警戒しながら、大きなテントを目指して先へと進む。
途中、巡回中のオークとすれ違ったが、しばらくその場にしゃがみ、音を立てないよう気配を消して留まることで事なきを得た。
彼女が持つ【透過】のスキルは、こういう時には非常に便利である。
その後、難なく目的のテントへと来れた。
大きなテントの中に入る前に、念のため、このテントの周囲を先に確認する。
すると、遠くから見ていた時には1つの大きなテントが立っているだけに見えたが、近くに来て見てみると後ろに中サイズのテントが2つあった。
何故かその2つのテントの入口だけ、門番のように見張りが立っている。
しかし、基地内であるからか、その門番は2人ではなく1人ずつだけだった。
(基地の中なのにテントの前に門番をつけるということは、よっぽど重要な施設であるに違いないわ…)
リーナは、先刻と同様のやり方でテント内へ侵入を試みようと思った。しかし万が一、テント内でオークに発見された場合、逃げ場を失い文字通り『袋のネズミ』となる。そのため、テントの中には入らず、外で待機して開かれたテントの入口から中の様子をこっそり伺う。
右のテントには、テントの収容量に対して中にある木箱や大きな壺などの貯蔵量が少なく、1/3程度しか荷物が入っていなかった。
(見張りをつけてまで、何を厳重に貯蔵してるんだろう…いままでの戦いで奪い取ってきた金品や財宝とかかな。)
すると、ちょうどその時、1体のオーク歩いてきて、テントの門番をする見張りに話しかけていた。
???オーク「なぁ、もう少し食料を分けてくれないか?最近、配給の量が減って食べてもお腹がひもじくてひもじくて…」
見張りのオーク「お前には、さっき配っただろう!もうこれ以上はダメだ!」
お腹を空かせたオーク「なんでだよ、まだたくさんあるじゃないか。」
見張りのオーク「バカ言え、補給物資の輸送隊到着が5日も遅れている。いつ到着するかもわからないいま、食糧はもうこれだけしかないんだ。」
お腹を空かせたオーク「5日?どうせどっかで道草でもくってんだろ。なぁ、いいじゃねぇか?」
見張りのオーク「ダメだ!これはオークキング様の命令だ。それに、もしかすると補給物資が到着しない可能性もある。」
お腹を空かせたオーク「え?なんでだ??」
見張りのオーク「お前、よくこの場所を考えてみろ。この基地の場所は、いま戦争中の人間が統治しているアカルシア王国の近くにあるんだぞ?」
お腹を空かせたオーク「…つまり??」
見張りのオーク「はぁ…お前ってやつは…。つまりだな、輸送隊が人間によって攻撃を受け、既に全滅してていつまで待っても来ない可能性だってあるっていうことだよ。」
お腹を空かせたオーク「なんでそんな酷いことするんだよ!」
見張りのオーク「俺に言うなよ、人間に言え。まぁ、戦争において敵の補給路を遮断することは、基本中の基本だからな。」
お腹を空かせたオーク「そうか…何でもいい、なにかないのか…?」
見張りのオーク「はぁ、仕方のないやつだ。酒ならまだ貯蓄に余裕がある。飲めないやつもいるからな。これでも飲んで酔っぱらってさっさと寝ろ。そうすれば、気がまぎれるさ。」
お腹を空かせたオーク「助かる、恩にきるぜ。」
見張りのオーク「あぁ、ただし、くれぐれも他のやつに言うなよ?大酒のみのやつらにに来られると困る。」
お腹を空かせたオーク「あぁ、約束するよ。」
見張りのオーク「そこでちょっと待ってろ。」
門番をしている見張りのオークがテントの中にある大きな壺の蓋を開け、小さな水筒のような皮の入れ物へ中に入っている液体を掬い入れる。
お腹を空かせたオーク「ありがとう、自分のテントの中でこっそり飲むぜ。」
見張りのオーク「あぁ、そうしてくれ。じゃあな。」
お腹を空かせたオークは、満足そうに小さなテントが並ぶ方へと歩いて帰って行った。
その様子を近くで見ていたリーナは、そのテントが何の施設であるかようやくわかった。
(なるほど、あれは食糧庫だったんだ…どうやら、今の状況を見る限り、兵士達に十分な食糧の供給が追いついてないみたいね。このテントに見張りがついていたのは、空腹に耐えかねた兵士達からこっそり食糧を盗まれたり、食い尽くされたりしないようにするためか…なるほど。)
リーナは、もう1つの左のテントへ目を向ける。
右のテントと同じように門番のように見張りが1人立っている。
そのテントの中には、2mほどもありそうな太い木の棍棒や石槍が所狭しとたくさん棚へ立てかけられていた。ひとつひとつ丁寧に並べられ、綺麗に陳列して保管されている。
剣や斧、弓矢などの武器も少数見られたが、それぞれの武器の種類で分けることはせず、無造作にひとまとめに木箱に入れられている。
防具の類は一切見られない。
(おそらく、ここが武器庫だわ…木の棍棒や石槍だけ綺麗に整理して置いているあたり、主に使っている武器はこの2種類といったところか。どちらも自然の原始的な素材を加工して作られた武器か…人間と違って金属を扱う技術はないってことなのかな。
人間が使っているような鉄の鎧なんかの防具も全く見当たらない。基地内を見る限り、普段は腰に布を巻いているだけの状態みたいだけど、他に服を身に付けているオークを見かけないし… 元々、皮膚が頑丈だがら着ける必要がないのかな。それとも、着ると動きづらいからかしら…
あの無造作に置かれている金属製の武器類はおそらく、いままでの戦場で敵から奪って鹵獲したものだろうな。あまり使われてはなさそう…)
リーナは、2つのテントの情報収集を終えると、本題の大きなテントの入口へと向かう。
先程のテントより警備がさらに厳しいだろうと思っていたが、意外なことに見張りの兵は1人も居なかった。
中からは、複数人の話し声が聞こえる。
(なぜ見張りが居ないんだろう…見張りを置くほどの物がテントの中にはなく必要性がないからかな…それとも何かの罠か…)
リーナは警備が手薄なことに躊躇したが、少し考えてからテントの中へ潜入することにした。
ゆっくりと入口へ近づき、周囲を警戒しながら侵入する。そこには真っ直ぐに伸びた通路があり、広い講堂のような部屋へと繋がっていた。
部屋には、大きな椅子が1つだけあり、そこには複数の古い傷跡が残るオークが1体、どっしりと座っていた。その横に、老人と思われるオークが1体いる。他に3体の若いオーク達が居たが、いずれもは、椅子に座るオークの目の前に一列に並び跪いている。
リーナは、堂々と入口からテントの中へ入って来たが、彼女の持つ【透過】のスキルのおかげで、その侵入者の姿に気づく者は誰も居ない。
(なるほど、あの一列に並んで跪いているのが幹部達で椅子に座っているのが、総指揮官…オークキングと呼ばれていたやつか。)
リーナは、隅の壁の方へ移動し様子を伺う。
どうやら会議中のようだ。
そのまま、会話に耳を澄ませ情報を盗むことにした。
オークキング「一同、現状報告を。」
オークA「ははっ、現在、闘える兵士が850名、負傷者並びに病に伏す罹患者が120名、死者が30名であります。」
オークキング「ふむ…そうか、30名が旅立ったか。負傷者・罹患者の方の容体はどうだ?」
オークA「重症者がほとんどです。ここでは、治療器具も薬も必要な物資もありません。回復スキルを持つ者は我々種族にはおりませんし、適切な治療が出来ないため復帰できる者はその内の極僅かかと…残りは傷口から肉が腐り、やがて死んでいきます。」
オークキング「そうか…戦争に必要な物資の方は?」
オークB「はい。武器の方は鹵獲した分も含めて、十分な備蓄があります。しばらくは、不足ないかと。」
オークC「食糧の方は不足してきており、十分な供給が出来ていません。このまま輸送隊が到着せず、物資の補給が滞ると、これ以上の長期戦は凌げないかと…決着を急ぐべきだと思われます。」
オークキング「そうか…だが、アカルシア王国との決着を急ぐことは出来ぬ。事を急げば、重大な失態に繋がるからな。お前達も家族を奴隷にされたり、無残に命を奪われるのは嫌であろう?」
オークABC達「・・・・・」
老人オーク「キング、僭越ながらこの老体に発言許可を。」
オークキング「爺や、発言を許すぞ。」
老人オーク「850人の健康な兵士が居れば、人間と対等に闘えることには闘えます。しかし、十分な食糧が供給できていない現状を見ると、兵の士気が低下しており、体力面でもオークが持つ100%の力を存分に発揮することは出来ないでしょう。勝率は五分五分といったところです。また、いまはまだ大丈夫のようですが、いづれ脱走や食糧の盗難、反乱を起こす者や敵に寝返る者がでるやもしれません。そうなれば、敗戦の一途を辿るのみ…」
オークキング「ふむ…確かに。」
老人オーク「いまの一番の問題は、食糧が十分にないこと。負傷者や罹患者がなかなか良くならないのも、十分な治療が出来ないということもありますが、栄養が足りないため、生物そのものが持つ回復力が格段に落ちているということも理由としてあります。つまり、要因の1つは栄養状態が悪いことです。」
オークキング「つまり、まずは食糧問題をどうにかしろと言いたいのか?」
老人オーク「その通りでございます。このまま、我々の兵士達を人間にぶつけても良いですが、それでは勝利は確実なものではなく、運否天賦…つまり、運次第となります。それよりかは、まずは十分に兵士の力を蓄えるのが得策かと。」
オークキング「ふむ…確かに、下手に出兵を指示して、兵士の身を危険に晒すわけにはいかない。だが、どうする?輸送隊は未だ到着しないようだし、自国からは遠い。略奪するにしても、対戦中の国だとリスクが高いしな…」
老人オーク「近くの町や村なら、国に比べれば警備が手薄…狙うなら、そこかと。」
リーナは隅の壁の方で聞いていたが、嫌な予感がした。
(まずい…ここから一番近くだとリゼッタという町…誠が目指していた町だ。誠と別れてから、数時間が経っている。誠なら今頃、その場で待たずに目的の町へ足を運んでいるはず…)
オークキング「なるほど、ここから近いのは町の方か…町の規模なら、十分に食糧もありそうだ。よし、ではまずそこを襲撃するとしよう。皆の者!準備に取り掛かれ!!」
オークABC達「「「了解しました!!」」」
リーナの嫌な予感は的中していた。
(やっぱり!急いで町へ知らせなきゃ…誠が、リゼッタの町の人が危ない!!)
焦ると人は、周囲への注意が散漫になってしまう。
急ぐあまりリーナは、去り際にジャリッと小石を踏む大きな足音を立ててしまった。
「ん?? この足音…侵入者か!何者だ!!」
オーク達が一斉にリーナの方を振り向く。
オークには靴を履く習慣はない。そのため、足音はドスンっと地を裸足で踏みしめる音しかしないのだ。
つまり、ジャリッという物で地面を踏む音は、オーク達にとっては明らかな異音である。
リーナは、こちらを見られ顔が青ざめる。
それは死の恐怖だ。
(私としたことが…いいや、私の姿はやつらには見えない。早く逃げなきゃ!そして、町の人へ伝えなきゃ!!)
リーナは、そのまま先程入ってきたテントの出入口の方へ向かって走り出す。
しかし、それは間違った選択だった。
彼女には誤算があった。
それは、潜入が発覚してもなお、自身が発する音に気を配らなかったこと。
確かに彼女のスキル【透過】によって、リーナの姿は彼らには見えない。
だが、連続した音が続けばその行き先は誰でも、おのずと耳で感じ取り理解できる。
つまり、見えて居なくても居場所はわかる。
そして最大の欠点は、このテントに出入口は1つしかないこと。
オークA「ん?姿が見えないぞ…」
オークB「気のせいか…」
オークC「いや、まだ足音がするぞ!」
キングオーク「お前らは黙っていろ…ふん!見つけた…そこか!!」
キングオークが、近くに立て掛けてあった2mをゆうに超える太い棍棒をテントの出入口へ向かって投げつける。
それは、リーナが踏み出そうとした目の前の地面に勢いよく突き刺さり、衝撃で地面が盛り上がる。
まるで地面が爆発したかのような衝撃波がリーナへ襲いかかる。
「キャッ!」
彼女の小柄な身体は勢いよく後方へと吹き飛ばされ、テントの壁に全身を叩きつけられる。
リーナは、一瞬意識が飛びそうになった。しかし、何とか意識を繋ぎ止める。
ここで意識を失えば、もう二度と目覚めることはなく、一生の眠りにつくことになるとわかっていたからだ。
そのまま壁から地面にバタッとうつ伏せで倒れる。
彼女の透過スキルは解除されてしまっていた。
意識が飛びかけ、集中力が一時的に切れたせいだ。
リーナの姿が公然の元に晒される。
オークキング「やはり、スキルを持った人間の仕業か…」
「いてて…は!スキルが…」
リーナは急いで立ち上がり身構える。
逃げようと前へ走ろうとするが、体に思うように力が入らない。バタリッとまた地面へ倒れてしまう。
頭が揺らされたせいで思うように体が動かないのだ。
それでも、この場から離れようと頑張って前へと這う。しかし、1m先には既にオーク達の足があった。
既に周囲はオーク達に囲まれていたのだ。
リーナは前進を諦めて、必死にその場に立ち上がった。しかし、身体がフラフラとしていて、もはや立っているのでやっとだった。
オークキングは、出入口に突き刺さった太い棍棒をズボッと引き抜き、片手で軽々と持ち上げる。そして、ドスンッドスンッとリーナの方へ一歩一歩近づいてくる。
オークキング「ここに何をしに来た?など、聞くまでもないか…他の奴らはどこにいる?」
リーナは、未だ全身の力が元に戻らない。
言葉も濁って聞こえ、オーク達が何を言っているのかわからなかった。
ただ、自分の状況が非常にまずい状況であることはわかっていた。
(ダメだ…まだスキルが使えない。このままじゃ、私…殺される。)
「・・・・・。」
リーナは、未だ回らない頭で必死に考える。
しかし、既にオークに周囲を取り囲まれている。
武器はない。武術も身に付けていない。
逃げ専のスキルも使えない。
目の前には180°オーク達、それに異常の声を聞きつけたオークの増援がさらにどんどん集まって来ている。
背後にあるのは、テントの壁のみ…
(ダメか、もう逃げられないわ…背後の壁まで少し余裕はあるけれど、私が後ろに下がったところで何の意味もない。他に打つ手は…ダメだ、思いつかない。私の戦局は…完全にもう詰んでる。)
オークA「動くな!」
オークB「スキルを使おうったって無駄だぞ!」
オークC「そうだ!そうだ!」
オークキング「ふむ…貴様は無言を貫くか。まあよい。女であるのに、敵地に乗り込んで来る度胸は認めよう。だが、それも運の尽きだ。このまま生かすわけにはいかない…ここで、朽ち果てるがいい。死ね!」
オークキングが棍棒を振り上げる。
リーナは自分の死を悟り、目を閉じて心の中で最期の言葉を口にしていた。
(誠…最後まで謝れずにごめんなさい…叶うなら…もう一度でいいから、あなたに会いたかった。)
「ごめんなさい…誠。」
リーナは自然と涙を流し、口ずさんでいた。
彼女の中にあったのは、敵陣へ潜入したことではなく、誠と喧嘩したことへの後悔だった。
オークキングはそんな様子など気にも留めず、容赦なく頭上まで振り上げた棍棒をリーナ目掛けて地面に叩きつけた。
直後、グシャッと肉が潰れる音がした。
リーナの身体が背後の壁へと、再び叩きつけられる。
そして、赤い鮮血が辺りへと花のように飛び散った…
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