チーター (cheater)

ヨル

第1話 戦闘/転異/脅威

「なぜだ!いままで数々の者どもを地に伏してきた一撃だったんだぞ!それなのになぜ…お前はまだ立っている!?」


晴天の中、驚きと恐怖が混じったような声が周囲へ響き渡る。


声の主は、騎士団長だった。

その顔は真っ青で、剣を握るその手は震えていた。

余程、自信があった剣技だったのだろう…


少年を取り囲む騎士兵達は、目の前の現実に動揺し後退りをする。

リーダーでさえ、彼に全く歯が立たないのだから…


森の一本道で少年が騎士兵達に取り囲まれていた。


「さぁ、なんでだろうね?」


中心に立つ少年は、無傷のまま不敵な笑みを浮かべてみせた。


額に冷や汗をかきながら…


その理由は少年自身が一番よく知っている。

だって、なぜ無事だか分からないのだもの…


(やっベー、これからどうしよ。さっきは斬られたのか?なぜか無傷で済んでよかったけど、いつ頭と体がバイバイするかはわからない。俺は丸腰だし、戦い方なんて知らないぜ…なぜ無事だったんだ?)


顔には出さない一方で、死の危険を感じた脳がアドレナリンを大量に分泌し、思考がエンジンのように回転数を上げる。


『生き残ること』に様々な思考が頭の中を駆け巡る中、少年はふと我に返った。


(だいたい、何でこんなことになったんだ…?)と。


そして、少年が騎士兵達を前に…口を開いた。




数日前…


少年は、どこにでもいるような、高校に通うただの17歳の少年だった。

身長170㎝、サラサラとした黒髪の短髪で筋骨隆々とはいなかないものの、程良い肉付きだった。


ただ、悲しきかなその境遇は…


5年前に病弱だった母に先立たれ、残されたのは父と少年の彼のみだった。


しかし、父は3年ほど前に「出掛けて来る」と言ったきり蒸発した。どこへ行ったのかは分からない。


電話も通じず連絡が取れないまま、待てど暮らせど帰って来ることはなかった。

警察へも連絡したが、その地域で事件等は起こってないと言う。

捜索願いも出したが、その後は音沙汰はなかった。


彼の中に、様々な考えがよぎった。


表沙汰になっていないだけで、父は何か事件に巻き込まれたのだろうか?

それとも、自分の存在が邪魔になって出て行ったのだろうか?と…


その後、彼の引き取り手が居なかったため、『成人になるまでは』と孤児院へ引き取られた。

しかし、こんななか周りと馴染むことなど到底出来なかった。


ある日、彼は高校の帰りに友達に声をかけられた。


「おい!誠〜、最近見つけたんだけどよ。すぐそこの山に荒廃した神社があるらしくて、夜な夜な行くと女の声が聞こえてくるらしいぜ?」


「そんな、バカバカしい…」


「そう思うなら行ってみろよ、マジらしいからさ。じゃあな、もし行くなら気を付けろよ!」


誠は幽霊やUFOを信じないたちであったが、好奇心だけは人一倍強かった。


その日の夜、誠は好奇心につられて懐中電灯を片手に1人でその荒廃した神社を訪れた。


孤児院で働く職員達には、「散歩をしてくる」とだけ伝えた。


友達に言われた通り、その山へ向かうと神社の階段を見つけた。いま足をつけている地上から、ズラーっと山の上の方へ長い階段が続いている。


「思った以上に階段長いな…」


そうは思いながらも、階段を登ることにした。

歩いて10分くらいたっただろうか。

ようやく鳥居が見えてきた。


息を切らしながら、階段を登りきるとそこには森に囲まれた古い神社があった。

周囲は薄暗く、月明かりに照らされて、なんだか神秘的だった。


聞いた話によると、この神社には大きな御神木があり、以前は人で賑わっていたそうだが、いまは管理している人が居らず、衰退して次第に荒廃したらしい。

神社の裏手には例の巨大な御神木があった。


『助けに来て!』っと女性の声が聞こえた気がした。


「へ?」


誠は、声がした御神木の方を見る。

不思議と恐怖は感じなかった。


それは怒りや憎しみが込められた声ではなく、ただ純粋に『助けてほしい』と直接、心へ語りかけるような声だったからだ。


そして、御神木へ近づいて行くと、木の根元に古びた鍵が落ちていた。


「・・・・・!! なんでこんなところに…!」


誠は驚いた。それは錆びてはいるものの、彼がよく知った鍵だったのだ。


「これは…父親が持っていた鍵だ!」


その鍵のネームタグには、父親の名前が書いてあった。

それは、父親が持っていた家の合鍵だったのだ。


「だが、なぜこんなところにあるんだ…?」


疑問に頭を悩まされていると、急に御神木から声が聞こえた………気がした。


『助けてください』っと。


「誰なんだ?木の精霊か?」


御神木に向かって問いかけた。


しかし、返答はなかった。


「あはは、返事なんてあるわけないか、木だもんな。」


そう言って、御神木に触れた途端、急に視界が真っ暗になった…


それからどれぐらい時間が経っただろうか。


「あいてて…はっ!!」


誠が目を覚ますと、目の前には青空が広がっていた。

どうやら気を失っていたらしい。


空は青く晴れ渡り、静かな風が吹いていた。

どのくらい倒れていたのだろうか…


(俺、何で気絶しちゃったんだろ…?)


ふとそんなことを考えながら、ゆっくりと誠は身体を起こした。


すると目の前に広がったのは、いままでいた神社の森ではなかった…


誠は目の前の光景にとても驚いていた。

周囲を見回すとそこは、さっきまでいた森の中の神社ではなく丘の上だった。


目の前には1本の若木が生えており、丘の下には草原が広がっている。少し遠くには西洋風のお城が建っており、城下町が見えた。


???「あの〜、大丈夫ですか?」


目の前に広がる光景に驚いていると、急に背後から声をかけられた。


声の主は、自分より少し背が低いぐらいで綺麗な長い白髪の巫女のような赤い着物を着た少女だった。

歳もおそらく自分とはそんなに変わらないだろう。


「うわぁっ!」 (第1村人、発見!!)


「あの…驚かせてすみません。本当はもっと前から側に居たのですが、いきなり襲いかかったりされると怖いので、しばらく様子を見させていただきました。」


「え…さっき俺が周囲を見渡した時、誰もいなかったよ?いったい、どこに居たんだ??」


(まさか…着物を着た少女の幽霊??)


誠は、そんなことを思っていた。


「あぁ、これは失礼しました。私のスキルです。簡単にスキル名を口にしてはいけないのですが…呼んだのは、私ですし…教えます。

私が使うスキルは『透過』です。その名が示す通り、気配を消して周囲に溶け込むことができます。」


「へ??ちょっと待って、いったいどういうことだ?」


「だから、私の固有スキルですって!ほら!」


そういうと、目の前の少女の姿が消えた。

本当に一瞬の出来事だった。


「えぇ!?ちょ、どこに消えたの!?」


誠は思わず、少女が消えた虚空を確認するかのように自らの手を前にやってしまった。


すると、その手は宙を切ることはなく…何やら小さな丸みを帯びた柔らかい感触がした。


パシンッ!!!


それが何であるかを理解する間もなく、誠は目に見えない打撃を顔面にくらい…


誠は、再び気絶してしまった。




「…くだ…い…!早…起きて…さい…!早く起きてください!!」


微かに慌てた少女の声が聞こえる。

体を強く揺さぶられ、ようやく誠は目が覚めた。


「ん?ここは…いったいどうしたんだ??」


周囲は薄暗く、岩の天井が見える。

どこからか水が滴る音が聞こえ、湿り気があった。

ここは、どうやら洞窟の中のようだ。

すぐ側には火の明かりが見え、焚き火がしてあった。


どうやら自分が気絶している間に、ここまで運び込んでくれたらしい…


「時間がありません!人狩りが近くまで来ています!急いで逃げますよ!!」


「へ?人狩り?なんだ急に。ゲームによくいるゴブリンなんかのモンスター軍団でもいるのか??」


「いいえ、違います。人狩りは、私達と同じ人間です。」


「え、人間??」


「はい、彼ら組織の正体は不明ですが、必ず同じ仮面をつけています。主にスキルを持たない無能力者や反撃が出来ないスキルを持つ能力者を町外れの森や小さな村で攫い、売り捌いて違法な労働力にしていると言われています。」


「人が人を狩って、売り捌く?なんて汚いやつらだ。」


「まったくです。そして捕まったが最後、脱走することはできないと言われています。それぞれ厳重に拘束・監禁・監視が行われているからです。」


「君の固有スキル『透過』なら、隠れていればやり過ごせるんじゃないの?」


「私のスキルは、姿が見えなくなるだけで身体が透ける訳ではありません……あなたが一番よくご存知でしょ?」


少女は胸を隠すように腕を組み、顔を赤く染めて目を逸らした。揺れる白く長い髪がより一層、女性としての色っぽさを際立たせた。


「うっ…すまない、悪気はなかったんだ。」


「まぁ、終わったことだから別に気にしてないですけど……私も思わず、あなたの顔面を全力で殴っちゃいましたし…」


「はは、じゃあ、お互い様だな。仲直りだ。」


手を差し出すと、恥ずかしそうに少女も手を差し出し、固い握手を交わした。


「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺の名前は西条 誠だ。17で普通の高校生、夜に神社へ行っていたはずだったんだが、何故かこっちの世界に来ちまった。君の名前は?」


「私は、リーナと申します。年はあなたと同じ17で、あそこのアカルシア王国が統治する城の下町に住んでいます。一応、貴族なのですが、訳あってここへ来ました。」


「同い年だったのか。まぁ、積もる話もあるが、取り敢えずいまは先に逃げようか、リーナ。」


「そうですね!そういえば、ひとつ言い忘れていたのですが、奴らの中に感覚拡張系スキルの保持者が必ず1人は居ます。なので、体が自然に放つオーラや気配、音などに敏感です。くれぐれも、目立たないように行動してください。」


「わかった。ちなみに俺にも何かスキルがあるのか??」


(俺にもゲームのような不思議な力があれば…)


「私のスキルは『透過』なので…あなたのスキルについては見ることも、感じ取ることもできません。」


「そうか…なら取り敢えず、いま捕まったらヤバイってことだな。」


(いまは人狩りに見つからないように、ダッシュで逃げろってことか…)


「ご自身でスキルを何か感じませんか?スキルは、生まれながらに持っているものなので、スキル所有者の方は誰に教わることもなく、ほとんどそのスキルの扱い方を自然に知っています。」


「そう言われもな…」


「他者のスキルを認識することができる、『人事』・『鑑定』・『千里眼』のスキルを持つ人もいますが、SRスーパーレアスキルなので、王宮の人事部長と城下町のギルド、そして森の村にいる長老の3人しか、いまのところいません。一番近いのは、森の村にいる長老ですね。」


「そこは安全なのか?」


「森の外れにある村ですが、SRスキルの保持者がいるからか、アカルシア王国の庇護下にあるようで警備は厳重です。あそこなら、人狩りの連中も近寄らないと聞きます。」


「よし、ちょうどいい。目的地が決まったな。安全が確保できるし、スキルも調べてもらえる。まさに、一石二鳥だ。」


「そうですね。そこへ行きましょう!」


こうして、誠とリーナの2人は人狩りに気付かれぬよう、足早に洞窟を後にした。


しかし、それに勘づいた人間がひとりいた…

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