第135話 星暦553年 黄の月2日〜4日 ちょっと趣味に偏った依頼

「魔術院から、僕たちに指名依頼が来たって」

俺がファルータ公爵関連の騒動に巻き込まれていた間にシャルロとアレクで開発に励んでいた浄水の魔具も大体完成し、細かい改良に関してちょこちょこ手を加えていた俺たちにシャルロが声を掛けてきた。


先程、通信機に何か連絡が入っていたのだが、どうやら魔術院からの連絡だったらしい。

・・・いつの間にか、通信機を持つ魔術師は魔術院を連絡先として登録させられるようになり、連絡が式ではなく通信機を使うようになっていた。


俺たちの開発したお手軽な携帯式通信機がそれだけ行き渡るようになったと言うことなので、収入が増えるのは嬉しい。

が。魔術院からの連絡が常に通るようになってしまったのはちょっと残念だ。


式だったら、途中で何か事故があったのかも~?と言って素知らぬふりも何回に一回なら出来たのに。


「指名依頼って?

しかも3人全員なんて、珍しいな」

知り合いが頼む際に指名依頼を使うことはあるが、その場合は一人を指定することが多い。

第一、通常は先にこちらに連絡が来るし。


それ程親しくない相手だと、シャルロの莫大な魔力や水関係の無敵性を目当ての場合とかがある。

もしくはアレクの商会関係の理解度の高さを買っている場合とか。

俺の特殊技能が目当ての場合とかも・・・いや、俺の特殊技能の場合は魔術院じゃなくって盗賊シーフギルド経由で来るな。心眼サイトが人並み外れていることは、魔術師への依頼ではあまり重要視されないから。


どちらにせよ、個人に指名依頼が来ることはあっても、態々俺たち3人を指名するなんていう状況はあまり考えられない。


人数として3人必要というのなら、人数だけ指定すれば魔術院が適切な人員を選んで手配してくれるし。


「何とね~歴史学会!

どうも前回僕たちがお祖母様のところの遺跡に遊びに行った時の事が学会でも話題になったみたいで、遺跡に興味がある物好きな魔術師だったら、割安でも依頼を請けてくれるかも~ということでダメ元で依頼出してみたようだねぇ」

シャルロがポットにお湯を注ぎながら答えた。


歴史学会?

「つまりハラファとかガルバ達か?」


「彼ら本人はまだ僕たちが見つけたオーパスタ時代の遺跡で忙しいみたい。

だけど、今回南の方で新しい遺跡が見つかったんだって。

こちらも案外と良い状態で見つかったらしいんで、折角だからウィルに隠し金庫とか見つけて貰ったり、僕たちに固定化の術を掛けて貰ったりしたいな~っていう所らしいね

勿論、歴史学会だから依頼料金は魔術院が請けてくれるギリギリ最小限の金額」

笑いながらお茶を注ぐシャルロが答えた。

何も頼まなくても俺たちの分まで注いでくれるんだから、本当に良い奴だよな~。


「成る程、折角なので発見を最大限に利用したいものの、普通の魔術師を雇うのは資金が厳しいと言う訳か。

・・・すっかり遺跡好きの変人仲間と歴史学会の人間達に認識されたようだな」

アレクが苦笑しながらシャルロからお茶を受け取った。


「別に断っても良いって魔術院は言っていたけど?」

シャルロが首を小さく傾けながら答える。


「まあ、ちょうどこちらも一段落したところだし、気分転換に良いんじゃないか?」

学院長を助けられたのは良かったが、流石にあれだけのプレッシャー下での探し物は精神的にも疲れた。


気楽な遺跡でのお手伝い、しかも一応お金貰ってなら、文句は無い。


「そうだね。南の方だから少し暖かいかも知れないし」

にこやかにクッキーを缶から取り出しながらシャルロが合意した。

そのまま缶を抱き込んでソファに座る。


・・・お茶は言わなくても出してくれるのに、菓子類は自分からはこちらに勧めてくれないのは、相変わらずだよなぁ。


◆◆◆


「やあやあ、君たちが今回の依頼を請けてくれた魔術師かい?

ありがとうね、依頼を請けてくれて本当に感謝している!!」

移転門を出たところで、俺たちを迎えに来た歴史学会の人から熱烈な歓迎を受けた。


本当に依頼を請けるのかと目をむいた魔術院の依頼受付の窓口の人から聞いて俺たちが訪れた新しい遺跡(というか新しく発見された古い遺跡、だな)は意外と便利なところにあった。


南のファルータ公爵領(!)の2番目に大きな都市であるヴァルージャから馬で20分程度の場所にある大きな森の中に隠れていたのだ。


ここは元々『隠れの森』と言われて入ったら地元民でも道に迷い何日もさまようことになると言われていた森だったのだが、実は大規模な人よけの魔術陣が魔石を使って描かれていたことを偶々魔術師が散歩中に発見し、その人よけの魔術陣を解除してみたところ遺跡が見つかったらしい。


・・・そんな都市なり集落なりが廃墟になる程長い間機能し続ける人避けの魔術陣の方が、そんじょそこらの遺跡よりもずっと価値があるんじゃないか??


そう思ったのは俺だけでは無かったらしい。

「・・・あとでちょっと空滑機グライダーを持ってきて上から魔術陣の形跡を確認してみようよ」


アレクが提案してきた。


「うん。

まあ、確かにそれだけの労力と魔力を掛けて隠すだけの物が遺跡にもあるのかも知れないけど、今の時代の魔術師だったらそんなに長続きするような魔術陣なんて作れないよね。

ウィルが隠し金庫とかを探している間に、僕は地面に残っている魔術陣の残骸の素材とかをちょっと調べてみたいなぁ」

シャルロも興味を引かれたらしい。


おいおい。

先に一応依頼人に会いに行って何を期待されているのか確認するべきじゃないか?


転移門まで迎えに来てくれた歴史学会のツァレスが笑いながら頷いた。

「君たちも興味を持つと思っていたよ。

実のところ、人避けの魔術陣を調べるついでに我々の依頼も請けないかと提案しようと思っていたんだが、何も言わずに依頼を請けてくれて我々もびっくりしていたんだ」


アレクが苦笑しながらツァレスの方を向いた。

「失礼しました。

何か先に取りかかった方がいい依頼内容があるならばそちらを優先させましょう。

そう言えば、魔術院はこちらの遺跡の確認にはまだ来ていないのですか?」


ツァレスがにやりと笑った。

「まだなんだよ。

だから、何か良い物が見つかったら魔術院に売るなり登録するなりする際に、こちらに4割ほど収益を分けてくれないかな?

歴史学会は恒常的に金銭不足なんでね」


意外だな。

そんな大規模で長く機能し続けた人避けの魔術陣があったのなら、それだけでも魔術院が調べに来るだろうに。

それよりも、そんな収益に関する話を『お願い』ですませちゃあ、駄目だろうが。

そんなだから恒常的に金銭不足なんだよ。


「遺跡って常に魔術院が先に調べに来るのでは無いんですか?」

シャルロが尋ねた。


「基本的に、大抵の遺跡というのはオーガスタ遺跡みたいに洞窟にあるタイプか、その他の遺跡みたいに地面の下から発掘されることが多いんだ。

どちらのケースでも大量の土をどけたり、落盤の危険を排除するための強化を施すのに魔術院の助けが必要になるから、遺跡で見つかった魔術的価値のある物への優先権を条件に、魔術院が無料でそれらをやる。

つまり、歴史学会は魔術師をお金を払って雇わなくて済む代わりに、遺跡から得られる収益を手放している訳なんだ」

ツァレスが肩を竦めながら答えた。


ふむ。

まあ、何か魔術的な価値がある物が見つかっても買うのは魔術院関係の人間になるからな。

手助けに金を払う代わりに売りつけようとしても、安く買い叩かれる可能性が高くなることを考えたら、諦めて最初から無料で助けて貰う代わりに魔術的な物を手放す方が話が簡単か。


「今回、魔術院を呼んでいない理由は?」

元々、遺跡で見つかったものの固定化もやることの一部として今回の依頼は受けているが、流石に集落なり街なりの遺跡全体が破損しないように強化するだけの魔力は無いぞ。


「最初に散歩していて人避けの魔術陣を解除した魔術師は、最近こちらに引退してきた学者肌の方でね。

ついでだから自分も研究したいと言って、危険な魔術的防御手段が施されていないことは確認してくれたんだ。

元々地上に残っていて森に飲まれただけの遺跡だから、それ程危険では無いし。

だから今回は発掘の資金源に何か魔術院に売れるかも、と我々も期待しているんだよ」


あれ、既に魔術師が参加しているのか?


「じゃあ、ウィルはまだしも、僕らはあまりやることが無いんですか?」

シャルロが首をかしげながら尋ねた。


「いやいや。

ベルダ先生ーその魔術師の方だねーは自分がやりたいことに専念しがちだから、あまり他のことは手伝ってくれないんだよ。

何分、無料で手伝ってくれるかわりに自分のやりたいこと優先という話になっているから。

まあ、君たちへの依頼料も依頼受け付けの窓口の人に白い目で見られるほど安かったんだけどね。

だから依頼書にあったように20日間、半日ずつの手伝いをして貰って、残りの時間は好きなように見て回ってくれ」

ツァレスが笑いながら答えた。


魔術院から白い目で見られたのかよ。

通常だったら指名依頼というのは指名料を含むので、不特定多数向けの依頼よりも料金が高くなる。


が。

指名された相手が請けるならば、ということで実は指定依頼依頼料に規定が無いんだよね。

通常の依頼だと1日最低幾ら、って魔術院がガイドラインを作っていて、それを下回ると基本的に魔術院はその依頼を受け付けない。

それが指名依頼の場合は、魔術院は間に入っているいるだけなので幾らであろうと一応は受け付ける。

が、魔術院が指名された魔術師に、『こんな安い依頼を請ける必要は無いぞ』とそれなりに強く忠告する訳だ。


まあ、今回は俺たちが興味を感じたから請けたけど。

第一、安いと言ったって魔術師の依頼としては安いだけで、普通の大工とか職人の日当としては理不尽には安い訳ではなかったし。


シャルロやアレクにしてみればボランティアで遊びに来ているのにお小遣いがつくという感じだな。

俺としては金は金だ。それに気分転換には悪くないし。


見つけた魔術関係の物を6割自分達の物として売り払えるなんて、実は想定外のボーナスだな。


「じゃあ、今日は説明だけ受けて、先に遺跡を3人で見て回って良いですか?

これからどう仕事に掛っていくか計画したいですし。

日当が入る20日は明日から開始で結構です」

アレクが提案した。


そうだな。

俺も直ぐさま仕事に取りかかるよりも、先に周りを見て回りたいぜ。


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