第124話 星暦553年 緑の月5日 でっち上げの容疑

「また、軍から依頼が入った」

温泉を作り終わり、さて真面目に仕事に戻ろうかと思っていたら盗賊シーフギルドから呼び出しがかかった。


こうも呼び出しが多いと、もう正式に関係を絶ってしまおうかとも思えてきたが・・・それなりに情報源としては便利だから悩ましい。


でも、政府関係からの仕事は断りたいんだが。

思わずため息が漏れた。

「今度は何です?」


「前回の調査で見つかった資料から、他にもガルカ王国に通じている人物が複数見つかったらしい。

そのうちの一人に対して、協力させるためにその証拠もしくは何か弱みになる資料を盗ってこいとのことだ」


何それ。

証拠があるから通じていると見なされているんだろ?

その証拠か弱みになる資料を盗ってこいなんて、前回の捜査を都合良く使っているだけなんじゃないの??


軍がそんなことをするなんて、がっかりだな。

警備兵とかに比べると軍はまともだと思っていたのに。


「証拠があるから他国に通じていると見なしているのでしょう?

なのに証拠を盗ってこいなんておかしいですね。

今度もまた税務調査に紛れ込んでどさくさ紛れに証拠探しをしろと?」


長が不機嫌な顔をして首を横に振った。

「いや。

相手の職場や自宅に夜中にでも忍び込んで盗んでこいだとさ」


はぁ??

そりゃあ、依頼を持ってきたのはは盗賊シーフギルドへだから、盗みに入るというのは裏社会の依頼としては正しい姿かも知れないが。


何だって俺がそんな違法行為をしなければならないんだ。

「冗談じゃない。

俺は既に足を洗ったんです。

前回みたいな合法な調査に手を貸すというのならまだしも、こんな見つかったら逮捕されて俺が弱みを握られる羽目になるような依頼、受けるわけがないでしょうが」


グラスにワインを注ぎながら長がこちらに目をやった。

「・・・断ると、依頼主の情報を得ることが出来ないぞ?」


裏社会の決まりで、受けた依頼に関しては依頼主の素性を知る権利を主張できる。

とは言っても、ギルドに直接依頼してきた下っ端の名前なんぞ知ったところで、大して役には立たないが。

それでも腕がたつ人間だったら紐をたぐり寄せるように、下っ端の情報から上まで辿っていくことは可能だ。


ただし。

怪しげな依頼を受けて依頼主の素性をしる権利を行使した場合、『知りすぎた』と後から命を狙われる可能性は高い。

また、依頼人が捜査機関に捕まれば依頼を遂行しなくていいが、捕まるだけの証拠や情報を集められなかった場合はどれだけ不本意だろうと依頼を遂行するか違約金を払うことになる。


だが。

何だってこんな理不尽な案件の依頼主のことを俺が知る必要があるんだ?

「・・・ターゲットは誰なんです?」


依頼を受ける前にターゲットを知らせるか否かはギルド側の判断に基づく。

ターゲットを漏らしたことで何か問題が起きたらギルドが責任を問われる可能性があるが、ターゲットが分からなければ仕事を受けない人間も多いのでそこら辺は仕事を仲介する人間の判断によるのだ。


「アイシャルヌ・ハートネット学院長だ」

苦い顔でワインを飲み込み、長が答えた。


「はぁ??

何を言っているんですか。

学院長が他国に通じている訳がないでしょうが。

第一、特級魔術師にスパイモドキなことをさせる必要性もないでしょう。

戦争中に相手の弱みを握って戦略的に重要な場面での裏切りを強要するというのならまだしも、現時点では戦争の話もないんだし」


なんと言っても、学院長は魔術院の人間の中でも特にまともな人間なんだぞ?

長だって以前の悪魔騒動の際にそのことを知っているような事を言っていたのに。


「ギルドは依頼主に『ターゲットがそんなことをするわけが無いからその案件は請けない』とは言えないんだよ。

依頼を受けた人間が不審に思って勝手に調べて依頼主の悪事を暴くのはそいつの自由だが」


おい。

つまり、俺に違約金を払う羽目になる危険を犯して依頼を受け、依頼主の悪事を暴くことで結局ただ働きしろと言うことかよ??!!


「・・・ギルドや下町の人間だって、学院長に恩があるんですよね?

学院長のために動く人間に、少しは資金を提供しようとは思いませんか?」


◆◆◆


「金がいいのか?

依頼主との条件交渉の仲介を提案しようかと思っていたのだが?」

長が手に持った白紙をぴらぴらと振って見せた。


ふむ。

依頼を請けるにあたって、こちらが色々と条件を主張するならばそれを紙に書いて依頼主に渡すことも可能だと言いたいのか。


盗賊シーフギルドの人間だったら、どれ程複雑な条件であろうと絶対に暗記して証拠になり得る紙に書き残したりしない・・・が、この場合は紙がある方が依頼主を追いかけやすいので、そこのフォローアップも含めて手伝ってくれるようだ。


思いつく限りに色々と条件を付ければ、依頼を持ってきた下っ端が上司に話しに行く際にその紙を持って行く可能性も高いな。


長の提案から察するに、盗賊シーフギルドに話を持ってきた人間も、ギルドが絶対に証拠になりかねない紙に情報を書き留めたりしないということを知らないようだし。


「では。

まず、探す場所は魔術学院の学院長室と教務室にある金庫、及び学院長の個人宅のそれらしい隠し場所のみ。

両方を調べるのに要する期間を10日とします。

条件に合意して依頼を正式に請けてから10日間かけても見つからなかった場合は、都合良く証拠となる文書なぞ存在しないとみなして違約金なしの依頼未達にする。

その他の場所を調べて欲しいなら、依頼主が指定し、追加捜査場所ごとに3日かけます。

追加場所が漠然としていて広い場合はもっと日数を要する場合も有り、これを依頼に含めるかは俺に最終決定権があるとする。

最低でも10日はこの仕事に拘束されるので、前金で金貨3枚。これは何も見つからなくても返金無し。

何か証拠になる文書が見つかった場合の成功報酬は金貨50枚。

ただし探し場所が増えた場合はその都度成功報酬の額も再交渉する。

・・・そんな所ですかね?」

俺がつらつらと条件を述べたら、それを紙に書いていた長が顔を上げた。


「調べる内容としては、よくある不倫関係の手紙、裏金や贈収賄の証拠、その他誰が見ても違法だと分かる内容の文書。

一見、違法な内容では無いもののガルカ王国に通じている証拠になるような文書があると想定しているのだったら、探して欲しい内容を依頼主が指定すること。

・・・という条件も足しておいた方がいいんじゃないか?

あと、成功報酬はそれっぽい文書を持ってきたら即金ということで、成功報酬もギルド預かりにしておくか」


良いねぇ。

成功報酬を前払いで全額ギルドに預けておけと主張したら、確実に下っ端レベルでは決定できないだろう。


「それでお願いします。

一応、その紙を確認させて貰えます?」

ニヤニヤ笑いながら長が差し出してきた紙を受け取り、読む振りをしながら魔力を込めた。


術は掛けない。

追跡用の発信マーカーを発見する魔具や術もある。それを使うほど依頼主が用心深いかどうかは知らないが、見つからないに越したことはない。

単に俺の魔力が滲み出て染みついた程度だったら、例えちょっと魔力が多めかつ執拗に紙にへばりついていても、術は掛っていないのだから探知されないはずだ。


「これで良いでしょう。

では、返事を待っています」

紙を長に返す。


「うむ。

では、早速依頼主に連絡を取るよう手配しておこう」


・・・あ、考えてみたらまだ昼ご飯食べてなかった。

シャルロ達に暫く留守にするって連絡を入れる必要もあるし。


「連絡を取るの、一刻ぐらい待っても大丈夫ですよね?

まだ昼ご飯食べてなくって」


ため息をつきながら長が肩を竦めた。

「はいはい。

お前さんが急がないなら一刻待ってもこちらは全然構わん」


◆◆◆◆


長の手の者が条件を書いた紙を持っていった先は、軍部の第3騎士団本部の近くにある酒場だった。


流石に直接軍部の中には連絡を取らないのか。

どうやら酒場のメイドが連絡係らしく、メイドに硬貨を何枚か握らして何やらささやいていたと思ったらメイドが近所の子供にお使いを頼みに出て行った。


なんだ。

メイドが行くんじゃ無いのか。

今なら別に酒場もそれ程忙しいわけじゃあないのに。


暫し待っていたら、ひょろりと背が高い猫背の男が酒場に入ってきて、メイドの方を見たと思ったら、彼女がこっそり指さしたギルドの人間の前に座った。


メイドがビールを男の前に置き、姿を消す。


「どうした」

待っている間にギルドの男が座っている場所の隣にあったテーブルに仕掛けておいた通信機の端末から声が聞こえてくる。


「何分と漠然とした依頼だったからな。

指名された相手が、条件をはっきりと決めなければ請けないと主張してね。

こちらがその詳細だ」


俺の魔力が滲んだ紙がテーブルの上を動くのが視えた。

ちらりと紙に目をやった猫背の男が、かぱっと口を開けて硬直した。

「金貨50枚を前払い?!

そんな無茶な」


あ、ちらっと見ただけで金額に目が行ったんだ。

他の部分の条件もそれなりだと思ったんだけど。


かえって金額的には、特級魔術師相手の依頼だったら金貨50枚なんて全然多くないと思うんだけどねぇ。


「本人に払うわけではない。

単に、ギルドに預けて貰うだけだ。流石に相手が特級魔術師だからな。そのくらいの金額は当然だろう。

ちなみに、他の条件もちゃんと確認してくれよ」

ギルドの男が答える。


「いや、そんなこと言ったって・・・。

俺は詳しいことは知らないんだ、これで十分なのか知らないし、金貨50枚が本当に妥当なのかも分からん」

猫背の男が頭を抱え込んだ。


そりゃそうだろうね。

お前さんがあっさりそこで合意したらこっちが困るよ。


「じゃあ、決定権がある人間にその条件を持っていくんだな。

合意するならギルドに金貨50枚渡してくれればいいだけなんで、その紙は持って行って良いぜ」

親切がましくギルドの男が答えた。

紙を届けさせるよう、長に言われているのかな?

ギルドが依頼に関する書類を外に出すなんて、本来なら絶対にあり得ない(というか何も書き記したりしない)が、今回は相手が大人しく紙を持って行ってくれると大分こちらの追跡が楽になる。


「分かった。

いつまでに返事をすればいいんだ?」


ギルドの男が肩を竦めるのが見える。

「返事がなければ単に仕事に取りかからないだけのことだ。

いくらでも時間を掛けてもこちらは構わんよ」


ビールを飲み干して、猫背の男が席を立った。

「分かった。

また連絡する」


「別に、依頼をキャンセルするなら連絡は要らんぞ」

ギルドの男が答えた。


まあ、キャンセルなんぞないだろうが。

特級魔術師でもある学院長を嵌める為だとしたら、誰が黒幕だとしても金貨50枚なんてさしたる出費ではない。


が、下っ端が決められる金額ではない。


さぁて。

次はどこに繋がるのかな?



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る