第108話 星暦553年 翠の月20日~22日 お手伝い(4)(第三者視点)
>>> サイド セビウス・シェフィート
ガルヴァ・サリエルが深くため息をついた。
「既に分かっておるだろう。
メスファと闇氷草のエキスだ。
まだ儂が若くて取引相手をえり好みできなかった時代に、絶対に怒らしてはいけない相手から『信頼の証』という名目で預けられた物だったが・・・もうずっと前の話なので持っていることすら忘れていた」
沈黙が広がる部屋に、私とラルト・サリエルのため息が重なって流れた。
メスファは麻薬だ。
勿論、取り扱うことは違法だが、自分用に持っていると主張すればこうやって少量を隠し持っているだけだったら罰することは難しい。
非常に依存性が高い上に禁断症状が厳しく、しかも遣い続けていると2年弱で内臓がやられて死んでしまうので使うのは馬鹿だけだが。
だが。
闇氷草は暗殺用の毒だ。
グラス一杯の飲み物にほんの一滴そのエキスを混ぜるだけで、三日後には眠る間に凍えたかのように体を丸めて死んだ死体が見つかることになる。
三日という毒としては比較的長い効果が出るまでの時間と、死体として見つかるまで殆ど症状が現れないことから、解毒は魔術によって可能なものの、実際には殆ど不可能に近い。
暗殺用の毒としてその効果があまりにも優れているため、この毒は使用や売買どころか所有しているだけで罪に問われる。
『信頼の証』というよりは、自分より立場が弱く、絶対に勝手にその毒を処分できない相手に都合良く危険な物を保管させたということか。
監査が来るというのに、預けられたことすら忘れるぐらい昔のことのようだから、その相手が今でも生きているのかは不明だが。
「ふむ。
これは商業ギルドの監査というよりは、審議官に預けるような案件ですな。
ベラン殿に頼んでよろしいでしょうか?」
商業ギルドから追及して変な所へ話が脱線しても面倒なので、ベラン氏に押しつけよう。
しっかし。裏金の証拠でも出てきたら楽しいと思っていたのだが、まさか闇氷草が出てくるとはね。
ウィル君にはいくら感謝しても足りないな。
◆◆◆◆
(2日後:シェフィート本邸で)
「結局、ガルヴァ・サリエルは商会の頭取の座を退いて、20年の自宅謹慎と金貨3000枚の罰金か。
ラルト・サリエルは正式に頭取の座に継いでいなくって得をしたな」
ホルザックがワインを注ぎながら笑った。
娘が魔術師になり、シェフィート商会が監査に手を上げたことでガルヴァ・サリエルは商売の方向性を変えることにした。
彼が息子へ商会の手綱を委ねることに合意したという話は既に自分の手の者から情報が入っていたが、サリエル商会にとって幸いなことに商業ギルドへの根回しはまだ手を付けたばかりだったので、今回の『ガルヴァ・サリエルの引退』は闇氷草を持っていたことに対する処罰の一環として利用されることになった。
「まあ、流石にあっちが先に手を出してきたとは言え、商業ギルドの監査でかなりグレーとは言っても大手になった商会を破滅させてしまっては波が立つからね。
この程度でちょうど良いんじゃないか?」
ワインを受け取りながら兄に答える。
「へぇぇ、それで良いんだ?
あれだけ怒っていたから、お袋とお前さんはサリエル商会を焼き尽くすまでやるつもりかと思っていたぞ」
ホルザック兄さんだって怒っていたくせに。
とは思ったものの、確かに母と自分は特に激怒していたし、あの監査の後にサリエル商会を痛い目に遭わせようと色々画策したことも事実なので肩を竦めて見せた。
「商売の競争で相手を打ち負かして破産させるとか、実際に今やっている悪事を発見して追い込むというのなら良いんだけどね。
流石に、親族が魔術師になる際の監査で見つけた昔の悪事の残骸を元に破滅に追い込むのはちょっと不味いから。
ある意味残念だったけど、まあ闇氷草なんてものの存在を忘れるなんて、ガルヴァ・サリエルも老いたということかな」
闇氷草を押しつけてきた相手の情報もガルヴァ・サリエルは審議官に全部話したそうだが、それなりに昔の話であり、その相手の行方も不明だったらしい。
まあ、明らかにそいつが死んだという話が流れていたら、ガルヴァ・サリエルだって闇氷草のことを思い出して処分していただろう。
「そう言えば、ウィル君はどのくらい物を見つけられるのか、分かるか?
お前の話だと忘れていた隠れ場所まであっという間に暴いたそうだが」
兄が思い出したように尋ねてきた。
「固定化の術がついた金庫は却って
以前、新店舗の最新金庫の問題が起きたことがあっただろう?
あの時もほんの数ミルで開けてしまったようだから、彼レベルになるとどれだけ強固にしようと金庫なんて意味を成さないようだな。
ただの隙間を隠し場所として使う場合は密度の違いで分かるそうだが、こちらの方が探すのに時間が掛るような口ぶりだったな」
以前アレクが聞いた話では、本当に隠したい物は金庫に入れるのではなく、『その存在』そのものを知られぬようにし、知られてしまった場合はどの場所に隠しているかを誰にも知られないようにするのが正解らしい。
それを聞いた時にはそれなりに工夫した隠れ場所にしまえば大丈夫だろうと思ったのだが、今回の監査で手伝って貰ってしみじみ実感した。
確かに、『隠している物がある』と知られてあの精度で調べられるとどうしようもないだろう。
「ある意味、彼はなんだって見つけられるし盗めるが、そんなことする必要がなくなったから我々はあまり心配しなくて良いという事じゃないか?
とは言え、
だから変に隠し事をしなくても正々堂々と利益を出せるよう頑張るんだな、兄さん」
隠し事をするのはそれはそれで楽しいのだが。
ちょっとスリルを楽しむつもりで忘れてしまい、数十年後に暴かれて身の破滅になったりしても馬鹿らしい。
その点、真面目で堅実な兄の方が商会を任せても安心だ。
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