第107話 星暦553年 翠の月20日 お手伝い(3)(第三者視点)
>>> サイド セビウス・シェフィート
「いやぁ、あの顔を見せたかったね~。
どうも、あの2階の北側の部屋にあった隠し場所は忘れていたようなんだよ。
そこを開けた際にはラルトの顔が青白くなっていて、実に楽しかった」
今朝の一場を思い起こし、思わず楽しさを分け合いたくなって昼食を食べているウィル君に声をかけた。
「あ~そうだったんですか。
なんか通信機で聞こえていた会話に一瞬の間があったなぁと思ったんですよね」
皿の上の肉を切り分けながらウィル君が頷く。
「次は本邸だ。見つかったら不味い物は憶えている限り全て始末しているようだが、サリエル商会は隠さなければならない物が多すぎて、忘れていた隠し場所があるようだからね。
本邸にも何か面白い物があるかも知れないと思うと、ワクワクする!」
アレクが魔術学院に入学すると決まった際の監査は、本当に酷かった。
その仕返しが僅かながらでも出来て、実に楽しい。パラティア・サリエルを見い出してくれたウィル君には幾ら感謝しても足りないぐらいだ。
アレクが魔術学院に行くことが決まる時まで、親族が魔術師になった際の監査なんて『魔術師になっても実家を不公平に贔屓するな』と言う牽制の意味が強かった監査だったので、誰もそれ程深刻に受け止めていなかった。
が、ガルヴァ・サリエルは『正しい収入を知るためには現時点での財産を知っておく必要がある』と強硬に主張して、『隠し金庫を探すため』という名目でシェフィート商会の店舗とシェフィート家が持つ家屋全ての床と壁を確認して回った。
全ての壁と床を叩いて回るのだ。
全部の作業を終えるまでに半年近くかかり、その間あちこちの店舗で商売の邪魔をされ、金槌で叩かれた床は破損が酷くてかなりの部分が張り替えを必要になった。
しかも、サリエル商会が監査で入手した情報を元に取引先へ色々と働きかけを行ったし。
前例のない執拗な監査の人件費はサリエル商会が払ったのだが、シェフィート商会から奪い取った取引先で収支はトントンになっただろう。
つまり、嫌がらせをされたシェフィート商会だけが損をしたのだ。
あの時は流石に穏やかな父も兄も、激怒していた。
あれから数年たち、流石に今となっては私達もサリエル商会の家屋の全ての床を引っぺがそうとまでは思っていないが、何か違法な物が発見されたらとことん追求させて貰うつもりだ。
違法な物が見つからなくても、次から次へと隠し金庫が見つかって行くのに青くなっていくラルト・サリエルの顔も見物だったし。
後から呼び出されたガルヴァ・サリエルも段々顔色が悪くなっていて、午前中だけで10歳は老けたように見えた。
ざまあみろというところだ。
「そういえば、隠し場所というのはどうやって見つけているのかい?
アレクに同じ事が出来るのか聞いたら、アレクではもっとずっと時間が掛るし、半日で集中力が尽きてしまうと言っていたが」
ある意味、魔術師なら隠し金庫を簡単に見つけられるというのなら、これから自分が物を隠す場合にももっと工夫をする必要が出てくる。
ウィル君だけの特殊技能なら・・・諦めて気にしないでも良いだろう。
「そうですねぇ。
金庫だと、大抵は強度を高めるために固定化の術を掛けているので
固定化を掛けないような、単なる隠し場所の場合は壁や床の密度がそこだけ変わるのでそれなりに注意して見ていれば分かります。
セビウスさんが歩いて回っている部屋を順に見ていけば良いだけなので、まあそれ程大変ではないですね。
しかも、何か見つかったらそのたびにサリエル商会の人を呼んで開けさせていたので、その間に隠し部屋みたいな仕掛けがある場所の開け方を吟味出来ましたし。
俺とアレクの違いと言えば、
肩を竦めながらウィル君が答えた。
慣れ、ねぇ。
一体どれだけ
まあ、今となってはそれなりに成功しているし沈没船も2隻も見つけたから悪事に手を染める必要もなさそうなので、あまり心配する必要も無いだろうが。
「そうか。
この後もよろしく頼むよ」
◆◆◆◆
『その部屋の奥の右側の床に何かありますね。ちょっとそちらに向かって歩いてみて下さい』
通信機からウィル君の声が聞こえてくる。
ここは奥方の化粧部屋のように見えたが、ここにも隠し部屋があるのか。
宝石とかをしまっているのかな?
だが、ウィル君の指示で奥の方を歩き回り、床の音が違っている部分のラグをどけて床板を動かした際のガルヴァ・サリエルの顔を見る限り、どうも彼も知らなかった隠し場所のようだ。
「宝石と・・・書簡ですかね?」
床下に隠してあった箱に入っていた物を確認しながら苦い顔をしてそちらを見ていたガルヴァ・サリエルの方へ振り返って声を掛ける。
「・・・ああ。そのようだな」
おやおや。
まあ、今は仲良くやっているようだが、嫁入りした頃なんてサリエル商会なんぞ成金のごろつきだと奥方は思っていただろう。いつでも逃げ出せるように準備していたとしても、不思議はないだろうに。
書簡はまたもや何やら怪しげな内容だったが、それだけで違法であると言い切れる物では無かったので宝石の個数と大体の価値を記録しただけで次の部屋へ行った。
これは書斎か。
だとしたら色々あるのかな?
早速ウィル君の声が通信機から聞こえてきた。
『幾つか隠し場所がありますね。
まず、左側の壁に空洞があります。
セビウス氏の胸辺りの高さにある本をその本棚から抜き取ってみて下さい』
言われたとおりに本を抜き取ってみたら、隠し金庫が見つかった。
「開けて貰えますか?」
ラルト・サリエルに声を掛けたら、もう諦めたような顔をしながら本棚の端にある本を手前に傾け、扉の左下を押した後に金庫のダイヤルを回して中を見せてくれた。
書類と宝石と・・・ナイフか。
書類は怪しいというよりは重要な契約や権利書の類いのようだったので、単に重要な金庫というところか。
『あと、今立っているところから右に3歩、後ろに4歩下がった辺りの床にも隠し場所があります」
ウィル君の指示に従って動き、床の隠し場所を叩いてみる。
確かにここだけ音が高い。
「ここにも何かありますよね?」
にこやかに笑った俺に対して深くため息をつきながら、ラルトが床板をのけて隠し金庫を開けて見せる。
こちらは書類のみだった。
怪しげな書簡が山ほど出てきているな。多分脅迫もしくは保険用の、誰かの罪を明らかにする文書なのだろうが・・・何分文脈が分からないことには何の話をしているのかも分からず、『思い出の書簡』と言われたらこちらにはどうしようも出来ない物ばかりだ。
もっと面白い物が出てくれば良いのに。
『あと、さっきの本棚の一番下の段の左から3番目にある本にも何か隠されていますね』
本棚に戻る俺をラルト・サリエルが見ていたが、どうも左下に隠している物に心当たりがないのか、ちょっと不思議そうな表情をしている。
・・・ガルヴァ・サリエルは何か思い出したのか、一気に血の気が引いていた。
おや。
どうやら、ヤバい物を隠していたのを忘れていたのかな?
不注意だねぇ。
思わず口が笑いの形になりそうになるのを意思の力で押さえ込みながら、本を取り出して開いてみた。
小瓶が2本。
一本には白い粉が入っていて、もう一本には何やら危険そうな黒ずんだ緑色をした液体が入っている。
興味深げに覗き込んでいた元審議官のタフェーン・ベランが息をのむ音がした。
「これらは・・・何ですかな?
是非、教えていただきたい」
どうも、ガルヴァ・サリエルへ問い詰めたベラン氏の厳しい声から鑑みるに、彼にはこれらの正体に心当たりがあるようだ。
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