第89話 星暦553年 青の月1日〜2日 幽霊屋敷?(5)

「自分は孤児です。王都の裏社会で何とか生きていましたが、偶然ハートネット学院長に出会って、彼が魔術学院に来いと言ってくれなければいつ野垂れ死んでも不思議では無い毎日から離れること出来なかった可能性が高いでしょう。

一応読み書きが出来る程度には神殿の教室に通っていましたが、毎日通うだけの余裕はありませんでしたし、下町ではそんな子供は珍しくなかったです。

だから魔術院の奨学金制度のことを知らないまま、成人している才能のある子供は他にもそれなりに居る筈です」


あ~久しぶりの敬語って疲れるぜ。

「学院長は、王都では魔術学院の奨学金制度のことはそれなりに知られていると思われている為、神殿での声かけが徹底されていなかったから自分が知らぬまま過ごしていたのでは無いかと言っていましたが、知り合いに魔術師がいる人間以外にとって、魔術師とは馴染みがない職業です。

奨学金のことなども、本当にあるのかあまり信じて居ない場合もあるのでは無いでしょうか?

第一、それなりに魔力があるか、心眼サイトが優れた人間で無い限り、自分が魔力持ちであると実感できない場合が多いでしょう。

ですからもっと才能のある子供を見つけるために手を広げるべきだと思ったのです」


まあ実際の所、自分が魔力持ちであると実感できない程度の子供の才能がどの程度なのかは微妙に不明だが。


だが、絶対に魔力持ちでも俺みたいに金やコネが無いから魔術師になることを諦めている子供はそれなりに居るはずだ。


それに例え親が奨学金制度の事を知っていても、自分の職業を継いで貰いたいからよく分からない魔術師なんて言うモノに借金をしてまでなる必要は無いと思って子供に教えない可能性もある。


「もっと才能のある人間がいるはずですと学院長にお伝えしたら、その可能性は高いが何分資金が足りないと言われました。

確かに、何もかもを行うための資金は膨大な額になると思います。

でも、少しの額から王都の中での周知や、近辺の街への周知をやっていって徐々に範囲を広げるのだったらそこまでお金も掛らないかも知れません。

その少しの額として、自分は今回メルタル師の魔道具を活用して作る商品の売り上げを基金へ寄付したいと思いますし、出来ることならばメルタル師の相続人の方にもメルタル師の術を活用することから生じる収入を寄付するよう説得したいと思っています」


アプレス氏がちょっと首をかしげて考え込んだ。

「ふむ。

収入を寄付するという考えは面白いな。

だが、私は宮廷魔術師だからメルタル師の術の研究が成功したとしてもその収入は国に帰属するモノで有り、それを寄付することは出来ぬ。

それに、周知をすると言っても今やっていることと何が違うというのだ?」


「ちょっとしたお祭りのようなモノを開いて、そこで魔術を使って子供の目を引くような見世物、例えば花火や妖精召喚なりを行って注意を引き、その場での周知や翌日神殿教室で魔術師と話すことが出来ると知らせておいて、子供達が自発的に集まって話を聞こうとするよう仕向けるというのはどうでしょう?」


この方法は地方の街の方がやりやすいだろう。

王都では人口が多すぎるため、何カ所かに分けて行う必要があるし、事前の周知にしても手間と暇が掛るかも知れない。


だが、子供にとっての魔術師という存在のアピールは絶対に必要だろう。


俺みたいに、警戒用の魔術や侵入者拘束用の魔術を回避するために色々研究する必要があった裏社会に属する者以外だったら、魔術師なんぞとは殆ど縁がないのだ。

しかも裏社会の『縁』は出し抜く必要がある『敵性』な存在としての関係だし。


大人になれば家を買った際の固定化の術や、職場の警戒用の術等、それなりに魔術師も生活に関与してくるかもしれないが、大人になってからでは魔術師の訓練は難しい。


第一、孤児や貧困層の子供だったらその前に死んでいる可能性もそれなりに高いし。


にやりとアプレス氏が笑った。

「お祭りか。

それは面白い考えだな。

王都での催事だったらそれこそメルタル師に恩がある人間が手を貸すことで費用を下げることも出来るかもしれない。

そうだな、思っていたよりも実現性がある話かも知れない。

私の弟弟子にこういったことを企画するのが上手な人間がいる。まずそいつと話して案を練ろう」


◆◆◆


アプレス氏の弟弟子は思っていたよりも若かった。


アプレス氏がアレクの両親よりも年上ぐらいに見えるのに対し(魔術師は一般人よりも寿命が長い傾向があるので実際にはアレクの両親よりそれなりに年上かもしれない)、アプレス氏の弟弟子であるジェスラン氏は30代半ばぐらいに見えた。


「お祭りだって?!いいね!

早速手配だ!折角だから王都を東西南北で区切って季節ごとに毎年やろう!」


魔術院に着いたアプレス氏がジェスラン氏を呼び出して簡単に今までの話を説明したところ、もの凄い勢いで食いついてきた。


お祭りという話題に。


いや、お祭りではなく基金を設置して子供たちの魔力や才能を確認することがメインな目的なんだけど!

「まずその前に、基金の設立やメルタル師の相続人の説得が先だと思いますが・・・?」


俺の言葉をポイっと投げ出す動作をしたジェスラン氏はどこからか紙を取り出してそれに書き込み始めた。

「大丈夫、大丈夫。あの屋敷を相続したのはメルタル師の甥っ子のネフェルトだろう?

あいつもメルタル師が大好きだったから、あの屋敷の分をメルタル師の名前で設置する基金に寄付するぐらい、合意するさ。どうせ隣の土地やその他諸々からお金も入るんだし。

もしも合意しなくても、私たちが少しずつ出せばいいことだしね。

第一、魔術師の才能のある子供を探すことは魔術院にとってもそれなりに切実に必要な課題だ。きっと魔術院もこの基金や基金を使っての活動を支援してくれるよ」


何か、随分と楽観的だな。


紙に何やら書き込み終わり、俺とアンディが疑わし気な顔をしているのに気が付いたジェスラン氏がインクを乾かすために紙に手で空気を扇ぎながら説明し始めた。

「魔術師の才能というのは劣性遺伝なんだ。つまり、魔術師同士で結婚しない限り、魔術師の子供でも才能を持って生まれない可能性の方が高い。

代わりに、一般の家庭にも時々生まれるけどね。

だから、そういった魔術師に必ずしも関係の無い家庭の子供を見つけられなければ、魔術師の数は必然的にどんどん減っていくのさ。

戦争の危険があって国が魔術師の発掘や教育を支援してくれる時期ならまだしも、平和な時代が続くと魔術師の数というのは自然と減少していくものなんだよ。

現に、奨学金やその周知をしているこのアファル王国はまだしも、昔ながらの徒弟制度で魔術が教えられている隣国では魔術師の数がこの10年で2割近く減っている。大したことないと思うかも知れないが、そのまま行けば50年もしないで半減だよ?

魔術師が建国したと言われているアファル王国ですら、今では魔術師は地方に行くと町に一人か二人しか居ない状態だ。それなりにこれは魔術院の中では問題視されてきていたんだ」


そうなのか。

まあ、魔術師の子供が必ずしも魔術師の才能を持って生まれてこないとしたら、一般の家庭から才能がある子供を見つける制度を作っておかないと確かにどんどん数は減りそうだよな。


だが、魔術師を見つけて育てるというのは何日や何か月かで直ぐに出来るものではない。


今が平和だからと言って減るに任せておくというのは国の政策としてちょっと危ういんじゃないか?


「ネフェルトは母君の体が弱かったせいで、しょっちゅう師匠の家に預けられていたからね。

俺達もあいつと一緒に色々遊んだし、メルタル師も甥っ子に魔術こそは教えられなかったが他のことは色々教えていたんだ。

メルタル師が亡くなる際も色々面倒を見てほとんど毎日お見舞いに来ていたし、大丈夫だと思うよ。

じゃあ、書類を上にあげてくるからお祭りのことをもう少し考えておいてくれたまえ!」


俺達の方向にひらひらと手を振りながら、ジェスラン氏は立ち上がって部屋から出ていってしまった。


「「・・・え?」」


思わず茫然とお互いの顔を見合わせた俺とアンディの肩を、アプレス氏が笑いながら叩いた。

「ジェスランは行動が早いからね。

びっくりするかもしれないが、あいつが大丈夫と言う場合は大丈夫なことが多いから、言われた通りお祭りの計画をもう少し考えておいた方が良いぞ?

魔術院は今まで祭りなんぞに関与したことも企画したこともないからな。

まず間違い無く、若者で言い出しっぺの君たちが駆り出されるよ?」


・・・マジ?

俺としては、提案はしたけど運営はほかの人に任せて、先にメルタル師の魔術や魔道具を活用した記録用魔道具の商品開発に取り掛かりたかったんだけど。


まあ、言い出しっぺは俺だし、ここでアンディに丸投げするわけにはいかないだろうなぁ・・・。

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