第63話 星歴553年 赤の月5日 疑問(6)(第三者視点)

>>>サイド インクーザ


「インクーザ!警備兵小隊を率いて西区の方へ向かえ!

西区の警備兵控え所で魔術院の人間が待っていて案内してくれるそうだ」


突然の呼び出しで言いつけられた命令にインクーザは目を丸くした。

「はぁ?

審議官に突然出動しろってまず何が事件なのか、誰を逮捕するのか教えて下さいよ。

第一、書類はどこですか。警備兵がちょっと質問に呼び出すならまだしも、審議官が関わるとなったらちゃんと書類がないと不味いでしょうに」


街中でのちょっとした犯罪や争いの場合は警備兵が当事者を捕まえ、場合に寄っては数日留置所に入れた後に行政官が取り調べの結果や当事者の話を聞いて簡易判決を下す。

死傷事件や貴族(もしくはそれなりの地位の者に苦情を言えるだけの財力をもった人間)が関わる場合は審議官が警備兵を使って容疑者を取り調べ・逮捕を行い、審議判決を言い渡す。

更に大きな話になると審議官が取り調べを行って必要な情報と書類を提出し、裁判が開かれ国王に任命された裁判官が判決を下す。


審議官の権限はそれなりに大きいため、悪用されないように定められた手続きに従っていないことが判明した場合は審議官の方が罰せられる可能性もある。

インクーザは審議官だ。

取り調べや逮捕をするにもそれなりに根拠がなければ勝手に動き出すのは不味い。


上司が一瞬動きを止めた。

「あ。

そうだったな。

いや、書類は揃っているんだ。ただ、急ぎの案件なのにお前が中々昼食から帰ってこないから焦っていたんだよ」


おっと。

偶々友人が王都に来ていて、丁度仕事もなかったことだしちょっとノンビリ昼食を取っていたのがばれてしまったようだ。

まあ、この上司も案件がなければちょくちょくノンビリ昼食を取っているからあまり煩いことは言わないが。


ばさっと数枚の書類を渡された。

「スラフォード伯爵領の代官がどうも横領をしていたようでね。

あそこは冬が厳しいから毎年領主一家が冬は王都に来ているのを良いことに、色々やってもいなかった保守料とかを懐に入れていたのがばれたらしい。

詳しく話を聞こうとしたら逃げたようだが、偶然伯爵の甥の友人の魔術師が王都で代官を見かけたらしくってね。

何やら怪しい格好をしていたから思わず注目していたら家に入っていったのを目撃したと連絡してきたとのことで、取り押さえて取り調べを行うよう依頼が出た」


??

何で親戚の友人の魔術師が田舎町の代官を見ただけで分かるんだ?


何やら怪しいが、まあ取り調べをきっちりとこちらが責任を持って行えばいいだけの話だ。

書類にさっと目を通して正式に承認印が押されているのを確認して、警備兵の詰め所へ向かった。


◆◆◆


警備兵を連れて西区の警備兵控え所へ向かったところ、魔術師のローブを着た青年が待っていた。


「おや、君か。スラフォード伯爵に裏帳簿探しでも頼まれたのかい?」

警備兵の一人が青年を見かけて声を掛けた。


「いや、新製品のテストを兼ねて友人とコバムアポスへ行ったら、そこの代官に脅迫まがいな無茶ぶり依頼を受けてね。

ちょっと代官の行動と街にあった魔術の痕跡と伯爵の認識に齟齬があるようだったから、伯爵の親戚でもある友人がその点を伯爵に指摘したら代官が逃げたらしいんだよ。

俺は偶々用事があったから王都に戻って来ていたら、その代官が全然似合わない怪しげなカツラを被って歩いているのを見かけたんでコバムアポスにまだ居る友人に伝えたんだ。そうしたら彼が伯爵に代官の居場所を教えて今回の逮捕劇に繋がったみたいだね」

肩をすくめながら魔術師が答える。


そんな彼とまだ話をしたげだったが、横で二人を見ているインクーザに気付いたのか警備兵が振り返って魔術師を紹介した。


「インクーザ殿、魔術学院のウィル・ダントール君です。何でも透視の術が使えるとかで、一昨年のダンガン家の三男が関与していた人身売買の事件でもの凄く助けになってくれたんですよ。

・・・というか、一昨年と言うことはもう卒業して一人前の魔術師か。ダントール君なんて呼べないね。

ダントール殿、こちらは審議官のインクーザ殿だ」


青年が簡易式会釈をインクーザにした。

「こんにちは、審議官殿。魔術師のウィル・ダントールです。今回も裏帳簿なり隠し財産なりがある可能性が高いでしょうから、隠し金庫探しには協力しますよ」


◆◆◆


ダントールと話しながらスラフォード伯の代官の家へ向かった。

「魔術師なら術をかければ誰でも透視は出来ますが、術をかけて一か所一か所見ていくのはかなり大変なので、それだったら複数の捜査員を使って床や壁を軽くたたきながら調べていく方が早いんですよ。

ただ、自分は術をかけなくても実質透視の術と同じような感じに物を見ることが出来るので、隠し金庫などを見つけるのが得意でしてね。以前、たまたま巻き込まれた人身売買事件で攫われた娘さんを探すついでに金庫に隠されていた書類を見つけるのを手伝ったら重宝がられちゃって」

軽く苦笑しながらダントールが捜査員との関係を説明してくれた。


なるほど。

逮捕者が出た場合は、その家を捜索し怪しげな場所に関しては床や壁も調べるが、それなりの広さがある家だったらすべての場所を調べる手間はさすがにかけられない。

それを見るだけで透視できるならば重宝がられるだろう。

というか、自分も手伝ってもらいたいところだ。


「ほう。それは確かに便利そうですね。こちらで大きな案件があった場合などに、魔術院経由で依頼を出せますかな?」


魔術師はあまり興味なさげに肩をすくめた。

「あまり個人依頼については詳しくないので、魔術院に相談してみてください。

俺が王都に居て、特に予定が入ってなければ対応できる場合も多いと思いますよ」


ふむ。

今回の案件で態々代官の存在を知らせたのは個人的に自分に関与した話だからであって、別に特に正義感が強いとか、捜査に興味があるという訳ではないのか。


まあ、変に素人の癖に推理が好きな人間に首を突っ込まれるよりはましかもしれないが。

今度、魔術院に彼レベルの魔術師の日当がどのくらいなのか確認してみよう。


大きな案件の場合、捕まえた人間の隠し金庫からどのような書類が見つかるかで捜査の進展速度が大幅に変わる。本人が露骨に嫌がらない限り、予算の範囲内で活用させてもらいたいところだ。


問題の代官の家は西区の中でもそれなりに大きく、豪奢な作りだった。

こう言っては何だが田舎町の代官がまともに働いていて買えるような屋敷ではない。


「エンベザーリ・バドル!審査官である!扉を開けろ!」

捜査官が玄関の扉をダンダンと叩いた。


暫くしてから、扉が開き、家令らしき老人が顔を出した。

「・・・主人は留守にしております」


「これが捜査状だ。中を改めるぞ」

警備兵が家の中を捜索し始め、直ぐに応接間で酒を楽しんでいた金髪の一人の男を発見した。


・・・明らかにカツラだろう、これは。

大体、眉毛も睫毛も黒に近いこげ茶なのに、髪の毛がそこまで明るい金髪な事なぞあるか。

「こちらは?」


こほん、と咳払いをして男が話し始めた。

「私は商人のジャルド・バンダールと言いまして、南の方からたまたま王都へ訪れたの者でございます。本日は以前お世話になりましたバドル様にご挨拶にお伺いしただけです。もうすぐ戻られるとのことでお待ちしていたのですが、何やら大事のようなのでお邪魔にならないように今日のところは宿に戻りますね」


当然ながら、カツラを被ることは罪ではない。

インクーザは代官を直接は知らないので怪しくても『嘘をつくな!』とは問い詰められない。


家にいないか、いるとしたらあきらめて逮捕されると思っていたので、まさかここまで厚顔に嘘をつかれると思っていなかった。

真偽判定のできる神官に同行を頼んでいなかったのは失敗だったな。


だが、他人の家に訪れて、屋敷の主人がいないのに酒を一人飲んでくつろぐ商人がいる訳が無いだろうが。


通常、隠れ財産まで抑えられたらどうせもう逃げても食っていけないので横領程度の罪だったら観念することが多いのだが、このバドルはしぶとくしらを切っている。

もしかしてまだ他の場所にも隠し財産があるのかもしれない。


嘘を暴露しようとこの『ジャルド・バンダール』の商売やバドルとの関連について突っ込んだ話を聞いている間に、警備兵と一緒に隠し金庫探しに離れていたダントールが部屋に入ってきた。


「・・・何を言っているんだか。俺たちを宿屋から締め出すと脅迫したくせにたかがそんな似合わないカツラ一つでごまかせると思っているのか」


ダントールがあきれたように男のカツラをむしり取る。


「何をする!」


「コバムアポスに以前いた魔術師は違うかもしれないが、魔術師というのはそれなりに上流階級にも繋がりがあるんだよ。スラフォード伯の甥と一緒に街に来ていたのを知らずに俺たちを脅迫しようとしたのが間違いだったな」

馬鹿にしたようにバドルにひらひらと手を振ってから、ダントールがインクーザの方へ向いた。


「書斎に隠し場所と隠し金庫があって、金貨と宝石が保管されていました。裏帳簿らしいものは見当たらなかったのでコバムアポスの別邸にでも隠してあるのでしょうね。

夕方にはコバムアポスへ転移門で戻る予定なので、ご一緒しますか?」


代官をクビにするなり横領に関して捜査するのはスラフォード伯の権限内だが、王都にあった財産を横領によって不正に得た財産であるとしてスラフォード伯が接収するには王都の審議官による審議が必要となる。


つまり、インクーザが裏帳簿なり、代官の横領の証拠なりを確認しなければならない。

裏帳簿を探すのも骨なのだが、こんなにあっという間に隠し財産を見つけたダントールならば、早く片付くかもしれない。

転移門を使ってちゃっちゃっと終わってくれるならばありがたいことなのだが・・・。

「ああ、よろしく頼む」



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