第60話 星歴553年 赤の月3日 疑問(3)

「あいつの親父さんは実直で真面目な人間だったんだがなぁ。

残念ながら、あいつは若い頃から要領がいいことを『有能』だと思う、見張っていなければ駄目な人間だった。

で、親父さんが病気で死んで代官に指名されて直ぐに、色々手を抜き始めた。

もう何年もの間ばれていないから、ここ数年の横領の額はかなりになっていると思うぜ」

街の裏ギルド(人口が小さいので王都のように職業事に分かれていない、裏社会の集まり)の顔役に聞いてみたらあっさりと情報を漏らしてくれた。


「いいのか、そんなにばらしちゃって?鼻薬で言うことを聞いてくれる代官の方が都合は良さそうに思えるが」

裏社会にとって、あまりにも実直な人間が上にいると色々と面倒だ。

無能で強欲な人間は困るが、ある程度要領が良くて金に汚い代官なら却って付き合いやすそうに思えるが。


「言っただろ、最近は横領の金額がかなりになっているって。

もう怖い物なしになって、こちらへの要求も際限がなくなってきたんだよ。

そろそろ夏にでも領主にどうにかしてばらそうかと思っていたところに、嫁の出産で領主一族がこちらで冬越えすることになっただろ?

横領した金額を戻そうとしているのか、高飛びしてどっかで優雅に隠居するつもりなのか知らんが、ここ数ヶ月はなりふり構わず金を集めようとしていて本当に迷惑しているんだ」

鼻を鳴らしながら顔役が答えた。


「ほ~。で、あいつはその横領した資産をどこに隠しているんだ?

あと、裏帳簿の場所も分かると一緒に領主一族にばらすように手配するぜ」

流石に裏金として代官が搾取した分が返ってくるとは思えんが、横領した金額が一部でも領主一族に返れば、今まで手を抜いてきた修繕やら何やからを戻す際に住民への余分な金の請求無しに出来る可能性が高くなる。


顔役が手元の紙に何やら書き込んでそれを投げ渡してきた。

「この街にあるあいつの使っている家はこっちだ。そのどれかに裏帳簿もあるんじゃ無いのか?

ただ、他の街にもため込んでいる可能性は高いと思うぞ。領主一族が冬越しすると決まった後に転移門を使って王都に行っていたようだしな」


王都か。

ある意味、田舎の小さな街の代官なんて小物過ぎて王都では誰の目も引かないだろう。

王都で家を借りてそこに宝石なり美術品なり金貨を貯め込んでいても見つけるのは難しいかも知れない。


◆◆◆


代官は2箇所で女を囲っていた上に、もう1箇所隠れ家を持っていた。

まずは一軒目。

比較的裕福な区域の、良い感じに出入り口が樹木で見づらくなっている建物の2階。

・・・愛人御用達の建物なのかね?絶妙な感じに人の出入りが分かりにくいようになっている。


中を視たところ誰も居ないようなので入り口の鍵を開けてそっと入り込む。

入ったところはリビングでソファやローテーブルがあり、人をもてなすように居心地良さげな雰囲気を醸し出している。

奥にはダイニング・テーブルもあるし、中々立派な家だ。

肝心の愛人がどこに行っているのかは不明だが。

既に入る前に隠し金庫等が無いのは確認してあるので、ちゃっちゃとおいてある本や引き出しの中を確認。

「何も無し、か」

それなりに愛人に色々与えていたのか、服やアクセサリーは悪く無いものが揃っていたが流石に街の手抜き工事や術のやり直しに使える程の値段で売れるとは思えないから、ここら辺は愛人の貰い勝ちだな。


次の愛人宅には愛人が机に向かって座っていた。

こちらは台所の床下に何やら隠し空間がある。どうせならこっちの愛人も外出してくれていたら良かったのに。

まあ、しょうが無い。

眠りよスレプト

こてんと愛人の頭が倒れた。

あ、インク壺が倒れそうだ。

慌てて玄関の鍵を開け、中に入ってインク壺を動かす。

下手にインクまみれになったりしたら何故起きなかったのか不思議に思うだろう。


急いで台所の床下を調べる。


『紫の月15日

セラスから来た商人から金を受け取り、アルセスからの競合品に関税を掛けることにしたらしい。

ティーナズの馬を取り上げるためにあそこの息子が保証人になっていた借金の証書を買い取ったと言っていて大分とご機嫌だった。

館の筆頭侍女だったファイランが腰を悪くしたそうで、親切そうな顔をしてケランの養生温泉を紹介していた。彼女がいなくなったら私をその職に就けてくれると言っていたが・・・どうも領主の嫁が妊娠したという噂だから下手に一族に関わるような職に就いてもいいことないかも?』

ぱらぱらとめくっていくと、日記形式に代官のやってきた悪事が赤裸々に書いてある。

どうも、後々自分が代官もしくは関与した者を脅すために記録を取っていた雰囲気だ。

すげ~。


まあ、一度愛人になんぞなったらまともな一般家庭には嫁に行けないだろうから、自分の身は自分で守らなければならないというのはあるんだろうが。

中々しぶとそうだぜ、この愛人。


こっちからでも代官の悪事を色々明らかに出来そうだが、小さな悪事を代官に利用されて搾取された被害者の知られたくない情報も明らかになってしまいそうだ。

ここは素知らぬふりをしておくか。


最初の愛人宅に比べたら服は厳選されて数が少な目なようだったが、換金性の高いアクセサリー類は多かった。特に隠してあるのが。

とは言え、目が飛び出るほどの価値があるものでは無い。

女一人の老後の蓄えだとしたらまあこの程度は必要かも知れない。


ということでこの家にあった物も手を付けず、代官の隠れ家へ。

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