第61話 星歴553年 赤の月3日〜4日 疑問(4)

後は代官の隠し家と実際に住んでいる家だ。

まあ、わざわざ隠し家を手配しているのだから、表向きに住んでいる家よりはこちらへ周囲に知られたら都合の悪いものが隠されていると考えて当然だろう。


ということで、市場のそばの人通りの多い地区から一本裏に入った場所にある小さめの部屋を訪れた。


酒や優雅な雰囲気は自分の家と愛人のところで楽しむ主義らしく、殺風景で実用性しか考えていない部屋だ。


ベッドと机しかない。


あと隠し金庫と。


机の引き出しには単に筆記用具がしまってあるだけだった。


「ダミーとして適当な記録帳でも入れておけばいいのに」


これほど何も置いてなければ、隠し場所があると宣伝しているようなものだ。着替え一式しか置いていないこの部屋に誰かが住んでいると考える人間はいないだろう。


だが作業を行ったであろう記録もない。


となれば、隠されているという事実は誰にでも思いつける。


バカっぽいと思っていたが、やはり間違いなくあの代官は阿呆なようだ。



床下の下にあった隠し金庫は一昔前の旧モデルだった。


裏社会の人間だったら見習いでも開けられるようなものだ。


これほどあっさり手に入るなら、裏の顔役が何故もっと早く裏帳簿を領主一族に突き出していなかったのが不思議なぐらいだ。図に乗って手に負えなくなってきたのは比較的最近の展開なのかな?

「後でアレクを連れてきて中身を確認させることにして、取り敢えずは持ち出せないようにしておくか」


こうも出しやすいところに置いてあると、アレクに見せるために持ち出した後に代官がこちらに寄ったら直ぐにばれるかも知れない。

取り敢えず、隠し金庫から持ち出そうとすると電撃を発して部屋にいた人間全員を気絶させる様に術を掛けておく。

「清早、これにマーカーつけて、どこに持って行かれても分かるようにしてもらえる?」

自分でマーカーを付けても良いのだが、ある程度以上の距離を超えると追いかけるのが大変になる。清早のマーキングの方が長距離で機能できるんだよね。


◆◆◆


「愛人二人がよほど上手に財産を隠しているのでない限り、横領して得た資産は王都の方に隠していると思う。愛人のところにも、隠し家にも目立った資金は見当たらなかった。

裏の顔役の話では10年ほど前からそれなりに横領していて、ここ数年は遠慮なくガンガン懐に入れているはずなのに家にあった美術品や家族の装飾品は大したことなかったし、愛人達に与えられていたブツは更にしょぼかった」


宿に戻ってアレクとシャルロに報告した。


「私が聞いた話でも、10年ほど前から色々修繕や安全措置を削っているという話だ。領主殿がそういった行動を費用削減として行うよう指示しているのでない限り、差額は代官の懐に入ったと考えていいだろう。

しかも最近は領主側から承認を必要とすることに関しては片っ端から袖の下を要求したようだから、かなりの額を蓄えているはずらしい」


荷物を棚などに片づけながらアレクも一日の調査の結果を報告してきた。


シャルロが眉をひそめながらため息をついた。お人好しなこいつにとっては、親戚が騙されたという話も、その代官が悪事を働いているという話も哀しいのだろう。

「スラフォード伯に聞いたら、別に自分たちがいないからって費用削減するようには指示してないって。最近は子供たちも領地にあまり帰ってこないらしくって、この街よりも農村とかを廻るのに集中していて街中では決まったところ以外にあまり足を延ばしてないみたい」


「では、まずシャルロは蒼流に代官をマーキングするよう頼んでくれ。

私は明日、隠れ家の裏帳簿を見て隠し財産の場所がわかるか確認してみる。無理そうだったらシャルロから領主に話をして、代官に何をやっているのか説明しろと命じることであいつが逃げ出すように仕向けて。

逃げたら蒼流が見張っておいて、王都へ向かったらすぐに追いかけよう」

アレクが指示を出す。


「俺が先に王都に行っていようか?

清早にもマーキングして貰っておけば、王都に来たら分かるから目を離さないでおけるし」

スラフォード伯爵領からだと王都にいる人間の行動を知るには蒼流クラスの能力が必要だが、予めマーキングしておけば清早でも代官の行動を逐次追いかけることができる。


・・・というか、どうせ急ぐなら魔術院の転移門を使うのだから、そこで見張っていれば俺だってあの男を見失うことはないだろう。


アレクも同じ事を考えたのか、あっさり頷いた。

「そうだね。明日、裏帳簿を確認したらシャルロが領主殿に話をする前に先にウィルが王都に戻っておけばいいか」


◆◆◆


「おや、お帰りウィル。暖房用の魔道具のテストのために出かけていると思っていたけど、行きだけでもう結論が出たの?」


魔術院で転移門から出てきたら魔術院の知り合いのセレスから声をかけられた。


ちょこちょこ特許関係のことでやり取りをしている相手だったので、俺が今何をしているかも知っていたらしい。


テストの話は俺からはしていないのでアレクあたりから聞いたのだろうが。


「テストはまあまあという所かな?多少改善点はあるものの、実用には耐えうるといったところだね。

ちょっとスラフォード領で変なことに出会ってね。それの関連で調べごとをしに戻ってきたんだ」


そのままどこか都合のいい隠れ場所から見張り体制に入ろうとして、振り返った。


セレスはよく魔術院にいる。

ということは転移門を使う人間もよく見ているはずだ。


「そういえば、セレスはスラフォード領の代官を知っている?あそこって最近年に一度だけ魔術師を雇って細かい街回りの仕事をさせていると聞いたんだけど、今回行ったらなんか物凄い無茶を言われてね」


セレスが顔をしかめた。

「ああ、あの七面鳥ね。文句だけはがーがー煩い癖に支払は渋る、最低な男よね」


ぶはっ。

太った顔を真っ赤にして怒っていた男を思い出して、思わず噴出した。

確かに七面鳥だ。


「あいつがこっちにどのくらいの頻度で来ているか分かる?どうも領地で悪いことをしていたみたいなんで、尻尾を捕まえてやりたい」


「尻尾をつかんだらついでに羽も毟り取ってつるっ禿にしてやりなさい。

あいつったら本当に感じが悪いんだから。

半年に一度程度来るけど、そういえばこないだは1か月前程に来たばかりだったのにまた来ていたわね。しかも何の苦情も言わずに出て行ったわ」


ふむ。

ということは比較的最近に来て資金をこちらに隠しているということか。


「どこに泊まっているか、知っていたりしない?」

一応聞いてみたら、驚きの返答がきた。


「あいつ、西区に家を持っているのよ。

2年ほど前に防水の術が切れたって竜の首でも取ったかごとくぎゃーぎゃー騒いでいたから、あの時魔術院にいた人間は誰でも知っていると思うわよ」


ほぉう?

それはそれは。


代官が王都へ逃げてくるまで時間を潰さなければならないかと思ったが、先に作業に取り掛かれるかな?


清早に代官が王都へ現れたらすぐ知らせてくれるよう頼んだ後、セレスにもらった簡単な地図を元に代官の王都の隠れ家へ向うことにした。


代官の別邸はなかなかどうして立派な館だった。

中には成金趣味ながらも換金価値の高い美術品があちこちに置いてある。

領主にばれたらここに隠れ住むつもりだったのかね?


見つかりさえしなければ、快適な住処なりそうだ。

ベッドもフカフカなキングサイズで羽根布団がかけてあり、俺たちの発明した魔道具もあちこちに置いてあった。


流石に隠し財産であるこの館にあまり人を雇えなかったのか、年取った下男が一人いる以外誰もいない館なので俺たちの魔道具は便利だったのだろう。


「宝石と金貨に美術品か。あまり独創性はないな」


書斎にあった本をくりぬいて作った隠し場所にあったのは隠し財産としてはありがちな宝石だった。


机の下にあった隠し金庫の中は金貨。資産価値としては宝石の方が多い。金貨は宝石を換金するまでのつなぎとしておいてあるのかな?


美術品は・・・資産価値は悪くないが嵩張るからな。隠し財産としてよりは、本人の虚栄心と満足のために買ったのだろう。まあ、これらも売れば横領された資金の一部の返済にはなるだろうが。


「王都にあいつ、来たぜ」

隠し財産の一覧表を作っていたら、清早の声がした。


「こちらに向かっているか?」


「なんか変な格好をするための道具を使っているけど、こっちに向かっているね」


??

変な格好?変装のつもりか?


取り敢えず別邸を出て、外で待っていたら似合わないカツラを被った代官が現れた。

変にふわふわした金髪のカツラなんて、似合わな過ぎる。

すれ違う人のかなりの割合が代官を凝視していた。


変装したせいで周りの人間から注意を引いていたら、意味ないだろうに。


だが、あれだったら俺が代官に気が付いたのも、それを話題に挙げるのも不思議ではないな。都合がいい。


「清早。蒼流を通してシャルロに、カツラを被って物凄く怪しげな代官を見かけたんだけど、何か起きたのか?って俺から伝言があったと伝えてくれるか?」


「何か起きたって・・・そりゃあ、お前たちがちくったから慌てて領主から逃げているところなんだろ?」

清早が指摘してきた。


「いいんだよ、俺達は暗躍してないことになっているんだから、ここで代官を見張っていたという話はしたくないんだ。だが、あれだけ怪しい格好をしていたら俺が不思議に思っても可笑しくない。

だから変な格好で代官が歩いていたぜ~と俺が噂話でシャルロに連絡したという形にして欲しいんだ」


精霊ってこういう所で頭が固いからなぁ。


まあ、幸いにも精霊の声は加護を与えられた人間しか聞こえないからこのわざとらしいやり取りも周りにはばれないだろう。


そういうところが疎いシャルロも、蒼流とのやり取りは声を出さないから領主にばれないし、きっとアレクが領主へさりげなく話を流すよう示唆するだろうし。


代官が籠った別邸をしばらく眺めていたら、清早から返事がきた。

「シャルロが、『へ~怪しげな感じだったんだ?スラフォード伯がちょっと会計処理の不備に関して聞こうとしたら姿を消しちゃったから代官のことを探しているらしいんだよね。場所を教えてあげたら喜びそうだから、教えてくれる?』だとさ」

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