第28話 星暦552年 青の月 25日 飛ぶ?(5)
「安全ベルトを作らない?」
シャルロが朝食の時、突然提案してきた。
繰り返しに繰り返した試行錯誤の結果、何とか安定的に空をある程度の時間は滑空できる
ちなみに、一番横風の影響を受けないのは台を浮力の術回路で埋め尽くし、魔術の力だけで飛ぶ方法と言うことが判明した。
ただし、これだと物凄い魔力を消費する。
魔石を使うのでは結局台一面を魔石で埋め尽くす必要がある感じになり、一度飛ぶだけでかなりの金持ちでも破産しかねないレベルの費用が必要になる。
魔術師ならば自分の魔力で何とかなるが・・・。シャルロ並みのレベルで魔力が無いと途中で力が尽きることになる。
ちなみに、俺は空に上がって寒さを感じる暇も無いうちに尽きた。アレクは寒くなるまでいられたようだが、それでも猛烈な勢いで魔力が消費される感覚はかなり居心地が悪く、とても空を楽しめないとのこと。
ということで、結局俺たちの身長の1.5倍ぐらいの長さの翼の
で。
もうそろそろケレナ嬢に試乗してもらって普通の人間が使った場合の問題点を指摘してもらうかと話していたのだが。
シャルロとしてはちょっと不安があったらしい。
「安全ベルト?」
アレクがパンを手に取りながら尋ねる。
「浮力と質量軽減の術回路がついたベルトに、魔石をつけておくの。もしものことがあって
ふむ。
悪くないかもしれない。
「どうせなら、安全装置として
必ず命が助かるようにして、故障した
「確かにな。一回分だけの魔石にしておけば、他のことに代用されたりしないだろうし」
アレクも頷いた。
代用、ね。
ふと、空から下りることのできるベルトの利用方法が思いついた。
「だが・・・考えてみたら、これって不味いかもしれないな。王宮とかへの不法侵入の手段に使われたら俺たちにも責任を問われるかもしれない」
シャルロが首を傾げた。
「どういうこと?」
「つまり、例えばこの
王宮の警備は基本的に普通の人間を相手に設計されているだろ?だから上空から降りてくる人間というのは警備の盲点を突くことになるかもしれない」
「だが、それを言うなら魔術師だったら今だって上空から侵入出来るだろうが」
アレクが反論する。
「だけど、魔術師は基本的に戦うのに慣れていないだろ?だから侵入したところで、警備兵に見つからずに動くのは難しいだろうし、見つかった時に対魔術装備の近衛とかには対応しきれないだろう。
だが、プロの暗殺者が上空から侵入出来てしまったら・・・危険だ」
「だけど、魔術師だってウィルやダレン先輩みたいな人だっているじゃない。王宮だって例外的な魔術師を無視してはいないと思うけどなぁ」
シャルロが思いがけず鋭い指摘をしてきた。
確かに。
それこそ、孤児院の子供を片っぱしから魔術の才能が無いか確かめていけばいつの日かは魔術師でもある暗殺者を手に入れることが出来る。
「確かにそうだが・・・」
「とりあえず、学院長にでも尋ねてみたらどうだ?」
アレクが提案してきた。
「一度作ってしまったら、後で後悔しても他の人間が真似するのは目に見えているからな。始める前に確認を取っておいて損は無い」
「だな」
学院長のところに相談に行くのは良いのだが、絶対に
まあ、俺たち以外の視点が入るのも良いことだろう。
高所恐怖症なダビー氏はどうも『空を飛ぶ器具』であるあれを見ると思考が固まってしまうようで、ちょっと困っていたし。
アレクだって高所恐怖症だと言って学院際の2年目でブランコを避けていたが、何故か
聞いてみたところ、実際は『高所』恐怖症なのではなく『ブランコ』恐怖症らしい。
『絹の踊り』の知り合いの所に遊びに行った際にブランコを試させてもらい・・・落ちたそうだ。
安全装置があったから問題は無かったが、『絹の踊り』の魔術ゼロ売り文句を知っていたアレクはブランコから手が滑った瞬間に死んだと思ったらしい。
そう考えると高所恐怖症にならなかったのが不思議なぐらいだが、まあ問題が無くて良かった。
◆◆◆
「ほほう、空を飛ぶ魔具か。面白そうじゃないか」
お茶を淹れながら学院長が笑った。
「是非、試乗させてもらいたいものだな」
「結構ですよ。ついでに、何か改善点に気が付いたら言って下さい。伯爵令嬢を試乗させる前に、何も知らない人にも試乗してもらいたかったし。学院長だったら何かがあっても安心ですしね」
カップに注いだお茶を俺に渡しながら学院長がソファに座った。
「で?何が問題なんだ?」
・・・考えてみたら、俺って問題があるかアドバイスが欲しい時しかここに来ないよなぁ。
「実は、安全装置として上空で何かあっても無事降りられるベルトを作ろうと思うんです。1回落下用の使い切り分だけの魔力が入った魔石をつけるつもりなのですが・・・考えてみたら、意図的に
にやり。
学院長が笑った。
「ちゃんと、歴史の授業も聞いておけという良い教訓だな。アレクやシャルロが気がつかなかったのは意外だが」
??
全く話が見えていない俺に、小さくため息をついて学院長が説明を始める。
「魔術の神は?」
「ダルファーナ神ですね」
一応、全ての魔術師はダルファーナ神に加護を与えられて生まれてきたと言われている。
本当かどうかは知らないが。
そりゃあ、かなり能力がある魔術師は神から認識されているかもしれないが、平均レベルの魔術師まで全部把握しているとは考えにくい。
第一、全部把握しているなら神様が危険な禁呪とかを完全に禁じるんじゃないかね?
もっとも、人類があれだけ色々と危険な魔術に手を出してきながらも滅んでいないことが神の干渉の証拠なのかもしれないが。
「ダルファーナ神の神殿長は?」
神殿長というのは世俗的な影響力があることから、各国に一人ずついる。理想としては神が選ぶのだが、選ばれるような人材がいない場合は神官や世俗の権力者が神殿長を決めている。
場合によっては神によって選ばれた都合の悪い人間を禁固したり殺したりした為、神に見捨てられた神殿もあるとの事だ。
そんな権力争いや汚職に関係の無い一般人としては、そう言う汚い人間を是非とも罰して欲しいところなのだが、大抵の神は自分のお気に入りの神官だけを助けてその神殿の祈りに二度と耳を貸さなくなってしまうらしい。
神罰が下って神殿の建物が砕け散ることも偶にはあるけど。
その方が俺たち一般人にとっては有難いんだけどね。
二度と耳を貸さないなら、一般市民に『家主不在』と知らしめてくれないと困る。
単に人材がいないから神に選ばれた神殿長が不在な『時には耳を傾けてもらえる神殿』と、過去に神の怒りに触れた『完全に無視される神殿』の違いが分からないのは非常に不都合なのだ。
お陰で俺みたいな、神の加護に懐疑的な人間が増える訳だ。
まあ、それは良いとして。
魔術の神の、神殿長。
誰だったっけ?
授業でやったはずだが・・・。
「考えてみたら、神殿ってどこにあるんでしたっけ?」
はぁぁ。
学院長が深くため息をついた。
「もう少し歴史と教養の授業に耳を傾けてもらえるよう、授業を工夫させねばな。
この国の神殿長は必ず王家の血を引く人間なんだ。神に愛された家系だからこそ、王座につけたと言ってもいい」
そうだったけ?
言われてみれば、そんなことを聞いた気がしないでもない。
だが、単なる権力者が自己正当化用に広めた御伽噺だと思って聞き流していた。実は本当のことだったのか。
「初代の国王のように神の愛し子である神殿長は少ないが、それでもこの王国は魔術の神の加護が豊かだ。その加護の一つが、王城の結界だ。これは授業でやったぞ?」
おやおや。
失礼しました。
「国の防衛に係わることだから公にはされていないが、あの王城の周囲にはそれなりのサイズで魔術が使えないフィールドが結界として張りめぐらされている。上空もカバーされているから、お前さんたちの道具を使ったところで落ちてぺっちゃんこになるだけだ」
他言するなよ、と睨みながら学院長が説明してくれた。
なるほど。
初代国王とかが優れた魔術師だというのは聞いていたが、魔術の神と直接話ができる程の神官だったとは知らんかったぞ。
「ダルファーナ神の神殿ってもしかして王城にあるんですか?」
お茶のお代わりを淹れに立ち上がりながら、学院長が首を横に振った。
「一応、神に祈りをする為の祈祷の場はあるが、元々ダルファーナ神は信仰を求めない神だからな。神殿と言うモノ自体が存在しない」
「・・・神殿が存在する他の神って信仰を求めているんですか?」
思わず、聞いてしまった。
光や闇の神殿長と仲良さげだった学院長なら本当のところを聞いているかもしれない・・・なんて思って。
「さあな。別に、自然の営みを歪めることさえしなければ、神々は人間が勝手に生きていても気にしていないようだ。自分のお気に入りがいる場所の祈りの方が、気まぐれでも耳を傾ける確率が高いらしいが」
そうでっか。
まあ、神にとっての俺たちなんて、俺たちにとっての蟻・・・かせいぜいペットぐらいのものなんだろうな。
気にもしないか。
「とりあえず、安全ベルトやらは作っても構わんぞ。どうせ悪事に手を染める魔術師はいつの世にだって存在するんだ、魔具でそれを多少しやすくしたところで、大きな違いはないだろう」
まあそうだよな。
別に画期的に新しいアイディアではないんだから、本当にどこかに侵入するのに上空からが一番の方法だったらその為の魔具を作った人間だって今までにいるだろうし。
「分かりました。今度、よろしかったらお好きな時に試乗に来てください」
出来れば早い目に来てくれる方がいいんだけどね。
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