シーフな魔術師 第二章〜新社会人!でも何故か色々巻き込まれ?

極楽とんぼ

第1話 星暦552年 藤の月 4日 新居

アファル王国において、基本的に土地は王家、貴族もしくは神殿に属する。

新しく土地を開発するにしても、王家もしくは貴族がスポンサーとして金を出し、農民が開拓作業をする。

開拓に参加した農民はその土地を安い賃料で優先的に使う権利が得られ、この権利は子供へと相続される。ただしこの権利を売ることは出来ない。

例外として、子供が複数いる場合は相続の際に一人にその使用権を集中させる代わりに他の子供が対価を受け取ることは可能だ。


開拓した農民が死に絶えるか自分から離れた土地の場合は普通の小作を行うことになり、地主にとってはその方が賃料は多く入る。


だから性悪な貴族や代官は態と税率を上げたり兵役を押し付けたりすることで開拓農民を追い出し、小作農民を増やそうとする。


まあ、これはやりすぎると民衆の不満が溜まって暴動を誘発したりするが。

当然その場合、民衆の不満は当該貴族だけでなくそれを監督している筈の王家にも及ぶので、貴族がバカをしないように王家が目を光らせていて領民の扱いに関しても法で規制されているし、貴族の悪虐な違法行為を王家に直訴できる制度も整えられている。


もっとも、現実的な話として王家への直訴制度なんぞ知っている農民はほぼ存在しないが。


それはさておき。

王都の周辺の土地はもう何百年も前に開拓し尽くされているし、バカな貴族もほぼ淘汰されている。

長い歴史の間に王都周辺地域の領主が死に絶えたり不祥事を起こして領地を没収されたりで、かなりの部分は王家の物になっているし。

王家の人間がちょっとした散策の際に通りがかるかもしれない場所で悪政をするほどアホは長生きしないし、王都の周りで暴動が起きれば危険だからそれなりに王家の方も周辺の代官や貴族領主の仕事ぶりに目を光らせている。


一般の市民は農業を営まない場合は村や街の土地を借りて商売をするなり住むなりする。

この借地契約は1年単位もしくはもっと長期でも可能だ。

シェフィート家のような豪商はそれこそ100年契約で土地を借りているらしい。

まあ、長期にしようと思うとそれなりの出費が最初に必要だから、3カ月から1年程度が一般的だ。


俺たちは・・・それなりにどっしり腰を落ち着けて働きたかったので、5年契約でとりあえず土地を借りることにした。

気にいったら延長できる権利付き。

こういう契約をする時にオレファーニ侯爵家の名は役に立つ。別に便宜を図ってはくれないが、少なくとも足元を見られず、不当な請求もされない。

まあ、シャルロ独りだったら騙されたかもしれないけど、横にシェフィート家のアレクがいたし。


俺は単なるおまけ。

だから土地の貸借契約をシャルロとアレクがやっている間に俺はこれからの準備をしていた。


俺たちが最終的に選んだ土地は、元々とある金持ち商人が持っていた屋敷らしい。それなりに広い舞踏室ボールルームがあったのでそれを工房として使うことにした。

敷地内にあった厩はそのままラフェーンやアスカの住処となる。ついでにシャルロの馬も置くつもりらしい。


俺は馬にはあまり乗りたくないから必要に応じて村で借りる予定。

一応急がないならアスカに乗って地下移動も可能だし。

どういう原理なのか分からないが、土の幻獣だけあってアスカの地下移動能力は高い。

土を掘っているはずなのに人間が歩くより早く移動できるし、俺を背中に乗せていたら俺の分のスペースも開けて地下を移動できる。

これで地面が陥没したりしないんだから、本当に不思議だよなぁ。


ドラゴンが空を泳ぐのと同じ様に土竜ジャイアント・モールは土を泳ぐ。

何の不思議がある?』と言われたけど、やはり不思議だ。

まあ、あれだけ大きな体の竜が飛ぶのだって理不尽と言えば理不尽か。

全部幻獣の『魔法』と言うしかない。

流石に空を飛ぶドラゴンどころか走る馬よりも移動速度は遅い(歩いている馬とは同じ程度)ので急ぐ時の移動手段としては使えないが、いつでも俺を運ぶのは構わないと言ってくれたので急がない時は利用させてもらうつもりだ。


ダビーとアドバイザー契約(というか単なる守秘義務とアドバイス料を決めただけだけど)を結び、新居の場所を決め、土地貸借契約を準備し、魔術師認定試験を受け、卒業式に出席し・・・と年末は忙しかった。


お陰で寮は年末前に出たものの、新居の準備が間に合わず暫くシャルロとアレクは実家に戻り、俺は宿暮らしだった。

だが、今日の契約が済んだらやっとこちらに引越して来られる。


まだ色々足りないんだけど、他人の家に忍び込んでその屋根裏で寝ることもあった俺にしてみりゃ、暫く空き家だった家なんて全然許容範囲内。


ただ、アレクとシャルロもすぐに引越してくると言っている。中の準備が終わるまで待てと言っているんだけどねぇ。

俺が我慢できるからって、自分も我慢できると思うのは無謀だぞ・・・。


◆◆◆


「では、これから5年間、ご自由にお使いください。」

代官の手の者は捺印された契約書を俺たちに渡し、出て行った。


屋敷の中には商人が出て行った際に置いて行った家具がいくつか残っているだけで、殆ど何もない。

埃と蜘蛛の巣だけと言った方がいいか。


「誰か掃除に雇おうかと思ったんだが、これだけの広さを清掃するのに何日かかるか分からないからな。シャルロ、蒼流に水洗いを頼めるか?1階と2階をやってくれたら清早が3階と外部を洗うから」

契約には関与していなかった代わりに契約後の準備の担当だった俺が指示を出す。


「蒼流、お願いできる?」

シャルロが精霊に頼み込んでいた。

ま、一応清早にどうやって清掃するのかは説明して、それを蒼流にもそれとなく伝えておいて貰ったから問題は無いだろう。


高位精霊に掃除を頼むなんて前代未聞だろうけどさ。

シャルロ溺愛の蒼流なら問題なし!


本当は近所の人を雇って徹底的に清掃させた方が周りとの近所付き合いもできて一石二鳥なんだけど・・・。数年程放置されていた為汚れがひどく、水洗い無しにはちょっと使えないレベルだったんだよね。

そんでもって冬の今に水洗いなんてやる方も嫌だし、やった後にも渇くのに時間がかかって下手したら家中カビだらけになってしまう。


ということで近所付き合いはまたの機会にすることにした。


蒼流がシャルロにどう答えたのかは聞こえなかったが、あっという間に水が家の中を流れ周り、汚れを洗い落として姿を消していく。

清早も同じことを3階の小部屋と外壁にやっている。

流石水の精霊。見事だ。

あっという間に建物の中は埃一つない、清潔な状態になっていた。


「家の中の家事を頼む為に近所の人を適当に通いで雇っているから、扉とか床のワックスがけはおいおいやってもらう予定。だから床に艶が無くても気にしないでおいて。

とりあえず、家具を入れちまおう」


一応、ディナーテーブルとリビングルームのソファはアレクとシャルロが相談して適当なモノを入手して、朝一番に敷地まで運びこんである。

頻繁に人を招く気はないが、それなりに家族や仕事相手が訪れる可能性はあるからあまり安物一辺倒では困るから、家具の選択に俺は口を出さなかった。


工房は現実的な物でいいということでダビー氏とも相談しながら俺が製作台と本棚を複数入手している。


「厩に干し草と飼い葉類はもう運び込ませた。水も厠と風呂場と台所へちゃんと流れるし、排水も確認してある。あとは・・・あ、パディン夫人が来たから紹介するよ」

俺たちの新居で家政婦として働く人だ。

本当は3人でちゃんと面接とかした方が良かったんだが、何と言っても時間が無かったので俺が独りで選ぶことになった。うまくいかなかったらシャルロが『実家から人が来ることになったから』と言って辞めてもらうことで密かに話は付いている。


外に積んである家具を疑わしげに見ていた初老の女性が扉の前に来たので、玄関を開いて相手を中へ招く。

「シャルロ、アレク。こちらがこれから俺たちの家と工房の家政婦をしてくれるアレシア・パディン夫人。パディン夫人、こちらがシャルロ・オレファーニとアレク・シェフィートね。これからよろしく」


「よろしくね。何か困ったことがあったら言って」

シャルロがにこやかに挨拶をし、アレクが続く。

「色々音がしたり変なことをしていると思われたりする時もあるかもしれないが、気にしないでくれ。

そういえば、ウィルが説明したと思うが、この家の中で見たことは我々の許可なしには他の人には言えないということは理解していただけているのだな?」


パディン夫人はこの郊外の農村には珍しい、若き日に貴族の家で勤めていたという経歴を持つ人間だ。住む予定の人間の素性を説明した時には驚いていたが、しっかりと約束してくれたから大丈夫だろう。

何故か被雇用人探しに付き合ってくれたシャルロの妖精王アルフォンスも信頼できると言ってくれたし。


「勿論ですわ。

ところで、掃除は手配してあるとのことですが、いつごろ終わりますか?色々運び込みたいものがあるのですが」


「ああ、もう終わったよ。水洗いだから後で時間がある時にワックスがけをしておいて。運び込みたいモノは台所に入れればいいの?家具を動かすついでに動かすよ」


俺の返事にパディン夫人は微妙に『嘘つけ』という顔をしたが、流石にそれは口に出さずに頷き、『よろしくお願いします』とだけ言って夫人は上にあがって行った。

自分で確認しに行ってやんの。


まあ、いいんだけどさ。

以前彼女が勤めていた貴族は魔術師の家系では無かったらしいから、魔術師と暮らすのには慣れていないんだろうな。


「そんじゃ、運び込みますか」

「「そうだね」」


契約完了まで家の中に物を運び込めなかったので、朝一に敷地まで運びこませた(本当は敷地内に運び込むのも厳密にはいけないんだが)家具のところへ行き、浮遊レヴィアをかけて動かす。

ついでに荷車に積んであった料理道具やら食材やら掃除道具も。


この家はそれなりに立派な台所があったので、3人で相談した結果、料理も頼むことにしたのだが・・・料理人は一応パディン夫人が候補者を見つけてきて俺たちに試食させることになっている。

そろそろ腹が減ってきたんだが、その候補人はいつ来るんだ?


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