魔法少女とは
氷水とうふ
プロローグ 「魔法少女」
数十年前、奇跡の子と呼ばれるこどもが誕生、発見され話題となった。
するとその奇跡の子が誕生した事を皮切りに同じ様なこどもが多数誕生し、これまた話題となった。
そしてそれらの子が皆一様に女の子であることが知られていくと誰が言ったか、彼女らは「魔法少女」として瞬く間にその存在が日本全国へと広まる事となった――
朝、目を覚ますと時々自分が何者なのか分からなくなる時がある。
しかし自分が何者か分からなくなる程度ならまだ良い方。一番厄介なのは起きた瞬間自分は今ここに存在してないんじゃないかと思ってしまうパターン。
その時の心臓の鼓動、息切れは寝起きにはきついものがある。
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃーい! 怪我しないように気を付けてねー!」
朝のお母さんはいつも明るくてどんな天気でもどの天気よりも輝きながら朝を分からせてくれる。心が落ち着く。
えーっと、今日の集合場所は……
「おっすー!」
集合場所の交番の前で声高らかに挨拶してくる体育会系の女子、景ちゃん。声が相変わらず大きくて寝起きに響く。
「おはよー」
「相っ変わらず低血圧だなー恵美は!」
「景ちゃんが元気すぎるんだよ……っていうか葉狩さんは?いつもあの人が先にいるイメージなんだけど」
「珍しく"遅れます"って連絡来てたよ。やらなきゃいけない事があったの忘れてたんだって!」
あの葉狩さんが物忘れで遅刻。これは困った。
「とりあえず先に見回りやっちゃお!」
「うーん、まあ仕方ないか。葉狩さんの事だしお昼までには合流しに来るよね多分」
本音を言えば今すぐにでも来てほしいけど。
「そういや先輩抜きで行動するの初めてじゃない?!」
「そうだけどあんまりはしゃぎすぎないでね? 正直葉狩さんっていう鎖から解かれた景ちゃんとか何し始めるか分からなくて怖すぎるから」
「わーってるわーってるって」
分かってない人間の返答だな。
「――きゃーー!」
数十メートルくらい先の道から女の人の悲鳴が聞こえた。
「おっ」
「え?」
"おっ"と言った景ちゃんに気が付くと野生のネコ科の様な勢いで自分を追い越していった景ちゃんが10メートルは先にいるのが見えた。
「あー……もう!」
「おらっ! 早くよこせや!」
「やめてください! やめて!」
「早くしないと奴らが来るやろ! よこせ!」
「誰が来るって?」
「あ?――」
「はあ、はあ、景ちゃっ……あちゃ~遅かったか」
追いついたころには景ちゃんがスキンヘッドのおじさんの顔とツルツル頭に凹と凸を作ってしまっていた。
「この魔法少女社会で生身で悪い事するとは度胸があるね! おっちゃん!」
「くっそ……俺が女のガキに力負けしてボコボコにされるなんて……」
景ちゃんに力で勝ってる人これまで1人しか見た事ないから仕方ないさ、おじさん。
「大丈夫ですか? 悪い人は私の友人が取り押さえたのでもう大丈夫ですよ」
「そ、それがあのスキンヘッドの人と一緒にもう一人金髪の男の人がいたんですけどその人にネックレスを持っていかれてしまって」
「もう一人!? 景ちゃん! ここに着いた時遠くに向かって走ってく人とか見た?」
「見てねーよ! もう一人とかマジかよどんだけ逃げ足早えんだ」
もしくはこのツルツルおじさんより相当早くこの場を後にしてたとか……
「一旦マンションの上から見渡す! 恵美はこのおっさんの処理と聞き込み!」
「了解!」
――タッ、タッ、タッ、タッ
魔法少女特有のアスリート並みの基礎身体能力×彼女の固有魔法能力"パワーアップ"で風を切りながらあっという間に6階建てのマンションのベランダから上の階のベランダへと飛び上る。
「よいっしょ。さて、あからさまに逃げてる怪しい奴はいるかなーっと」
しかし怪しい人の動きはどこにも見当たらない。
〈やっぱ逃げるっつったら車とかバイクとかだよな~しかし数があまりに多くて絞り切れねえな〉
「さて、どの乗り物なんだろうねえお嬢ちゃん」
「わ!? なんだお前びっくりしたあ!」
マンションの屋上の隅の方にある塔屋の影から黒いコートを纏った大男が出てきた。
「いや? なに。別にお嬢ちゃんの邪魔をする気はないよ。ただ私もお嬢ちゃんが追いかけてる相手に用があるのさ。何ならお嬢ちゃんより前からね」
「何もんだ? あんた」
「……」
黒いコートの大男は視線を少し上に上げながら薄っすら微笑んでいた。
「返答無しが答えならあんたから処理するぜ」
「……まあ、今は敵ではな――」
ゴンッ!
「――あたしの蹴りをガードして腕が無事なのは流石、良いガタイしてる」
〈何つー硬さだ、音と感触的にコートの下に鉄板とかで武装を施してるな〉
「喋ってる最中に、しかも敵ではないと言ってるそばから……これだから魔法少女は自分に自信がありすぎて困るな」
「"今は"敵ではないんだろ? だったら敵になる前に倒すに決まってんだろ。 けどあたしじゃ今ん所敵いそうにないから! じゃあね!」
ヒュンッ――
〈流石に蹴り入れたこっちがダメージくらうのはどう頑張っても無理だ、あいつはおそらく反魔――〉
「おいおい、つれねえな嬢ちゃん。 倒すに決まってんだよな?」
「なっ――」
ドッッ、ゴォン!……ガラガラガラ
「うっ……くそっ、ガードした左腕がイカれた!」
〈マンションから飛び降りたあたしとあいつがこっちまで飛び降りて空中であたしに追いつく時間差、どう考えても追いつける訳ない!〉
「可能性があるとするなら……とりあえず逃げなきゃ」
〈空中から十数メートルは殴り飛ばされて瓦礫にぶち当たったけど能力で強化した肉体で受け身は取れたから左腕以外はかすり傷程度、振り切れる〉
「っくう~~魔法少女相手以外で力負けした事なかったのにー!」
「……手がかり全然無いな」
あのツルツルは景ちゃんがすでにボコってたけどより動けなくした上で交番の人に引き渡したから大丈夫。けど逃げた方は聞き込みも痕跡も無い……あ! 監視カメラ!
――もダメだった。見せてもらえたけどフードで顔写ってないとか……せめて葉狩さんがいたらなあ……
……ドゴォン
「ん? 景ちゃん!?」
「全く、裏切り者を追ってたらこんな事になるとはな」
その大きい体で景の全速力に近いスピードを維持しながら景を追いかける黒いコートの大男。
「――くっ、万全だったら間違いなく振り切れるのに、なんて素早さだ、あの体で……ん?」
「景ちゃーーん!」
「恵美!?」
「なんだ? あいつも魔法少女か? その割にはずいぶん動きが滑稽だな」
手からジェット状に液体を噴出させ飛行するもバランスが取れないのかふらふらしながら景の方に向かう恵美。
「ぎゃ! 着地失敗した!」
「だ、大丈夫か? ていうかなんだ今の飛行! 初めて見たぞ!」
「急いで景ちゃんの所に向かおうと思って咄嗟に思いついただけだよ。 てかそっちが大丈夫なの?! ボロボロのぐちゃぐちゃじゃん!」
「マンションの上で厄介な奴と遭遇してそのままあいつにやられた、多分あいつ反魔法少女の一味かその関連の奴だよ。 コートの下に武装を施してる、多分対魔法少女用のやつ」
……景ちゃんの腕折れてるよね? ……落ち着け、私。いつもそうやって焦って失敗しちゃうんだ。
「――ふう、やっと追いついた。と思ったらやっぱり弱そうなのが一人増えてるな」
「……大人しく投降しなよ。それなら無傷で刑務所に入るだけで済むんだからさ」
「横の奴が見えてないのか? 嬢ちゃんがそっちのお嬢ちゃんの仲間でその上そんな交渉を持ちかける暇があるなら、どっちが時間を稼いでその間にどっちが逃げるかでも決めたらどうだ?」
「あっそ。じゃあ致死一歩手前くらいに抑えて地獄を味合わせてから刑務所にぶち込んでやるよ」
その言葉が耳に届いた次の瞬間、黒いコートの大男は戦慄した。
瞬きをした瞬間に視界から消えた少女。驚きでもう一度瞬きをして目を開くと目の前が真っ暗だった事。
その1秒後には高圧の電流が全身を走ったかのような強い痛みと痺れが目から脳へと、脳から手足までと駆け巡った。
男の戦慄出来た時間は2秒も無く肉体も10秒と持たずもがき苦しんで倒れた。
そして男が倒れた後、程なくして少女も倒れた。
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