【完結】首なし聖女と枢機卿
笛路
第1話 プロローグ
国中で、いや世界中でと言った方が良いのだろう、疫病が蔓延した。
後に、徐々に死に到ると判明したその病は、初めは小さな虫刺されのようだった。小さなポツポツとしたそれは、少しずつ身体中に増え続け、なかなか治らない。時々痒くはなるが、それだけだった。
だが一ヶ月を過ぎた頃から急に皮膚は焼け爛れたようにグズグズになり、患部からは異臭を放つ汁が滲み出だした。そしてその汁に触った者達に次々と感染して行った。
皮膚が爛れ出してからは患者は漏れなく酷い痒みと痛みに苦しみ、そして衰弱し、死に到った。
混乱の最中、この病は皮膚が爛れ出してから半年前後で死に到る事までは解った。が、疫病が確認されてから一年半経った今も原因が何かは掴めていなかった。
そして、とうとう我国の王までもが感染してしまった。
「……聖女召喚を命ずる」
「畏まりました」
「ルイス、すまない……」
「いえ、正しき判断だと私は思います。これでいいのです」
聖女召喚。
癒やしの力を持った聖女を召喚する極大の古代魔法。
古の魔導書に記載されているのだが、解っている事は少ない。
先ず、召喚者は枢機卿以上で魔力保有量が最上位の者。
召喚者はほぼ死に到る。なぜほぼなのかは解らない。魔力の枯渇か、人間一人を召喚する対価なのか、とにかくほぼ死ぬらしい。
そして、聖女は異なる世界から来る。癒やしの力を持っている。元の世界に帰る方法は無い。召喚の成功率は三割。前例は二百五十年程前。
…………たったこれだけだ。
私は召喚した聖女に恨まれるだろう。だが、陛下……兄を、民を助ける為にはこの方法しか残されていない。命が潰える前に聖女に謝罪が出来れば良いのだが。
聖堂の地下に召喚の間がある。ここは教皇、枢機卿の中でも私を含む六名しか知らない。王族は王、王妃、王太子のみが知っている。
「教皇、先程陛下より聖女召喚を拝命致しました」
「…………そうか。陛下もお前も、辛い立場に立たされてしまったね」
「いえ、一番辛いのは聖女でしょう。どうか、手厚く、温かく、迎えてあげて下さい」
「分かった。私の名において、必ず手厚く保護すると約束しよう。……私の魔力が衰えていなければ、お前にこのような任を負わせずに済んだものを…………老体が先に逝かなくてどうする……」
「教皇、そのお言葉だけで私は救われます」
だから泣かないで下さい。優しい教皇、優しいパウロ様、私は貴方を父と慕っています。前王の父よりも貴方を。
だからどうか、笑顔で「頑張れ、息子よ」と送り出して下さい。きっとやり遂げて見せますから。
笑顔だが、涙目を隠せていない教皇に送り出され、召喚の間に籠もった。
召喚の間は石造りで重苦しい空気の部屋で、床一面に巨大な召喚陣が書かれている。今は無き、時空間魔法の召喚陣だ。
召喚陣の縁に立ち、両方の掌を陣に向け、魔力を流し込む。最大出力で放出しているのに、召喚陣に魔力が行き渡らない。
――――今、何時だ!?
いったい何時間経ったのだろうか? 一時間? 三時間? それともまだ十分なのだろうか? 時間の感覚がおかしい。頭が割れそうに痛い。この国随一の魔力量を誇る私が魔力切れを起こしかけている。本当にこれで召喚出来るのだろうか? 脂汗が止まらない。目眩がする。これは本当に現実なのか? もしかしたら夢なのでは…………? 魔力の放出を止めたら、いつもの寝台の上で目覚めるのでは?
――――気を確かに持て! これは現実だ!
私の肩に幾千幾万の命が掛かっているのだ。私が失敗すれば次は別の枢機卿達、彼らさえも失敗すれば教皇の番になってしまう!
――――魔力が切れそうだ? ならば生命力を魔力に変換しろ!
何時間、いや、何日か? どのくらいの時間が経過したのだろうか。不可能ではと思えた召喚陣への魔力注入もあと少しな気がする。
もう立っていられない…………随分前から目も見えなくなっている。だが、必ず成功させてみせる!
ふと、体が軽くなった。
それと同時に、召喚陣から膨大な魔力の波動を感じる。
「成功…………したのか?」
召喚陣から人の気配がする。どんどんと近付いて来る。目は見えないが、走るような足音が聞こえる! 聖女様だ! 私は聖女召喚に成功したのだ!
「聖じょ――――ぐぁぁぁぁぁぁ!」
聖女様に話し掛けようとした瞬間、あらぬ所に激痛が走った。腰、背中、脳髄に響き渡る激痛。
男の急所とも言える、ソコを力一杯踏まれたのだと、意識を手放す中で確信した。
あぁ、これは死ぬな。間違い無く死ぬ…………男として、も。
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