第33話

「ふあー。よく寝た」

 あおいが目を覚ますと、玄関の方が騒がしい。

「どうしたのかしら?」


 あおいは普段着に着替えると、扉を開けた。するとそこにはクレイグがいた。

「おはようございます、あおい様」

「おはようございます、クレイグ様。今日は一体どうしたのですか?」

 クレイグはにっこりと微笑む。あ、なんかヤバそうだ、とあおいは思った。


「あおい様、先日は急に城に来られましたので、おもてなしも出来ず申し訳ありませんでした」

「え!? いえ、あの、こちらこそ勝手に入り込んで申し訳ありませんでした」

 クレイグの目が冷たく光った。


「そこで、アレックス王子のご友人としての振るまい方をご指導致したいと思いまして、お迎えに参りました」

「え!?」

 あおいは息をのんだ。


「それでは馬車にお乗り下さい」

「……はい」

 あおいはクレイグの指示に従った。


「あの、クレイグ様。友人としての振るまい方とは何でしょうか? クレイグ様が教えて下さるんでしょうか?」

「いいえ、私ではなくメイド長のクレアが礼儀作法とダンスをお教えします」

「……分かりました」

 あおいはクレアが怖くないと良いなと思った。


 馬車は程なくして王宮に着いた。


「お待たせ致しました。どうぞ」

「ありがとうございます」

 クレイグの手を借りて、あおいは馬車から降りた。


「はじめまして。私がクレア・エリソンです。メイド長を務めております」

「はじめまして。私は川崎あおいです。町でクレープ屋をやっております」

「存じております」

 クレアは少し怖い感じがする40代くらいの細身の女性だった。


「それでは、あおい様。姿勢を正して下さい」

「はい!!」

「クレイグ様はここまでで結構です。広間に向かいましょう」

 クレアは音を立てずに滑るように歩いた。

 あおいがその後を着いていくと、カツカツという靴音がした。


「音が出ています、しずかにお歩き下さい。あおい様」

「はい!」

「声が大きいですよ」

「……はい」

 あおいはクレアの言うとおりに姿勢を正し、音がしないよう気をつけながら歩いた。


 広間に着くと、すこし古びたドレスが用意してあった。

「この服にお着替え下さい。私は外で着替えをお待ちしております」

「はい」

 あおいはドレスに着替えようとして、困ってしまった。


「あの、手伝って頂けませんか? コルセットを着けたことがないもので」

「え!? いえ、分かりました」

 クレアはあおいにコルセットを着せると、キツく紐を引いた。


「うぐっ、苦しい」

「変な声を上げないで下さい、あおい様」

 ようやくコルセットを身につけドレスを着ると、あおいはホッとため息をついた。


「さあ、それでは今から礼儀作法をお教え致します」

「この格好でですか?」

「はい。町を歩く格好で王宮に来られましても困ります」

 クレアは冷たく言い放った。


「はい、わかりました」

 クレアの説明はわかりやすかった。あおいは分からないことは聞きながら最低限のマナーを身につけることが出来た。

「それでは次はダンスですね」


「ダンスなら、少し踊れます」

「町のお祭りのダンスとは違いますよ」

 そう言って、クレアは男性のパートを踊り出しあおいをエスコートした。


「ダンスはお上手ですね」

「はい、アレックス様に教わったことがありますから」

「ピクニックに行ったときでしょうか?」

 あおいは背筋が凍る思いで踊り続けた。


「アレックス様のご友人として、今後お茶会や舞踏会に呼ばれることもあるかと思います」

「はい」

「きちんとしたドレスをご用意してください。それに徒歩ではなく馬車でお越し下さい」

「……はい」

 あおいはクレアが一言言う度に身が縮む思いをした。


「アレックス様は気さくな方ですが、王家に泥を塗るようなことがあってはなりません」

 クレアは笑顔であおいに釘を刺した。クレイグよりも怖いかも知れない。

「それでは、今日はここまでに致しましょう」


「はい!」

「声が大きいです」

 クレアはそう言ってため息をついた。


「アレックス様も面白いかどうかで物事を決めてしまうのは辞めて下さらないかしら」

「面白い!?」

 あおいは顔から火が出そうになった。恥ずかしくて今すぐ家に帰りたいと思った。


「それでは、お着替えが終わりましたらお声がけ下さい」

「……あの、コルセットが一人では取れません」

「お手伝いしましょう」

 クレアがテキパキとコルセットを緩めると、あおいは体が楽になった。


「ああ、苦しかった」

「これくらいのことで音を上げるなら、アレックス様には王宮でお会いすることは禁止させて頂きます」

「う、分かりました。頑張ります」

 あおいはうなだれて王宮を出ると、まちのドレス屋に向かった。


「あの、すいません。王宮に着ていけるドレスと靴とアクセサリーをワンセット下さい。なるべく安いのでお願いします」

「あれ? クレープ屋のお嬢さんじゃない。いいよ、良いところを見繕ってあげるよ」

 ドレス屋のお兄さんは奥からラベンダー色のドレスと靴、ガラス細工のペンダントを取り出して並べた。


「コルセットもお願いします」

「おっと、忘れてた」

 あおいは一揃いを見てため息をついた。高そうだ。


「全部で150ゴールドね」

 ドレス屋のお兄さんは良い笑顔で言った。

「ええ!? 高い!!」

「これでもだいぶ値引きしてるんだよ?」


「……それじゃ、これ、全部いただきます。町外れの家まで届けて下さい」

「はいよ。お代は家で払えば良いよ」

「ありがとうございます」

 あおいはため息をついた。


「しばらく、真面目に働こう」

 あおいはうなだれたまま、家路についた。


 

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