第29話一等星《フォルスタァ》の教え
カミーリャ達が謎の屋敷が在る土地を調査をしている時、ルーティスはアルフィード領から脱出してきた民の傷や食糧を回復して癒していた。今ここの状況は控えめに言っても最悪であろう。彼らが領地から持ち出した食糧を全てかき集めても僅かにしか無く付近にはすぐに狩れる獲物や果実、それどころか水すら見当たらない荒野だ。負傷治療の後は難民達の餓えを解消する事が自分にとっての急務であるなとルーティスは回復魔法を怪我人にかけつつ切に感じていた。
「おーい白魔導士の坊や。言われた通りうちらの食糧全部集めてきたぞ」
怪我をしていた男性を治療中のルーティスが振り返るとそこには農民のラインバルトが自身の背中位の袋を抱えて持って来ていた。
「ありがとうございます。そこに置いておいて下さい。後で全て浄化しますので」
怪我の箇所に光の粒を注ぎながら答えるルーティス。「あいよ」とラインバルトは荷物を音も埃も立てず静かに優しく下ろした。
やっぱり食糧は残量は少な過ぎるようだねと、ルーティスは双眸を細めた。ラインバルトの持って来た食糧がこれで全部だと言うなら節約しても二日が限界だろう。どこかで調達したいがこの土地ではそれもままならない。遠くに狩りをしにいくべきか、白魔法でこの土地を開拓するかが選択肢に上がる。今現在は離れる訳にも行かないので後者の方が良さそうだとルーティスは判断し、食糧を浄化したら次は一時的にこの土地に白魔法をかけようと予定を立てる。
そう言えば屋敷の調査に向かったカミィとレイは大丈夫だろうか? ふと気になったので付近を廻る風の魔力達に尋ねてみる。
(レイは守護していた精霊と魔獣組みと戦闘中。カミィ達は……屋敷までたどり着いてニノ様とはぐれた……みたい? レイはともかくカミィ達の様子はいまいち良く判らないね)
どうやら調査している土地はかなり広いらしく、小さな都市位にはあるらしい。更に不可解な事に魔力が過剰流入してきても対処出来るように魔導陣を最初から敷設されてあるようだ。おまけに流れ込んだ魔力はその土地を守護する機構の制御下におかれ魔獣へと成る為に中々話を聞き出せない。
(……まるで魔力が存在しない世界から存在する世界に転移する事を予測していたような都市の構築だね。不思議だよ)
カミィ達と合流したら話を聞かないとねと。ルーティスは胸中で頷く。
「坊主、食糧は大丈夫そうか?」
ラインバルトに尋ねられてはっと気づくルーティス。どうやら自分の手が止まったのが不安だったらしい。
「量が少ないのが心許ないですが全部浄化は出来ますから無駄は無く使えますよ。ただ果実の種等は残して下さい。また地面に生やして使いますので」
そこまで説明すると、ルーティスはよろしくお願いいたしますとラインバルトに要求する。
「あぁ判った。皆にもそう伝えて――おっとすみません『神父』さん」
それを聞いて立ち去ろうとした瞬間、ラインバルトは足を止めてやって来た人物に会釈をした。
誰だろうかとルーティスが見上げた先には中年期の男性が立っていた。白髪の混じる短めの黒髪に少し顎肉のついた恰幅ある体型に首から提げられた『八方向に輝く一等星の銀細工ペンダント』が光る。この方がラインバルトが挨拶した神父さんなのだろう。
「……君が、ニノ・アルフィード様から雇われた白魔導士さんですか?」
神父さんがルーティスと同じ目線に屈んで開口一番はこの一言だった。まっすぐにルーティスの双眸を見据え、感謝と何故かもどかしさを浮かべた眼差しで、そう告げてきた。
「はいそうです。何かご用ですか? 回復魔法や浄化魔法は一人一人状況を見てかけたいので順番通りに致しますね」
ルーティスは治癒魔法を止めなかったが純粋な瞳で真っ直ぐに見つめて返す。
「私達の為に本当にありがとうございます。そして申し訳ありません」
唐突に。神父さんはルーティスに片膝をついて頭を垂れた。まるでそれは、自らの神に祈るように。
「あ、いえいえそんな! 白魔導士は人々を癒すのが仕事ですから!!」
相手の思わぬ動作に困惑して。ルーティスは手を上下に振ってしまう。
「しかし我々には子供を働かせたり危険を犯させたりする事が心苦しいのです。我々の教義に反するのは見ていられません……」
悔恨の念と涙を端々に浮かばせた呻きを洩らす神父。彼が神父である事、そして教義と述べていた所を見るに、彼の宗教とっての守るべき戒律を守る事がルーティスに頼んでいる状況が辛いのであろう。
「神父さま、僕は白魔導士です。白魔導士は人々を癒すのが務めでそれが僕らの使命です。だからお気になさらないで下さい。お気持ちだけはありがたく受け取りますので」
ルーティスもまた、片膝をついて神父さまの肩に手を乗せ毅然と返す。それが自分の使命だと言わんばかりの強い口調だ。白魔導士という存在が如何なるものかと体現するかのような、優しくも固い物言いである。
「白魔導士ってのは大変なんだな……」
そのやり取りを見ていたラインバルトは居心地悪そうに頭を掻きながら呟いた。
「気にしないで下さい。それが白魔導士達の生き方なのですから」
また立ち上がり。ラインバルトを見上げ微笑むルーティス。現世に神が降臨したなら浮かべるであろう優しい表情が不安も罪悪感も苦悩も霧散させる。子供の純粋さに大人の慈愛が混ざる、何とも不思議な空気がここに居る皆を包み込んでゆく。
「……白魔導士さん。何か我々に手伝える事は有りませんか? 我々も小さな生命から与えられてばかりでは申し訳ありませぬ」
目頭を押さえた後、神父さんも微笑みを浮かべた。
「そうですね……。では無事で動ける人々で追っ手の見張りと荷物を纏める準備をしていて下さい。すぐに出発出来る様に整えていて下さい」
そんな神父さんにルーティスはそう答えた。神父さんは「判りました、優しい白魔導士さん」と返す。
「しかしニノ様は大丈夫かな……?」
蚊帳の外に居たラインバルトが虚空を見つめてぽつりと洩らす。
「それなら大丈夫ですよ。僕が信頼するあの二人が護衛に就いてますので」
ルーティスはそんな彼が安心出来るように真っ直ぐにしっかりと見据えて返す。それと同時に魔力達を集めて新しい情報を尋ねるのも欠かさない。
僅かに流れ出てくる魔力達が語るには状況は変わっていない。ただレイが現時点で自在に戦力を発揮できていないみたいだ。理由はどうやら魔力崩れがこちらの難民キャンプと調査中の屋敷が在る土地に及ぶのを警戒してらしい。対する魔獣は少しずつ自身の力を使いこなしているが、やはりレイとの差を埋めるに至っていない。現時点で黒い雷みたいな精霊と連携してもレイの方が上手である。
唯一彼が精霊と魔獣を仕留め切れないのは。戦場が悪すぎるというだけだろう。
(もっともそれも、カミィ達が屋敷を制圧すれば済む話か)
更に微弱な魔力達の情報から魔獣の発生条件と目的、屋敷についてを聞き出すルーティス。魔獣達の発生原因は『屋敷とそこが存在している土地の守護』で間違いないだろう。それならカミィ達に屋敷の中枢機能を制圧すれば魔獣達も抵抗出来なくなる。問題は何故魔獣達がこの地と屋敷を護りたいか、だがそこは多分魔獣達に聞いても捕まえて魔力から探っても判らない位に巧妙に隠されている筈だ。魔力が完全に存在しない場所から魔力が在る世界に転移する可能性を視野に入れて屋敷を設計した位の相手にそんな小細工は通用しないだろう。まずは屋敷を制圧してその土地を地道に調査するしかあるまいとルーティスは予想していた。
「ラインバルト様、ニノ様達は無事ですよ。神父さんと一緒に後少しで皆さんが出発出来るようにして貰えません、か? ――!」
二人に告げた瞬間、ルーティス虚空を睨み駆け出した。驚愕して止めようとした二人だがそれも振り切られた。
ルーティスが立ち止まり睨む視線の先は。仲間達が調査に向かった土地が在る場所だった。
「お、おい! どうした坊主!!」
何事かと慌てて駆け寄るラインバルトに、
「来ないで下さい! 今から『魔力崩れ』が来ますから!!」
右手で制して叫ぶルーティスだ。
刹那。地鳴りのような轟音が響き、付近の地面が揺れ動く。
「な、何だ?!」
「これはいったい……?!」
突発的な地震の光景を見ているかの風に、ラインバルトと神父の二人が周囲を見回す。他の人々もあまりの揺れに飛び出して来た。
「皆さん動かないで! 僕が何とかしますので」
ルーティスは振り返らず、一点を凝視したまま答えた。そんなルーティスに応えるように魔力達も土地を脅かさない程度に集束してくる。
同時に『魔力崩れ』が発生した。魔力の流れを見る事に長けた魔法使い以外は『不可視の大質量魔力の洪水』を認識は出来ない。今この場でそれに対処出来るのはルーティスただ一人だけだ。
ルーティスはまっすぐにこちらを呑み込み押し流すような大質量に備える。確認出来るおおよその魔力達は風と雷、そして闇を帯びている。
「レイ、暴れ過ぎだぞ。まぁ良いや。これは利用させて貰うよ」
ルーティスは苦笑しつつ虚空を眺めると人差し指の先に魔力で出来た小さな光の球を創り出す。
そしてそれを、優しく野生に還すように人差し指から魔力を不可視の大洪水に向けて放つルーティス。そんな頼りない攻撃では大丈夫かと、判らないなら疑う者も多いだろう。だが魔力崩れの洪水にぶつかった光球はその勢いを洪水から清流へと変え、やがてはただの花びらへと姿を変えキャンプ付近の土地に降り積もる。
そして。それらが土地を脅かさないように融合し草花が芽吹き植物達が育ち、やがては食べれる果実や植物を実らせる。
一面の荒野だった場所は。キャンプ地だけを残して優しい色合いの緑が包む森林へと変貌する。
「こ、これは……!」
驚愕に眼を剥く神父さんに、
「魔力崩れの力を借りてこの場所を森林に変えました。少しだけなら食糧難も軽くなるでしょう」
くるりと妖精が踊るように振り返ったルーティスから無垢な笑顔で答えられた。
「こらレイ! 暴れ過ぎだぞ!」
またしても謎の土地の方を向いて。腕を組みお説教を誰も居ない虚空に飛ばすルーティス。それに呼応するかのように魔力達がおずおずと集まりルーティスの周りを旋回する。まるで反省する子犬のようだ。
「あぁ……成程。魔獣と精霊の方が……それなら仕方ないね。こっちは大丈夫、何とかしといたからね」
バツの悪そうに廻る風の魔力を撫でながら、また独り何かに納得しながら頷くルーティスだ。
「いやー凄ぇな坊主……」
はーと感嘆の声を洩らすラインバルト。難民達も何が有ったかは判らないが辺りを見回してどよめいている。
「この森林から果実を収穫して行きましょう」
「でも坊主……どんな木の実が生っているか俺達判らないぜ?」
「それなら大丈夫ですよ」
その瞬間。ルーティスに応えて足元から一本の木が生える。魔力の影響を受けて生えたからか少し蔦のようにしなやかな幹と枝葉だが、その先には一つの果実を宿らせていた。
淡い金色の輝きを放つ美しい果実だ。成人男性の手のひら大の完全な球形していて、果皮の下でまるで大気が世界を廻るように金色の輝きが渦巻いている。
「ここの森林に生えている果実は全てリークの実、本来はカスタル王国だけしか生えない果実ですが……ちょっと特別に魔力を調整してこの地にも生やしました。栄養は本家には負けるので身体の治療や空腹を満たすのに使いましょう」
ルーティスがその果実を取った瞬間、それが合図だと言いたげに付近の森林にも同じ果実が鈴生りに実り出す。
「さぁ果実を摘みましょうか」
ラインバルトと神父さんに手を差し伸べ微笑むルーティス。それに呼応するように力尽きていた者達に魔力が流れ込んでゆき果実を収穫出来るだけの活力を与えてくれた。
「本当に何から何まで……ありがとうございます白魔導士さん」
神父様はまた『一等星の銀細工ペンダント』を握り。祈るようにルーティスへと感謝を述べた。
「いえ、これも白魔導士の仕事――……? 神父様、いったい何をしているのですか?」
歩もうとしたルーティスは、ふと神父様の仕草が気になって尋ねた。彼が神父様と呼ばれているので何らかの宗教に属して居るのは理解出来るのだが……
「あぁ白魔導士さん。これは『フォルスタァ様』への感謝の祈りなんですよ」
「フォルス、タァ『様』……?!」
神父様の答えに、ルーティスは目を見開いた。
「お? 白魔の坊主、『フォルスタァ教』を知らないのか? こりゃ珍しいな」
ルーティスの疑問に割り込んでくるラインバルト。
「フォルスタァ教は結構有名らしい宗教でな。確かええっと……?」
「はは、ラインバルトさん。我が宗教の教えは『やがてこの世界に産まれてくる救世主フォルスタァ様に戦わせずこの世界を楽しんで貰う』、ですよ」
「あぁそうだった。神父さんごめんなさい、俺は入って無いからちょっと判らなくて……」
「いえいえ、構いませんよ。我が教えは無理強いは厳禁ですので」
二人が話している最中、
「何でその名前が……?! 君達も誰が教祖か知らないのかい?」
ルーティスは納得出来ない表情で困惑げに旋回する魔力達と相談していた。
「? どうした、坊主?」
心配そうに覗き込んでくるラインバルトに、
「あ、いえ。何でもありません。それより早く果実を収穫しましょう」
ルーティスは顔を上げて微笑みを返した。「よし行くか」とラインバルトが真っ先に進み神父さんも着いて行く。
「……フォルスタァ教、ね。どんな経緯で『その名前』がこの世界に現れたか調べる必要があるな」
たった一人。ルーティスは口元に手を当てて考え込んでいた。
「おーい坊主! すまないが君は皆の治療を頼む!! 食料確保は俺達に任せなー!!」
そんなルーティスを現実に引き戻すように、ラインバルトが手を上げて叫んだ。
「判りましたー! 二人共お願い致しますねー!」
そんな彼らに応えた後、ルーティスは怪我人や病人の治療に戻っていった。
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