第24話それぞれの夜~~アレストロフィアの邂逅~~

 小袖と袴の巫女姿に着替え、床に二重の同心円と鋭角が四隅に敷設された魔導陣の中心で。アレストロフィアは狐の耳が生えた長い銀髪を闇に舞わせて踊っていた。これは魔力達を集め事象を読み取る為に必要な踊り。まだ高次元の白魔導士ではない彼女はこの踊りを介して世界を循環する魔力達の情報を収集し世界の情勢を垣間見るのである。右の片足だけで右回り、両足を着け再度左の片足で左回り。右手で闇を撫でるように動かして回転と共に左手に変えて撫でる。その繰り返しと共に魔導陣の周囲に広がる黒曜石みたいな闇に波紋が起こり世界を流れる魔力達が逆巻き降り積もってゆく。淡雪のように落ちる魔力達は彼女が立つ魔導陣の前方にある鋭角から入り込み、同心円の一つ目の円から内側の二つ目の円へと廻りながらアレストロフィアに向かう。魔導陣が同心円なのは昔の魔術士が誤って足で消して事故を起こしたから、規格として二重以上の同心円が義務付けられているのが理由である。やがて流れてきた魔力にそっと指先から体内へ流し、アレストロフィアは世界を覗く。五感で体験するように流れ込むのは現在の世界情勢。カスタル王国の城下町とそれに属する町や村の様子に近隣の国の様子、山を海を、時すらも越えて遥か彼方の国々の情勢も五感に染み込んでゆく。しかし読み取れるのは極僅か。この世界で生きるものにとって世界全ての情報は多過ぎる。海の水を全部小瓶に入れる事など出来ない。だから自らの欲しい情報だけ指定して受け取り後は背後の鋭角から流す。この作業に大切な適性は冷静な判断力で、アレストロフィアはドラゴン種族の中でも魔力への制御と判断力に長けているので魔力からの情報収集は彼女に一任されていた。


 今彼女が集めているのは還流の勇者の動向と謎の建造物が有った付近の情報。そこはルーテシアの予想なら魔力が存在しないらしいので今から流れ込んで抜けてゆく魔力を計測している。確かに彼女の予想通り、魔力がほとんど外界に流れ出て来ない。土地やそこの植物達がこの世界に馴染もうと貪欲に飲み干しているのが見て取れる。イリステアの報告では建造物だったが吸収している範囲はとても広い……。この様子からカスタル王国の城下町位の規模が在ると予想出来る。ただそれに反して魔力崩れの可能性が驚く程少ないのに訝しむアレストロフィア。この土地には我がカスタル王国の誇る魔導陣並に魔力が流れて抜ける経路をしっかり設定されているみたいで、一旦意図的に魔力崩れが発生した以外はすでに世界に順応しているかのような流れ方だ。アレストロフィアはその不可解さに眉根を寄せて、更に深く魔力を身体に流し意識を傾倒させる。


 瞬間、強大な魔力反応と付近の現在情勢が過る。魔力反応は凄まじい規模で無視出来ないが更に無視出来ないのが現在の付近情勢だ。この建物が在るオゼル地方では内乱が起きている、この事実に一旦アレストロフィアはそちらに意識を向けて探る。どうやら魔力達が告げるにはリリィハーネスト領とアルフィード領の長男ウイリアム・アルフィードが結託して不可侵の条約を破り内乱を起こしたとの事だ。


 更なる不可解さに眉をひそめるアレストロフィア。リリィハーネスト領主は確か統治が下手で領民に度々重税を課しては不満を募らせて、領内の空気はあまり良くないのは知っている。そちらはともかく我が王国との国境を任されているアルフィード家の長男がいきなりそんな愚行に出るとは考えにくい。何度か国境線の使者として出会ったウイリアムは好青年然として帝王学に明るく思慮深い人物だったからだ。確か長女のニノ・アルフィードに神の力アバスが発現した為後継ぎでは無くなったがそれでも内乱に加担する根拠には薄い。何故ならオゼル地方の領主は代々アバスの宿る存在が任命されるからだ。他に何か理由が在りそうだともっと魔力を全身に注ぎ世界を探るアレストロフィア。


 しかし、何もない。不思議な位の突然さでこの内乱は始まっていた。ウイリアムがリリィハーネスト領に会合に行って即座に始まった、そうとしか言えないのだ。まるで最初から取り決めていたと言わんばかりの唐突さで始まって瞬く間に武勇に長けたハラウト領すら攻略していると来た。それも領内の騎士団はそこまで強くすら無いのに。幾らウイリアムが戦争上手であろうとしっかり動く部隊が居なければ何も出来ないのだ。


 あり得ない現象が事実として起きている。それは冷静に受け止め解答を導かねばならない。数多の可能性から真実を一つ。間違えないように、しっかりと。流れ込む魔力の情報から丁寧にアレストロフィアは推理をしてゆく。内乱を起こすのに必要なものはまずは領民や騎士団、雇われた傭兵団をまとめる事が必須でそれらに対して必要なのは具体的な――例えば利益や利権などの報酬になる。しかしそれらを支払っているようには見えない。リリィハーネスト領騎士団のまるで夢心地の酔狂さで戦う狂信者のような不自然さが引っ掛かる。中枢はそれで良くても末端には報酬が要る。だがそれすら支払っていないように見える。現に最前線のハラウト家は現領主『クロム・ハラウト』に率いられた騎士団の補給線が飢えているのを魔力から見られた。クロム・ハラウトは戦上手だし補給線を軽視する人物ではない。それに内乱とくれば領内から徴収などしたくは無いだろう。何故なら彼らがこの内乱で勝利して統一しても後々全ての領地同士で禍根が残るからだ。それらを防ぐ為に武器はもちろん食料品の調達すらしていない。


 そしてリリィハーネスト領からの補給は一切無い。幾らなんでもそんな状況でここまで勝っているのは不自然だ。そして何故か先にオゼル地方の食糧庫と言われたコルオード領を攻略して補給線を強固にしていない疑問もある。内乱ならここを押さえるのが大切なのに。


 行き当たりばったりで戦略も無いのに不自然に勝っている。本来ならあり得ない。


 ……まさか『魔法少女の祈り』?! その時アレストロフィアに天啓の如き解答が現れ、つい意識を途切れさせてしまう。そうだ、魔法少女の祈りは『奇跡の前借り』とも呼ばれた理不尽の塊。確かにそれならどんな適当な作戦でも願う形に成功させてしまうだろう。


 いけない、調査しないと。アレストロフィアは慌てて集中し直し再開する。今度は魔法少女が存在するのを前提として情報を体感する。


 予測は的中だ。魔法少女と思わしき強さの魔力がリリィハーネスト領の長女『マリア・リリィハーネスト』から感知された。あまり幸運とは言えないがこちらは解決だ。


 一旦リリィハーネスト領近辺の調査は中断し、今度は件の建造物とその周辺の魔力を集積するアレストロフィア。そこに流れ込む魔力は出てくる量が少しずつ多くなって来ている。この場所が魔力と馴染み必要としなくなっているのだ。


 理由はただ一つ。ここに存在する強大な魔力を持つ者達だ。この者達の魔力を吸収した事で馴染む速度が上がったのだ。該当人数はおそらく四人から六人位は居るだろう。一人は魔法少女、一人は黒魔術士、一人は……白魔導士。


 最悪だ。アレストロフィアの額から冷や汗が落ちる。この魔力の総量で予想出来るのは『還流の勇者ルーティス・アブサラスト』とその仲間だろう。白魔導士がルーティス本人で魔法少女はカミーリャ、多分黒魔術士は……報告に有ったレイ・グレックだと思われる。魔力の総量からして最早人間とは思えない規模だ。こんな者達に使者を向かわせるのかと思うと顔が強張る。他にも力が感知出来る。この自由に舞う鳥を縛りつけるような独特の魔力は『アバス』だろうと推測するアレストロフィア。アバスは色んな存在と会話できる力……と、くれば代々この力を発現させてきた『アルフィード家』の次期領主『ニノ・アルフィード』に間違いないだろう。何故共にしているのかは内乱で難民や領民達と脱出した際に出会ったと魔力達が告げ、現に何十人もの老若男女がその場所で身体を休めているようだ。


 だが、これはまたとない好機であるとアレストロフィアは確信した。還流の勇者はニノ・アルフィードと脱出した難民達を治療する為にこの場所からしばらくは動かないだろうし、ニノ・アルフィードと避難してきた難民達を治療している以上いきなり戦闘にもなりにくい。やや希望的観測が多分に混じるとはいえ……無作で使者を派遣するよりは生存率が上がると判断できた。更に魔力を集めて体内に集積させてゆくアレストロフィア。


 『触れてきた』のはその時だ。


 魔力の一部が明らかな指向性を持ってこちらに流れ、触手か指先のようにちょんちょんと接触してきたのだ。まるで悪戯っ子が頬を人差し指でつつくように、魔力が人為的に動いてアレストロフィアに触れてくる。慌てて飛び退こうとすると背後に回り込んだ魔力が壁のように固くなり、後退れなくなった。


 この様子、間違いなく誰かに察知された。アレストロフィアの双眸が険しくなる。こんな芸当が出来る人物は限られ――いや、一人しか、居ない。アレストロフィアはまっすぐに魔力の一点を――白魔導士を見やる。


 そこにはテラスの手すりに手をかけて夜空越しにこちらを見る白い髪に闇色の瞳の子供が居た。


 その子はこちらに気づくと。満面の笑顔でひらひらと手を振って来る。気軽な挨拶のようなその姿にアレストロフィアの背中に冷や汗が伝う。


 還流の勇者にこちらを察知されたのだ。それも、魔力越しに。完璧に気配を消していたのに親友に話しかけるような感覚で、こちらに挨拶をしてきたのだ。おまけにこちらが驚いて後退り、足で魔導陣を消さないように配慮までしながら……


 魔力を通じてこちらに微笑みを湛え見つめてくる純粋無垢で幼い勇者。その口がゆっくりと『何かご用ですか?』と動く。独断専行は出来ず一瞬躊躇うアレストロフィアを見て『カスタル王国の方ですか? 何かご用が有ればしばらくはここに調査等で滞在していますのでどうぞ』と返して。魔力の気配を絶った。完全に遮断されて探知不可能だ……


 最悪していた予想の何倍以上に厄介な相手だとアレストロフィアは悟り。速やかに記録を提出する覚悟を決め魔導陣から退去したのだった

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