第23話それぞれの夜~~双璧と老将~~

 デュオは暗い間で片膝をついて頭を垂れていた。霊廟のように冷えた黒い石造りの室内は高い天井とそれを支える同色の円柱が並んでいる。そこで夜のような黒い服と静けさで頭を垂れるデュオは、その場所と一体化しているようであった。


 ここは『宣誓の間』。騎士になる者はここで誓いを唱え女神シィラ・ウェルネンスト・カスタル様から本人と武器に祝福を受ける事によって初めて騎士として認められる。幾人もの戦士がここで騎士になるのを見送られ、おびただしい人数が戦場に散っていった。この間が霊廟の如く底冷えするのも死に向かった戦士達の魂への癒しも兼ねてだろうか。そう思いたくなる程に冷たくまた同時に安らぎもある場所だ。



「やっぱりここに居たのか、デュオ」



 背後から声がしたがデュオは驚かない。何故なら入室の気配と若い足音は聞こえていたからだ。そしてそれが馴染みのものだというのも。



「あぁそうだ。どうしたアルジュナ?」



 影か夜の如く無音で立ち上がり振り返るデュオ。その動きには一切の無駄も油断も無い。怪しい動きを見せれば誰ですら一刀の元に仕留められると無言で告げている。仲間で親友が話相手なのだが戦士としての癖は染み付いているのであろう。



「君を探していた。部隊の編成は終わっているから補給部隊に申請を通したと伝えたくてね。それにせっかくだから話もしたかった」



 そんなデュオに気さくに話しかけるアルジュナ。王国の双璧と言われた二人は同期で親友同士でもある。



「すまない。今回はお前に騎士団を二つも指揮させてしまう事になる」


「良いんだ気にしないでくれ。それよりも危険なのは君達の方だ」



 謝罪するデュオに心からの心配を見せるアルジュナ。還流の勇者への親善大使護衛の任務に就いたデュオに彼も気が気でないのだ。



「命令だからな。それにお前も女神シィラ様の身を切るような辛い顔を見ていただろう? 女神シィラ様とてこんな捨て駒な作戦はやりたくはないのだ」


「あぁ勿論、判っているさ。なぁデュオ。勇者から認められない時、無事に帰れる見込みは……有るか?」


「あれは俺より強い。楽観視しても見込みは全く無いな」



 淡々と告げるデュオに、アルジュナは沈痛な面持ちで長くため息をついた。



「だが絶対の任務だ。必ずやり遂げる。叶わぬのならあの二人だけはしっかり帰還させる」



 そう告げるデュオの顔には何の感情も無い。いつもそうだとアルジュナは心中で苦笑した。デュオは任務遂行以外に何一つ考えない。生きるも死ぬも興味ないと、態度が告げている。



「君も必ず帰還するんだぞ。これは騎士団長として私からの命令だ」



 そんな親友を案じて、騎士団長としての声で指令を出すアルジュナ。あまり権力を含めた言動はしたくないが、彼とて親友を喪いたくないのである。



「了解した」



 それは難しいと判ってはいるがデュオはあっさりと受諾した。彼は戦士で、戦士には命令が全てだからだ。それだけに過ぎない。



「お前達もここに居たのか」



 そんな時にしわがれた声と新たな入室音。陰の果てから響く重い足音に二人は振り向いた。



「マーカス将軍」


「マーカス隊長」



 アルジュナとデュオの二人が足音に返す。両名の見立て通り、色褪せた白髪の老兵マーカスが陰から出てきた。



「お前達の事だ。きっと戦いの前にはここに来ると思っていた」


「マーカス将軍、何かご用件でも有りましたか? 高速戦闘隊から要求が有るとかですか?」



 近寄るマーカスにアルジュナは尋ねた。



「いや、特には無い。部隊編成も終わっているから女神シィラ様の出撃許可待ちだ。その前に、優秀な弟子達の顔でも見ようかと思ってな」



 ざっざっと足音を鳴らしてアルジュナとデュオの脇を抜けると、マーカスは宣誓の間の虚空を仰ぐ。



「ここは昔から変わらんな」



 眉根に深い皺を寄せて。マーカスは呟いた。



「はい。ここはずっと昔から静かな場所です……」



 同じくアルジュナも仰ぎ見て呟いた。彼も宣誓の間には思い入れがある。若かりし頃にデュオと二人ここで女神シィラ・ウェルネンスト・カスタル様に祝福を受けて騎士になった事、互いにマーカス将軍から戦術指南を受けて双子の魔王が率いる魔物や『魔獣』の跋扈する戦場で武勲を立て合い出世しつつ親友に成った事。それから互いの才能に合わせて人柄と指導能力と防御戦の粘り強さを買われたアルジュナは団長として騎士団を纏める立場に、一切の迷いが無い戦闘能力を認められたデュオは副団長に、各々の適職に就く事になり。いつしかカスタル王国の双璧として諸外国から言われるような騎士になった事。それは昨日の事のように、アルジュナはいつでも手に取るように色褪せず思い出せた。蒼風師団(アルスター)と黒雷師団(カインドネル)。昔から伝わるおとぎ話――破邪の蒼い風『アルスター』と自由に空を翔ぶ黒い雷『カインドネル』が互いに友情を育みながら邪神を倒したという話から名前をつけられた騎士団は、団長と副団長が親友同士である事がその理由であった。おとぎ話から命名など子供じみているとは他国からも思われているだろう。だがこれは両師団が固い友情で結ばれた証明でもある。



「時に二人共。『騎士の誓い』は憶えておるな?」



 皺を刻んだ遠い眼差しで虚空を見上げたまま、マーカスは二人に尋ねた。



「勿論ですよマーカス将軍」


「憶えていますマーカス隊長」



 同じ場所を見上げてアルジュナとデュオは返した。



「お前達は自身の部下にはそれを教えてはいないようだな? どうしてだ?」



 頭を下げて振り返り、二人を見回すマーカス。



「……次はそんな時代では無いからですよ」



 最初に答えたのはデュオだ。少し躊躇いが有ったがまっすぐに自身の考えを言った。



「お前はそれで良いのか?」



 腕組みをして問いかけるマーカス。



「勿論です、マーカス隊長。そんな誓いを立てるのは私達だけが必要で、次の代は捨てるべきでしょう」



 そこは躊躇なく返すデュオ。



「私もデュオに同意見ですね。私達の代で何とか終わらせたいです」



 アルジュナも答えに迷いが無い。



「厳しい道になるぞ。それに我々の代で終わるとも限らん。だが……儂も立てさせたくは無いな」



 腕組みを解かず双眸を細めるマーカス。自他共に厳しい鬼教官の一面は変わらないなと、王国の双璧は内心で苦笑していた。



「必要と有れば口伝させます。私が戦場で死ぬ時などに」



 デュオは感情を込めずに告げた。



「馬鹿を言うな。戦場でも人生でも、先に亡くなるのは全てを終えた老人からだ。何故優秀な若手が先に亡くならねばならんのだ。お前の気持ちは判るがそんな世界は間違っとるぞ」



 そんなデュオに同調しつつも厳しい説教を飛ばすマーカス。常に女神シィラと国の為に前線で戦い抜いた老将には、彼の悲壮な気持ちは痛い程に理解出来ている。



「ですが私は騎士です。誓いを立て両手を流血に染めた以上、安らかな死が訪れるとは思っていません。私の最期は戦場で、その覚悟も出来ています」



 それに関して感情も乗せずに返すデュオ。やはり戦士として優秀な男だなと思うマーカス。



「アルジュナ。お前は死ぬなよ。お前が居なければ用兵の何たるかを教える人物も女神シィラ様の心を支える杖も消えるのだからな」



 アルジュナを見やり命令するマーカスに、



「勿論です。マーカス将軍」



 立場こそ違えど胸に手を当て拝命するアルジュナである。



「うむ、それなら良い。……時にお前達は何故伴侶を見つけないのだ?」


『え?』



 唐突な質問に互いを見合わせる双璧。



「いやお前達はもう二十歳を超えておるのに中々独り身だから気になってな。未だに独身しとる儂みたいな生来の無骨者になって欲しくもない。大切な存在を護る為に戦うのも悪くなかろう? それなのに何故しない?」



 双璧には頭を掻いてバツの悪そうに問うこの老将の言いたい事や心配は何となく判ってきた。多分跡継ぎとかそんなのではなく、大切にしたい人が居てその為にも戦うのも大事で。それが何故居ないのかを聞きたいのだろう。



「私は良い相手が巡り合えないからですよ……」



 そんなマーカスにアルジュナは苦笑いで返答し、



「私は何の面白みの無い無骨者ですので、多分異性が飽きるかと」



 デュオはあっさり返した。



「そうか。しかし不思議な縁だな? 引く手あまただと思っていたのだが……」


「相手にも選ぶ権利は有りますよ。……それはそうとアルジュナ」


「ん? どうしたデュオ?」



 唐突に話しかけられて目を開くアルジュナ。



「それで思い出したが、お前会議の席で確か女神シーダ・フールス様に見初められていなかったか?」


「いや断るよ。あの方は私の手には余りそうだ」



 沈痛な面持ちでため息をつくアルジュナ。



「だろうな。しかし相手は女神になれる程の魔法少女だ。どんな理不尽をやらかしてくるか判らんぞ。ノコノコと前線に出られたり決戦前に呼び出されたら敵わん。対策立てておくべきだろう」



 デュオは抑揚の無い声と鋭い眼差しで警告をする。アルジュナもマーカスも納得だ。あのワガママし放題の女神シーダ・フールス様なら私欲の為に何をしてくるか判らない。こちらに利益は一切無く好き放題に引っ掻きまして知らん顔。損害だけはこちら持ちなんて事くらい平気でやって来るはずだ。



「了解したよ、デュオ。……まぁ、対策が出来るかは不明だが」



 アルジュナはまたしてもため息。こればかりは仕方ない。デュオもマーカスもそれを理解してか、影の差す顔を下げただけだ。



「良いか二人共、必ず帰還せよ。この戦いは勝っても負けても得るものは何も無いのだからな。還流の勇者達の意志を知れば交渉なり抵抗なりの活路が見出だせる。だから必ず帰還せよ」



 そう命じて立ち去ってゆくマーカスに、



『御意』



 双璧は揃って答えた。


 数十年王国を支えた老将が重くもしっかりした足取りで退室するのを見送りながら、



「ではデュオ、必ず任務遂行して帰還してくれよ」


「お互いに、な」



 双璧も互いに退室してゆくのであった。

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