第2話白魔導士ルーティス・アブサラスト

『勇者は反逆しました! これは間違いありません!!』



 未だ瓦礫の撤去さえままならない謁見の間に女神シーダ・フールス――の幻影の怒号が響く。



『還流の勇者ルーティス・アブサラストは我々の神聖なる戦いを拒否しただけで無く! 我々の聖域を破壊して逃げ出しました!! これを反逆と言わずに何を反逆としましょうか!!』


『全くもってその通りです女神シーダ・フールス様!!』



 やや青い顔に見える女神シーダ・フールスに呼応するように、他の女神や魔法少女達も付和雷同。口々に『勇者は反逆』と唱和する。



『勿論、貴女もそう思いますよね?! 女神シィラ・ウェルネンスト・カスタル!!』


「その通りです。女神シーダ・フールス様」



 フルネームを呼ばれ片膝をついて畏まる女神シィラ。顔を上げないが横から見る彼女は悔しそうに口を結んでいる。



『貴女にあの勇者の処分を任せます!! 判りますね!! 処分ですよ処分!! だいたい貴女が召喚したのが失敗したんだから貴女の責任なんですよ!! 貴女が責任取るのは当然です!! よって双子の魔王討伐と勇者の処分!! 全部を任命します!!』



 唾を撒き散らかしながら指を差して指名する女神シーダ・フールス。他の女神達や魔法少女達も『そーだそーだ!』と叫んでいる。



「承知致しました。全権はこちらでよろしいですか?」


『討伐に関する全権は貴女です!! 我々からも戦力は貸しますがその時の指揮権はこちらです!!』



 その提案にシィラは口を結んで俯いた。この提案はつまり戦う損害と責任は自分で、発生する利益は自分達が貰うという提案だからだ。本来なら彼女と国には呑む訳にはいかない、無理らしからぬ提案であったからだ。


 しかし……



「拝命致しました。女神シーダ・フールス様。我が王国の全力をかけて勇者と魔王を討伐致します」



 しかし。末席の女神にとって拒否権は無い。シィラは唇を噛み潰して血を滲ませながらも拝命した。



『よろしい。では頼みますよ』



 幻影が消える。後には瓦礫撤去の兵士達が集まり始めてきた。


 女神シィラはその中で、唇を噛み潰し出血しながらずっと。女神シーダ・フールスのいた虚空を睨んでいた。


 ◇◇◇


「皆さんに悪い知らせです。召喚に成功した還流の勇者ルーティス・アブサラストが反逆致しました。即座にこれを処分せよとの命令です」



 自国カスタルに帰った女神シィラは王宮内部の円卓に諸将を呼び重々しく大儀そうに拝命を告げた。その拝命に全員がため息をついた為に周囲の空気がどよめく。



「またこの討伐依頼は装備、戦力の全てを我が王国が負担。そして討伐成果は女神シーダ・フールス様達に献上せよとの事です」



 沈痛な面持ちでため息をつくシィラと円卓の全員。また皆のため息で室内の空気が一気に揺らぐ。



「つまりいつも通りの戦いか」



 最初に答えたのは円卓左側の剣士。カスタル王国騎士団、副団長の『デュオ』。通称『雷破のデュオ』だ。黒髪黒目の氷の刃のような雰囲気とそれに似つかわしい冷静な声音の青年で、騎士団最強の一人と名高い。



「はいデュオ。いつも通りです」


「これは仕方ないな。我が王国は立場が弱いからな」


「デュオ君、本当にそこは仕方ないからね」



 言葉を繋いだのはシィラの右隣にいたブラウン色の髪に青い目をした優しそうな青年だ。



「申し訳ありません『アルジュナ』団長。私の外国政策が弱いばっかりに……」



 彼に向かって謝罪するシィラ。彼の名前はアルジュナ、通称『大盾のアルジュナ』。カスタル王国騎士団の団長だ。温和な性格と冷静な判断で民に人気も高い。アルジュナとデュオ、この二人が王国騎士団の双璧。最強戦力と呼ばれていた。



「いえ。シィラ様は毎日良く頑張っていますので謝らないで下さい」



 シィラに微笑みかけるアルジュナ。彼の笑顔はシィラにとって救いの一つであった。



「しかし何故還流の勇者は敵対行動を図ったのですかね。シィラ様、私にはそれが計りかねます」



 腕組みをするアルジュナ。



「伝承通りの勇者を喚べなかったとかか?」



「あり得ませんわ」



 デュオの質問に向かいの影が答えた。皆の視線を集めたのは腰まである長い銀色の髪に丸みある紫水晶アメジスト色の眼差しをし――頭に狐耳のある妖艶な美人だ。



「『アレストロフィア』。何か判るのですか?」



 彼女の名前はアレストロフィア。女神シィラに仕える魔法使いの一人だ。



「はい。女神シィラ様。幾つかの魔力跡を調べさせて戴きました」



 小さく呪文を詠唱して。円卓中央に幻影を浮かべるアレストロフィア。そこには魔力からもたらされた情報が記されていた。



「まず魔法陣で召喚した際に現れた魔力からの情報。肉体も精神も還流の勇者伝説に伝わるルーティス・アブサラストと同じです。更にあの時女神シーダ・フールス様達の王宮を破壊した力、あれを普通に出せるのは還流の勇者本人で間違いないでしょう」


「ならあれは本人か。それなら何で敵対行動を取っているんだ? 女神達の虎の子である魔法少女の一人、『たそがれの姫軍師』を仲間にしてまで」



 デュオの問いに、



「そこは調査中です。申し訳ありません」



 アレストロフィアは素直に謝罪した。デュオは「そうか、ありがとう」とだけ彼女に返す。



「アレストロフィアは調査をお願い致しますね。我々は彼を迎え撃つ布陣を敷かないといけません」


「女神シィラ様。どこに現れるか予想出来る、と仰いますか?」


「はいデュオ。彼が逃亡する瞬間に「八つの神殿を解放し聖剣を手にする」と言っていました。そうなると神殿に現れるでしょう」


「なるほど。確かにそうですね」



 アルジュナが答える。



「……問題は最初どの神殿に現れるか、ですが」



『団長、副団長報告です! たった今未確認の二人組が南に向かって通過したと国境騎士団から連絡がありました!!』



 同時に最前線から飛び込んだ情報にシィラは沈痛に頭を左右に振り、アルジュナは腕組みを。デュオは両目を閉じアレストロフィアは頭を抱えていた。


 ◇◇◇


 三日前に王宮から行方を眩ませたルーティスとカミーリャの二人は真っ直ぐこの方向へと進み、とある寒村に近づいていた。時刻は夜更け、夜空の中程に月も浮かぶ。もうじき宿を取って一晩落ち着くのにちょうど良い時間だ。



「今日の月は綺麗だねぇ」



 ルーティスは感嘆の息を洩らす。それ程に上弦の月は夜空の中で鮮やかな輝きを見せていた。吸い込まれそうな淡く冷たい光は、見る者を引き付けて離さない。どこまでも透き通った夜。そんな言葉を思い浮かべるような、美しい夜だ。



「えぇ……綺麗ね」



 カミーリャもつられて見上げ、同じように息を呑んだ。




「ルゥ。村が見え、た――」



 指差していたカミーリャの言葉が途中で止まる。



「どうしたんだいカミィ? ――!!」



 不思議そうにしていたルーティスも。ぴたりと言葉が止まる。



「……土砂崩れか!」



 ルーティスは驚愕の口調で寒村があるであろう場所を見渡す。



「ルゥ。土砂の撤去には時間がかかりそうだわ――」


「任せておいてよ!」



 言うより早く。ルーティスは村目掛けて一直線に駆け出していた。



「あ、ちょっと! ……もう! 決断が早いんだから!!」



 困惑しつつカミーリャも一緒に駆けてゆく。



「すみませーん! 大丈夫ですかー!!」



 ルーティスは外れで火を焚いて暖を取る傷と泥だらけの中年男性に話しかけた。



「あぁ……旅の人かい? 今は悪いがこの村に止まれる所なんて無いから……すまない、出ていってくれないか?」



 弱々しく闇に溶けていきそうな口調で、旅人をもてなす余裕がないと告げる中年男性。改めて辺りを見れば、疎らに焚き火が広がっている。



「はい。ですがその前に酷い土砂崩れを片付けて行ってもよろしいですか?」



 ルーティスは答えつつ体力回復と浄化の呪文を唱えて中年男性を癒す。



「き、君が……?」



 驚愕する中年男性に、


 

「はい。僕は白魔導士ですから。『癒されよ永遠の大地。遥かなる輝きを取り戻せ。『約束の理想郷』』」



 ルーティスは呪文を唱えた。呪文はとても早い。詠唱速度は人間ですらない位だ。瞬間で集束した魔力が花弁に変わり風と共に虚空を舞う。

 

 そして一片ひとひら一片が土砂崩れの場所に落ち。泥と砂礫、瓦礫の山を燐光と共に白く光る花へと変化してゆく。



「おぉ……!」



 闇夜を優しく退ける神々しい輝きに目を見張る中年男性。何事か集う村人達も一歩また一歩と足を止め。夜闇をキャンパスにルーティスの描き創る魔法に見入ってゆく。


 やがて全ての土砂と瓦礫は花畑へ、花畑は花弁を夜風に散らせ大地へと還り。全ての障害は無くなった。



「すみません。力不足で家屋は無理でしたが……畑や土地は大丈夫ですよ」



 振り返り村民全てに微笑むルーティス。



「いやいや! これだけでも充分だよ!! 村や畑の土砂が無くなっただけでも建て直しは楽な方だからさ!! ありがとう! 本当にありがとう!!」



 中年男性の感謝を皮切りに。口々に『ありがとう! ありがとう!!』が連呼される。



「お役に立てて何よりです。それはそうと、この辺りに神殿はありますか?」



 ルーティスの質問に、



「神殿……って、何だい?」



 皆首を傾げお互いに知ってるかいやそんなの知らないとかの話を始めてしまう。



「確かに山はいっぱい村の裏にあるぜ……とは言うものの、ドラゴンが居るし誰も近寄らないぐらい険しい山だけどな」



 村民の一人が答えてくれた。



「そうですか、ありがとうございます」



 回答に満足を得て、ルーティスは満面の笑顔でしっかりお礼を述べる。のしかかるような重い夜闇に映える満月みたいに優しい笑顔は、村民の心も溶かした。



「それは良いんだが……君たちはどうする? 今すぐもてなしたいが余裕も無いからなぁ」


「いえいえそれは……あ、いや泊まりましょう。夜更けですからね」



 中年男性の提案に、彼の背後をちらりと見て。ルーティスは受け取った。



「そうだぜ坊主! 夜は強い魔獣も出るからな!! 若い嬢ちゃんも居るんだから泊まれ泊まれ!!」


「ルゥ、良かったね」


「あぁカミィ、そうだね」



 カミーリャとルーティスは一瞬だけ向かい合い、微笑みあった。


 ◇◇◇


 それからしばらくの時間、村民と一緒に食事を取った。勿論食糧はそんなに無かったがルーティスが白魔法で増やし、何とか皆で囲める鍋料理くらいなら用意出来た。


 もう皆が寝静まった頃合いを見てルーティスは起き上がり。まっすぐ村を出て岩に腰掛け待ち構える。



「さて。僕らを追って来た第一陣はこの辺りで伏せている筈だね。悪いけどここらでちょっと立ち去って貰うよ。村に入って欲しくはないからね」



 光輝くような白髪を夜風に踊らせつつまっすぐに見据えるルーティス。既にルーティスはこの村付近に追っ手がたどり着き、一旦夜営をしていると気づいていた。



『ルゥ。別の部隊が侵入している様子は確認出来ないわ。そっちだけよ』



 その時村を警備させているカミーリャから魔力を通じて連絡が入る。彼女の警戒が本当なら問題は無いだろうとルーティスは感じた。


『それじゃカミィ。そっちはよろしく。僕はこっちだ』


『了解』



 ルーティスは連絡を一旦切る。


「『異なる世界、異なる者よ。互いの意志を互いの内に。開け扉よ。『重なる世界』』」



 そして白魔法の一つ、『魔力と話せる魔法』の呪文を唱えた。



『ルゥ、どうしたの?』



 答えてくれたのは大気の魔力。世界中にあるのですぐに話をしてくれるのだ。



「頼みたい事があるんだ。相手が陣を敷いている所を教えてくれ」


『いいよ』



 瞬間。そよ風が逆巻き夜風となって広がってゆく。夜闇が流れるように風達は消えていった。



「さて、と」



 ルーティスは立ち上がり。次の呪文を唱え始めた。


 ◇◇◇


「村に動きは?」


「土砂崩れが一瞬で消えた後から反応はありません」


「良し。見張りを続けろ。作戦は夜明けに本隊が来てからだ」



 闇を溶かした暗さに支配された平原に囁きが消えてゆく。彼らは反逆したルーティスを追いかけて来たカスタル王国騎士団の偵察隊だ。現在彼らは村からとても離れた場所に隠れてルーティス達の様子を伺っていた。それは彼らが偵察として本隊に情報を渡す為に勤めていたからである。それ故彼らはルーティス達を、離れた場所から観察していたのだ。



「しかし噂のルーティスってガキはそんなに強いんですかね? まだ八歳でしょう?」



 一人が怪訝そうに尋ねた。



「バカ野郎。相手は女神シィラ様が魔力を最大まで使って他の魔法少女と連携してまで呼び出した化物だぞ! 女神シーダ・フールス様の城の一室も拳一発でぶっ壊したらしいしな。とにかく警戒しろ。ありゃ人間じゃなくて災害だ。そう認識しろ」



 緊張を張りつつ哨戒へと戻る騎士達。その通り、警戒は大切だよ。だからこちらを見張りなよ。



「……隊長。対象に動きが見られました。今から平原を横切るようです」


「気づかれたか? 勘の良い奴だ。動きを見張りつつ相手の移動進路を割り出せ」


「はい」



 見張り役は小さく答えると偵察に戻る。他の騎士は星と村の位置から進路を調査し始めた。――そうそう、僕はこちらに行くんだよ。だからほら、こちらへおいでよ騎士さん達。



「対象。駆け足で遠ざかります」


「隊長。進路が割り出せました。どうやら南西方向です」


「よし。部隊を移動させるぞ」


「了解」



 隊長の判断に合わせて草を静かに踏み分けて騎士達は動き出す。――そうだ。僕を追いかけ村から離れて下さいな。


 やがて朝焼けが昇る頃には、彼らの姿は無くなっていた――


 ◇◇◇


(……よし。彼らは一旦引き離したね)



 淡い金色の暁が照らす岩場腰掛けて。ルーティスは満足気に頷いた。そう、彼は動いた訳では無かった。



「僕は弱体化しているしね。今衝突するのは避けたい。残念だけど神殿を解放する迄はその辺をうろちょろしてもらうよ」



 精神を支配する白魔法を少しずつ仕組み、彼らに遠ざかるように命令したのである。



(とは言うものの、暫くは魔力をこの術にかけっぱなしだね。あんまり魔法は使えないかも?)



 ルーティスは岩場を立ち上がり身体を見回した。特に異常は見つからないが、魔力だけは減っているような気がした。



『ルゥ。状況は? こちらは問題無いわ』



 そんな時カミーリャから呼び掛けられる。



『あぁカミィ。何とか無事に対処したよ。ただちょっと魔力をこの術に使わないといけないから魔法はあんまり使えないかも』



 ルーティスは彼女に事を説明した。



『魔法は私が補佐するわ。それよりも神殿に向かいましょ。もう村長さんにも「土砂崩れの状況を見たいから今日は山の調査に向かう」っていう話はつけたし幻術をかけて村は隠したわ』


『さすがカミーリャ。頼りになるねぇ』


『どういたしまして。一旦連絡は切るわ。早く帰って来てね』



 その言葉を最後に。魔法の通話は途切れた。



「さて、と。僕も行くかな」



 暁に吹き抜ける風を浴びて、ルーティスは髪をなびかせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る