女神様の手に聖剣を

なつき

還流の勇者の反逆

第1話プロローグ

 ――魔神アバルテス、鬼神、終焉を告げる者、世界の切り札、永遠とわ戦人いくさびと。其の者を表すあざなは幾らでもある。


 されど百人が百人に、万人が万人に問えば誰でも知って答えてくれる名前が其の者にはあった。


 時を越え、世界を渡り、魔法の全てを手にした伝説の存在。あらゆる歴史に刻まれし最強の英雄を、人々は知っている……。


 ――歴史書『忘却の戦史『還流の勇者伝説』』より抜粋。


 ◇◇◇


 満月が空高く昇る夜。カスタルという小国の女神シィラはとある存在を召喚しようとしていた。それは伝説に伝えられし最強の存在。倒せる者は居ないと謂われおとぎ話に残された還流の勇者『ルーティス・アブサラスト』。


 城の地下、その深奥。魔力を最大まで高め時期を選び魔法陣を描き、それでも尚、成功する可能性は絶望的だ。しかし女神シィラにはやるしかない。何故なら双子の魔王達との戦いにおいて最前線となった彼女の国には選択肢がもう無いのだ。還流の勇者を召喚する以外勝ち目は残されていなかった。自らの国に生きる民を護る為には仕方ない、どんな手段でも使わないといけない。ただし自分の物だけで。勝手に生け贄を決める等許されない。それが彼女の気持ちだった。



「女神シィラ様。準備が整いました」



 シィラが考え込んでいると少女の声かかり、我に返る。



「そう、ありがとうございます『カミーリャ』」



 シィラは豪華な桃色髪ストロベリーブロンドをなびかせ彼女の方を振り向いた。そこに居るのは椿の花みたいな紅髪に闇色と黄昏色のオッドアイの美貌を持つ、まだ八歳位の美少女だった。


 彼女の名前はカミーリャ。今回勇者を召喚する儀式の為にと他の女神達から貸し与えられた魔法を使う少女――『魔法少女』だ。人種出身全てが不明。世界でも唯一無二の紅髪と『闇色の右目と黄昏色の左目』のオッドアイの美少女でいつも無表情なのが特徴だ。



「女神シィラ様、後はどうしましょうか?」


「満月が昇るまで時間はまだあるわ。少し魔法陣の確認をしていてくれないかしら?」


「承知しました」



 そう答えるとカミーリャは静かに頷き魔法陣の確認を始める。



(それにしても……他の女神達は私より莫大な魔力を持つ彼女を貸し出すつもりになったのかしら?)



 そのカミーリャの後ろ姿をしばらく眺めつつ、シィラは双眸を細めていた。『たそがれの姫軍師』の二つ名を持つ彼女は女神達が所有する魔法少女の中でも最強の存在で虎の子の筈だ。わざわざ失敗する可能性が高い召喚の為に貸し出してくれるとは思わなかった。それでも女神達は――わざわざ自分達の方から貸してきた。まるでこの魔法少女が必要だと言わんばかりにだ。



「女神シィラ様。異常はありません。魔力の集束、体力や人員に儀式用の道具。現状用意出来る最大限の状態です」


「判りました。補佐をお願いいたしますね」


「承知しました」



 シィラは声を低くそう告げて。魔法陣の中へと魔力を集束させて構成を始め、その魔力が拡散しないようにカミーリャが補佐をする。



「……ヴァーレンス・ハルクセス・ロクエンス・ハーリアレクス・テフィス・リクステルト・アクレィス・ロキルハス」



 意味不明な、しかし哀しげな韻を踏む古代語の呪文。今では伝えられる事も無くなったが、還流の勇者を呼び出す唯一無二の呪文の一つだ。……そうなのだが。この部分しか伝わっておらず残りは歴史の闇へと消え。この世界にいる誰もこの呪文がどんな意味を持つのかを完璧には知らないのである。


 案の定魔力が集束しただけでまだ魔法陣の中には反応は無い。シィラは肩で弱々しく息をしながら傍のカミーリャに目配せすると残念そうに首を横に振るばかりだ。



(仕方ないわ。ならもう一度ですね)



 衰弱しつつも女神シィラは再度。魔力を集束させて魔法を創り出す。カミーリャも魔法陣を見張りつつ集束する魔力を制御している。



「……許しておくれ我が希望。ヴァーレンス・私達が悪かった。ハルクセス・夢など見た私達が。ロクエンス・あなたに重荷を背負わせ全てを壊した。ハーリアレクス・テフィス・テフィス・リクステルト・私達が悪かったのだアクレィス・ロキルハス



 再度集中して呪文を唱えるシィラ。この呪文に世界の全てが託されているのだと想いを込めて、更に力強く――どこか物悲しい呪文を唱えてゆく。闇へと消えゆく魔力を詩で縛り消えないようにして。丁寧に世界を描いてゆく。その時激痛が走る。全身から魔力が解き放たれてゆく影響で腕が裂けていたのだ。それでもお構い無く女神シィラは呪文を唱えた。


 刹那。拡散するだけの魔力が魔法陣の中へと集束し形を成してゆく。



「シィラ様。どうやら反応有りです」



 それに気づいたカミーリャは双眸を細め、



「我が民に絶えぬ幸福と安らぎをもたらせ。『聖なる王国』」



 魔力を制御しつつ結界の呪文を同時に唱えた。結界魔法はすぐに効果を発揮し半円の力場が魔法陣の上を包み、召喚の為に集まる魔力の拡散を防ぐ。労無く歩くような当然の魔力制御は間違いなく彼女が一流の魔法少女である証を示していた。


 やがてその魔法陣の中心に。小さな影が闇から出てくるように現れたのだ。


 ◇◇◇


(……誰かしら?)



 右腕、左肩、胸部から小さな滝のように血を流しつつも。シィラは油断せずに召喚された存在を観察する。召喚は成功したかどうかはしっかり確認しないと危ないからだ。天使のような見た目の悪魔だの、この世にはいっぱいいるのだから。


 改めてシィラが結界に包まれた魔法陣を見据えると。その中にはまだ小さな白い影がぼんやり立っていた。光を溶かしたような白い髪に深い夜空のような闇色の瞳……天使みたいに中性的な八歳ぐらいの存在だった。始めはぼんやりと闇に沈む室内を眺めていた子供だが。



「なるほど。君達が僕を求めたのか。力は殆ど無いけど何とかなるかな。あ、そこのお姉さん。貴女が召喚した方ですか? ――って酷い怪我です! 今すぐ治療するから待ってて!!」



 現状を把握しつつシィラに気づいて、蒼白な顔でその子は近寄った。



「『我が手に来たれアブサラストの光よ。彼の者に生命いのちの輝きを。『癒える命』』。……ふぅ、これで一安心ですね」



 呪文を唱え一瞬で女神シィラを回復させるその子。呪文の速さも魔力を集束させて制御する構成も、自分を含め今まで見た魔法使いを超えていた。



「改めて尋ねますが、お姉さんが僕を召喚しましたか?」



「あ、は、はいそうです。私は女神シィラ。あなたは還流の勇者様とお見受けしますが……?」



 その笑顔に吸い込まれそうになりつつも。シィラは毅然と対応した。まだ相手がどんな存在かは不明なのだ。もしかしたら悪霊が騙しているのかもだと、シィラは警戒を解かなかった。



「はい。僕は還流の勇者『ルーティス・アブサラスト』です。ちょっと今は力が弱いので子供で白魔導士の姿ですが、本人ですよ」



 更に人懐っこそうな可愛い笑顔を見せるルーティス。にこにこした笑顔には邪気が全く感じられなかった。



「女神シィラ。……彼の言葉に偽りは見られません。彼の者こそ還流の勇者、『ルーティス・アブサラスト』その人でありましょう……」



 少しだけ上擦った口調で濡れた瞳を拭いつつ。その後は無表情に戻るカミーリャ。



「そうですか。信頼しましょう」



 一瞬その事をシィラは気にかけつつもカミーリャの言葉には納得した。シィラには彼女が嘘を吐いているようには見えなかったからだ。



「改めまして還流の勇者ルーティス・アブサラスト様。我らにどうかお力添えをお願いいたします」



 片膝を付いて頭を垂れる女神シィラ。本来なら女神がするべき行為ではないが……それでもシィラは彼にした。それは彼の助力を願う者として、当然の振る舞いであったからだ。



「勿論ですよ」



 そんなシィラに笑顔で手を差し出すルーティスに、シィラも笑顔で握り返し。



「……」



 カミーリャは少しだけ。俯いていたのだった。


 ◇◇◇


 女神シーダ・フールスを主神とし女神達に愛されしこの世界。この世界は現在、双子の魔王が女神達に戦争を仕掛けていた。魔王達は配下についた精霊王達と無尽蔵に発生する『魔獣』と共に軍を指揮し、世界を手にする為に外界を蹂躙し続けている。もちろん女神達も手をこね巻いていない。女神の加護である神の力アバスを手にした勇者達を筆頭に戦士達を騎士団として組織。末席の女神であるシィラを前線指揮官に指令し魔法少女達とも連携している。



「世界情勢は概ねこんなものです。後は何を聞きますか?」


「いや特に無いよカミーリャ。ありがとう」



 夜もすっかり更けた女神シィラの城で。ルーティスにあてがわれた部屋にあるテラスの縁にもたれながら。カミーリャはルーティスに世界情勢を話していた。



「しかしまぁ、予想通りで予定通りだね。万が一と思って仕込んだ脚本だけど……ここまで台本通りに進むといささか興が冷めるよ」



 ルーティスはため息をついた。何故だろう。その言葉には喜びは感じられなかった。



「申し訳ありませんでした」



 そんなルーティスにカミーリャは謝る。……だがその様子は。気心しれた親友同士に見える姿だ。



「あぁいや気にしないで。元々こうなる事だったからね」



 ルーティスは手を振って謝罪をし、



「しかしカミーリャ。……いや、『カミィ』。このままにしておくかい?」



 まっすぐに彼女を――名前を短くした愛称を呼んだ。



「まさか『ルゥ』。このままで良くはありません」



 そんなルーティスに応えるように。彼女も短くした愛称で呼ぶ。



「なら力を貸してくれないかな? 僕には君の力が必要だ。君の存在を貸して欲しいんだ」



 満天の夜空を背に手を差し伸べるルーティス。



「勿論ですよ。『マイ・マスター』」



 彼女もしっかり、手を握り返した。



 ◇◇◇


 女神シィラが伝説の勇者召喚を果たした。その報は瞬く間に女神達の元へと届き、女神達は安堵した。それは女神達から見れば当然であった。何故なら完全なる勝利が確定されたような物だからだ。


 そしてその勇者を一目見たいと女神シーダ・フールスを筆頭に言い出し。勇者ルーティスは女神達の元へと招かれたのだ。



『あらぁ……これが還流の勇者ですか? 末席の女神『シィラ』よ』



 静寂と淡い白色に支配された白亜の大広間、そこに玉座に座る長い黒髪と『右耳にイヤリング』をつけた絶世の美人女神シーダ・フールス――の幻影が浮かぶ。



「左様にございます。女神シーダ・フールス様」



 彼女に頭を垂れて畏まるシィラ。末席である彼女は立場が弱いのだ。



『なるほど…。では少し、面を見せなさい』


「御意です。女神シーダ・フールス『殿』」



 蠱惑的なシーダ・フールスの声にルーティスはそう答え。素直に顔を上げて見せる。燐光のような白い輝きの中に、中性的なルーティスの顔が浮かぶ。



「へぇ、中々。それで貴方がシィラと一緒に最前線で魔王達を撃退して下さる。と……?」



 苦笑するような含み笑い達を背後に。女神シーダ・フールスがルーティスに問いかける。



「いいえ致しません」



 そんな彼女達に。ルーティスはきっぱりと答えた。



『……は?』



 女神シーダ・フールス、シィラも含めた全員の声が、ぽかんとなる。



「魔王達は倒す必要等ありません」



 ルーティスは立ち上がり謳うように声をあげ。それに呼応するように怒気を孕んだ女神シーダ・フールスもまた『右耳のイヤリング』を押さえつつ立ち上がる。しかしルーティスは完全に無視していた。



「何故なら魔王や魔獣達というのはこの世界に対する――」


『――このバカを殺しなさい』



 憤怒の形相が幻影に浮かぶ中。底冷えし白亜の巨石を削り取るような口調の命令と共に魔法陣が現れ、甲冑に身を包む兵士達が出現する。



「何のまねですか?」



 半眼でため息をつきつつルーティスは尋ねる。だがその態度はまるで、ルーティスには結果が知れていた、と言わんばかりである。



『貴方は神聖なる戦いを拒否しました! つまり女神達に叛いたも同じ! だから貴方はここで殺します!! やりなさいっっ!!』



 現れし兵士達に命令を下す女神シーダ・フールス。兵士達は槍や剣を構え、ルーティスを殺そうと迫る。



 その瞬間。紅い影が魔力を叩きつけながらルーティスの隣に飛び降りた。影が降り立つ瞬間、音は無く。ただ影に従う魔力が、兵士達を吹き飛ばし気絶させたのだ。



「ルゥ、怪我はない?」


「カミィ。健在だよ」



 影が面を上げる。そこには椿のような紅い髪に闇色と黄昏色のオッドアイの美少女――魔法少女のカミーリャがいた。



『た、たそがれの姫軍師……?!』


『バカな!? 何であの魔法少女が……?!』



 どよめく女神達。それには無理もないだろう。何故なら一番、裏切る筈の無い人物の寝返りだからだ。



「では女神達。僕らはこれから自由に戦わせていただきます。勿論、この娘とね」


 

 カミーリャを抱き寄せたルーティスがそのまま後ろに跳び、魔法も使わないのに空間が揺らいだ。



「八つの神殿を解放し、『聖剣を献上する為』に相見える日を」



 ぱちりとウインクして。ルーティスは更に裏拳で空間を殴りつけた。辺り一帯に凄まじい轟音が走り、歪む空間が白亜の壁に亀裂を走らせ女神達の幻影を破壊しつつ。倒れた兵士達と女神シィラを吹き飛ばしルーティスは虚空の中に溶けるように消えた。


 後には女神シィラが。煤けた顔を呆然と上げただけだった……。


 ◇◇◇


 女神シーダ・フールスの住まう聖域。そこから遠く離れた丘の草原、その夕焼け空がいきなり揺らぐ。大きな石を落とした湖面のように広がる波紋は急激に空間を波立てて、二つの小さな影を無音で滑り出させた。



「予定通りだな。カミィ」



 影の一人はルーティスで。



「そうですね、ルゥ」



 もう一人はカミーリャだ。



「これから暫くは戦争だ。忙しくなるが大丈夫かな?」



 向かい合うルーティスに、



「勿論よ、ルゥ」



 カミーリャは微笑んだ。暫く見つめ合う二人の間を、風が吹き抜けてゆく。



「ルゥ、これからの戦略はどうするの?」



 風の凪いだ瞬間。カミーリャはルーティスに問いかけた。



「まずは仲間集めだな。僕には必要無いが居ないとこの世界の方が困る。そして拠点。ここがあると戦いがしやすくなるな。良い場所が欲しい」


「私は拠点に推奨したい場所があります」



 そんなルーティスにカミーリャが提案した。

 


「どこかな? あ、いや待てよ。多分僕は君と同じ場所を思い浮かべているはずだ。――女神シィラの治めるカスタルだよね」


「良く判りましたね」


「そこが一番、安全な拠点だからね」


「はい。ふふふ……」



 ルーティスは微笑みカミーリャは口元に指を当てて笑う。そんな二人は夕暮れの中で一枚の絵画のように映えた。



「良いだろう。カスタルを攻略して拠点にしよう。犠牲者は無しにだ」


「はい。ところでルゥ。この戦争は何年かかりそうかしら?」


「十年だな。全ての神殿を攻略したり『聖剣』を手にする必要もあるからな」


「なるほど、確かにそうね。ねぇルゥ、気づいているかしらね?」


「カミィ。『聖剣』の意味に気づかない程馬鹿じゃないさ」



 二人は見つめ合う。



「それもそうね」



 瞬間。カミーリャの方が苦笑して肩をすくめた。



「さぁ行こう。戦いは始まったばかりさ」



 ルーティスの差し出した右手を、



「はい、頑張りましょう!」



 カミーリャも握り返したのだった。

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