第6話
なんで、どうしてこうなった?
庭園にいるはずの白薔薇を迎えに、勢いよく自室を出た俺は、なぜか庭園の入り口で足止めをくらっている。
俺の事をよく思っていない、白薔薇の父君に!
シャワーを終えた俺は、迎えを出すという黒を抑え、自分で白薔薇を探しに庭園に行く、つもりだった。
幼馴染みで弟の立位置から少しでもステップアップ。今、丁度バラが見ごろなので散策しながらロマンチックに演出したい…。
話したい事、聞きたい事がたくさんある。
学園の事や、第2王子の噂話に最近やたらと仲の良さげに見える第4王子の事。
はやる気持ちを抑えながら、足早に王宮内を歩き、自室から、最短距離で庭園に抜ける階段を降りると
『お急ぎですか?第3王子』
と、にこやかに声をかけられた。
俺の苦手な宰相、白薔薇の実の父君に!
普段は王宮内で滅多に会うこともないのに!
『…義父上、ご無沙汰しております。』
『義父とは、気の早い…。まだそうなると決まっているわけではないので、宰相、とお呼びください。』
笑顔のまま、涼やかに言う。
…苦手だー。
この爽やかな笑顔で線を引いてくる感じ。誰にでも平等に優しく紳士的、なはずの宰相は、俺にだけは当たりがキツイ。
史上最年少で宰相になった彼は、美しい蒼い髪を首の後ろで1つに束ね、深い湖のような蒼い瞳をしている。背丈はあまり高くなく、成長途中の俺は、もう少ししたら追い抜ける、はず。
今は見おろされているけど。
ほっそりとしていて少年のよう。とても俺と同年代の子供がいるとは思えない。
白薔薇には全く似ていないが、美麗なその姿から
“蒼銀の君”と呼ばれている。
『どうですか?学園生活は?』
と、普段なら絶対にするはずもない世間話をふってくる。なんで今日に限って?急いでいるのに。
それでもこれ以上義理父の心証を悪くするわけにはいかない。適当なところで切り上げて白薔薇を迎えに行こう。
『はい、楽しくやってます。』
『確かに楽しそうですね。』
ため息まじりにそう言う。
『以前から再三申しておりますが、いつでも婚約解消していただいても構いませんよ。王子に他に想い人ができたなら尚更に。』
『はあ?!』
と、俺の声と同時に庭園の一画が突然光った。
稲妻?
こんなにいい天気なのに?
一瞬何が何だかわからなくなる。
俺に想い人?白薔薇の他に?
今のは、雷が落ちたのか?
『…』
『…』
二人同時に稲光がした方を一瞥していたらしい。
その後、目があった宰相な訝しげに俺を見て。
いやいや、今の稲妻は俺がやったと思ってます?
俺は首をふりながら稲光りした辺りをまた見て、
『庭園に白薔薇姫がいるので、探してきます。』
と言いおいて走り出す。
宰相は何か言っていたが、聞こえなかったし、聞き返さなかった。胸騒ぎがする。
白薔薇と婚約した後、白薔薇の王都の邸にお忍びで遊びに行った事がある。
白薔薇伯爵の城は白薔薇領にあるので、王都の邸は別邸。王宮勤めの宰相とその娘の白薔薇と数人の使用人で住んでいた。
その日は良い天気だったのだが、夕方に突然真っ黒な雲が空を覆い嵐になった。
俺は情けないことに、雷が怖くて泣き出してしまって。
邸には、俺と白薔薇と元から少ない使用人だけ。
突然の嵐に、使用人は大忙しで部屋には俺と白薔薇の二人きり。
大泣きする俺を、白薔薇は自分のブランケットですっぽりくるみ、
『大丈夫だよ、怖くないよ』
と、背中から抱きしめてくれた。
白薔薇の体温、ブランケットからの花の香りと白薔薇の匂い…。トントンと、規則正しく背中をたたかれ…安心していつの間にか俺は眠ってしまった。
ふと目を覚ますと、白薔薇家の使用人が俺をベッドに運んでいた。
『お嬢様、大丈夫ですか?』
その使用人が、白薔薇の方に向き直り心配そうに覗きこむ。
『雷、お嫌いなのに、お気に入りのブランケットを貸してしまわれるなんて…』
『へーきだったよ?第3王子を守んなきゃって思ってたからね!』
どこか誇らしげに、自慢気に言った白薔薇の目に大粒
の涙が盛り上がっていた。
『…あれ?でも紅の顔みたらなんだかほっとしたみたい?』
泣き笑いの表情をする白薔薇を、紅と呼ばれた使用人がブランケットでくるみ、抱きしめた。
俺は!
恥ずかしかった。猛烈に。
自分より年下の女の子に甘えて。
その子の婚約者?俺が守らなきゃいけなかったのに?
なにやってんだ俺!?
情けなくて、ベッドの中で寝ているふりを続けながら自分の中の嵐を抑えるのに必死になっていた。
俺が守らなくちゃいけない。
俺が守りたいし、抱きしめたい。
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