56話 帰還して一息のこと
帰還して一息のこと
「なるほど、そいつは『リッパー』だ」
「リッパー?」
お茶を一口飲み、アニーさんはそう言った。
・・・随分個性的な名前だな。
キャシディさんと一緒に西地区を脱出してから、おおよそ半日。
俺は、ねえちゃん宅の居間でアニーさんと話している。
あれから、式部さんの連絡を受けた駐留軍によってキャシディさんはすぐに担架で運ばれて行った。
『タノシカッタ!アリガト!』
そう、当の本人は言いつつ・・・俺の頬に何度目かの口付けを残して。
・・・周囲の視線が大変痛かったが、無視することにした。
そして・・・その後はまあ、俺の傷が大幅に増えたことが一瞬でバレた。
朝霞が『血のにおいがするしーっ!!』って騒いだからだ。
・・・アイツ、マジでなんなの。
そしてあっという間に連行され、傷の治療を受ける羽目になった。
今回は大した傷じゃないから大丈夫という俺の意見は誰も聞いてくれなかった。
田中野悲しい。
そして神崎さんは龍宮への報告と情報のすり合わせのために富士見邸へ行き、ねえちゃんはいつものように昼飯の支度。
俺はといえば、バス会社で戦う羽目になったあの『レッドキャップ』のことをアニーさんに聞いた・・・というわけだ。
・・・朝霞?
俺の膝に涎を供給しながら現在進行形でグッスリだよ。
昨日は一睡もしていなかったらしい。
出迎えの時に上半身裸だったのは、朝風呂にでも入ろうかと服を脱いだから、らしい。
そして窓越しに俺たちの帰還を見て、そのまま裸で飛び出したというわけだ。
心配させたのは悪かったが、もうちょっと落ち着いてほしい今日この頃である。
遂に露出性癖まで開眼したのかと思っちゃったぞ。
「なんていうか、その・・・変わった名前ですね」
そして、冒頭へ戻る。
「本名じゃないぞ、あだ名だ、あだ名」
あだ名で呼び合うようなアットホームな職場には見えないんだけどなあ、『レッドキャップ』
「本名はマクシミリアン・ギーガー、階級は少尉だ。部隊内でも変わり者として有名だった」
本名の方がカッコいい気がするんだが。
「変わり者?」
「ああ、病的なほどに銃を嫌っている。そして、それとは逆に刃物を心から愛している・・・故に『リッパー』、『切り裂くモノ』というわけだ」
・・・なるほどね。
あの時拳銃の1つも持ってなかった理由はそれか。
「確かに、あんなよくわからん刃物を実戦で使いこなせるくらいだもんなあ・・・鞭の刃物版みたいなのビュンビュン振り回してましたよ」
「アレか・・・」
アニーさんは顔を曇らせ、黙り込んだ。
どうしたんだろう。
「うぇかぴぽ・・・うぇひひ・・・」
沈黙で手持無沙汰なので、俺の膝を枕に眠りこけている朝霞を撫でる。
なんだその寝言は。
「リッパーはな」
アニーさんが言いにくそうに口を開いた。
「サイレントキリングの達人で、性格も寡黙だが命令違反はなく、実直な男だ」
ふむ、それだけ聞くと有能に感じるな。
サイレントキリングってのは古保利さんや式部さんみたいな、音を立てない戦闘方法だよな。
あれだけ激しく動いても不気味なほど音を立ててなかったし、かなりの腕前だろう。
「・・・ある一点を除いては、有能な男だったよ」
急に気になる情報をお出ししてきましたね。
なんだろう・・・まあ、なんとなくはわかっているんだが。
アイツが戦闘中にほざいた言葉でな。
「奴は、人間を切り刻むことを何よりも好む」
・・・やっぱりね。
「勿論作戦行動中に問題を起こすことはなかったが・・・尋問や拷問には率先して参加していたよ。驚くほどの熱心さでな・・・奴の手にかかって口を割らなかった人間は、いない」
うへえ、そんなこともやってたのか『レッドキャップ』
映画みたいに綺麗ごとだけじゃやっていけないんだろうな。
「俺のクソ雑魚英語力ですけど、戦闘中に言ってましたよ。『女子供や老人を刻むより~』みたいなことをね・・・ああ言うってことは、世界がこうなってからはやりたい放題してるんでしょうね」
それを思い出し、湧き出す怒りをなんとか抑え込む。
朝霞が起きたらかわいそうだもんな。
「・・・やはり、か。ゾンビ騒動が起こる前からそんな気はしていた、奴の目は人間をまるで吊るし肉とでも思っているようなものだったからな」
「まあ、また出てきたら・・・ぶち殺すだけです」
どう考えても仲良くしたい人種ではない。
邪魔をするなら、斬って捨てるさ。
「そうしてくれ・・・奴は私をレイプしようとはしなかったが、かといって好感の持てるタイプではない。無辜の人々が危険に晒されるなら、生かしておく道理もない」
そう言い終えると、アニーさんは再びお茶を飲んだ。
この話はここで終わりのようだ。
「ところで・・・」
と思ったが、他に何か話があるようだ。
・・・嫌な予感がする、すごく。
だってさっきまでとは違ってニヤニヤしてるんだもん、アニーさん。
「グレイスン曹長・・・キャシディとは同じ布団で寝たというのは本当かな?イチロー」
どこから漏れたその話!!
いや本人からか!!
あの搬送されるまでの短い時間でよくもまあ話したもんだよキャシディさん!恨みますよ!!
「・・・いいえ~、護衛でしたので、座って寝ましたけど~」
「いやいやそう恥ずかしがらずともいいじゃないか。お姉さんに教えてごらん?ん?」
アニーさんはテーブルに手をついてこちらに身を乗り出す。
お目目がキラキラですね、可愛いですね。
「お姉さんって・・・たぶん俺より年下でしょあなた」
「ふぅん?そんなに若く見えるのか私は。ふふん、悪い気はしないなあ」
これ絶対教える気ないな、年齢。
「それで?ちゃんと避妊はしたんだろうなイチロー?キミも男だからそういうのは悪いことではないが、最低限そこだけはしっかりしないと・・・」
「ノーモーションで風評被害を拡大させるのはやめてくれませんか」
ダメだ。
この状態になったアニーさんは無敵だ。
何を言っても勝てる気がしない。
「もちろんなにより同意も必要だがね。まあ、彼女はキミを憎からず思っているから断ることはないと思うが・・・それでも必ず口頭で同意を得るのだぞ?」
「天下無敵じゃんこの人」
もう中身セクハラオヤジじゃねえかなあ。
俺相手じゃ無けりゃ訴えられても文句は言えんぞ。
「まあ、この状況だ。無法な方法でなければ定期的に発散しないと体に悪いぞ・・・ではイチロー、風呂に入ろうか」
「なにが『では』ですか・・・文脈さんを殺しやがったな」
「いいじゃないか~、私とてたまにはいい男に背中を流してもらいたい日もあるのだ。神経をすり減らして防衛の任務に就く私を少しはねぎらっても罰は当たらんぞ?」
どんな日だよ。
「はいはい、別のことならやってあげますから」
「ほほう・・・では風呂に入ろうか」
「別のって言ったのもう忘れました?たぶん2秒くらい前のことなんですけども」
「何を言うか、さっきは背中のことだろう?今のは前を流してくれということだよ・・・ねっとりと、素手でな」
より質が悪くなってるじゃねえか!?
あーダメですお客様当店ではそのような行為は対象外となっております!!
・・・ああもう、この人は本当に無敵だ。
「な、なーちゃんあっそぼ~」
「みゃぎゃん!?」
いつものように窓の隙間から鼻を突き出しているなーちゃんの方へ逃げることにした。
膝から頭を落とした朝霞が珍妙な悲鳴を上げてた・・・ゆるして。
いつか埋め合わせはする、いつか!
「ふふ・・・まったく、つれない男だ」
楽しそうに何事か呟くアニーさんに聞き返すことはせず、俺は庭に戦略的撤退をかますことにした。
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「『崩くずし』ぃ?なんですかそりゃ。『飛燕』の『春雷』みたいなもんですか?」
在りし日の道場で、俺は師匠にそう問いかけた。
たぶん、大学に入る前の冬・・・くらいだったと思う。
あの時道場には俺と師匠しかいなくて、たぶん夕方だった。
「いや、違う。『飛燕・春雷』や『連雀・重』はただ単に放つ形の違いでしかない」
芯から冷え込む道場だというのに、いつも通りの袴姿で師匠はそう言った。
あそこ、暖房ないんだよなあ。
特に冬の稽古はきつかった。
「我が南雲流の技の数々は・・・まあ、有体に言えばほぼ『初見殺し』じゃな?」
「ですねえ。現代のまっとうな武術流派にはちょっと存在しないような技ばかりですな」
一瞬で反則負けになるような技ばっかりだもん。
基本的に急所とか足しか狙わないもんな。
「『崩』とはのう。その初見殺しを潜り抜け、再度挑んできた相手にのみ使う技よ」
「二段構えってわけですか。ご先祖様も性格が悪いなあ・・・」
俺がそう言うと、師匠はおかしそうに口元を歪めた。
「何を言うか。南雲流と相対して生き延び、牙を研いで再び挑んできた相手じゃ。どう考えても生半可な使い手ではなかろう」
「まあ、確かに・・・」
この時はピンと来ていなかったが、今なら切実にわかる。
鍛治屋敷や、この前戦ったリッパー。
仕留めきれなかった強者は、俺の技に対する知識を持った状態なのだ。
この先一生接触しないなら何の問題もないが、俺の目的からしてその望みは薄いだろう。
鍛治屋敷は俺の・・・いや南雲流の敵。
そしてリッパーは、この先叩き潰すことになる『レッドキャップ』の構成員なのだ。
どうあがいてもドンパチは避けられない。
「まあ、物は試しじゃ。小僧、木刀を持て」
「あのー・・・今日の3時間耐久後藤倫組手でもう精も根も尽き果ててるんですけど、俺」
「馬鹿者、学べる時に学ばずしてどうする。明日急に強者が飛び掛かってくるやもしれんのじゃ」
「そんな末法の世は嫌だなあ・・・はい、わかりました師匠」
俺は嫌々ながらも木刀を取り、師匠と向かい合った。
「では行くぞ。今は無理でも、見ておくだけで損はない・・・とりあえず今日の所は『飛燕』のものを教えてやろう」
さあ来い、そう言った師匠に俺は踏み込み・・・稽古の結果意識を失って翌日の朝目が覚めた。
死ぬかと思った。
あと汗だくのまま寝たので酷い風邪を引いた。
許さぬぞ師匠。
「これぞ南雲流剣術、奥伝ノ一『飛燕』が崩し―――『六花りっか』じゃ、いい経験になったじゃろう?」
俺が失神する前に見たのは、いい歳して子供のような笑顔の師匠だった。
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砂浜に座り込んで瞑想のようなことをしつつ、過去のことを思い出していた。
俺のポンコツ脳細胞もたまには役に立つらしい。
「意外と覚えてるもんだなうおぉお!?」
「ひゃわぁあ!?なになになーに!?」
目を開くと超至近距離に朝霞がいたので叫んでしまった。
集中しすぎて周囲の警戒がおろそかになっていたらしい。
「何じゃないだろビックリするじゃねえか!」
「ひぃん・・・にいちゃんずっと動かないんだもん。あーし、ちょっと心配で・・・」
目をぱちくりさせながら言う朝霞に、すっかり毒気が抜かれた。
「あー・・・こっちこそ急に怒鳴って悪かった。すまんな」
そう言って頭を撫でてやると、朝霞はまるで猫のように目を細めた。
「にゅへへ・・・これで許してやるし!」
どうやら許されたようだ。
さっき頭を落としたのも合わせて帳消しにしてもらえればいいんだが。
「っていうかにいちゃん、こんな棒きれ2つ持ってなにすんの?釣り?」
朝霞は俺が傍らに置いている木の棒に気付いたようだ。
「これじゃ竿には短すぎるだろ・・・よっと」
立ち上がって砂を払いながら棒を両手にそれぞれ持つ。
「これはな、こうするんだよ」
そして、左手に持った棒を空中に放り投げる。
その端を右手の棒で叩くと、棒は空中で回転した。
「ほい」
半回転した棒の反対側をタイミングよく叩く。
その衝撃に、棒は反対方向への回転を開始。
「はっ」
また半回転したのでまた叩く。
さっきとは反対の端だ。
何度も繰り返すと、俺の体の前で棒は半回転を繰り返す。
「わあ!にいちゃんキヨーだね!・・・で、これなーに?」
かこんかこんという音に合わせ、朝霞の目が左右に忙しく動く。
おいおい、そんなにしっかり見てると蜻蛉よろしく目を回すぞ。
「うーん・・・ま、修行だな、修行」
「シュギョー!かっけー!なんかブドウカっぽいね!」
「一応その端くれにはいるつもりなんだがな」
朝霞に答えつつも、手は止めない。
さらに棒を叩く動きを複雑にしていく。
1回転させて、今度は逆に3回転。
叩く方向を変えて回転を加速させたり、軽く跳ね上げてみたり。
目を閉じて叩き、イメージ通りの動きをしているか目を開けて把握したり。
「わー!すっごい!すっごいし!」
「バウ!ワウウ!!」
「うおっ!?」
喜ぶ朝霞の横から急に飛び出したなーちゃんに棒を奪われたり。
・・・あらら、遊んでくれると勘違いさせちゃったかな。
さっきまで波打ち際を無限ダッシュしてたから目を離してた。
「ヴァフ!オウゥ!」
棒を咥え、キラキラした目で俺を見つめてくるなーちゃんに苦笑する。
この修業はなーちゃんのいないところでやった方がよさそうだな。
「修行!修行ですか!」
・・・神崎さん、いつの間に。
「こ、これはどのような技の修行ですか!?今までお見かけしたことはありませんでしたがっ!!」
圧が、圧が強い!落ち着いて!!
最近見ていなかったキラキラ神崎さんのご登場だ!!
「いやあ・・・ちょっと『飛燕』の発展形というか、初見殺し殺しというか・・・」
「あの刀を飛ばすものですね!発展形とは!田中野さんがお考えに!?」
神崎さんが朝霞くらい圧が強い!!
普段はクールビューティなのに、武術への興味はそんなものを容易く吹き飛ばしてしまうようだ。
「ち、違いますよ・・・たぶん300年くらい昔からありますよ、知りませんけど」
「そんなに!そ、そんなにですか!!」
いつもなら何故かキレて邪魔をしてくる朝霞は、なーちゃんに抱き着いて少し遠くにいる。
抱えられているなーちゃんも、『何この人、こわ・・・』みたいな顔だ。
1人と1匹はドン引きしている様子である。
「く、訓練されますか!?私でよければ喜んでお手伝いをしますが!!」
「あー・・・、ちょっと、その、本番の技の訓練は開けた場所でするなと言われていまして・・・」
さっきまでの木の棒遊びは、いわば勘を取り戻すための柔軟体操のようなものだ。
初見殺しをさらに超えるこの技は、余人の目に触れる所で決して練習するな・・・と、師匠にもきつく言われたものだ。
手品の種が割れちゃうしな。
大丈夫だとは思うが、敵に知られる恐れもある。
「なるほど!理にかなっていますね・・・!さすがは南雲流です・・・!!」
「性格の悪さは1000年受け継がれてますしね」
なんとか効率的に、そして徹底的に人間をぶち殺そうと先人が血反吐を吐いて考えた技の数々だ。
受け継がれた殺意は驚くほど濃度が高い。
「あの・・・その、ではその技のお名前をお聞きしても・・・?」
興奮状態から一転、神崎さんはもじもじしながら尋ねてきた。
まるで告白をする女学生みたいな雰囲気だが、問われる内容が物騒すぎる問題。
その間違った恥じらいはどうかと思う。
「・・・『六花』といいます。『飛燕』が崩、『六花』」
「と、とてもいいお名前ですね・・・!」
うっとりとした表情で呟く神崎さん。
色っぽいが、その色っぽさは完全に無駄だと思うな、俺。
ちなみに朝霞たちはさらに距離を取っている。
・・・そんなに怖がってやるなよ。
まあ、初めて見たからびっくりしているんだろうが。
「他にも!他の奥伝にもあるのですか!!」
近い近い近い!さらに近い!
キスでもするんじゃないかってくらい近い!!
落ち着いて!落ち着いてください!!
「あ、ありますよ。といってもまだ使えないものがほとんどですが・・・」
そもそも全ての奥伝を実戦で使ったこともないわけだし。
『崩』は、その崩す奥伝に精通していないと使いこなせない。
師匠でもあるまいし、俺なんかが適当に使ったらまともに使うより使い物にならんだろう。
「なんなんだし・・・怖いし・・・」
「キュゥウン・・・」
俺も同じ感想だよ、ご両人。
ちょっと普段と違ってかわいいとも思うけども。
これが俗に言うギャップ萌えというやつなんだろうか・・・たぶん違うと思う。
「そろそろ1回くらい龍宮に帰っておかんとな・・・」
独り言と一緒に吐き出した紫煙が、夜の闇に溶けていく。
すっかり夜も更けた。
夏が近いといえども、流石に9時近くともなれば辺りは真っ暗だ。
以前の世界と違って電灯がない今では、夜は一段と暗い。
なーちゃんもマイホームに引っ込んで寝ているっぽい。
俺はいつものように庭のベンチに座って一服である。
大興奮した神崎さんをなだめたり、朝霞と釣りをしたり、キャシディさんたちのお見舞いに行ったりしていたらあっという間に1日は過ぎてしまった。
あの亡くなった1人の駐留軍以外は、みんな重傷ではなかったのが救いである。
キャシディさんの足もやはり骨折ではなくヒビだったようで、固定して安静にしていればすぐに治るとのことだ。
エマさんも頭を打って脳震盪を起こしただけらしく、ピンピンしていた。
『ヌードルと素敵な参考書のお礼よ!』的なことを言いながら頬にキスされたが、後半の部分に関しては拙者は関係ないでござる。
エマさんもああいうの読むんだ・・・キャシディさんだけかと思ってた。
そして、さっき呟くに至った原因を古保利さんから聞いたのである。
なんでも近々、龍宮から船を出す予定があるそうだ。
それで怪我人や、避難を希望する島民を龍宮側に送るらしい。
あっちからは更なる戦闘員や物資の派遣もあわせて行われるんだそうだ。
俺は、それに便乗しようかと思っている。
高柳運送に顔を出したいっていうのもあるが、モンドのおっちゃんの所で脇差を調達したいのだ。
もしも在庫がなければ以前使っていた剣鉈を持ってきてもいい。
おっちゃんに借りた長脇差は・・・残念ながら海の底だろうし。
鍛治屋敷に向けて蹴り飛ばしたからなあ・・・神崎さんも見ていないって言ってたし。
アレはかなりの業物だったから本当に惜しいことをした。
あの場面で使ったことについては一切後悔していないが。
ああしないと死んでたと思うし、俺。
兜割も悪くはないが・・・『崩』には使えない。
アレらを十全に使いこなすには、やはり脇差かそれに準じる刃物が必要なのだ。
相手は化け物ばっかりだし、残った『レッドキャップ』にもまだ見ぬ強敵がワサワサいる可能性もあるのだ。
悔いが残らないように、準備だけはしっかりしておきたい。
「ままならんなあ・・・戦いはあきたのさ、心がかわきそうだ・・・」
どこかの名作アニメめいたセリフまで吐いてしまう。
だが、その名オープニングにもある歌詞を借りれば、『明日につながる今日くらい』は戦い抜きたいのだ。
この県を越えてまで正義の味方を気取る気はないが、心安らかに生きていけるように目の前の敵は叩いて砕いておきたいのだ。
「悩み事かな?お姉さんに相談してみなさい」
・・・朝の設定をまだ使う気のアニーさんが、後ろから声をかけてきた。
「お邪魔するよ」
「なんで膝の上に座ろうとするんですか、面積あるでしょ」
「ふふ、お茶目な冗談じゃないか」
流れるように俺の上に座ろうとしたアニーさんは、悪戯っぽく笑いながら隣に腰かけた。
「ん」
そして唇を少し突き出してくる。
まったくもう・・・はいはい。
その色気たっぷりの唇に、新しい煙草を咥えさせる。
「おや、こっちか。キスでもよかったのだが」
「すいませんそれ今品切れなんですよ」
「今度入荷したら取り置きを予約しておこう」
この人日本語上手すぎでしょ・・・勝てない。
勝つ気もないけど。
「・・・ふぅ、それで?カワイイサムライの悩みは何かな?」
当然のように俺の咥える煙草で火を点け、アニーさんが聞いてきた。
「いや、別に悩みなんて大したものじゃないんですけど・・・武器が欲しいなって思ってただけですよ」
そう言うと、アニーさんは一瞬黙り込んで口を開いた。
「・・・迫撃砲までならなんとかなるが?」
「あなたの中のサムライってどんな化け物なんですか」
いらないしあっても役に立たんぞそんなもん。
人が持って撃てるような代物じゃないでしょ。
「ふふふ、ジョークだ。アニージョーク」
笑いながらそう言ったアニーさんは、やはり俺よりもだいぶ年下に見えたのだった。
「はいはい、アニーさんの方が俺なんかよりよっぽどカワイイですよ」
「・・・!なんだなんだ、今日は随分とサービスがいいじゃないか!アレか?やはりキャシディにインしてしまって女の扱いに慣れて・・・!」
「はーいおやすみなさーい」
妄言を聞き流し、俺は眠ることにした。
・・・朝霞が既にベッドに入ってるんだろうなあ。
サムライシックスセンスが発揮されてるぜ。
今日は居間で寝ようかしら。
・
・
・
・
「まったく、つれない男だな。そう思わないか2人とも」
「ええ、ええ、まったく」
「で、あります。むしろそこが最高に素敵でありますが」
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