46話 息抜きは大事なこと
息抜きは大事なこと
ピンポン、と呼び鈴が鳴った。
ねえちゃん宅はソーラー発電なので、まだ電気の恩恵があるのだ。
「あらあら、お客様ね。ごめんなさいいっくん、代わりに出てもらえない?」
ぬか床をかき混ぜつつ、ねえちゃんは俺にそう声をかける。
たしかに、その状態じゃ来客の応対はできないな。
神崎さんは山へ柴・・・じゃない獣狩りに行ってて不在。
式部さんは古保利さんの所で偵察。
アニーさんは・・・うん、庭のベンチで寝ているな。
俺しか動けないってわけか。
「ういうい」
「うやぁん・・・ぴえん」
いつものように昼寝しつつも俺の膝から離れない朝霞を剥がし、立ち上がる。
相変わらず面白い鳴き声だな、コイツ。
「ピンポン鳴らすってことは石川さんじゃないよな・・・声もしないからライアンさんじゃないし」
『センセイ!センセーイ!!』ってでっかい声で呼ぶもんな、あの人。
玄関に向けて歩く。
『防衛隊』で俺達に何かしようってイキのいい奴は、仲良く揃って土の下だからそれもない。
はてさて、俺の知らないご近所さんかな?
傷まみれの顔に驚かれなきゃいいが。
「はいはーい、今開けまーす」
ガラス越しに見えるのは、迷彩っぽい色。
・・・自衛隊か駐留軍だな。
ってことは何かの連絡要員か。
ライアンさんじゃないのはどうしてだろう。
土間に下り、鍵を開ける。
ガラガラと音を立てて開いていく扉の先に、見慣れた迷彩服。
「・・・は、はろー・・・ないすとぅ、みーちゅう?」
が、顔は一切見慣れていない人だった。
「Hi,samurai!!」
俺を見てぱっと笑ったのは、駐留軍の軍人さんだった。
それも、女性。
肌が褐色なのは日焼けじゃなく、元々そういう人種の方なんだろう。
髪型は限りなく坊主に近いベリーショート。
陽気そうな目が、俺を見つめている。
ズボンは迷彩服だが、上半身はなんとタンクトップ一枚。
女性ながら鍛え上げた肉体が眩しい。
でも、出る所は・・・うん、すごい出ている。
セクハラ的な表現だが、そうとしか言いようがない。
「『こうして面と向かって話すのは初めてね?アラ、もっと厳ついかと思ってたら・・・カワイイ顔ね、年下かしら?』」
彼女は俺にペラペラと話しているが、いくらなんでも早口過ぎる。
ぜんっぜん聞き取れない、文系を舐めないでいただきたい。
「『あー、えっと、私は、あー・・・すみません、もうすこし、喋る、ゆっくり、お願い?』」
ポンコツ脳細胞からなんとかして外国語を捻り出す。
「『あ、そうね。私ったら・・・ええと、日本語って難しいのよね~・・・キャシディが教えてくれたの、どんなだったかしら・・・』」
なんとか通じたのか、彼女は少し考え込むような素振りをした。
・・・この人も俺より身長デッカイな。
おかしいなあ、俺・・・平均身長よりは大分上なのに。
グローバルだとチビになっちまうのか。
「『あ、たぶんこれだったわ!』」
彼女は何かを思い出したように笑い、俺の目を真っ直ぐ見つめて言った。
「カワイイヒト、コンバン、イッパツドウデスカ?」
・・・何が!?
何で俺、見知らぬ女性軍人にいきなり口説かれてんの!?
いや、口説くどころじゃねえ!?
完全に超ド級のセクハラだ!!
・・・彼女の表情から、スケベな感じは一切読み取れない。
というと、この人が日本語を大間違いしているのはなんとなくわかる。
いや当たり前だろ、こんな真昼間から言うべき台詞じゃないし。
・・・だが、俺には彼女の言語的な間違いを正せる語学の才能はない。
どうしよう。
当の本人は『?』みたいな顔でこちらを見ている。
絶対に自分の言い間違いに気付いてないぞ、これ。
マジでどうしよう・・・
ええいままよ!
頑張れ、俺の語学力!!
「『あー・・・あなたの、日本語、間違い、それ、その、とっても、あの・・・』」
しどろもどろでなんとか言葉を絞り出した、次の瞬間だった。
「『―――おいおい、それは男性が意中の女性を口説くための、それもかなりド直球で下品な夜の誘いだぞ?キミの日本語教師はモグリか、それともポルノスターか?』」
アニーさんが、俺の後ろから苦笑いと共に現れた。
きた!メイン外人さんきた!これでかつる!!
「『・・・マジ?』」
今リアリー?って言った!
これなら俺も知ってる!!
「『ああ、マジだ。うちの可愛いサムライを食べたくなるのはよくわかるが、明るいうちから盛るのはよくないぞ?』」
・・・サムライだけは何とか聞き取れたぞ。
もう読解する努力は放棄しよう。
アニーさんに丸投げだ。
「『ええええ!?ちょっと、わた、私そこまでビッチじゃないわ!確かに彼、好みの範疇だけど・・・でもでも、いきなりベッドに連れ込むつもりなんてないのよ?』」
「『おや、気が合うな。コイツは強くて優しい高級品だぞ・・・恐らくアッチも相当強い』」
「『・・・マジ?』」
またリアリーって言ってる!!
でもそれ以外は全然わかんない!!
「『試したことはないがな?しかし、ゾンビ共を正面に回して刀1本で暴れ回るタフガイだぞ?弱いわけがないだろう?』」
「『・・・フゥン、日本の男ってナヨナヨしてると思ってたけど、冗談抜きにサムライも生き残ってるのね・・・ところであなたは?』」
「『アニーだ。この騒動が起こる前に退役してバカンスと洒落こんでいたら本国に帰れなくなってな・・・おっと敬礼はいらないぞ、曹長』」
「『アラ、じゃあこのままでいいわね・・・お仲間か、あなたも災難ねえ』」
「『なあに、この国もそう悪くはない、悪くはないさ』」
・・・何やら合間合間に俺を見ながら盛り上がっている様子だ。
相変わらず早口過ぎてまったく聞き取れない。
・・・ところでお二人とも、なんで定期的に俺の股間見るの?
特に訪問者のお姉さん・・・その、目が怖いんですけど?
時々野獣めいた光が宿るんだが!?
「『参ったわ、連絡だけするつもりだったけど・・・味見したくなっちゃう』」
ひぃ!?
なんですか!?
目が怖いんですけど!ほんとに!!
「『彼・・・イチローには怖い怖い女性自衛官が2人も張り付いているぞ?こっちの国でも大人気だからな』」
アニーさん・・・なんですかその目は。
「『フゥム、そんなに人気なのね・・・アニー、彼って着やせするタイプ?』」
「『ホラ、な』」
「うおお!?ちょっと!?いきなり何すんだアンタ!?どういう文脈が発生したもごごごご!?」
何を思ったかアニーさんは俺のTシャツを掴むなり、いきなり脱がせにかかった。
驚くべき早業で、気付いた時には顔にシャツが張り付いている。
ちなみに今日の柄は『12000までキッチリ回せ』である。
・・・おい!?マジで何が起こってるんだよ!?
「『ワオ、ワオワオワオ!なにこれ!すっごいセクシーじゃない!?まるで映画で見たアクションスターだわ!!スカーフェイスもイカしてるし!!』」
「『ふふふ、気が合うな。さすが同国人だ』」
なんかセクシーって聞こえた!?
ナンデ!?俺のどこにも存在していない要素だぞおい!?
こんなド直球なセクハラ初めて遭遇した!!
俺が美少女なら失神してるところですよ!アニーさん!!
「ちょっと!アニーさん何がどうなってるんですか!?アレですか!?なまっちろい男の裸を晒して笑いものにしてやろうって魂胆ですか!?」
俺もかなり鍛えてはいるが、さすがにライアンさんやオブライエンさんみたいな厚みはないからな。
骨格から変えないといけないから仕方ないじゃないか!!
「・・・イチローが貧弱なら、この国の男はほぼ貧弱まみれなんだがな。キミは本当に自分のことになると評価が一変するな」
「じゃあなんでこの状況になってるんですか」
「彼女、傷のある体に興奮するタチらしくてな。大いにセクシーだとさ・・・冗談だ、キミの体は鍛え上げられていて本当にセクシーだよ。そら、何してるサムライ、褒められたら褒め返せ」
「ええ・・・あの、せ、センキュウ?あー・・・『あなたも、その、セクシーですよ?強そうで、大きくて?』」
「『あら!強そうな女が好きなのサムライ!?フゥン・・・嬉しいわ!とっても!素敵よ!』」
俺のつたない外国語が通じたのか、彼女は目を輝かせて喜んでいる・・・っぽい!
いや、返事の内容わかんないもんな。
いやいやいや・・・なんで俺が褒め返してるの?
よくわからない。
いや、でも褒められたから褒め返さないといけなくって・・・?
あれ、よくわからなくなってきたな?
そもそもなんで俺脱がされてるの!?そこからやぞ!?
あとTシャツいい加減に返してくれませんかねえ!?
「・・・バーベキュー?」
「ハイ、ソウデス・・・『ねえアニー、合ってるわよね?また卑猥な言葉じゃないわよね?』」
「『心配するな、完璧に合っている。しかしキミの日本語教師は一度ぶん殴っておいた方がいいな』」
しばしのわちゃちゃの後、彼女・・・名前は『エマ』さんだった・・・に告げられたのは、あまりにこの状況に合っていない行事だった。
「要はだ、でかいドンパチが始まる前に・・・そう、思う存分楽しんでおこうということだな。私やここの一家も招待されているぞ」
なるほどね・・・
中央地区にかちこむまで、残すところあと3日。
少々羽目を外しても大丈夫な日程というわけか。
オンオフをきっちり分ける古保利さんらしいや。
「どうりでここ最近ライアンさんを見かけない訳だ」
文字通り野山を駆け巡って『材料』を集めているらしい。
まあ、招待と言うなら別に断る理由もない。
大事の前の・・・楽しみだ。
「あー・・・『喜んで参加します、美しい人』・・・かなぁあ!?」
言うや否や、俺はエマさんに抱きしめられた。
なんで!?アニーさんが『これから外人の女と英語で話す時には最後にこれを付けろ』って言われたから言っただけなんだけど!?
うわぁ!硬いけど柔らかい!
いい匂いがするぅ!?
「『フフ、楽しみにしているわね。セクシーなサムライさん』」
エマさんは何事か俺の耳元で呟くと、軽く頬にキスをしてきた。
挨拶!挨拶ですよね!?
他の人に見られてなくてよかった・・・本当に。
朝霞とかに見つかったら頬に吸い付かれそうだ。
『挨拶だし!挨拶だし!』とか言いながら。
外人ってすげえや・・・
・・・ところでアニーさん、なんで笑い転げてるんですか。
あと、いい加減に俺のシャツ返してくれませんか!?
「『それじゃあね、待ってるから!』」
たぶんサヨナラ的なことを言いながら、エマさんは帰っていく。
うーん・・・背中も凄い筋肉だ。
さぞ鍛えているんだろう。
「・・・アニーさん、シャツ返してくださいよ」
土間に座り込んで肩を震わせているアニーさんに言う。
この野郎・・・じゃなくて女郎!
俺で遊ぶのやめてもらっていいですかねえ!?
「ヒィヒィヒィ・・・っふは、くくくく・・・」
涙まで流しやがってからに・・・!!
そんなに俺が面白いか!!
男性相手でも最近はセクハラが成立するんやぞ!!
「いやいや、すまないな、少し悪ふざけが過ぎたようだ、くふふふ・・・」
「少しぃ?かなりの間違いじゃ・・・あ」
笑いながらTシャツを差し出すアニーさんの後ろに、タオルケットを抱えたままの朝霞がいる。
完全に起きているわけじゃない、寝起きって感じの顔だ。
・・・まずい、これはまずいぞ。
目だけが、爛々と輝いている。
飛び掛かる寸前の、肉食獣の目だ。
「朝霞、朝霞どうどう、落ち着け、ハウス!ハウス!」
「にいちゃぁん!!」
「グワーッ!?!?!?」
どうにもならんかった。
瞬く間に距離を詰めた朝霞に、俺は抗うすべをすべて失って巻き付かれた。
そしてアニーさんは、今度こそ土間に転がって大声でゲラゲラ笑い始めるのだった。
「ガッデム!ファッキュー!!」
「はははは!特に後半は望むところだはははははははは!!!!」
俺のなけなしの罵倒すら聞き流し、アニーさんは少女のような顔で笑い続けるのだった。
たすけて!だれかたすけて!!
「ふわぁあ!にいちゃん!すごい!あーしこんなバーベキュー初めて見た!!」
時刻は夕方。
招かれた俺たちは、富士見邸の玄関を潜った。
目を輝かせた朝霞が言うように、広い富士見邸の庭には・・・大掛かりなバーベキューセットが所狭しと並べられている。
「あらあら、凄いわねえ・・・あの外人さんたち、随分頑張ったのね」
ねえちゃんが呟く。
「鹿、猪・・・それに山鳥ですね。彼らの狩猟技術は高水準なようです」
神崎さんが感心したように続けた。
たしかに、俺には何の肉かわからん塊肉の数々が、現在進行形で超美味そうな匂いを周囲に撒き散らしている。
「アゥン!バゥウ!ギャン!キュゥウン!!」
鼻の良さからか、なーちゃんはもうだいぶ前から肉の匂いでバグっている。
涎・・・涎が凄いや。
もう肉のことしか考えてない、絶対。
リードがなかったら突撃してそう。
「ヨウコソ!センセーッ!!」
何故か上半身裸でエプロンを付けたライアンさんが、満面の笑みで寄ってきた。
・・・ツッコミどころが多すぎる!!
アレか?肉を焼きっぱなしで暑いからか!?
じゃあもう上半身裸でいいじゃんか!!
なんでエプロンを付けるんですか!!
「・・・ふむ、イチローもアレを着ないか?いや着るべきだな」
「なんでさ」
「にいちゃんが裸エプロン!?裸エプロン!?」
「何で二回言うの朝霞」
アニーさんは時々本気かそうじゃないか全然わからん。
いや時々じゃない、いつもか。
俺をどうしたいんだよこの人は。
「あ、ああ~・・・お招きいただいて、ありがとうございます?」
「イエイエ!タノシンデクダサーイ!!オスキナトコ、ドーゾ!!!」
・・・というわけなので、ライアンさんに誘導されつつ庭に入る。
おお!新鮮な野菜もたくさんあるじゃないか!
焼いた野菜もいいが、生でも齧りたいな!
軍人さんたちがキャッキャしている中の、空いているところへ行く。
簡易チェアがあったので、遠慮なく座ることにした。
俺たちが最後の客だったのか、焼けている肉が係っぽい人たちの手によって切られ始めていく。
・・・今気付いたが石川さんもいるじゃん。
何故かまな板の上に置かれたデッカイ・・・スズキを捌いている。
あそこだけ魚河岸だぞ、空間が。
「ふむふむ、立食で好きなように・・・か。国を思い出すなあ」
アニーさんは懐かしそうにしている。
「お!そうだった・・・」
そして、家から持ってきたやけに大きいリュックサックを地面に下ろし、中を探っている。
アレ気になってたんだよな。
アニーさんの私物だと思うけど・・・何だろう。
「『勇敢なる兵士諸君!今回はお招きありがとう!!』」
何を言っているかわからんが、その声に軍人さんたちが一斉にこちらを向く。
アニーさんはリュックを持ったまま立ち上がると、片腕をその中から出す。
そこには、あまり詳しくない俺でも知っている国産のウィスキーが握られていた。
ちらりと見えたそのリュックには、まだまだ酒瓶らしきものが詰め込まれている。
おいおい、まさか全部酒かよ!?
「『ささやかながら私から返礼を用意した!少佐殿も今日ばかりは許してくれるだろうさ!さあ乾杯だ!激戦と・・・遠からぬ勝利に!!』」
「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」」」
割れんばかりの歓声が周囲に響く。
軍人さんたちは心から嬉しそうに、そして遠くにいたオブライエンさんは苦笑いで頷いている。
どうやら許可は出たみたいだ。
本日は無礼講なり、だ。
「・・・朝霞さんと田中野さんは駄目ですからね!」
「そうであります!駄目であります!!」
「そうだよにいちゃん!だめだかんね!!」
・・・なんで俺だけ!?
いや別に飲みたくはないけどさあ!?
おい!式部さんどっから出てきたんだ!?
気配もなかったぞ!?
ともあれ、こうしてバーベキューの火ぶたは切って落とされた。
・・・コレで合ってるのかな、表現。
「ふぃいちゅん!もれもおみいいももも!!!(訳・にいちゃん!これおいしいよ!)」
「・・・お前の前世はタコと犬だと思ってたが、そこにハムスターまで加わるのか・・・」
朝霞がその頬をパンッパンに膨らまして食い物を詰め込んでいる。
誰も取らねえってのに・・・お里が知れますわよ!?
あ、後ろのねえちゃんがすっごい怒ってる。
笑顔だけどわかる。
「朝霞、いつも言ってるでしょう・・・食べ物を、口に入れたまま、喋っちゃ、ダメだって」
「んぎゅむ・・・」
肩を掴まれ、そのことに気付いた朝霞は面白いように顔色を変えた。
すげえ、人間の顔ってあそこまで急激に青くなるんだな。
朝霞も見た目は美人なんだが、いかんせん内面が子供っぽすぎるのがなあ・・・
オヤジさんもアニキもいなくて幼児退行でもしちまったんだろうか。
「飲み込んでから喋りなさいね?あんまりお行儀が悪いと、いっくんに嫌われちゃうわよ?」
それ今更だと思うな、俺。
そして嫌いにはならんぞ、ねえちゃん。
まあドン引きはするけどさ。
「~~~~~~!!」
朝霞が涙目で俺を見てくる。
「・・・心配せんでも、そう簡単に見限りはせんさ。ただ、腹壊すといけないからな・・・飯は逃げないからゆっくり食うんだぞ」
そう言うと、朝霞は目を輝かせて何度も頷く。
・・・ねえちゃんよ、どっちかというと俺は風呂への突撃リピートこそやめさせてほしいんだがね?
朝霞が肉とかを飲み込むのに必死になっているのを尻目に、周囲を見渡す。
「『いっぱい食えよワン公!畜生、ガキの頃飼ってたライラを思い出しちまう・・・うう、アイツはいい犬だった!世界で一番の犬だったんだ!!』」
「『飲み過ぎじゃないのかジョージ?・・・ああ、お嬢さん、この馬鹿はほっといて腹いっぱいおあがり』」
「ハウ!ヒャン!モモウ!!」
・・・なーちゃんが屈強な軍人さんに囲まれて、軽く焼いただけの肉を無茶苦茶食わされてる。
何故か片方の軍人さんは号泣しながら新しい肉をドッグボウルに放り込んでいる。
よくわからんが、いい人そうだから大丈夫そうだ。
なーちゃんの尻尾、大回転してるし。
「おう!アンタいける口じゃねえか!刺身も日本酒もいいもんだろ?」
「オイシイ!ワサビダイスキ!!サケ!!アイラービュ!!!」
「がははは!飲みねえ飲みねえっ!!」
「FOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!」
ライアンさんが刺身と日本酒をとんでもない勢いで食ったり飲んだりしている。
隣の石川さんも酔っているが、包丁を握る手はいささかの衰えもない。
・・・なんか新鮮。
あの二人、何かよくわからんが仲良くなったみたいだ。
石川さんの作る刺身は評判のようで、おっかなびっくり口に入れた軍人さんたちが目を輝かせている。
それ以外の刺身が苦手な人たちも、焼いた新鮮な魚介類に舌鼓を打っているようだ。
結構な人だかりが見える。
「・・・が、やはり・・・です。こちら・・・手薄・・・」
「フム・・・OK、ヤハリ・・・」
古保利さんとオブライエンさんは、輪から離れた所で何やら密談中のようだ。
作戦の再確認か、それとも別か。
指揮官二人はこんな時でも仕事とは離れられないようだ。
・・・いや、よく見たら1本ずつ酒瓶握ってるな!?
それ1人で飲むの!?
度数とんでもないけど!?
・・・どうやら、息抜き自体はできているらしいな。
「・・・難敵ですね、本当に」
「・・・で、ありますよ」
おや、神崎さんと式部さんだ。
2人で静かに飲んでいるようだ。
飲めるんだな、酒。
俺はからっきしだからちょいと羨ましい。
あの2人も何の話をしているんだか。
真面目だから作戦について・・・かな?
なんにせよ、リフレッシュになってくれればいいんだが。
「コンバンワ!」
「うおお!?」
などと考えていると、急に抱き着かれた。
朝霞がもう復活したのか・・・と思って振り返ると。
「あ、ああ・・・ぐっどいぶにんぐ、ミスエマ」
昼間のエマさんだった。
彼女は結構飲んでいるようで、赤い顔をしている。
「『嬉しい!名前覚えてくれたのね、イチロー!』」
「もがぐぐぐぐ」
何が嬉しいのか、エマさんは俺をその・・・豊満な母性に押し付けた。
息ができない!死ぬ!!
なんとか顔を動かし、危険地帯から脱出する。
今気付いたが、エマさん以外にも何人かいるようだ。
彼女の後ろには、同じくらい屈強で・・・なおかつ美人な女性軍人さんたちが、4人。
正確には3人か。
だって1人はベロベロに酔っぱらったアニーさんだもん。
「『例のサムライね!顔赤くしちゃって、かわいい!』」
「『でもほら見てみなよ、あの腕!バッキバキじゃん!』」
「『にゅははは!しょうだりょうしょうだりょう!イチローはカッコいいんだ!!』」
・・・言葉はわからんが、アニーさんがかつてないほど酔っているのはわかる。
大丈夫ですか?足が小鹿並にガックガクなんですけども。
久しぶりの飲酒でバグってない?
「『ねえ!アタシのこと覚えてる!?』・・・アー、オボエテマス?ワタシ?」
エマさんに引き続き、今度は金髪ショートカットの軍人さんが寄って来て俺の顔を掴んだ。
ヒエッ!?なんですか!?
「コレ!コレ!」
言うや否や、その人はタンクトップを豪快にズラす。
おおおおい!?嫁入り前(推定)が何してんだ!?
見えちゃうでしょ!何もかもが!!
・・・が、鎖骨周囲に貼られた包帯が目に入る。
「・・・あー・・・『大きい黒いゾンビ、攻撃された、人?』」
「ソウソウ!ソウデス!アナタノ、オカゲサマ!ワタシ、イキテル!!」
ネオゾンビに装甲で攻撃されてた軍人さんの1人、か?
この様子を見る限り、傷は深くなかったようだ。
「『ち、違う、ます。アレ、運がよかった・・・だけ。すいません、女性の体、傷、すいません』」
だが、包帯から覗くその縫合跡は痛々しい。
顔ではないとはいえ、消えない傷を作ってしまった。
あの時、俺がもう少し早く走れていたら・・・
「・・・ワオ」
そう言うと、彼女は目を真ん丸に見開いた。
何やら予想外だったらしい。
「『・・・ねえアニー、エマ、この人さ・・・やっばい、ちょっと、やっばいよ?』」
何やらアニーさんたちに問いかけているようだ。
誰がデンジャーですって?
「『ねえ・・・サムライさん。キミってさ、キミって本当に・・・いい男なのね』」
金髪さんはまた何か言うと、エマさんに抱えられたままの俺の頬にそっと口付けた。
うおおおい!?今日は挨拶が多いなあ!?
心臓が爆発しちゃうからやめヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!?!?!?
神崎さんと式部さんがこっち見てるゥ!?!?!?
無実です!俺は無実なんです!!
セクハラじゃありませんから!ねえ!そんな目で俺を見ないで!見ないで!!
「『・・・どうしよ、アタシちょっと本気になりそう。エマ、2人で倉庫に引っ張り込まない?この今世紀最高にいい男』」
「『アハ!いいねキャシディ!久しぶりに燃えてきたかもしんない!今夜は眠れない・・・いや、案外寝かしてもらえないのはこっちかも!!』」
「『確かに!いいカタナ持ってそうだしね!!』」
エマさんと金髪さんはキャッキャと嬉しそうだ。
嬉しそうだが・・・その、俺を見る目が凄い怖い。
俺を殺そうって訳じゃなさそうだが、それでも怖い。
何か本能的に危機を感じる。
俺の本能が全力で警鐘を鳴らしている、気がする!!
「『だ~めだぁ!!』」
「むぎゅふ!?」
ベロベロのアニーさんが俺をエマさんから奪い取って抱きしめてきた。
いい匂いは特にしない!超酒臭い!!
「『おい曹長ども~!私は元中尉だぞう!一発目は上官に譲れえ?なあにイチローなら二発でも十発でも余裕だからな!東洋の神秘だ!!』」
「『なーにが上官よ!とっくに退役済みの癖に!』」
「『うっそ・・・マジで!?そんなにスゴイのサムライって!?』」
俺を抱え込んだまま、アニーさんはどこかへ行こうとしている。
えっ!?なんで倉庫の方向に俺を!?
「『ふふふぅ、こんなこともあろうかと思って『レインコート』は予備も含めて40個はあるんだぞ!これなら凶悪サムライ〇〇〇も大丈夫だろう!ははははは!!』」
「『わーい中尉殿!一生ついて行きます!!』」
「『イチローったら挙動不審でかわいい~!』
ちょっと!何が始まるんですか!!
凄く嫌な予感がする!!すごく!!
助けて!誰か助けて!!
ひどく都合の悪いことが起ころうとしているぞ!!!
結局、倉庫に引きずり込まれる寸前に俺は脱出できた。
とんでもなく恐ろしい笑顔をした神崎さんと式部さんによって。
女性軍人さんたちはばつの悪そうな顔をしていたが、異変に気付いて朝霞に巻き付かれた俺に笑顔で手を振っていた。
『マタコンドネ!』『イツデモOK!!』
などと口々に叫んでいたが。
・・・鈍い俺でも最後にはなんとなく察していたが、貞操の危機はなんとか回避されたようだ。
アニーさんは酒癖が悪い、それと女性軍人さんも。
無職覚えた。
あと、客観的に見て全然悪くない俺に対する女性自衛官2名の視線が恐ろしい。
・・・今回はマジで俺無罪では!?
一体何があったのか、綺麗な土下座の体勢で熟睡するアニーさんと、その前に仁王立ちする神崎さんたちを見ながら・・・俺は忘れていた煙草に火を点けた。
さて・・・楽しいことは終わり、鉄火場が、来る。
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