103話 死闘のこと (後編)

死闘のこと (後編)








「グルガアアアアアッ!!!」




ごう、と空気を切り裂いて鉄骨が唸る。


俺の顔面を叩き潰す軌道で振るわれたそれを、冷静に躱す。


ひえ、風圧だけで持ってかれそうだ!




「しいい・・・ああぁっ!!!」




空振りしたことでがら空きになった白黒の胴体に、腰を回してカウンター気味に兜割をぶち込む。


生身の人間相手なら、内臓破裂必至の攻撃。




「っぐ!」




だが俺の手首に返ってきたのは、まるでトレーラーのタイヤでもぶっ叩いたような感触だった。


インパクトの瞬間に握りを緩めたのが幸いし、手首にダメージはない。




「ゴウラアアアアアアアアアア!!!」




鉄骨がアスファルトを削り、後ろから帰ってくる。


横に跳び、最小限の動きでまた躱す。




「かってえなあ、畜生」




まあ、今までの経験からわかっていたが。


『みらいの家』謹製のカスタマイズ白黒ゾンビ。


こいつらは、今まで成仏させてきたどのゾンビより・・・いや、どんな生き物よりも硬い。


加えて膂力まで段違いだ。


・・・そりゃあ、あの至近距離で機関銃喰らってもちょっと穴が開く程度で済むんだもんな、当たり前か。




さて、どうしたもんかね。




神崎さんにああもカッコつけてしまった手前、ここで死ぬわけにはいかん。


不肖、田中野一朗太。


小指の先くらいのプライドはあるつもりだ。




・・・高柳運送から先輩方が駆けつけてくれるまで、どれくらいだろうか。


まあ、早く見積もって5分。


遅くて10分というところかな。


倒せる倒せないは別として、そこまでもたせなけりゃならんな。




「ガアアアッ!!!」




「ふぅっ!!」




横薙ぎの鉄骨を伏せて躱しながら、同時に足首を狙う。




南雲流剣術、『草薙』!




案の定、鉄でも殴ったような手応え。


・・・手が痺れる。


出鱈目な体、しくさってからに!!




だが前回とは違い、俺の獲物は兜割。


刃こぼれを恐れる必要は、ない!




狙うは関節・・・か?


いくら馬鹿みたいに硬くても、そこらは(他の部位に比べれば)柔らかいはずだ!


とにかく急所を狙い続け、粘るしかない!!




「ギャバアアアアアアアッ!!!」




出鱈目に振り回される鉄骨の間を縫って、毎回カウンターをぶち込む。


まったく効いている様子がない。




「グルウウウオオオオオン!!!!」




俺に攻撃が当たらないことに業を煮やしてか、白黒は動きを変えた。




「っとぉ・・・!!」




足元のアスファルトに鉄骨をぶち込み、破片を俺に向かってばら撒くようになってきたのだ。


散弾銃には劣るだろうが、それでも当たれば無事にはすまない。


この状況下で動きを止めちまったら、即刻お陀仏だ!




戦い方を変える知能が、コイツにはあるらしい。


元から持っていたか、急激に進化したかは知らんが。


・・・恐るべし、謎の虫的な何か!!




「ガアア!!!ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」




「ふっ!!っはあ!!」




瓦礫に当たらないように至近距離に踏み込み、伸びきった白黒の手首と肘を殴る。


案の定全く効いて・・・いない!




横に回り込み、動きながら息を整える。




・・・原理はわからんが、こいつらゾンビのスタミナは無尽蔵。


このまま続けていれば、どうしたって俺の方が先に動けなくなっちまう!


以前は3人で囲ってたから休む暇もあったが、今は俺一人だ。


攻撃を利用して跳び、間合いを取って休憩したいところだが・・・瓦礫は離れれば離れるほど当たる確率が高くなる。


それもできん!




どうする・・・どうする!


考えろ俺!頑張れ脳細胞!!




「ゴオラアアアアアアアアアアアアアアア!!!」




「いぎ!?」




カウンターの方向をミスった!


手首に鈍痛が走る。


衝撃を殺しきれなかったか・・・!




・・・このまま関節を狙っていてはじり貧だ。


悔しいが、俺には七塚原先輩のような剛力はない。


兜割にも、あの六尺棒ほどの破壊力はない。






『要かなめをのう、崩すんじゃよ』






脳裏に、いつか聞いた師匠の声が響いた気がした。






『握りの要は・・・』






空気を切り裂く鉄骨を躱し、その続きを思い出す。




・・・ああ、そうか。




アレなら、やれるかもしれん。


正確に決まれば、だが。




・・・一撃必殺ではなく、積み上げの戦法。




俺はいつの間にか、ゾンビと人間を同列に考えていたようだ。


違う、特にこいつら白黒は別もんだ。




だが・・・そんなこいつらでも人間と同じところが、ある!




俺は、わざと白黒の正面に躍り出た。


奴が、俺を真っ直ぐ殴りやすい位置に。




「ガオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」




白黒が、目障りな俺を叩き潰そうと鉄骨を高く振り上げた。


そうだ、それでいい。


そのまま・・・来い!!




その長さと重量からは考えられない速度で、鉄骨が振り下ろされる。


冷静に、見極める。




俺に迫る鉄骨の・・・その、握り手を!!




「ふぅっ!」




一気に踏み込みながら、兜割を振り上げる。




「・・・しゃあああああっ!!」




手首の心配など知らん。


今の俺にできる全身全霊の一撃。






それが、白黒の小指と薬指に直撃した。






手首の鈍痛とは違う、確かな手応え。


それを感じつつ、白黒の脇を抜けて背後へ。




「ギャバアアアアアアアアアアアア!!!」




咆哮しながら俺に向き直る白黒。




「・・・よし!」




鉄骨を握る右手の小指と薬指が、歪に折れ曲がっているのが見える。


じんじんと痺れる手をほぐしながら、自信が湧き上がってくる。




「よお、いい格好だなあ!!」




「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」




まるで挑発に反応するように、横薙ぎに振るわれる鉄骨。


ああ、そんなに思いっきり振り回しちゃあ・・・




鉄骨はトップスピードに乗った途端、奴の手から豪快にすっぽ抜けた。




俺の横を回転しながら抜けていった鉄骨は、田んぼのどこかに豪快に突き刺さったようだ。




握りの要は、小指と薬指。


そこが駄目だと、力は入らないし安定もしない。


どうやら、ゾンビでもそれは変わらんらしいな。




南雲流剣術、『打ち枝』


面目躍如ってやつだ。




散々師匠に稽古されていたお陰だな。




「グルウウウウ!!ギャガアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」




武器を失った白黒は、それを拾いに行くでもなく素手で殴りかかってくる。


知能はそれほど高くないようだ。




鉤爪のように曲げた指で、空気を切り裂くように連撃が飛んでくる。




さっきの鉄骨よりマシだが、脅威には変わりない。


あの武器がなくなっただけ、速度も速くなっている。




「っし!!」




俺に突き出された手首を殴り、攻撃を逸らす。




だが、俺はこんな力任せの連撃よりももっと恐ろしいものを知っている。


玄妙な動きと、緩急を付けた速度でこちらを殺しにやってくる・・・後藤倫先輩の、攻撃を!!


アレに比べりゃ、こんなもんまるで駄々っ子だぜ!!




「ゴルウウウウアアアアアアアアアアアアア!!!」




「吠えろ吠えろ・・・おぉ!!」




最小の力で攻撃を逸らしながら、息を整える。


コイツに付き合って終わらないマラソンをする気はない!




俺には、七塚原先輩ほどの力はない。


無理やり正面からぶっ叩いてこいつを無力化する力は。




『力のみで雌雄が決するならば、この世に武術なぞ不要』




師匠の笑みが、脳裏によぎる。




そうだ。




こいつらゾンビと違って俺には武術がある。


劣等生ながら、血反吐を吐きつつ身に着けた技がある。




「南雲流の端くれが・・・!力任せのゾンビに、負けて!やれるかっての!!」




回避で、奴の攻撃を誘導する。




来い。


殴って来い。




俺に、最大の攻撃力を与えるために!!




「ガアアアアアアアアッ!!!!」




大上段に兜割を振り上げた俺に、白黒が大きく右腕を振りかぶる。


そうだ!そのまま来い!!




「ゴウラアアアアアアアアアアアアアア!!!!」




怒号と共に射出される、白黒の右腕。


俺を確実に叩き潰そうと、凄まじい前傾姿勢だ。




「・・・っふ!」




それに、踏み込む。




さっきの攻撃でへし折れた指を揺らした白黒の拳。


それを、髪の毛一本ほど避けて、さらに・・・前へ!!




「がああああああああっ!!!!!」




最適なタイミングで振り下ろされた兜割が、白黒の顔面に吸い込まれる。




「ゲウッ!?!?」




自分の攻撃と体重・・・さらに俺の勢いと全体重を乗せた一撃が。


真っ直ぐ白黒の眉間に炸裂した。




兜割と、手首が軋む。




一瞬で力を抜き、衝撃を逃す。




「っしぃ!」




間髪入れずに、白黒の鳩尾を蹴って離れる。






南雲流剣術、奥伝ノ四『天面合撃』・・・の変形。


どうだ!?






「ギャバ・・・ギャガ・・・」




白黒の頬骨は陥没し、片目が飛び出している。


ふらつく足元を見るに、的確に脳にダメージを与えたようだ。


並外れて頑丈とはいえ、コイツらも脳からの指令で動く生き物。


それが人間の脳か、よくわからん虫かの違いでしかない。


脳・・・頭部への打撃は有効だな、当たり前だが。




だが、相応のリスクもまたあった。




「いって・・・」




殺しきれなかった衝撃が、俺の手首にダメージを与えている。


人間相手なら問題ないほどの衝撃も、相手がカチコチ白黒ゾンビともなれば話も違うのだろう。




しかしここで止まるわけにはいかない。




奴が十全に能力を発揮できない今こそ、攻め時だ!




「おぉっ!!」




間合いへ再度飛び込む。




俺の接近を察知した白黒は、迎撃のパンチの体勢。




「グルアアアアアアッ!!」




速度は変わらずだが、その狙いはまあ酷いものだ。


脳へのダメージと、片目の損失。


それじゃあ、俺には当たらんぞ!!




「ぬぅうあっ!!」




再び、カウンターの体勢。


真っ直ぐ突いた兜割の先端が、白黒の残った左目へ飛び込む。




ずぐり、という感触。




いかに頑丈な白黒とて、ここまでは硬くない。


残る左目は、耐えきれずに潰れた。




「がああああああああっ!!!」




更に突き込むと、左目を破壊した兜割が眼窩に侵入した。


手に、何かが砕ける感触。


これで、コイツの視界は潰した!




すぐさま跳び下がる。




「ガアアッ!!!ゴゴオオオッ!!ギュグウウウウウウ!!!」




白黒は、周囲を空しく殴りつけている。


嗅覚は無事だろうが・・・それに慣れる時間は与えんぞ!!




攻撃を躱しつつ迂回し、奴の背後に出る。




コイツの体は硬い・・・だが!


一回で駄目でも、同じ個所を何度も殴れば・・・どうだ!!




「っふ!」




息を吸い込み、俺を探して周囲を薙ぎ払っている白黒の膝裏を思い切り殴る。




「ッガギャア!?」




膝が曲がり、白黒は上体を崩す。


俺の、殴りやすい位置へ後頭部が下りてくる!




「ふぅうううううう・・・!!」




兜割を担ぎ、深呼吸。




「おおおおおぉっ!!!!!」




踏み込む。




足を回し、腰を回し・・・全身の力を振り下ろしの軌道に乗せる。




空気を切り裂く勢いで放たれた一撃が、白黒の後頭部に炸裂する。




「ガッア!?」




さらに、もう一撃!




振り抜いた兜割を瞬時に旋回させ、その勢いを更に乗せて全く同じ軌道で振り下ろす。




「ギャバ!?」




息が苦しい。


だが、まだだ・・・まだだぁ!!


同じ軌道でもう一撃!




「ギュグ!?」




「おおあああああああああああああっ!!」




再度、旋回させた兜割。


それを、振り抜かないで後頭部に打ち込む。


全身で、抑え込むように。


発生する衝撃のすべてを、寸分違わぬ場所へっ!!






南雲流剣術、奥伝ノ三『連雀・重かさね』






鈍い感触と共に、両手に伝わる別の感触。


遂に、その硬すぎる頭蓋骨は砕けた。




「ぬんっ!!」




駄目押しに押し込むと、白黒の体が大きく痙攣した。




「ガギャ・・・ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!?!?!?」




音を立てて地面に倒れた白黒は、手足をてんでバラバラに振り回している。


もう、立つことすらできないらしい。


脳に・・・デカいダメージが入ったな!




距離を取り、呼吸を整える。




それと同時くらいに、聞き馴れたエンジン音に気が付いた。




残心をとる俺の視線の隅で、我が愛車と大型バイクがこちらに来るのが見える。


軽トラの荷台に乗っている七塚原先輩が、笑顔で六尺棒を振り上げてブンブン回している。


『よくやった!』とでも言うように。




手でも振り返したいところだが、油断なく白黒を見る。




地面でジタバタと手足を振り回す白黒。


その動きが、どんどん緩慢になっていく。




もしもの復活に備えて未だ残心をとる俺の眼前で・・・白黒は動きを止めた。




それを見たのと同じくらいに、軽トラとバイクが目の前に停車した。




「田中!」「田中野ォ!」「田中野さんっ!!」




走ってきた3人に向かい、俺は軽く片手を上げた。




「はあ・・・しんどいっすわ」




声に出したが、驚くほどに掠れた声しか出なかった。


存外に疲れているらしい。


気を抜いたからか、足まで震えてきた。




「た、田中野さん・・・田中野さぁん!」




目を潤ませた神崎さんが、ほぼタックルのような勢いで俺に抱き着いてきた。


ちょっと!はしたないですよ!!




「おごふ!?」




今までの戦いで疲れ果てていた俺に、それを受け止めるだけの力は存在せず・・・




「きゃあっ!?」




柔らかい感触と少しのいい匂い。


最後に・・・硬いアスファルトの感触を背中と後頭部に感じると同時に、俺の意識は霞む。


し、締まらねえ・・・畜生。








「きゅん・・・きゅぅん」




頬を舐められる感触に目を開けると、そこには愛犬の姿があった。


ここは・・・軽トラの荷台らしい。


倉庫の屋根裏が見える・・・もう帰ってきたのか。




「よう・・・ただいま」




腕を持ち上げ、サクラを撫でる。


俺が起きたのに気付いた彼女は、鼻をスピスピ鳴らしながら手にぶつかってきた。




「おとうちゃん、最後以外はちゃんとしてたんだぞ、本当だぞサクラ」




「わふ!きゅぅん!!」




サクラを両手で抱え、抱きしめる。


両手にぶち当たる尻尾の感触が心地いい。




「見せてやりたかったぜ、俺の雄姿をなあ」




「きゅん!ひゃん!」




体を起こす。


背中と後頭部に鈍痛・・・これ絶対倒れた時のやつだろ。




「ああーっ!!おじさんが生き・・・起きてるゥ!!」




倉庫の入り口付近でバケツを持っていた璃子ちゃんが叫ぶ。


今・・・生きてるって言いかけなかった???




「ダメダメ起きちゃダメぇ!安静に!安静にしててぇ!!」




璃子ちゃんは俺に向かってダッシュ。


頭を打ったから心配してくれているのかな。


まったくもう・・・そんなに走ると・・・あっ。




「きゃん!?」




案の定璃子ちゃんは前のめりに転び・・・




「ばぼ!?」




「きゅん!?」




手に持っていたバケツの水は、俺とサクラに平等に降りかかった。


はは、締まらねえなあ・・・本当に。






「ふぃい~・・・名実ともに生き返るなあ、サクラ」




「わふ・・・ふぁふ」




湯につかりながらこの世の極楽を堪能している。


あの後、急ピッチで璃子ちゃんが沸かしてくれたのだ。




冷水をぶっかけられたからか、疲れ果てていたからか、より一層気持ちがいい。


サクラも、タライの中で目を閉じて心地よさそうだ。




「風呂はいいなあ・・・サクラよ」




「わん・・・わふ・・・」




「・・・あの」




「わふ!?」「おおう!?」




脱衣所から不意に声がかかった。


・・・かなり沈んでいるが、神崎さん、かな?




「こ・・・この度は・・・も、申し訳・・・」




「き、気にしないでくださいよ神崎さん!なあサクラ?」




「わふん!わん!」




消え入りそうな声の神崎さんを励ますべく、俺とサクラは必死に声をかけたのだった。

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