101話 近所に蠢く害虫のこと

近くに蠢く害虫のこと








「はっぴょうしまーす!!」「だらららららら・・・」




なにやら子供たちが、紙を手に持って盛り上がっている。


子猫の名前かな?


やっと決まったのか・・・




時刻は夕食を過ぎ、休憩室で思い思いに過ごしている時間帯である。




昼前から子供たち(含む大人2名)であーでもないこーでもないとやっていたが・・・


まあ、子猫の一生を左右する名前だから仕方ないか。




「名前だってよ」




「んみぃ」




何度目かのミルクを飲み、空腹が収まったらしい子猫。


段ボールの中から、俺をじっと見つめている。


サクラも俺の横で飽きもせずにじっと見ている。




さすがに倉庫に置いておくわけにもいかんので、この子どうするかなあ・・・


子供たちが一緒に寝たいと言っていたが、寝返りで潰されそうなので却下。


段ボールを休憩室に安置することにしようか。




「わふ」




「みぃ!みぃ!!」




サクラの突き出した鼻先に、じゃれているのかかわいらしい猫パンチを繰り出す子猫。


かあちゃんみたいな一撃には程遠いな。




「なまえは~!」




おっと、発表か。




「じゃじゃーん!!」




子供・・・カイトの広げた紙には、達筆な書体で『キ ン ツ バ』と書かれている。


嘘だろオイ。


後藤倫先輩の案が通ったのか!?




「きん・・・あーっ!あやおねーさん!これちがうよっ!」




「うっかり」




よかった・・・何してんですか先輩。


どこをどうしたら混入するんだ、あんなもん。




「これでーす!」




仕切り直して広げられた紙には、クレヨンっぽいものでかわいらしく名前が書かれていた。




『ソ ラ』




ほうほう、いい名前だ。


目が青いからそうしたのかな。


ちょいちょい聞いてたら『クロえもん』がかなり有力候補だから心配していたが・・・杞憂だったようだ。


未来の世界まで取っておいて欲しい、その名前は。




「ソラちゃん!いい名前ですねえ!」




巴さんが、近くにいた子供と手を取り合って謎ダンスを披露している。


ああしてると本当に保母さんに見えるな。




「むむむ、致し方なし」




悔しそうにしている後藤倫先輩。


・・・キンツバだけはないと思うな、俺。




「改めてよろしくなあ、ソラ」




サクラと遊んでいる子猫・・・ソラに話しかける。




「んみゃぁ!」




知ってか知らずか、ソラはその綺麗な青い目を輝かせて俺に向かって鳴いたのだった。


小さい手足で手に飛びついてくるのがかわいい。


・・・だから俺の指はおっぱいじゃないっての。








「犬も猫もおって、子供らあにゃええ環境、じゃのう!」




屋上の空気を切り裂いて、六尺棒が飛んでくる。




「っとぉ!そうです、ねっ!!」




兜割でその側面を逸らしつつ、踏み込んで突く。




「むん!後は屑どもが片付きゃあ、のう!!」




俺の突きを六尺棒の反対側でかち上げつつ、先輩が言う。




「ですねぇ・・・あっぶぇ!?」




かち上げが即座に降ってきた!!


姿勢を低くしつつ、引き戻した兜割で足を狙う。




「肩もようなったようじゃのう!」




その巨体からは考えられないほど機敏に先輩は跳び、それを躱す。


俺もその体勢から後方に跳び、構える。




「お陰様で・・・っ!!」




正眼に構えたまま、鋭く踏み込む。




「っじゃあ!!」




「っしぃ!!」




俺の振り下ろしと、先輩の横薙ぎが空中で激突する。


両手で振ってんのに、片手振りの六尺棒に勝てない!




「攻めが単調じゃあっ!!」




六尺棒によって弾かれた兜割が、振り上げの位置まで戻された。


さあて、それは・・・どうかなあ!!




後方に向かって弾かれる勢いを利用し、柄から左手を離す。


それと同時に、握りを順手から逆手へ。


体の側面で回転させた兜割が、突きの形になってそのまま先輩の胸へ。




南雲流剣術、『鵲かささぎ』




・・・もらったァ!!




「ぬん!!」




なんと先輩は、自由な方の拳を兜割の側面にぶち込んで逸らした。


驚く間もなく、掌底の形になったその手は瞬時に俺の胸に突き刺さった。


体内を、衝撃が貫通する。




「っが!?」




ゴロゴロと地面を転がり、やっと止まった俺の鼻先に六尺棒。




「まいっ・・・参りました!」




畜生、今日も一本取れんかった。




「田中は技を放てたことで安心しすぎ。次もその次も考えないと駄目」




俺たちの間合いの外でサクラを撫でている後藤倫先輩からきついお言葉。


ぐうの音も出ねえ。




「きゅん」




撫でられていたサクラが走ってきて、心配そうに顔を寄せてきた。




「無我おじちゃんはつええなあ、サクラ」




「わふはふ」




鼻面に指を差し出すと、反射的に甘噛みをしてくる。


かわいい。




「いやあ、詰めが甘かったですね」




寝転がったまま七塚原先輩に言うと、笑いながらタオルが飛んできた。




「はっは、なあに・・・おまーも強うなったのう。ガキの頃とは大違いじゃ」




「甘やかしちゃダメななっち。癖になるから」




俺は犬か何かか。




「あのっ!田中野さん!最後の技ですが・・・!」




「えっと、あれは鵲って言って・・・」




そしていつも通りの神崎さんである。




ほかのメンバーは猫に夢中なので、いつもと違って屋外は静かだ。


夜といってもまだ明るい。


日が長くなってきたなあ。


子供たちと花火でもやりたいくらいだ。


今度探しに行こうかな。




そんな時だった。




「・・・来る」




後藤倫先輩が小さく呟く。


跳ね起き、手すりへ走る。


横にはいつも通りに神崎さん。


いつの間にか拳銃を持っている。




「バイクが一台。たぶんカメラ小僧」




・・・なんだ大木くんか。


俺たちは、一様に構えを解く。




そうこうしていると、遠くから聞き馴れたバイクの音が聞こえてきた。


後藤倫先輩、どんな耳してんだよ相変わらず・・・




「探索の帰りかな。サクラ、大木のにいちゃんが来るぞ」




「わん!」




闇モード以外の大木くんは大好きなサクラである。


嬉しそうに尻尾を振った。




バイクの音と共に、ヘッドライトの光も見えてきた。


たしか・・・今日は硲谷に行くって言ってたな。




「あら」




ヘッドライトは彼の家には止まらず、そのままこちらへ。


何か用でもあるんだろうか。


彼にしては珍しいな・・・こんな時間に。




「一緒にお出迎えしよっか、サクラ」




「わん!わん!」




一緒と言ったのに、即行で階段を駆け下りていく我が愛犬。


・・・大きくなったなあ。


あんなに速く走れるなんてなあ。




俺は、苦笑いしながらサクラを追って歩き出した。






「おいおいおい、大丈夫かそれ!?」




「いやあ、見た目はアレですけど怪我はありませんよ~」




正門を開けて出迎えた大木くんは、控えめに言ってもボロボロだった。




着ている野球のキャッチャー装備は細かく焦げ、パーツが破損している。


そして何より、全身の所々に返り血が結構な量付着している。


確かに傷はないみたいだが・・・どこをどうしたらこんな惨状になるんだろう。


慎重な大木くんらしくもない。




サクラは彼の周囲を忙しく回りながら、匂いをスンスン嗅いでいる。




「ま、とりあえず入って入って。そういえば新住人として猫が来たんだぞ」




「へえ!賑やかになりますねえ・・・そんじゃあおじゃましま~」




そう言って大木くんはバイクを押して入ってきた。


おいおい、バイクも傷だらけじゃないか。


これは話を聞かねばならんな。




とりあえず・・・休憩室は猫がいるからオフィスに案内しようか。


子供たちに心配させるのも悪いしな。






「んぐんぐ・・・ぷっはぁ!生き返ったぁ~」




豪快にペットボトルの水を飲み干した大木くん。


うん、やっぱり怪我はしていないようだ。




「随分と大変だったみたいだな、今日は」




「そ~うなんですよ~」




ぐでー、と机に突っ伏しながら大木くんはぼやく。


見た目もそうだが、かなり疲れているようだ。




「硲谷で何か・・・ありましたか?」




いつの間にか来ていた神崎さんが、真剣な顔で質問する。


硲谷はここと御神楽をつなぐルート上にある。


何かあれば行き来が大変だからな。


彼女にとっては無視できない問題なんだろう。




「えーっとですねえ・・・」




足元をチョロつくサクラを構いながら、大木くんは話し始めた。








動画の撮影のために、大木くんは硲谷にいた。


璃子ちゃんたちが避難していた公民館周辺だという。


あそこなら遠くから群れてるゾンビを撮影できるし、いい『撮れ高』になると思ったらしい。




が、しかし。




以前俺たちから聞いていた場所に行ってみたものの、公民館周辺にはゾンビはいなかった・・・らしい。


わんさかいるゾンビが周囲に散ったのか・・・と思って周囲を探索したものの、姿はナシ。


俺たちが嘘をつくわけはないと思い、引き続き探索を続行したそうだ。




そんな感じでバイクで周辺を流していると、公民館の近くで人だかりを発見した。


すわゾンビの大群か・・・と思ってこっそり近付いてみると。




そこにいたのは、黒ローブの集団であった。




こんな状況下であんなトチ狂った格好をしている集団なんて1つしかいない。


『みらいの家』の連中だ。




俺たちが散々苦労した話を知っていた大木くんは、静かに回れ右をして逃げ出した。


しかし、何の因果か反対方向からやってきたマイクロバスを見つけてしまった。


もちろん、その内部にも黒ローブがみっちり詰まっていたそうだ。




友好的に手を振り、そのまま逃げようとしたが・・・案の定奴らは追いかけてきた。


しかも奴らは拡声器で呼びかけ続けてきたらしい。




『我々には水も食料もあります!あなたも一緒に暮らしませんか?』




声だけは綺麗なその呼びかけにも大木くんは構わずに逃走。


彼がなびかないと見るや、奴らは豹変してバスの窓から身を乗り出して撃ちまくってきた。




後方にありったけの爆弾を投擲しながら、街中を逃げ回った。


やがてマイクロバスは爆弾によって擱座し、追ってこれなくなったようだ。




ホッとしながらもう帰ろうとした大木くんに、再び迫る車。




無線機で連絡でもしたのか、その後も乗用車やワゴン車に追いかけられまくったのだという。


大木くんをなんとしてでも殺したい・・・という、執念でも籠っているような状況だったという。




手持ちの爆弾を使い切った大木くんは、細い道や路地裏などをとにかく逃げ回った。


そのまま原野に逃げて万が一尾行されても大変なので、龍宮方面に行くと見せかけてぐるりと山道を経由して帰ってきたそうだ。








「・・・とまあ、そういうわけでヤンス」




妙な語尾をつけ、大木くんは再び机に突っ伏した。




「なんか腰を落ち着けたら立てないですわ・・・今晩泊めてくらさぁい」




そのまま重力に従い、ずるずると床まで落ちる大木くん。


汚いぞ、そこ。


一応掃除はしとるけども。




「わふ!きゅん!」




予想外の動きに混乱したサクラが必死に鼻で突っついている。




「いくらでもいいぞ・・・風呂入るか?」




「今は動けないですぅ・・・後で考えますぅ」




もうここから一歩も動かないでござる、とでも言うように床で丸まる大木くん。


サクラはどうしたらいいのかわからなくなって、同じように丸まっている。


なんだこの状況。




「ま、ゆっくりしとけよ。しかし神崎さん、こいつは大変ですなあ」




大木くんを放置し、神崎さんの方へ向く。




「『みらいの家』、今自衛隊が張り付いている所以外にもいたんですね」




「私も驚きましたが・・・どうやら水面下で動いている信者が予想以上に多いようです。早速秋月や御神楽に連絡を入れてきます」




すぐさまお仕事モードになり、神崎さんは去って行った。




「マジでゴキブリと同じだな・・・潰しても潰しても出てきやがる」




「やーばいですよ、あいつら。僕を追いかけてる時の目が全員イってましたもん・・・『あなたのためです!あなたのためです!!』とか喚いてましたし」




怖かったよぅ・・・と呟いてサクラを抱きしめる大木くん。


よくもまあ、逃げてこられたな。




「手軽な爆弾も在庫がなくなりましたし・・・しばらく制作で引き籠りますぅ」




「・・・どんだけ使ったんだ」




「んあ~、たぶん50個くらいですかねえ・・・何個か炸裂が近距離すぎてバイクにまでダメージきましたもん、必死だったもんで」




「花火大会かな?」




・・・バイクの後部座席に突き刺さってた鉄板はそれか。


場所が悪けりゃケツが死んでたぞ、アレ。




「まあとにかく、迂回までしてくれてサンキューな」




「田中野さんたちだけなら楽勝でしょうけど・・・子供がいますからねえ、ここ。あんなのを来させるわけにゃあいかんでしょ」




床で仰向けになり、サクラを高い高いしている大木くんである。


サクラは大変楽しそうだ。




「よくやってくれたな、後は俺たちに任しとけよ。きっちり成仏させとくから」




「まずは警察とか自衛隊に任せときましょうよ・・・まだ怪我治ってないでしょ田中野さん」




「薬塗って飲んで寝たら治った」




「・・・おとうちゃんはすごいねえ、サクラちゃん」




「わふん!わん!」




遠い目をするな遠い目を。


そして目を逸らすな。






「・・・連絡終了です。まずは明日、偵察隊が御神楽から派遣されます」




しばらくすると、神崎さんが戻ってきた。




ちなみに大木くんは、猫を見たいと言って器用に床を転がりながら休憩室に行った。


サクラも連れて。


・・・子供たち、驚かなきゃいいんだけど。




「オブライエン少佐から伝言です。『くれぐれも動かないように。たまには我々に任せてください』とのことです」




「ぎゃふん」




そして釘を刺された。


ううむ・・・そうきたか。




「田中野さんたちは稀有な戦力なのです。適材適所!適材適所です!・・・ふふ、昔の真似です」




なにやら嬉しそうな神崎さんである。


・・・まあ、そういうことならお言葉に甘えて待っていようか。


大木くんの話から察するに、白黒はいないようだったしな。




「硲谷のゾンビ・・・まさか回収されてるのか?」




ふと気になった。


集めて食い合わせて、黒か白黒を作る気じゃあるまいな?




「本拠地へ運ぶつもりなら大丈夫です。輸送ルートは装甲車と防御陣地で封鎖されていますから」




いつの間にそんな。




「本拠地にはまだバレてはいないようですが。監視を始めてからずっと外部へ出る動きがないようです・・・籠城できるくらいの食料を確保しているか、それとも・・・」




「・・・ゾンビまみれになって出るに出れないか、ですか?」




「ええ、それならそれで楽なのですが・・・」




本拠地ね。


前に、遠くから爆撃して更地にしちゃえばいいんじゃないか・・・と思ったが。




『あれだけの銃器を保持している集団だ。生物兵器や高性能な爆弾を秘匿している可能性も高いからそれは無理』




なんて、古保利さんが言っていた。


というわけで爆撃案はナシだとか。


・・・たしかにそこら中に毒がばら撒かれたらゾンビより大変だしな。




「ですので、田中野さんは引き続き静養ですよ!静養!!」




「・・・神崎さんの献身的な看病のお陰でもう元気なんですけども」




「お、おだてても何も出ませんよ!もうっ!」




おだてても駄目であった。




しかしまあ、そうか・・・


あちらがそう言うなら、おとなしくしておこう。


本拠地にカチ込みかけるならともかく、末端までこの手で皆殺しにするほどではない。




「風呂にでも入って寝るかな」




「ええ、そうしてくださいね。大木さんも連れて行ってくれると助かります・・・動けないそうですから」




背中でも流してやるかなあ。








「うーわ、田中野さんの体ヤバすぎでしょ、世界地図みたいになってるんですけど」




俺の背中を流しながら大木くんが言う。


なんだその感想は。




「師匠に比べりゃまだまだだぞこんなもん」




「いや、普通の人間はそんなに傷ついたら死んじゃうんですよ」




風呂に連れてくるまでヘロヘロだった大木くんだが、大分元気になったみたいだ。


男2人では風呂場が狭いため、サクラは葵ちゃんが入れてくれるようだ。


有難い。




「んぐあああああ~・・・生き返るんじゃあ~・・・」




風呂桶に鼻まで沈む大木くんは心から寛いでいる。


心理的な疲れが大きかったんだろうな。


〇チガイ集団に車で追いかけ回されていたんだから、無理もないが。




「よくあんな連中と戦えましたねえ、田中野さん」




「血が出るから殺せる。白黒ゾンビの100倍は楽だぞ、たまに手強いのが混じってるけどな」




「比較対象がヤバすぎるんですがそれはガボガボ・・・」




遂にお湯に沈んでいく大木くん。


大丈夫かな・・・あ、浮かんできた。




「おそとこわい・・・最近変なの多くありません?」




「ゾンビに馴れて外で活動するようになった人間も増えてきたからなあ」




その分、変なのが目立つようになってきたのかもしれない。




「それに、このご時世だ。今までの倫理観をポイした奴ら自体増えて来てるんだろうさ」




俺たちも似たようなもんだがな。


暴力の向かう先には注意せんとなあ。


ま、今更ではあるが。




「あんな奴ら、命までポイしちゃえばいいのになあ・・・」




「ほんとになあ」




ぶくぶくと息を吐きつつこぼす大木くんに、心から同意した。


さてさて、これからまたちょいと忙しくなりそうだな。




「おじさん!大丈夫?おにーさん溺れてなーい?」




「大丈夫ー!」




長風呂でののぼせを警戒したのか、璃子ちゃんの声に返事をする。


さーて、そろそろ上がるかな。


今晩は大木くんもいるし、映画マラソンとでも洒落こもうか。

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