第49話 出稽古もどきのこと

出稽古もどきのこと








「あのっ・・・!すいません、ちょっとお話が・・・!」




真っ直ぐ俺の目を見ながら言う少女。


いつか、高山さんの懐で見た写真にそっくりだ。


元気そうだな・・・よかった。




「ああ・・・はい。田中野一朗太っていいます、こんにちは」




「こっ、こんにちは!」




さて、どうなるか・・・


頑張れ俺の表情筋。




「それで、何か用かい?高山さん・・・おっと、これでもどうぞ」




「あっ、ありがとうございますっ!」




息を切らしているところを見ると、よほど急いで来たんだろう。


ドアを開けてオレンジジュース缶を渡す。




「ふわっ、つ、つめた・・・」




高山さんは、その冷たさに面食らっているようだ。


・・・ふふふ、これぞ新兵器。


ポータブル冷蔵庫だ!!


以前ホームセンターからいただいてきたものだ。


走っている間は車から電気が供給されており、停車すると充電しておいた電力を使って動く。


スイッチで主電源のオンオフもできるし、デキるやつだ。


ちなみに椅子の後ろの収納スペースに鎮座している。


うーん、いい買い物・・・いや拾い物だな。




「んくっ・・・んくっ・・・ぷはー!」




いい飲みっぷりですこと。




「ありがとうございますっ!田中野さん!」




「いやいや、気にしないで。落ち着いたかい?」




「はいっ!」




さて、どこに座ってもらおうか・・・


振り向くと、ライアンさんと森山さんの姿はなかった。


行動が早いなあ。


面倒ごとの気配を察知したのかしら。




とりあえず、駐車場脇の適当なベンチに腰を下ろす。


隣り合ったベンチに、高山さんも座った。


よし、周りからはバッチリ見えてるな。


よくわからない無職の客が、女子高生と密談なんて怪しすぎる。


後ろ暗い所を見せないようにしなければ。




「それで・・・改めて、今日はどうしたのかな?」




ようやく落ち着いて話ができそうだ。




「はいっ!あの・・・田中野さんが詩谷から来たって八尺鏡野さんに聞いて・・・」




そういえば前にそんなこと言ってたな。




「へえ、八尺鏡野さんと知り合いなんだ」




「はいっ!お父さんと知り合いだったんです!ボクも小さいときに遊んでもらったことがあるらしくって・・・」




ほう、そうなのか。


そりゃ、八尺鏡野さんも嬉しかっただろうな。


こんだけ避難民がいれば、『高山』なんてありふれた苗字もよくあるだろうし。


会えてよかった。




「そうなんだ・・・それで、俺に何か聞きたいことがあるの?」




「はいっ!あの、宮田さんっていう人、知ってますか?警察官なんですけど・・・」




ああ、なるほど。


八尺鏡野さんには、俺と高山さんの関係は伏せてもらった。


それで、宮田さんのことを知りたいんだろう。




「宮田さんかい?ああ、よく知ってるよ。詩谷ではかなりお世話になったしね」




「ほんとですかっ!?お、お元気なんですか!?」




「元気も元気、とっても強そうだよ。昔っからああだったのかい?」




「はいっ!よく肩車してもらったなあ・・・」




あの人が子供に優しいのは、昔かららしいな。


容易に想像ができる。




「八尺鏡野さんと知り合いなら、通信で連絡も取れると思うよ。この前詩谷から運んできたし」




・・・よし、お父さん関連は宮田さんに丸投げしてしまおう!


本当なら最期を目撃した俺が説明しないといけないんだろうが・・・なあ?


この危機的な状況で、さらに肉親の死なんて知ってしまったら・・・この年頃の子供には大ショックだろう。


この騒動が終わって、ほとぼりが冷めたころにそっと知らせた方がよさそうだ。




「そうなんですかっ!ありがとうございますっ!!・・・剛おじさ・・・宮田さんは、お父さんの後輩なんです!これで消息がわかるかもしれません!」




「そうなのかい?いやあ、そりゃあよかった!」




・・・うん、なんというか・・・申し訳ない。


喜んでいるところ悪いが・・・


いや、もう考えるのはよそう。


顔に出てしまう。




いかんいかん、話を変えなければ。


俺は高山さんとは何の関係もない一般人・・・そうなんだ。




あ、そうだ。




「ええとキミ・・・高山あきらさん、だったね」




「はいっ!」




前から知っているが、それを表に出さないように・・・


懐からスマホを取り出す。




「この子、知ってるかい?」




タップして写真を表示する。


そこには、サクラを抱っこして笑う璃子ちゃんの姿があった。




「璃子ちゃん・・・璃子ちゃんだぁ!」




スマホを渡すと、それを手にした高山さんは目を見開いた。


璃子ちゃんは覚えてたけれど、そっちも覚えててくれたんだな。


いい先輩だ。




「お母さんと一緒にウチの避難所で保護してるんだ。前に水泳部の友達とか先輩の名前を教えてくれてたんだよ・・・それを今思い出してね。仲が良かったのかい?」




「はいっ!よく一緒に練習してました!・・・よかったあ、元気で・・・寮にいないって聞いて、心配してたんです・・・!水泳部の子で、ここにいないの、璃子ちゃんだけだったから・・・」




感極まったように目を赤くしつつ、高山さんは嬉しそうに画面を見つめている。




「そりゃあよかった、璃子ちゃんは元気にしてるからね。友達向けだけどビデオメッセージも入ってるよ」




以前ここで再生したメッセージを見せると、高山さんは目を潤ませながら見ていた。


・・・これでなんとか誤魔化せたかな?






「・・・あのっ、ありがとうございます、ボク泣いちゃって・・・」




「気にしないでよ、嬉しかったんだろうからさ」




色々と肩の荷が下りたのか、安心したのか、ポロポロと泣き始めた高山さんをなだめることしばし。


彼女はひとしきり泣いて落ち着いたのか、俺にスマホを返しながらにっこりと微笑んだ。




「優しいですね、田中野さん」




「さーて、どうかなあ?」




おどけて返すと、高山さんはケラケラと笑った。


うんうん、子供は笑顔が一番だ。




「あっそうだ!あのっボクも璃子ちゃんにメッセージ録らせてもらってもいいですかっ!?」




「どうぞどうぞ、充電も満タンだし、何時間でもいいよ」




「そんなに撮りませんよぉ!」




横で見ているのもアレなので、ちょいと離れた所で煙草に火を点ける。


思う存分録画して欲しい。




「・・・丸く収まったみたいですね?」




どこにいたのか、森山さんがこそこそと話しかけてきた。




「・・・別に修羅場じゃないですけどね?」




「ははは・・・」




何だと思われていたんだ、俺は。


女子高生と修羅場が起こせるほどモテモテボーイじゃねえぞ。


・・・いや?いくらモテモテでも修羅場は嫌だな?




「あ、そうだ。ここ、剣道場とかあります?」




ふと思ったので聞いてみる。


神崎さんの話が長くなりそうなら、稽古でもして待っていようかな。




「ありますよ、だいたい我々が鍛錬に使っていますね・・・使いますか?」




「お、いいんですか?」




「外から直接入れますし、避難民の方々も来ませんから。よければどうぞ」




おお、願ったりかなったりだ。




「私はこの後守衛の時間なので・・・無線で話を通しておきますね」




持つべきものは話の分かる警官であるなあ。




「オゥ・・・ワタシも仕事デス・・・」




ライアンさんはかなり落ち込んでいる。


いたのか。


そしてついてくる気だったのか・・・


しかしアンタたち今までどこにいたんだ・・・




「では森山さん、すいませんが神崎さんがこっちに戻られたら伝言もお願いしますね。そしてライアンさん・・・」




腰から愛刀を引き抜いて手渡す。


ちなみに今日は『竹』ランク、柳生くんである。




「俺が戻るまで、こいつをお願いしてもいいですか?」




軽トラに残すもの、持っていくのもアレだしな。


前回はここがどういう所かわからなかったし、ずっと差していたが・・・今日はもういいだろう。


ライアンさんが持ち逃げするとも思えないし。


危険物を一時預かりするのは兵隊さんの基本だしな、たぶん。




「ワッザ!?・・・ワ、ワワワワ・・・いいのですか!?!?」




小刻みに震えるライアンさん。




「ええ、あなたなら安心できます」




「オウ・・・!カタナはサムライのソウル・・・!!それをワタシに・・・!!!」




おいおい、そんなに気張らなくても・・・




「オマカセクダサイ!!センセーッ!!!」




ライアンさんは素晴らしい敬礼を返してくれた。


・・・うん、とにかく刀の安全は保障されたな。






「田中野さんっ!ありがとうございました!」




そうこうしていると、高山さんがスマホを返してきた。


璃子ちゃんも喜ぶぞお。




「いやいや、これくらいはね・・・」




「お父さんも詩谷で頑張ってるんだろうし、ボクもこっちでできることを頑張ろうと思います!!それじゃっ!!」




そう言うと、高山さんは眩しいほどの笑顔を浮かべながら校舎へ走っていった。




俺は、しばらくその場に立ち尽くしていた。


きっとお父さんも、ああいう人だったに違いない。


どうか、あのまま大きくなってほしいものだ。




「・・・高山さん、立派な娘さんですねえ」




そう呟き、ベストの上から拳銃を撫でた。


拳銃がいつもより少し、重たい気がした。






森山さんに教わった通りに歩いていくと、剣道場にたどり着いた。


確かに、外側の敷地からそのまま入っていけるような造りになっている。


結構大きいな・・・うちの道場の倍はあるぞ。


さすがマンモス女子高。




一礼してから入場すると、中ではまばらな人数が素振りをしたり打ち込みをしたりしている。


見れば、壁にかかる賞状が多い。


剣道部としても強豪だったんだなあ・・・




胴着はないので、ヘルメット(以前のものは壊れたので普通の安全ヘルメット)を脱いだだけの姿になる。


持ってきたリュックサックも一緒に下ろす。


中身は水筒と着替えとタオルだ。


ベストは内部に拳銃と脇差が入ってるから、あまり脱がない方がいいだろう。


この状態で動くことが多いので、稽古もこのままの方が都合がいいしな。




床にヘルメットを置き、周囲の警官だろう人たちに会釈しておく。


俺が来ることは伝わっていたので、みんな会釈を返してくれた。




「さて、やるか」




木刀を借りるのも忍びないので、ここは手持ちの兜割でいいだろう。


邪魔にならない場所まで移動して、兜割を抜く。


居合には向いていないので、軽く型をなぞるかね。




「っふ!」




正眼からゆるゆると振り上げ、振り下ろす。


道場内の空気を切り裂いた兜割が、びゅおうといい音を立てる。


・・・もう左肩に痛みはない。


思いっきりやれそうだ。




素振りを50本ほどやって体があったまってきた。


そろそろ型をなぞるか。




・・・この周囲の人間と敵対することになるとは考えにくいが、あまりややこしい技はやめておこう。




息を吐きながら剣先を脇構えに向け、さらに鋭く吐き出しながら踏み込んで斬り上げる。


間髪入れずにそのまま斬り下ろし、さらに踏み込んで突く。


そのまま突き入れた剣先をねじり、反転しながら担ぎ上げるように斬り上げる。




「っし!」




更にその勢いを殺さず、反転した先の仮想敵の脳天から唐竹割り。


斬った敵を吹き飛ばすように肩を入れた体当たり。


最後に残心。


息を整えながら、ゆっくりと納刀する。




・・・うん、思い通りに体が動くっていいなあ。




初めての場所とはいえ、久しぶりの道場にテンションも上がってるみたいだ。


うーん、この道場独特の匂い・・・懐かしいなあ。




さてさて・・・もう少し汗を流しますか!




抜刀の軌道から柄頭を相手の腹に打ち込み、体だけを引く。


自然に抜けた刀身を、手首の返しで相手の首筋へ打ち込む。


そのまま打ち込んだ兜割を引き、イメージ的に鎖骨を断つ。




また息を整え、次の型の準備に入る。




息を吸い込み、連打の型をなぞる。


敵の反撃を許さない、一気呵成の型だ。


あまり実用的ではないが、これに馴れておくとスタミナがつく。


道場の稽古とは違って、俺の今の主戦場は屋外。


何が起こるかわからない場所だ。


スタミナはあるに越したことはない。




斬り下ろし、斬り上げ。


左右の連撃。


これに体捌きや体当たりを加え、前後左右の仮想敵に当たる。


入るときは基本的に足元を刈り、反撃は手足の腱や血管を狙う。


勝つための、殺すための太刀筋。


負けないための技。


敵を一太刀で無力化する方法。


俺は、久しぶりに夢中になって動き続けた。






「・・・ふぅ」




一種のトランス状態から覚め、息をつく。


いかんいかん、ちょいと夢中になってしまった。


汗だくだ。


ベストを着込んだままだったからかなり気持ちが悪い。




周囲を見渡すと、どうやら男しかいないようだ。


・・・なんかやけにチラチラ見られているな。


よくわからん流派がブンブン丸してたら注目するのも当たり前か。


だがまあ、都合がいい。


ちょいと汗を拭くか。




ベストを脱ぎ、拳銃が見えないように畳む。


脇差は見えてしまうがまあ・・・これくらいならいいかもしれない。


ナイフみたいなもんだし。


汗で濡れて体に張り付くインナーを脱ぎ、リュックから取り出したビニール袋に入れる。


帰ったら風呂のついでに洗濯しよう。




「ふぃ~・・・」




取り出したタオルで体を拭くと、思わず声が出た。


火照った体に外気が心地いい。


道場の壁にもたれ、しばしその冷たさを堪能する。


ふと横を見ると、道場にはつきもののでっかい鏡があることに気が付いた。


・・・ふむ、我ながら筋肉がついているな。


最近は毎日運動しているようなもんなので、相変わらず腹筋は割れている。




しかしまあ・・・こうして見るとけっこう傷が目立つなあ。


が、これはこれで歴戦の兵士みたいで格好いい。


顔のいくつかの傷もすっかり治ったが、この傷跡は一生消えないだろう。


ま、別に困るわけではないが。




さて、あまりこのままだと腹が冷えるな。


リュックから新しいインナーを取り出した所、道場の入り口が開いた。


俺の入ってきた方ではなく、校舎から入れる所だ。




「ちょっと!キミ!今は女性も使う時間ですよ・・・あら、田中野さんでしたか」




入ってきたのは、胴着に着替えた八尺鏡野さんを先頭にした女性陣であった。


あ、当然だけど眼鏡がない。


・・・うおお、いかん!


社会的に殺されてしまう!!




「うあ、す、すいません!」




「いえ、知らなかったのですからお気になさず」




そんなわけにはいかんだろう!


現に後ろの女性陣からの視線が痛い!痛すぎる!!




急いでインナーを着込む。


あ、こっち後ろだったわ。


テンパりすぎた!




「すいませんお見苦しいものを・・・」




「いいえ、中々のものでした。精進なさっているようですね」




どういう感想ですかね、それは。


筋肉フェチか何かですか?


なんとか着込み、これでようやく人心地着いた。




「ちょっと片隅をお借りしていました・・・あの、お話は終わりましたか?」




「神崎さんは、今はオブライエン少佐と話をしています。まだ少々かかりそうですね」




・・・あのタブレットのことかな?


そうか、それならまだ時間はあるな。


人も増えてきたことだし、車に戻って一服でもするかな。




八尺鏡野さんはすたすたと歩き、壁から竹刀を取っている。


これから稽古も始まるみたいだし、丁度いい頃合いだな。




と、思っていると。


何故か俺の方へ歩いてきている。


あ、ここがお気に入りの場所だったのかな?


それなら早くどいてあげないと・・・




「どうぞ」




そう言って八尺鏡野さんは、俺に竹刀の柄を差し出してきた。


・・・なにが?




「・・・へ?」




「一手、お願いできますか?」




思わず受け取ると、八尺鏡野さんは俺から距離を取った。


え、ええ~・・・?




「えっと・・・」




「田宮先生からは、結局一本も取れませんでした。いい機会ですから、あなたから取ろうと思いまして・・・」




なんてことはないように言う八尺鏡野さんである。




「あのぉ、そういうのは師匠にリベンジしていただきたいんですけど・・・」




「弟子に勝ってからそうしようかと思いまして・・・そちらの理念はよく知っていますよ?」




ぬぬぬ。


そうまで言われては断れない。


負けてもいいが、逃げてはいかんのだ。


畜生、我ながら七面倒臭い流派であるなあ。




「防具は・・・あの、着けた方が・・・」




「あなたは付けないんでしょう?でしたら私もこのままで」




ううむ、そうか。


なら考えないようにしよう。


かなり腕には自信がありそうだし。


立ち振る舞いにも隙が無い。




「・・・わかりました、振り慣れていないのでお待ちを」




「はい」




竹刀なんて何年ぶりだろうか。


道場は基本的に木刀で、たまに刃引きした真剣だったからなあ。


世界がこうなってからは木刀と兜割ばっかりだし。




ストレッチをする八尺鏡野さんを横目に、軽く振る。


うお、軽い。


こんなに軽かったか?竹刀。


うーん、振りやすくていいや。


ゾンビには絶対効かないけど。




軽く振り回して満足したので、八尺鏡野さんの前に立つ。


彼女もストレッチを終えたようだ。




「よろしいのですか?では、始めましょう」




「了解です」




お互いに距離を取って立つ。


・・・立ち姿にも隙が無い。


これは、強敵だなあ。




「南雲流、田中野一朗太」




正眼に構え、名乗る。




「九条一刀流、八尺鏡野都」




ゆるりと正眼に構えた八尺鏡野さんも同じように。




九条一刀流か・・・歴史ある名門流派だ。


全国各地に道場があり、特に警官が修めている場合が多い。


ウチとはえらい違いだなあ。




お互いの間に緊張が立ち込め、空気がひりつく。


正直、この空気は嫌いじゃない。


ぞくぞくするなあ。


・・・あ、今気づいたけどこれ審判いねえわ。


どうなったら終わるの?






「参る!!」「参ります!!」






俺の踏み込みに合わせ、八尺鏡野さんも同じように踏み込む。


上下のブレが少ない・・・やっぱり強いやこの人。




「いやぁ!!」




裂帛の気合と共に、竹刀が風を纏って飛んでくる。


鋭い、いい太刀筋だ。


狙いは俺の小手か。




「ぬん!!」




右手を竹刀から外して狙いを逸らし、そのまま左手だけで面を狙う。


カウンター気味の打ち込みだったが、それは引き戻された竹刀で防御された。


引き手が素早い!




「しっ!」




八尺鏡野さんは俺の竹刀の側面を滑らせ、そのまま切り下ろしてきた。


受けが即攻撃に繋がっている!上手い!




「はっ!」




竹刀を跳ね上げ、強引に攻撃を逸らす。


振り上げた勢いで小手を狙うが、八尺鏡野さんはすぐさま飛びのいて距離を取った。


・・・これは難敵だ。


動きも素早いし、見切りもいい。




下段に構え、出方を窺う。


八尺鏡野さんは上段。


じりじりと間合いを詰めてくる。




今度は俺から行くか。


下段のまま距離を詰める。


それに合わせ、鋭く斬り下げが飛んでくる。




まだだ・・・まだ・・・ここっ!!




脳天に向かう竹刀を僅かに下がって躱つつ、手の内で竹刀を回転させて突く。


カウンターの形での突きは、八尺鏡野さんの胴着を掠めただけだった。


・・・これを躱すか。


おもしろい!!




追撃を加えようとすると、八尺鏡野さんの竹刀が俺の竹刀を迎撃する。


そのまま組合い、つばぜり合いの形になった。


力は俺の方が強いが、八尺鏡野さんは体裁きと重心移動で容易には離れない。


離れ際の攻防を見越しているんだろう。


しばしそのまま、お互いに呼吸を整える。




「・・・田宮先生の剣とそっくりです、その若さでよくもまあ・・・」




「若いって、そちらこそそうじゃないですか。へへ、楽しくなってきましたよ」




前の話し合いの時とは違い、八尺鏡野さんの目は爛々と輝いている。


これが素かな?


一瞬でも気を抜けば、やられるだろう。


いや審判いないから落としどころが分からんけどもね?




「っふ!」「んんっ!!」




互いに相手を押し、跳んで距離を取る。




半身になり、竹刀を肩に担ぐ。


八尺鏡野さんは、腰を落として脇構え。


どうやら、これからが本番のようだ。




俺は気付かれないように重心を動かし、一足一刀の間合いに飛び込む準備をする。


・・・低く踏み込み、両足を薙ぐ。


これがいいだろう。




さほど激しく打ち合っていないのに、額から汗が吹き出す。


さながら実戦だな、これは。


気取られないように息を整え、跳躍のために足に力を込める。




そんな時だった。




「きゃああああああああああああああああああああああっ!!!」




「う、うわああああああああああああああああああああ!!!!」




道場の外から、怒号と悲鳴が聞こえてきたのは。




俺は今までの試合のことも忘れ、竹刀を放り出して荷物を掴んで走り出した。

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