第45話 愚者の行進のこと
愚者の行進のこと
「平和だ」
「平和だねえ」
「きゅん!」
雲一つない青空を見上げながら、俺は枕に後頭部を預ける。
高柳運送の屋上。
そこに適当なマットを敷いて、現在俺たちは日光浴と昼寝の中間のようなことをしている。
俺と璃子ちゃんは日光を満喫し、サクラは屋上探検を楽しんでいるというわけだ。
・・・いやホントに晴天だな。
どうなってんだ、梅雨だというのに。
最近天候がバグりすぎではないのか。
ただでさえゾンビのせいで世界がバグってるというのに。
この上天変地異はお呼びじゃないぞ。
胸焼けしちゃう!
「海行きたいなー、海」
俺の横で同じように寝転がり、うろつくサクラを撫でている璃子ちゃんが言う。
「いいねえ、海。行くかなあ ・・・用事もないし」
最近釣りもできていないしな。
花田さんからのミッションも一段落したことだし。
「・・・おじさんがしたいのは釣りでしょぉ?」
「おや、釣りはお嫌いかな?」
「嫌いじゃないけど~、やっぱり泳ぎたいなあって」
ふうむ、璃子ちゃんはスイミングをご所望か。
あ、そういえば水泳部だったな。
ビデオメッセージを届けた子たちもそうだったはずだ。
なお、俺はそっちの方が好きではない。
海も川も、泳ぐ場所ではない。
特に海は釣りをする場所なのだ!!
・・・海で溺れかけた過去があるからそう言っているわけじゃないぞ、念のため。
「むうん、釣りならともかく海水浴にはまだ早いなあ・・・」
「うう~、トマトも食べたいし、早く夏にならないかなあ・・・」
寝たまま器用にジタバタしている璃子ちゃん。
遊んでいると勘違いしたサクラが嬉々として飛び掛かっている。
一瞬前までの不満顔はどこへやら、キャッキャと楽しそうである。
うむ、子供は元気が一番。
「むーさぁん!たすけてぇえ!!」
「・・・ほいほい、ミミズじゃなぁか。ゾンビよりかわいかろうに・・・」
「ひゃああああああ!!」
「何をそがあに・・・うお、でかいのう!!」
「とってとってとってえええええ!!!」
「暴れんな!暴れんなや!!」
・・・畑の方角から巴さんの悲鳴が聞こえてくる。
賑やかなことだ。
バレー選手の頃の巴さん、いつだったかテレビで見たけど・・・ここまで賑やかな人ではなかったんだよなあ。
なんというかこう・・・アスリート!って感じでキリリとしていた。
もっとも、俺が実際に知っているのは始終七塚原先輩にデレッデレの巴さんなんだけど。
一体結婚するまでに何があったんだろうか・・・謎である。
「仲いいよね~、ナナおじさんと巴さん」
起き上がってサクラを抱っこしていた璃子ちゃんも気付いたようだ。
「ありゃあたぶん50年後も新婚気分だろうなあ・・・」
「素敵だねえ!」
まあ、仲良きことは美しき哉ってやつだ。
この騒動が収まったら、そりゃあもうポコポコ子宝に恵まれるに違いない。
・・・巴さんに似るといいな、子供。
先輩もかっこいいんだが・・・顔が怖いからなあ。
ここのメンツはもう慣れているだろうけども。
なお、俺たちは畑仕事をサボっているわけではない。
手伝おうかと何度も言ったが、『だめですっ!ここは私とむーさんの楽園なんですっ!』などとわけのわからない理由で断られた。
先輩も気にするなと言うので、気にしないことにしている。
他の部分で助けよう。
再び空に目をやって大あくび。
今日は何も予定はないし、もう少し眠ろうかな・・・
腹の上にサクラが飛び乗るのを感じながら、俺は目を閉じる。
最近なにかと忙しかったからな・・・たまにはゴロゴロしても罰は当たるまいよ・・・
「ぐむう!?」
サクラが急に重く・・・!?
驚いて目を開けると、そこには見慣れた顔。
後藤倫先輩が器用にサクラを避けて俺の腹の上に立っている。
この人はいつでもバグってんなあ。
「田中田中、聞いて聞いて」
「それより先に言うことがあんでしょが先輩重いんでsがああああああああああああ!やめて小粋なステップ踏まないで内臓出ちゃうううう!!!!!!」
「セクシャルなハラスメント、有罪」
「そっちはパワーなハラスメントでしょうがあああああああああああ!!!」
加減しろ馬鹿野郎!!あああ頑張れ俺の腹筋!!!!
サクラも喜んでじゃれつかないの!ご主人様の危機でござるぞ!!!!
「・・・楽しそうですね?」
「ん、楽しい、凄く。太田川もやる?」
「神崎ですっ!!」
「たしゅ!たしゅけて!!」
「わふん!おんおん!!」
神崎さんも首を傾げてないで助けてェ!!!
璃子ちゃ・・・いねえ!!
判断が早い!!!
その後、なんとか腹筋がお亡くなりになる前に解放された。
まったく・・・シックスパックで命拾いしたぜ。
「で、なんなんですか先輩・・・」
屋上の床に座り直し、胡坐をかく。
神崎さんや先輩もそれに倣い、座り込んだ。
・・・先輩、どっから出したんだその煎餅。
気にしないでおこう。
「もひゃももむむむ」
「食ってから喋ってくれよなあ・・・」
「お茶、淹れてきましょうか・・・?」
話の腰が複雑骨折してるよ・・・もう。
神崎さんがお茶を用意してくれるというので、それまで休憩。
階段のあたりでふんふん匂いを嗅いでいたサクラを呼ぶと、ぴゃっと走り寄ってきた。
かわいい。
「よーしよし、ブラッシングでもしようかねえ」
「わふ!・・・フンフンフンフン」
櫛の匂いむっちゃ嗅いでる・・・
あ、この前のシンパチくんとサノスケくんの匂いでも残ってるのかな。
ちゃんと洗ったのに・・・犬の嗅覚はすごいなあ。
「お友達になれるといいな、サクラも」
そう言うと、サクラは可愛く首を傾げた。
いつか会わせてあげたいなあ。
神崎さんの持ってきたお茶で一息入れる。
先程離脱した璃子ちゃんもちゃっかりついてきていた。
素知らぬ顔でサクラと遊んでいる。
・・・将来大物になるぞ、あの子。
「変な気配がする、田中」
口の中の煎餅をお茶で豪快に流し込んだ先輩が、若干真面目そうな顔で言う。
切り替えが早いなあ、相変わらず。
「気配・・・どんな感じですか?」
「ん・・・何かわからないけど、モヤモヤする。何かが来そうな気がする」
ふわふわした答えだが、その目は真剣そのものだ。
こういう時の先輩の勘は馬鹿にならない。
昔っから、先輩の勘は嫌な時ほどよく当たる。
あの台風も、あの地震も言い当てて見せた。
「了解です、気を付けましょうか・・・七塚原先輩に声かけてきます」
「え?あ、あの・・・?」
立ち上がった俺に、神崎さんが目を丸くして聞いてくる。
ああ、話が急に進み過ぎたもんな。
「先輩の勘は嫌な場合ほどよく当たるんですよ・・・信じて準備しときましょう」
そう言いながら、俺は階段を下りた。
「む、後藤倫が・・・?ほおか、そりゃ気にせんといけんのう・・・巴、わしゃ門の戸締り見てくるけえ、先に入っとけ」
「はいっ!」
畑仕事中の七塚原先輩に声をかけると、やはり二つ返事で片づけを始めた。
同門だから話が早くていいや。
後藤倫先輩の勘が鋭いの、道場内では常識だったからな。
巴さんも、先輩の言うことなら絶対に聞くしな。
正門は先輩に任せ、封鎖されている裏門を点検する。
・・・よし、この厳重さならこじ開けられる心配もないだろう。
なにせ、七塚原先輩が鉄板を打ち付けて固定したもんな。
これを無理やり開けられるような生き物が来たら、正門から脱出したほうがいいし。
たぶんゴ〇ラの親戚とかだろうしな。
流石に怪獣退治は自衛隊の専売特許だろう。
「裏門問題なしっす」
「正門もじゃ、後藤倫の勘はよく当たるけぇのう・・・備えとかにゃあ、のう」
合流した俺たちは、屋上へと歩き出した。
戻りながら着替えと準備も済ませておこう。
先輩もそのつもりのようだ。
「お待たせしました」
「遅い、羊羹十年分を年貢として納めよ」
「はいはい」
いつもの服に着替え、武器を持って屋上に到着した。
七塚原先輩も六尺棒を持ってきている。
やけに偉そうな後藤倫先輩は、長巻を担いで臨戦態勢だ。
「今のところ、なにか変わった様子はありませんが・・・」
双眼鏡で周囲を警戒しつつ、神崎さんが答える。
別の方向では、斑鳩さんと璃子ちゃんが同じように偵察している。
巴さんは、サクラと一緒に屋上の中心で待機している。
「お疲れ様です神崎さん・・・ま、何事もないのが一番いいんですけどね」
俺も横に立ち、龍宮市街へ通じる国道の方を見張る。
単眼鏡で見ても、特にこれといって特筆すべきものはないように見える。
いつも通り誰もいない、がらんとした道である。
しばらくはここにいるから、ついでに昼飯もここで食っちまうか・・・
青空の下でご飯ってもの贅沢だしな・・・
なんて考えていた時だった。
「・・・ん?」
視界に何か違和感。
国道の先・・・龍宮市街方面に何かが見える。
「あれは・・・!」
傍らで神崎さんが声を上げた。
気にはなるが、視線を外すわけにもいかない。
そのまま見続けていると、不意に影から何かが飛び出してきた。
「あれは・・・まさか!」
国道を常識外の速度で突っ走ってきたのは、1台の車両。
車体は灰色。
その質実剛健な車両の上部には、備え付けられた機関銃が見える。
駐留軍の装甲車だ!
「神崎さん!御神楽高校の人ですか!?」
単眼鏡を覗いたまま叫ぶ。
「・・・装備は一緒ですが、この周辺に来るという連絡は受けていません!」
なんと。
ってことは・・・つまり・・・!
「謎の特殊部隊・・・!」
我ながら頭の悪い名前だと思うが、そうとしか言いようがないのは許していただきたい。
若干近付いてきた車。
内部には2人が、そして銃座には1人の姿がある。
一様にヘルメットを被り、顔は・・・バラクラバ?だっけか。
とにかく目以外は布で覆われていて、男女もわからない。
ゴーグルまで装着する念の入れようだ。
「銃座が後ろ向きに・・・!見てください!!」
神崎さんの声に視点を上にずらしてみれば、確かに銃座は後方に向いている。
「発砲してますね・・・」
ここまで近付いて、エンジン音と重い銃声が聞こえてきた。
銃座に据えられた重機関砲はマズルフラッシュとともに薬莢をまき散らしている。
では何に発砲しているのか?
その答えはすぐに視界に現れた。
「おじさん!黒い奴だよ、黒いゾンビ!!」
いつの間にか横にいた璃子ちゃんが叫ぶ。
装甲車の後を追うように、一列になって追いすがる集団が見えた。
もはや顔なじみとなりつつある黒ゾンビである。
数は・・・多いな!?
10体以上、30体以下って感じか?
そいつらは明らかに人間を超えた速度で装甲車を追いかけている。
車並み・・・とはいかないが、それでも原付の巡航速度くらいの速度は出ていそうだ。
あの速度で走り続けられるとは・・・ゾンビのスタミナは無尽蔵らしい。
「しかしあの車やけに遅いな・・・?」
いくら黒ゾンビが速いとはいえ、こうまで追いつかれるか?
俺の軽トラでも普通に振り切れるぞ?
「エンジンブロックから僅かに白煙が見えます、故障でしょう」
言われてみれば、たしかに煙が上がっている・・・ように見えなくもない。
目がいいなあ、神崎さん。
なるほど、それであんなデッドヒートになっているわけだ。
「このまま詩谷まで大名行列する気かよ・・・?」
今まで平和だった詩谷の危険度が跳ね上がっちまう。
逃げるのに必死なんだろうが、全くいい迷惑だ。
まあ、機銃掃射で大分数も減っているようだし・・・このままいけば詩谷までの道程で殲滅はできるだろうが・・・
「あっ」
そう思っていたら、装甲車のエンジンが黒煙を上げ始めた。
単眼鏡なしで確認できるほどの量だ。
ウッソだろ!?ここで!?
黒煙の量は見る見る増え、それに比例するように車の速度はどんどん緩やかになっていく。
それと同時に、黒ゾンビ集団との距離は縮まっていく。
おいおいおいおい、ここにきて故障かよ。
映画だったらご都合主義だってレビューサイトでボッコボコに叩かれる展開だぞ。
銃座の1人は狂ったように弾丸をばら撒くが、多勢に無勢。
さらに動転しているのもあって、狙いがばらけている。
致命打を潜り抜けた黒ゾンビが跳躍し、その首に齧りついた。
ああ、もう駄目だなありゃあ・・・
「・・・備えて下におる、何かあったら上から指示せえ」
背後で七塚原先輩が六尺棒を担ぐ気配。
気配はないが、多分後藤倫先輩も続くのだろう。
「むーさん!綾さん!頑張ってください!」
「おう、任しとけ」
「ん、楽勝」
巴さんの激励も聞こえる。
「んじゃ、俺も行きますね神崎さん」
運転席の1人が車から飛び出し、ライフルを乱射しながら喰われるのを目にした俺も移動の準備をする。
あれは無理だ。
残った1人ではどうにもなりそうもない。
助けられないし助けようとも思わないが、あいつらが死んだ後の黒ゾンビに対処しなくては。
そう思って単眼鏡を片付けようとしたら、装甲車の上の黒ゾンビが明らかに俺達の方角を見た。
・・・なんでこの距離で感知できるんだよ!?
あれか?臭いかなにかか!?
先程の黒ゾンビはしきりに吠え、周囲のやつらもこちらを見て吠える。
あああ・・・完っ全に見つかったわ。
「援護はお任せください・・・くれぐれも無理はしないでくださいね」
こちらに来そうだとわかったんだろう、神崎さんは心配そうに呟いた。
「ええ、頼りにしてますよ相棒・・・璃子ちゃん、サクラをよろしくね」
「まっかせといて!」
「きゅ~ん!」
璃子ちゃんは虚勢を張るように言い、サクラは心配そうな声を出す。
「斑鳩さんも、お気をつけて」
「ええ、お任せください」
何度かの実戦を経て、すっかり歴戦のスナイパーじみた斑鳩さんは、ライフルを片手に真剣な顔をしている。
「わた、私も頑張りますっ!!」
スラッガーのように、ぶっとい鉄パイプを構えた巴さんも叫ぶ。
・・・なにその重そうなの。
巴さん、力強いなあ・・・
まあ、彼女は最後の砦だな。
いかに力が強かろうが、黒ゾンビ相手にどうこうできるとも思えない。
ここにゾンビが到達した時点で負けということだ。
「ういうい、行ってきま~」
なら簡単だ。
俺達3人で、ここに到達させなければいい。
軽い返答とは裏腹に、重い決意を抱きながら俺は階段へと歩き出した。
社屋の玄関から出ると、先輩方は既に臨戦態勢だった。
「来るかのう」
ぶおんぶおんと、まるで木の棒でも振り回すかのように六尺棒を扱う七塚原先輩。
「来る、もう気付かれてたから」
後藤倫先輩は、長巻の歪みや軋みを確かめるように点検している。
「さーて、越えてくるかなあ、ここの塀」
遅れて到着した俺は、引き抜いた兜割を点検。
うん、どこも壊れてないな。
頑丈さは正義だ。
来ないでくれるといいなー、なんて希望的観測は実らず。
塀の外側から、黒ゾンビ由来であろう咆哮が聞こえ始めた。
じわりじわりと、こちらへ近付いてくる。
はあ、覚悟するしかないか・・・
ま、逆に考えよう。
わざわざこっちに来てくれるんだ。
バラバラに襲ってくるよりそっちの方が楽でいい。
「南雲流、田中野一朗太・・・参る!」
近付く咆哮を聞きながら、俺は兜割を肩に担いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます