第32話 大ピンチのこと 前編

大ピンチのこと 前編








まあ、かっこいいことを言っても急に俺という人間が変わるわけではない。


なべて世はこともなし、今日も今日とてハンドルを握るのである。




過ぎていく街並みは、大分都会っぽくなってきた。




「大丈夫でしょうか、後藤倫さんは・・・」




「自業自得ですよ、あんなにバカスカ食うから悪いんです」




助手席で心配そうにする神崎さんに、苦笑いで言い返す。






今日はいよいよ龍宮市街へ入る。


まあ、入り口をちょいと探索するくらいだが。




ちなみについてくるはずだった後藤倫先輩は、アイスの食い過ぎで腹を壊してダウンだ。


なので置いてきた。


『しょ、食中毒・・・』なんて言っていたが、ただの食あたりである。


何人前も一気に食うからだ。


璃子ちゃんもドン引きしてたぞ、あの量は。




食ったら食っただけ運動する先輩であるが、さすがにあの量は頭がおかしい。


言ったら殺されるから言わないけど。


しかもその状態なのに、即席アイスを探して来いと言う注文をしてきた。


転んでもただでは起きない・・・いや、地面を破壊しながら飛び上がるタイプだ、あの人は。




「・・・よし、市街に入りましたね。今日はどのくらいまで行きますか?」




「とりあえずこのあたりで高いビルを探しましょう。無線で隊員に呼びかけてみます」




ああ、そういえば行方不明の自衛隊員も探す必要があるんだな。


それでなんか見慣れないレシーバーみたいなのを持ってきてるんだな、今日の神崎さん。




「それに、高い所からなら目視での偵察もやりやすいですし・・・どこか心当たりはありますか?」




うーむ・・・高いビル、ビルねえ。


あるにはあるが、内部に絶対ゾンビいるしな。


非常階段があるようなところは・・・ああ、あそこがあった。




「了解です、この先に心当たりがあります」




そう言って、俺はアクセルを踏み込んだ。








「なるほど・・・ここなら条件に合いますね」




「それに、普通のビルよりゾンビの心配もしないでいいでしょ?見晴らしもいいし・・・ちょいと良すぎますけど」




俺達の目の前には、高いビルに並んで立つ赤い塔。


テレビ局のものだ。




『リューグーTV』略称を『RTV』


どこの地方にもある、地域密着型テレビ局である。


なお、俺はだいたい昼間に再放送している時代劇しか見ていなかった。


・・・だって通販番組くらいしか他にはやってないし。




らせん状に付いた外階段が見える。


あれを登れば、ビル内部に入らずにてっぺんまでアプローチできるだろう。


このあたりでは最も高い。




駐車場に車を停め、周囲を確認しながら進む。


放置されている様子を見るに、ここらにはあまり人がいないのか?


いや、油断は禁物だ。


ゾンビ発生は平日だったから、社員さんなんかがわんさかいたはずである。


いかに地方テレビ局と言えどもだ。




「・・・!右前方、3時の方角にゾンビ」




神崎さんの指摘に従って目を向けると、たしかに遠くの方に蠢く影。


・・・影になっていてよく見えないが、どうやら通常のゾンビ、らしい。


目がいいなあ、神崎さんは。


俺達が向かう先とは違う場所にいるので、気付かれないように迂回しよう。




放置車両の隙間を縫って進み、テレビ塔の根元に到着する。


周囲にチラホラゾンビの姿は見えるものの、俺達を認識している様子は見られない。


ふうむ、これくらい離れていればこちらの(若干)強化型ゾンビにも気付かれないか。




「さて、どうしたもんかな」




腕組みをしてこぼす。


目の前には、頑丈そうな南京錠。


駐車場からテレビ塔の階段へアクセスするには、どうしてもこの扉をくぐらなければならない。


テレビ塔は10メートルほどのフェンスに阻まれ、ここ以外の侵入口といえば・・・頭上に見えるビルからの通用口。


ゾンビを避けるためにここへ来たのに、ゾンビまみれであろうビル内への侵入はナンセンスだ。


本末転倒である。


この南京錠、兜割でぶち壊せはするだろうが・・・それだけの音を立てるとどうしたって周囲のゾンビに捕捉されちまうな。




「後方の警戒をお願いします」




考え込んでいると、神崎さんが南京錠の前にしゃがみ込んだ。


腰のポーチから取り出したのは・・・不規則にねじ曲がった針金が、2本。


それをおもむろに錠前に差し込み、薄く目を開けてかちかちと動かしている。


おお・・・ロックピック!!


ゲームの中ではお馴染みだが、こうして見るのは初めてだ。


なんかテンション上がるな・・・おっといかんいかん。


見とれていてゾンビに齧られたら目も当てられない。


名残惜しいが、周辺警戒だ。




「・・・よし。開きましたよ」




警戒すること数分。


かちり、と小気味いい音を立て、鍵が開いた。




「素晴らしい!ロックピックを壊さないなんて、神崎さんの開錠スキルは熟練者級ですね!」




「は、はい・・・?」




おう、まずい。


半分ゲームの中に入りかけていたようだ。


・・・今度詩谷に戻ったら久しぶりにあのゲームをしよう。


1人用だから、電源さえ確保できれば問題ないしな。




「うし、じゃあ行きましょうか」




「あ、あの・・・?」




「行きましょうか」




「は、はい」




ふふふ、カリスマの値は俺の方が高いようだな・・・


よくわからない優越感を無理やり生み出しながら、俺は階段へのドアを開けた。






し、しんどい・・・


階段が地味にしんどい・・・


風は強いし、なんか微妙に揺れるし・・・


しかも高いし!


まだまだ先は長いし!!




・・・ふと後ろを見れば、若干疲れてはいるもののよどみない歩みを見せる神崎さん。


ぬうう、ライフルや各種装備を抱えた神崎さんが頑張ってるんだ。




俺がここで、膝を折るわけには―――いかない。




どこぞの赤コート人間台風の名台詞をリフレインしつつ、重くなりつつある足を持ち上げる。


頑張れ一朗太、頑張れ!


俺は無職だけど長男だからやれるはずだ!!






「次男なら即死だった・・・」




「長男にはそのような力が・・・?」




目当てのテレビ塔の最上階にたどり着き、適当な場所に腰を下ろす。


最上階って言ってもてっぺんではないが。


アレだ、歩いて登れる最上階ってことだ。




うお、下がスケスケでござるよ・・・


高所恐怖症ではないが、それでもゾクゾクするなあ。


落ちたら長男でも即死だな。




風が強いなあ。


ここいらにはこれ以上高い所はないもんな。


上空には雲一つないが、暦の上では梅雨。


雨だけは降ってくれるなよ・・・




背嚢を下ろし、何かを組み立てたりしている神崎さん。


通信用の機材かな?


邪魔をしないように、俺は偵察をしよう。




単眼鏡を取り出しつつ、煙草に火を点ける。


久しぶりの紫煙を堪能しながら、適当な方向へ向ける。




「こちらアキヅキ、感明送れ」




何やらかっこいいセリフが聞こえてくる。


いいよなあ軍隊言葉って、しかも言ってるのが神崎さんだから絵になる。


まるで映画の住人になったみたいだ。


よくわからんモブとしてだが。




そんなことを考えながら、街を見下ろす。


とりあえずビル群をば・・・


うわあ、ゾンビまみれだ。


どこのビルにも、いつかの詩谷市街のようにみっちりリーマン・OLゾンビがひしめいている。


夢遊病者のように、暗がりに並んで突っ立っている。


このお隣もそうなんだろうなあ。


・・・ああはなりたくないもんだな。




どこもかしこもゾンビ、ゾンビか・・・


街中に動く人影は見えない。


蠢く人影は、どれもゾンビだ。


俺達しか生きた人間はいないように思えるな、こういうのを見てると。




生存者は、どこかで息を潜めているのだろうか。


これだけの都市だ、まさか全員ゾンビになったとは思えないし・・・


まとまって避難しているのだろうが・・・




別の場所に目を向けると、一瞬息が止まった。




オフィス街の公園には・・・子供の、いや子供ゾンビの集団が見える。


幼稚園児くらいだろうか。


目立った外傷は見受けられないので、あの子たちも突発的にゾンビになったんだろう。


足元に、腐敗した遺体が見える。


エプロンのようなものを着ているな。


引率の、保育士さんだろうか。


あの子たちに喰われたのだろうか・・・


・・・いくらゾンビとはいえ、気分が悪くなる光景だな。




一体どこのどいつがゾンビなんてもんをこさえたんだ。


どっかのマッドサイエンティストか?


きな臭い国の生物兵器か?


はたまた・・・神様の天罰か?


考えてもわからん。


考えずにいられない。


無駄だとわかっているが・・・わかるわけにはいかんのだ。




悶々としながら視点を変え・・・む?


さっきの公園に、さっきまでいなかった影が・・・




黒ゾンビだ。


それも3体。


あいつらはやっぱり、能動的に行動するんだな。


厄介極まりない。


頼むから一か所でおとなしくしていていただきたい。




黒ゾンビは先ほどの子供ゾンビの方へ走り出した。


生存者が近くにいたのか!?


くそ・・・ここからじゃとても間に合わない。


残念だが助けるのは無理だ・・・


俺は単眼鏡を動かし、黒ゾンビを追う。




驚異的な速度でダッシュする黒ゾンビは子供ゾンビを掴み。


思い切り地面に叩きつけた。


周囲の子供ゾンビは一斉に動き出し、なんと黒ゾンビに飛び掛かって思い思いに噛みついた。




「・・・は?」




あんまりな光景に言葉を失う。


何故、ゾンビ同士で戦うんだ?




「か、神崎さん!神崎さん!!俺の見ている方向を見てください!」




公園を見つめたまま叫ぶ。


周囲にゾンビがいないことはリサーチ済みだ。




俺の声に神崎さんは素早く動く。


瞬く間に俺の横に走り寄り、双眼鏡を構えたのが気配でわかる。




「・・・なん、ですか、これは」




絶句している。


俺もそうだ。




黒ゾンビの攻撃によって子供ゾンビは悉く無力化されている。


あっという間だった。


だが不思議なことに、子供ゾンビの頭はどれも無事だ。


体の方は無残に破壊されているが、頭は無事なので何事か喚いているのが見える。




黒ゾンビは、そんな子供ゾンビの頭を持ち上げ・・・




「うっげ」




「・・・っ!!」






ばりばりと、文字通り頭から『食べた』






なんじゃこれ・・・一体何が起きてるんだ。


もう脳がキャパオーバーを起こすぞ、おい。




ノーマルゾンビ共は、共食いをしない。


見たこともないし、それに共食いするならもう少し数は減るだろう。


だが、黒ゾンビはゾンビを食う。


理由なんぞわからないが、これで雨の日に初対面した理由がわかったような気がする。




黒ゾンビにとっては、人間もゾンビも、等しく餌だ。




・・・だがある意味これは僥倖とも言える。


黒ゾンビの『捕食対象』が、人間だけではないからだ。


近くにいなければ、街のお掃除屋さん的に考えてもいいかもしれん。


目の前の惨状を半ば無視しながら、俺はそんなことを考えていた。






「大丈夫ですか、神崎さん」




「はい・・・もう大丈夫です、ご迷惑をおかけしました」




さっきの共食いを見て気分を害したらしい神崎さんに声をかける。


顔色は若干青く、座り込んでいるが・・・まあ大丈夫そうだ。


いささか刺激が強すぎた光景だからな。


俺?俺はまあ・・・見慣れてるし、映画とかで。


現実よりも映画の方がグロいんだなあ・・・なんて思ってたくらいだ。


なお、子供ゾンビをペロリと平らげた黒ゾンビの集団は、俺達とは反対方向へと消えていった。


ゾンビか、人間を探しに行ったのだろう。




「俺はもう、ますますゾンビが分かんなくなってきましたよ」




「私もです、まるでフィクションの中のような気持ちです」




「フィクションかあ・・・それなら巨大化したり合体したり分裂したり進化したりするかもしれませんねえ」




「やめてください!縁起でもない!」




キッとこちらを睨む神崎さんに、軽く笑い返す。


毒気を抜かれたように、彼女は苦笑いした。




「変わりませんね、田中野さんは・・・強い、です」




「はっは、ご冗談を。殴って斬って殺せる相手だからそんなに怖くないだけですよ・・・幽霊ならお手上げですが」




「ふふ、そうですね。私もお化けは大嫌いです」




よしよし、元の空気に戻ったな。


今考えても仕方ないことは・・・考えない!




「あ、そうだ神崎さん、無線はどうですか?何か応答がありましたか?」




黒ゾンビの件ですっかり忘れていた。




「いえ、何度も呼び掛けたのですが・・・」




「どれくらいの範囲に届くんですか、それ」




レシーバーめいた物体を見つめて聞いてみる。




「これですと、およそ5キロから8キロ圏内といったところでしょうか・・・相手の電源が切れていれば繋がらないですが」




ふむ、するとここいらにはいないってことだな。


これからも、ちょこちょこ前進しながら呼びかけるしかないな。




「相手からこちらの位置を把握することってできるんです?」




「いいえ、今は呼びかけているだけですから・・・さっき言った範囲にいる、ということくらいしかわからないでしょうね」




所属とか場所とか、おいそれと名乗るわけにいかないもんなあ。


無線を今持ってるのが、自衛隊とは限らないし。


もしかしたら誰かが殺して奪っているってことも考えられるもんな。




「あの、もう少し呼びかけてもいいでしょうか?」




「はい、どうせ予定もないし、俺はゾンビウォッチングしてますから」




神崎さんは無線機に喋る仕事に戻り、俺はゾンビ観察の趣味に戻った。




しかしまあ・・・人間はどこに行ったのやら。


あ、そうだ。


御神楽高校ってこの近くだったよな。


たぶん車ですぐくらいの距離だったはずだ。


確かこっちの方角だったよな・・・


まだ時間に余裕はあるし、これが済んだら様子を見に行って見るのもいいかもしれないな。




そんな風に思った時だった。




先程の公園を挟んだ向かい側のビル。


その屋上に、人影を見つけた。




ゾンビかな?


そう思って単眼鏡の倍率を上げる。


うすぼんやりとしたその人影は、ゾンビには見えない。


灰色の上着に・・・ヘルメットをかぶってるな、たぶん。


あちらも双眼鏡を持っているように見える。




思わず手を振ると、あちらも片手を挙げてくれた。


おお!生存者だ!!


お、他にもいる。




「神崎さん!向かいのビルに生存者がいますよ!」




「本当ですか!?」




「ええ、今手を振ってくれてますよ!3人・・・います」




確認のためか、神崎さんが俺の横に来る。




「どこです?」




「俺の正面の黒いビルです!姫島産業って書いてある―――」




視界で、先程手を挙げた1人が。


何かをかついでこちらに向けた。




映画で見たことがある。




アレは。




まさか。






「神崎さんっ!!!!」






単眼鏡をしまいながら、傍らの神崎さんを抱きしめて走る。




「ひゃああああ!?そ、そんな、こんなところで!?」




うううすまん神崎さん、訴えないでくださいね!!


走りながら神崎さんの体を横抱きにし、反対側へまた走る。


その途中で背嚢をなんとか指に引っ掛け回収。


指が折れそうだが気にしている時間は、ない!!




早く、早く早く!!!


あそこまで!!!






「あいつら、バズーカ的なもの持ってます!!!」






背後で何かを発射する音が聞こえた。


俺に抱えられた神崎さんが、息を呑む気配がする。




「あ、あれは―――」




足元で、凄まじい爆発があった。


塔が揺れる。


視界が一瞬赤く染まる。




あいつら、階段を――!?




俺達狙いじゃなくてよかったが、そんなことを言っている場合じゃない!


もうすぐだ、もうすぐ―――!!




「がっ!?!?」




「田中野さんっ!?」




体が揺れた。


左肩に、熱した鉄を押し付けられたような激痛。


何かが、俺の体を貫通、した。




俺を見て目を見開く神崎さんの頬に、血が飛び散る。




「田中野さん!!!」




再度激痛。


今度は首が熱い。




「ぐうう!?がああああああああああああ!!!!!」




いっでえええええ!!


まただ畜生!?


今度はどこだ!?


もうわけがわからん!!




見えた!!!


テレビ塔とビルを繋ぐ扉が!!




俺は痛みを紛らわせるかのように、吠えながら思い切りその扉を蹴り飛ばした。


火事場の何とやらか。


扉は内側に大きくへこみ、倒れる。




「ぐううううああああああああああああああ!!!!」




倒れきるの待たずに、そのままビルへと飛び込んだ。


くっそ!!足も撃たれた!!!




急に明るい所から暗い所へ入ったので目が慣れていない。


が、正面にゾンビがいることはわかった。




蹴るか、と考えた瞬間。


ゾンビの頭部に穴が開いた。


神崎さんが拳銃で撃ってくれたようだ。




そのまま倒れ込むゾンビを蹴り、走る。


さっきのあいつらとは反対方向へ。




一歩踏み出す度に体のどこかに激痛が走り、意識が飛びそうになる。


神崎さんを下ろせばいいんだろうが、そんな暇はない。


またバズーカを撃たれたらヤバい。




廊下を走り、突き当りのドアをぶち破る。


『第七会議室』と書かれたそこへ俺たちが飛び込むのと同時に、背後から爆発音と熱風が襲い掛かってきた。




「っぐ!?」




何かに足を取られ、姿勢が崩れる。


咄嗟に神崎さんを離し、倒れ込むように床を転がり―――


部屋の反対側にある、でかいガラスに激突した。




さ、さすが高層階の窓・・・頑丈だぜ・・・割れたらどうしようかと思った。




銃声が聞こえる。


神崎さんがゾンビを撃っているようだ。


何かが倒れるような音がいくつか聞こえ、それきり静かになった。




扉を閉め、鍵をかける音がした。




芋虫のように這い、体を入り口に向ける。


ぐああ・・・どっか動かすと連動して全身が痛い。


死ぬほど痛いが腕も足も動く。


神経は大丈夫、だな。




「う、動かないでください!」




ヘルメットを脱ぎ捨て、血相を変えた神崎さんがこっちへ走ってくる。




「ご、ご無事でなにより・・・」




「田中野さんの、馬鹿!!馬鹿です!!」




ポロポロと涙を零しながら、神崎さんは俺を仰向けにした。


ああもう、そんな顔しないでくださいよ・・・


神崎さんは鼻をすすりながら、それでもテキパキと俺の服を脱がしていく。




「左足は破片による切創、右足は・・・」




ブツブツ呟きながら、背嚢から救急箱みたいなものを取り出す。




「ヘルメット、脱がせます・・・左側頭部、擦過銃創。左肩・・・貫通、銃創」




「っぐ!」




鎖骨の上あたりを押されると、視界がスパークした。


いってえ!!




「右頸部、擦過銃創・・・」






神崎さんはその後も泣きながら俺の治療をしてくれた。


あっという間に消毒して包帯を巻き、痛みも大分マシになってきた。


左足にはなんか破片が突き刺さっていたらしい。


さっき爆発した時だな。




「鎖骨の上以外は、それほどひどい傷ではありません」




「そ、そうですか・・・そいつはよかった」




「よくありませんっ!!!!」




胸倉を掴まれる。


すごく痛い。




「あなたは・・・あなたはいつも、いつだって・・・!!!」




いつかのように、神崎さんは俺の胸に顔を押し付けた。


仕方ないじゃん、体が動いちゃったんだからさ。


言ったらもっと怒られるから言わないけど。




「・・・ええ、ええ、田中野さんはそういう人ですからね、だからこれは・・・罰です」




神崎さんはそう言うと、開いたままの鎖骨の傷口へその唇を押し付けた。




えっ。




ちょっなにやっていっだあああああああああああああああああああああああ!?!?


吸わ・・・吸われとる!?


なななななな何してんのこの人!!




アッ駄目だ痛すぎて失神しそう!!!!!!!


視界が歪むゥ!?




「気絶してください・・・これから傷口を、焼いて止血します」




口元を真っ赤に染めた神崎さんが、泣きそうな顔をしている。


悪いなあ・・・と思いつつ、俺は意識を手放した。






「まったく・・・もう」




「・・・ありがとう、ございます」

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