第28話 ご近所探索と稽古のこと

ご近所探索と稽古のこと








「相変わらずいっぱいいるなあ・・・」




「ほうじゃのう」




「多い、めんどい」




俺たちはトラックの荷台からゾンビの群れを見ている。




「ま、とりあえず掃除しますかあ」




ぐるりと首を回しつつ、俺は兜割を抜いた。




時刻は昼すぎ。


ここは、原野の東側集落にあるスーパーの駐車場だ。






とりあえず拠点の補強を終えた翌日。


本格的に探索を再開する前に、俺は2つ計画を立てた。


まずは、原野の東側集落にあるスーパーから物資をいただく。


次に、硲谷にある適当なホームセンターを漁って拠点を防衛するものを探す。


以上!我ながらシンプルなもんである。


それで、拠点を再び安全区域に戻した後に龍宮へ向けて偵察再開だ。


七塚原先輩という最強カードを残すが、それでも後顧の憂いは断っておきたい。


斑鳩さん母娘は接近戦に弱いからな。


サクラはゾンビには襲われないはずだが・・・それでも用心に越したことはない。




というわけで、俺は懐かしの道場仲間とこうして探索に来たってわけだ。


ちなみに神崎さんはお留守番である。


可愛いふくれっ面をされたが、今回は許してほしい。


硲谷へは一緒に行ってもらうが、今日の所はね。


念入りに探したが、見落とした黒ゾンビがいないとも限らないし。






「で、どうするの田中?」




俺の肩に頭をのっけながら、後藤倫先輩が言う。


喋るたびにくすぐったいからやめていただきたい。


子供かあなたは。




「むーん・・・見た所ここには老人ゾンビしかいないっぽいんで、突っ込みましょうか」




「まあのう、特に策を弄する必要もなさそうじゃな」




「ん、単純明快」




話が早くて助かるなあ。


流石は南雲流脳筋3人衆。


ちなみに脳筋じゃないのは六帖先輩しかいないので、トータルで見れば南雲流はほぼ脳筋だ。


師匠?


脳筋の上に悪知恵が働いてしかも馬鹿みたいに強い。


カテゴリー的には化け物か妖怪になるかな?




高柳運送から乗って来た中型トラックの荷台から飛び降り、歩き出す。


スーパーの内部には、以前確認したのと同じようにゾンビがみっちり詰まっている。


ほぼ老人ゾンビだ。


奥の方に若いゾンビがちょっと見えるくらいだな。




「じゃ、行きますよ先輩方」




六尺棒を構える七塚原先輩と、自然体で拳を構える後藤倫先輩を振り返って・・・




「いやいやいや、後藤倫先輩!長巻は!?」




何で素手なのこの人!?


なんか総合格闘技とかで使いそうなグローブしか付けてねえぞ!?




「勿体ない。おじいちゃんおばあちゃん程度ならこれでいい」




「・・・さいですか」




諦めよう。


っていうかこの人は俺より強いし。




「はいはい・・・行きますよぉ」




嘆息しながら兜割を持ち上げ、横に停車している高級国産車に向けて振り下ろす。


ボンネットが盛大にひしゃげ、一拍置いてけたたましい盗難防止アラームが鳴り響く。




「アアアアアアアアア!」「ゴオオオオオオ!!」「アガアアアアアアアアアアアアア!!!」




それに気づいた店内のゾンビが、俺たちに向けて一斉に走り・・・歩き出す。


おお・・・古き良きゾンビ映画めいた光景だ。


最近のは普通に走るからなあ・・・


アホなことを考えつつ、先輩方と等間隔に散らばる。


破片とか飛んできそうだから、気持ち七塚原先輩とは距離を長めに取った。




数少ない若者ゾンビが、雄たけびを上げながら老人ゾンビを追い越して走ってくる。


おお、新旧ゾンビ映画のお約束が同居している・・・!


テンション上が・・・らないなぁあんまり。




俺を標的と定めたか、店員の格好をした同年代くらいのゾンビがダッシュしてくる。


・・・黒ゾンビのせいで忘れかけてたけど、ここらの若ゾンビは微妙に強いんだよな。


油断大敵だ。


多少の傷で済むかもしれない人間相手と比べ、ゾンビはかすり傷でも命取りになる・・・かもしれん。


正直、どれくらい噛まれればゾンビになるかなんてわからないし、試すつもりもない。




軽く息を吐き、兜割を上段に構える。




「ぬんっ!!」「アゴッ・・・」




飛び込んできたゾンビに真っ向から振り下ろす。


頭頂部に命中した兜割が、そいつの首から両目を飛び出させつつ胴体にめり込ませる。


うし、クリーンヒット!




倒れるゾンビの陰から走り出てくるゾンビを視認しつつ、兜割を引き脇構え。




「っし!あぁっ!!」




踏み込みながら胴体に一撃、動きが止まった所にすかさず突きを入れる。


喉ぼとけにめり込んだ兜割から、ばぎりと手に伝わる感触。


首の骨を砕いた!




「しゃあ!」




体当たりして後方の一体にぶつける。


体勢を崩した新手のゾンビに、またも大上段からの振り下ろし。


額を陥没させ、脳に打撃を与えた。


びくりと痙攣し、大地に沈むゾンビ。




・・・どうやら俺の方の若ゾンビはこれで最後のようだ。


息を吐きながら正眼に構え、ゆっくり迫る老人ゾンビたちを見据える。


さあて、数だけは多いぞ。




「ッ!!」




ぼ、と物騒な音が横から聞こえた。


目線だけ動かすと、丁度後藤倫先輩の上段蹴りがゾンビの喉に突き刺さるのが見えた。


後方にあり得ないほど折れ曲がった首を垂らし、ゾンビは吹っ飛んだ。


・・・一撃で首をへし折ってる・・・こわぁ・・・




「ふん!!!!」




どぐちゃ、という何とも言えない音が聞こえた。


恐る恐る見ると、七塚原先輩の六尺棒がゾンビの肩の辺りから肋骨を砕きつつ胴体の中ほどまでめり込むのが見えた。


・・・なんだあれ、怖いとかいうレベルじゃねえ・・・


スーパーロボットかな?




先輩方は心配するだけ損だな、うん。




「失敗した。田中田中、むっちゃ疲れる・・・やっぱり長巻いる」




「アホですか先輩」




「アホじゃない、金玉潰すぞ」




「許してくださいごめんなさい」




脅し文句が怖すぎる後藤倫先輩に謝罪しつつ、萎えた気持ちを奮い立たせる。


金玉とか言わないの妙齢の女子が。


しかし歩くのおっそいなあ、老人ゾンビ。






「・・・なんか、凄い罪悪感が・・・」




「弱いものイジメの気分」




「こないだの黒いのとは別の意味で強敵じゃなあ・・・」




俺たちの周囲には、老人ゾンビの死体?が並んでいる。


数だけは多かったが、大したことはなかった。


だが・・・




「なんつーかこう、老人虐待をしているような・・・」




力も弱いし動きも遅い、声も張りがなく音量もない。


楽勝の相手だが、殴れば殴るほど精神がすり減っていく気がした。


相手はゾンビなんだから同情をするつもりはない・・・ないが。


なんとも後味が悪い。


できれば、老人ゾンビの相手はしたくないなあ・・・




「・・・まあ、気を取り直して物色しましょ。車回してきますわ」




「・・・ん」




「・・・おう」




切ない気持ちに見切りをつけ、スーパーを見据える。


まだ内部に半身ゾンビが残っているかもしれないので油断はできんが・・・




「スカベンジの時間だあああああああああああああああ!!!!!!」




「キッッモ」




やめてくれませんかねえテンションにサイドブレーキ引くの!?






バックヤードに至るまで『掃除』して店内をウッキウキで歩く。


俺たちはそれぞれに籠を入れたカートを押している。




「とりあえず、保存食は全回収で」




「ん、了解」




「全品100%オフじゃけぇな、買わにゃあ損じゃのう!」




なんだかんだ言いながら先輩方も楽しそうだ。


さてと、根こそぎ持って帰るかな。


ここにはもう生きた住人はいないっぽいし。


残していっても無駄になるだけだ。


いざ、出陣!




ホクホク気分で店内を歩く。




さーてと、まずは何にしよっかなあ。


お、乾燥野菜コーナー。


生鮮野菜に比べて栄養価は劣るだろうが、ないよりはマシである。


それに、今度ホームセンターに行ったときに種を回収しなきゃな。


高柳運送の敷地は広い。


近所の田んぼ・・・もちろんどこかの誰かを埋めた所以外から土をもらってきて、畑を作るのもいいかもしれない。




いや待て、俺は一体どれくらいの長期間をあそこで過ごす気なんだ・・・?


・・・やめておこう。


この問題を考え出すと俺の精神に悪影響を及ぼしかねない。


乾燥ネギを籠に入れながら、俺はその考えを黙殺した。




しかし、ゾンビまみれになってたからかほぼ手付かずで残ってるなあ。


このコーナーだけでも何往復かしないといけないな。




『ご自由にお使いください』コーナーの段ボールに乾燥野菜を入れ、トラックの荷台に載せる。


お、先輩方も同じようにやってたみたいだ。


いくつかの段ボールが見える。


俺もどんどん回収しないとな。




乾物コーナーを空にし、隣の列へ移動する。


ここはインスタント食品のコーナーだ。


レトルトパックをドシャドシャ回収する。


カレーは偉大だよな・・・どんなコメでも美味く食えるし。


スパゲッティとソース類も回収していく。


うどんも蕎麦もだ。




これが済んだら隣のインスタントラーメン類を・・・と思ったら、七塚原先輩があたかも業者のように回収しているのが見える。


あっちは任せようか。




「田中、田中」




後藤倫先輩だ。


どうしたんだろ・・・なんですかその手に持った謎の液体パックは。




「アイスは賞味期限がないって聞いた・・・いける?」




アイスの成れの果てかこれ・・・


よく見れば、バニラアイスの残骸っぽいものがシャバシャバしているのが確認できる。




「いやあ、アレは冷凍しとけばってことなんで・・・一回常温に戻っちゃうと・・・」




真空パックのアイスならいけるのかな?


ううむ、さすがにそこまではわからん。




「むう、リスクがあるなら諦める・・・」




まるで子供の様に悔しそうな顔である。


なんかかわいそうになってきたなあ。


ふと視界にあるものが見えた。




「あーでも、これならいけるんじゃないですかね?粉末ですし」




『アイスの素』と書かれた商品を手に取る。


牛乳を入れるだけでアイスになります的な説明文が添えられているな。




「牛乳は・・・たぶん粉ミルクとかで代用できるんじゃないk」




「田中、天才!」




目を輝かせた後藤倫先輩はとんでもない勢いで在庫をかき集めている。


・・・好きなのかな、アイス。


璃子ちゃんや美玖ちゃんも喜んでもらえるかなあ。


今度は俺も探してみよう。




「田中!それと冷凍庫探そう!ホームセンターで!!」




「はいはい、わかりましたよ」




いつもの無表情はどこへやら。


まるで小学生である。




その様子に微笑ましく感じながら、俺は再び回収作業に戻った。






いやあ、田舎のスーパーでも色々あったなあ。


田舎のスーパーだからこそ、そうなのかもしれないが。




「壮観ですなあ」




「おう、これならしばらくは大丈夫そうじゃのう」




「・・・アイスの素、少なかった」




荷台にみちみちと詰め込まれた戦利品を眺める俺たち。


後藤倫先輩だけが寂しそうである。


・・・あのねえ、これだけあれば十分でしょ。


アイス工場でも作る気なのか、先輩は。




「まあまあ、スーパーはここだけじゃないですしね」




七塚原先輩が物色した西側集落のスーパーもまだ残ってるし。




「でも、羊羹は大量・・・嬉しい」




あ、この茶色が詰まった段ボールは全部羊羹なのか。


むーん・・・たしか羊羹はかなり長持ちする食品だ。


蜂蜜とかもそうだけど。


やはり先輩も甘味が好きな女の子だってことだなあ。




「何その目・・・潰すぞ」




「やめてください」




反応が一々物騒でござるよ。


うっかり慈愛の目線も送れそうにない。




「じゃ、帰りましょうか」




「のう、田中野・・・わしゃどこに座ればええかいの」




「・・・あ!」




行きは楽々だったが、現状は荷台はパンパンだ。


七塚原先輩のわがままオリハルコンボディを詰め込める隙間は、ない。


仕方ない、俺が荷台になんとか入るか・・・




「羊羹潰したら潰す」




「・・・善処します」




潰れてても食えるからいいじゃん!








「うわー!すっごおい!大量だぁ!!・・・おじさん大丈夫?」




「ただいま・・・なんとかね」




高柳運送に着くと、すぐに駆け寄ってきた璃子ちゃんが荷台を見て目を輝かせる。


そして、段ボールの隙間で〇イキのマークみたいな状態になっている俺を見て目を曇らせた。




「ぷ・・・ぷふふ!」




後藤倫先輩が俺の状態を見て肩を震わせている。


顔が真っ赤だ。


仕方ないでしょ振動でじわじわ沈んで身動き取れなくなったんだから!




「見てないで助けてくださいよ」




「ぷひゅ・・・さ、3時間くらい放置したい」




鬼だ、鬼がいる。


この人にはもう何も期待しない。




「助けて神崎さぁん!!」




それか七塚原先輩!!




即座に走る足音が聞こえ、誰かが荷台に飛び上がって来た。


おお、早い。




「・・・ぷ、ふ・・・!!!お、おまかしぇくだしゃい・・・!!」




・・・ブルータスお前もか!!




顔を真っ赤にしている神崎さんに引っ張り上げられ、俺はやっと自由になった。


笑いをこらえ過ぎたのか、小刻みに振動する神崎さんが少し面白かったのは内緒である。




サクラを除く全員で戦利品を運び、一息つく。


さしあたって必要そうなものは社屋に運び込み、大半の保存食は倉庫へ入れた。


乱暴な計算だが、とりあえずこれだけあれば2、3カ月は大丈夫だろう。


だがこの先何があるかわからないので、これからも保存がきくものは積極的に探すとしようか。






「ちょっと調子に乗って歩きすぎたなあ、ごめんなサクラ」




「きゅん!」




胸のポシェットにインしたサクラを撫でると、彼女は可愛く鳴いた。


晩飯にはまだ早い時間帯だったのでサクラと散歩に行ったものの、景色がいいのとゾンビがいないので結構長く歩いてしまった。


流石に疲れた様子だったので、帰りはこうしたわけだ。


サクラは大変楽しそうなので結果オーライではあるが。




いやあ、それにしても田舎最高。


空気も美味しいしゾンビも少ないし。


どうしよう、どんどん龍宮に行く気持ちが萎んでいく・・・




そんなことを考えながら重くなった正門を開き、帰宅。


すると、目の前の光景が飛び込んできた。




駐車場で、神崎さんと後藤倫先輩が向かい合って構えている。


両方素手だ。


・・・どゆこと?




「おっかえりー!おじさん、サクラちゃん!」




とてとてと璃子ちゃんが歩いてくる。


サクラを地面に下ろすと、喜んで纏わりつきに行った。




「ただいま璃子ちゃん、あそこの2人はなにしてんの?」




「わふ!わふ!」




「サクラちゃんもこふわ~!・・・なんかね、お稽古だって」




サクラを抱っこしながら璃子ちゃんが言う。


お稽古?




「凛おねーさんがね、綾おねーさんに頼んだらしいよ?」




ふむ、なるほど。


そういうわけか。


後藤倫先輩が進んで稽古をつけるとも思えないしなあ。


それにしても神崎さん、勉強熱心だ。


俺も見学させてもらおう。




愛車の荷台に座り、煙草に火を点ける。


俺のライター音がきっかけになったのか、神崎さんが動いた。




「行きますっ・・・!」




「言わなくてもいい」




素早く踏み込んだ神崎さんが、予備動作の少ないローキックを放つ。


速くて鋭いそれを、後藤倫先輩はさらに踏み込んで威力を殺しながら膝で受けた。


打点をずらすの、相変わらずうめえなあ。




「っし!」




蹴りを防がれたのは予想通りのようで、神崎さんはそのまま右ストレート。




「浅い、だめ」




牽制のストレートに左手を添えつつ、後藤倫先輩の上体がブレる。




「っっっ!?」




左手で神崎さんの右手を引いた勢いを乗せ、掌の形になった後藤倫先輩の右手が彼女の鳩尾にカウンターで叩き込まれる。


後方に跳ぼうにも、左手を掴まれていては衝撃の殺しようもない。


もろにカウンターを喰らった神崎さんは、苦しそうな顔で息を吐き出した。




・・・よし、ちゃんと手加減してるな先輩は。


実戦なら拳か肘がめり込んでるところだ。


アレなら無茶苦茶痛いだけで済む。


俺もよくやられたなあ・・・




「まだやる?」




「・・・ええ、やります!」




2人は再び距離を離して構える。


神崎さんは・・・拳を顔の前に。


ボクシングっぽいな。


今度は蹴り主体じゃないのか。




後藤倫先輩は、少し膝を折り、半身になって両手を手首の辺りで軽く交差させている。。


・・・おいおいおい、そいつは・・・




「はは、『千鳥ちどり』かいや。やる気じゃのう、後藤倫は」




「手は握ってないから稽古仕様でしょうけど・・・大丈夫かなあ、神崎さん」




いつの間にか軽トラの横にいた七塚原先輩が楽しそうに言う。






南雲流、徒手の型『千鳥』




後藤倫先輩が一番得意なもの。


以前俺が使った『翡翠』と違い、カウンター主体ではなく超攻撃型の構え。






後藤倫先輩の構えが変わったことで、神崎さんは警戒した様子だ。


駄目だ、守りに入ったら何もできないぞ。


元となった鳥のように、その構えから繰り出されるのは・・・




後藤倫先輩がぬるりと動く。


重心移動を主体とした、地面を滑るような動きだ。


速度は速いが、上下のブレがないため相対しているとタイミングがとり辛い。




それに呼応するように、神崎さんが踏み出す。


こちらも同じようにゆらりと。


構えはボクシングだが、あの歩法は・・・合気道か?




「ッチ!」




名の由来でもある独特の発声に合わせ、後藤倫先輩の手がブレる。


まるで棒でも振り回すような、ぼ、という風切り音が響く。




「っし!」




ゆるく握られた神崎さんの拳が、迎撃するように放たれる。


こちらも同じくらいの風切り音。




一打必倒の間合いで、足を止めたまま打ち合う2人。


うわあ・・・よくやるよ、まったく。




お互いに左右の連打で牽制の応酬だ。


パパパ、と短い間隔で拳打を弾き合っている。




神崎さんのパンチも速い。


が、この状態からの後藤倫先輩はとんでもない。




じりじり、じりじりと。


神崎さんの連打より後藤倫先輩の連打が多くなっていく。


無呼吸による連打の応酬・・・2人ともすごい肺活量だなあ。




神崎さんの顔に驚愕の色が浮かび上がってくる。


・・・まだ回転数が上がるのか、後藤倫先輩。


均衡は破られつつある。




その時、後藤倫先輩の連打が一瞬遅くなった。




それを勝機と見たか、神崎さんが無理やり回転数を上げた。


ここで決めるつもりか。




神崎さんが左ジャブの2連撃に続き、本命の右ストレート。


弓のように右手が引き絞られたその時。




後藤倫先輩の口元が、微かに緩むのが見えた。




「ごっ!?あ・・・っ!?」




一瞬にして先程の倍以上に増えた連撃が、神崎さんの胸の中央・鳩尾・喉に叩き込まれた。






南雲流徒手、『雷迅突らいじんとつ・重かさね』






本来は様々な握りで急所を叩く技だが・・・掌での打突でも、威力は十分。


後方に大きく仰け反った神崎さんが尻もちをつき、激しくせき込む。


喉が一番しんどいんだよなあ、あれ。




「それまで!」




七塚原先輩が叫ぶ。




「動きは速いけど、フェイントのことも考えないと駄目」




せき込む神崎さんに、後藤倫先輩が告げる。




「こほっ!こほっ!・・・ご、ご指導、ありがとうございます」




「前にも言ったけど、攻めが素直すぎる。もっと田中みたいに性格を悪くしないと」




おいなんだそれは。




「た、田中野さん、みたいに・・・はいっ!!」




なんでちょっと嬉しそうなんですか神崎さん。


駄目ですよ!?俺みたいになっちゃあ・・・ん?なんか釈然としないな?




いやあ、それにしても短いが迫力のある立ち回りだった。


夕食前にいいもの見れたなあ。




「わしらも、やろうや」




肩に七塚原先輩の手が置かれた。


・・・どうやら見ているうちにテンションが上がってきたらしいな。


ほんと、ウォーモンガーが多くて困るぜよ・・・






なお、その後の稽古でボッコボコにされたことをここに記しておく。


・・・胴体が吹き飛ぶかと思った・・・

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