第65話 小休止とこの先のこと

小休止とこの先のこと








「・・・よく知ってる天井だ」




目覚めると、やけに体が重い。


うーん・・・あれ?俺なんで寝てるんだ?


えーと、桜井さんたちを俺の家で引き合わせて・・・ダメだ、上手く考えがまとまらない。




頭がぼうっとする。


熱っぽいし、体の節々も痛い。


・・・うん、風邪だなこれは。




なんだかよくわからんが、このまま起きていても良くはならんだろう。


何故だか枕元に置かれていたスポーツドリンクを飲み、さっさと寝ることにした。


う~ん、やはり俺のベッドは最高・・・なんかいい匂いするし・・・おやすみなしあ・・・








これは夢だろう。


何故なら目の前にいる奴らは、どいつもこいつも俺がぶち殺した奴らだからだ。


そいつらは口々に俺に恨み言を言い、血まみれの体で俺に縋り付いてくる。




『お前のせいだ』『よくも殺したな』『痛い・・・苦しい』『恨めしい・・・』




「・・・は?」




とりあえず手近な1匹に正拳をぶち込んで引き剥がす。


両腕が自由になったので、もう1匹も同じようにぶっ飛ばした。




「知るかよ馬鹿タレ共、自業自得だろうが?」




蹴りをぶちこみ、肘を落とし。


喉を握って折り、踵を脳天に落とし。


目突きを入れ、股間を蹴り上げ。




縋り付く亡者を残らず引き離した。




「殺しに来た奴らをぶち殺して、何が悪いってんだ!アァン!?てめえらまとめてもう1回ぶち殺してやらあ!!!」




いつの間にか腰に差さっていた愛刀を引き抜き、亡者の群れに飛び込んだ。








目が覚めた。


ホラな、やっぱり夢だ。


部屋は真っ暗である。


・・・夜か。


多少はよくなったが、まだ駄目だな。


・・・汗をかいて体が気持ち悪い。


何故か用意されていた服に着替え、再び寝ることにする。






おはよう俺!


外はすっかり明るくなっている。


寝たおかげか体調もすこぶるいい!


やはり風邪の時は寝るに限るな・・・




本調子になったからか、考えがまとまるようになってきた。


美玖ちゃんと桜井さんが幸せそうにしているのを見て、寝てしまったようだ。




俺も気付いていない疲れが、一気に吹き出したのだろう。


・・・桜井さんがここまで運んでくれたのかな?


でもあの左手じゃ無理だよなあ・・・


美沙姉・・・は何となく違うっぽいな。




となると、やはり神崎さんか。


いつもいつも世話になるなあ。


たまには恩返ししないとなあ。




うおっ!?




・・・少し開いた扉から誰かが覗いている。


ビビったぁ・・・


心霊現象かと思った・・・


幽霊だけはぶん殴っても倒せそうにないから苦手だ。




「おや、そこにいるのは一体誰かなあ?」




「・・・おじさん、だいじょぶ?」




心配そうな美玖ちゃんの声が聞こえる。




「だーいじょぶだいじょぶ、ただの風邪だよお?もう治った治った。おはよう、美玖ちゃん」




「おはよう、おじさん!・・・はいってもいーい?」




うーん・・・一応換気しとくかな。


美玖ちゃんに待つように言って窓を全開にする。


吹き込んでくる風が心地いい。


さて、これでいいかな・・・


いや待て!なんかヤバいもの出しっぱなしにしてないよな!?


・・・大丈夫だ、漫画くらいしかない。




「どうぞー」




「おじゃましまーす!」




とてとて歩いてきて、ベッドにちょこんと腰掛ける美玖ちゃん。




「む~っ!」




急に抱き着いてきた。




「どうしたどうした、朝から甘えんぼさんだなあ」




「きのう、おじさんねちゃったからいえなかったけど・・・パパ、みつけてくれてありがとう!」




目じりに少し涙を浮かべながら、美玖ちゃんが俺の胸にぐりぐりと顔を押し付けてくる。


くすぐったい。




「いいんだよ、気にしなくて。でも、ごめんな?パパの手、怪我させちゃって・・・」




乱暴に頭を撫でながら謝る。


結果はよかったとは言え、一歩間違えれば大惨事だった。




「いいの!パパ、いってた。おじさんとりんおねーさんがいなかったらかえってこれなかったって・・・」




・・・神崎さんの比重がだいぶデカいけどなあ。


まあ、感謝は甘んじて受けておこう。




「だから、ありがとう!おじさん!!」




「・・・はい、どういたしまして!」




抱き着いている美玖ちゃんを持ち上げ、小脇に抱える。




「よーし!じゃあ朝ごはんにしよう!おじさんお腹ぺっこぺこ!!」




「美玖も!」




「いっくぞーい!」




「あははははは!わーい!!」




そのまま階段を駆け下り・・・あがあ!?小指ぶつけたァ!?


・・・階段はゆっくり下りた。


危ないからね。






「おはよう一太、風邪はもういいの?・・・顔色悪いけど」




「お・・・おはよ・・・いやこれは別口だから・・・だいじょぶ・・・」




美玖ちゃんを下ろし、居間のソファーでくつろいでいる美沙姉に声を掛ける。


残りの2人はどこだろう?




「桜井さんと神崎さんは?」




「あっくんはまだ寝てるわね。凜ちゃんは洗濯ものを干してる・・・そうだアンタ、お礼言っときなさいよ?ベッドに運んだのも、着替え用意したのも凜ちゃんなんだから」




おおう・・・やはりそうか。


どんどん頭が上がらなくなるなあ。




「ちなみに美沙姉は?」




「さっき起きたわ!」




「なるほど」




まあ、美沙姉も旦那と再会できて一気に疲れが出たんだろうなあ。


桜井さんも病み上がりだし、ゆっくりしてもらおう。


とりあえず神崎さんに挨拶しておくかな。






「おはようございます、神崎さん。昨日は随分とお世話になったみたいで・・・ありがとうございます」




「おはようございます田中野さん。お気になさらず、体はもういいのですか?」




洗濯籠を抱えた神崎さんが、ベランダの物干し台の前にいた。


なんだろう、家庭的なのにすごく戦闘力が高そうに見える。


だって迷彩服着てるし。




「とりあえず、飯にしますか。ちょっとそこの公民館で調達してきます」




「公民館・・・ですか?」




「ええ、緊急避難場所兼食糧庫兼俺の別荘です」




怪訝な顔の神崎さんを残し、公民館へ向かう。






裏口の鍵を開け、内部へ。


・・・やっぱりここらへんは空白地帯なんだろうか。


今に至るまで、坂下のオッサン以外と遭遇していないもんなあ。


まあ、何度も言うけど油断は禁物だ。


もうこれ以上デカい傷が増えるのは嫌だし。




地下への扉を開け、倉庫へ下りる。


賞味期限が近いものを持っていこう。


何にしようかなあ・・・お、うどんの乾麺がそろそろ切れそうだな。


こっちに確か・・・あったあった乾燥ネギ。


よし、ざるうどんにしよう。


めんつゆは大量に確保しているし、井戸水がじゃんじゃん使えるからもってこいだ。


量は・・・ええいめんどくさい、8人分にしよう。


桜井さんと俺が食いまくればいいんじゃ。


あの人どう見ても滅茶苦茶食いそうだし。




ついでに、公民館に置いてある炊き出し用のデカい鍋も持って帰ろう。




ウキウキで帰宅し、カセットコンロを引っ張り出す。


今まで使っていなかった大型タイプのものだ。


家族で鍋物をする時に使っていたものだが、今となっては無用の長物だからな。


俺一人なら小さいもので事足りるし。




「おじさん、なにつくるの?」




カチャカチャと用意していると、美玖ちゃんが寄ってきた。




「ざるうどんだよ~。・・・あっ美玖ちゃんネギとか食べられるかな?」




「美玖、すききらいないよ!」




なんといい子だ。


美沙姉の・・・桜井さんの躾がよかったのかな。


まあ、万が一と言うこともあるので美沙姉にアレルギーの有無を確認。


大丈夫なようでよかった。




「んしょ、んしょ」




「うまいうまい、将来はうどん屋さんになれるなあ。ヤケドしないようにね」




「えへー、はぁい」




何か手伝いたいと言うので、鍋に入れたうどんが引っ付かないように掻き回してもらうことにした。


焼肉用の長いトングが意外と便利なんだよな、長箸より役に立つ。




横目で美玖ちゃんを見つつ、井戸水をボトルに入れてめんつゆを薄める。


えーと、4倍濃縮だから・・・こんなもんか。


乾燥ネギを適当に入れてふやかしておく。


よし、完成。


楽でいいや。




ゆであがったうどんを鍋ごと持ち上げ、ザルに開ける。


これは熱くて危ないので俺がやった。


その後は、ひたすら井戸水を熱々のうどんにかけてしめる。


キンキンに冷えている井戸水だから、氷はいらないので楽だ。




ザルの下に皿を敷き、テーブルの中央に置いたら出来上がりだ。




「よっしゃ!完成~!」




「うわぁ!おいしそう!」




「お腹空いた~・・・おっ!手際がいいわね一太、あっくん呼んでくる!」




神崎さんと桜井さんも座り、全員そろった。


それでは皆さん手を合わせて・・・




「「「いただきます!」」」




ん~丁度いいコシだ、うまい。




「おいしい!おじさん、おいしいよ!」




「久しぶりに食べるから余計においしいわぁ、父さんは蕎麦派だし」




「井戸水のおかげかなあ、冷たいものなんて久しぶりだよ」




「8人分くらい茹でたんで、どんどん食べてくださいね。しかし薬味がない・・・おっちゃんのとこからワサビ分けてもらおうかな・・・」




「おいしいです、田中野さん」




時々話しながらうどんを啜る。


気心の知れた大人数で飯を食う。


たまにはいいもんだな。




え?避難所?


気心の知れてない人が多いから嫌だ。






「もう・・・たべられにゃい・・・」




食事が終わってしばらく後。


お腹をぽんぽこにした美玖ちゃんが眠ってしまったので、両親の寝室に運んでタオルケットをかけておく。




居間に戻るとみんな思い思いに過ごしていた。


おっと、そうだ丁度いい。




「なあ、美沙姉に桜井さん、ちょっと話があるんだが・・・」




この前神崎さんに聞いたことを話す。


俺がやっかまれているってことだ。


このままだと面倒なことになるかもしれないから、いっそ避難所から出たがいいかもしれないということ。


できれば、モンドのおっちゃんの家がいいと思うこと。


・・・あそこは家も広いし畑もある、山水もあるし・・・


なにより、モンドのおっちゃんという超絶武闘派がいるしな。


ゾンビの10体や20体は相手にならんだろう。




「美沙、僕もそう思うよ。避難所で一家全員が揃っているの、恐らく僕たちだけだろう?・・・お義父さんたちには悪いけど、お世話になろう」




桜井さんは、以前の反応もあって賛成のようだ。




「田中野くんのやったことは、素晴らしいことなんだし、感謝してもしきれないんだけど・・・当事者以外からしたら、見せつけられているように感じる人もいるんだろうね」




そこらへん、俺には実感がわかないんだよなあ。


家族が気になるなら自分で動けばいいんだし・・・


まあ、それは俺が『動ける』人間だからなんだろうな。


ゾンビや暴徒の相手なんて死んでも嫌だ、っていう人間もいるんだろうし。






「うん、じゃあ今日にでも引っ越そっか」




美沙姉、軽っ!?




「美玖がいるんだから、お父さんもお母さんも反対なんてしないでしょ。あっくんも気に入られてるし」




あっそうなんだ・・・




「そうよ?・・・それに、最近やたら一太に話をつないでくれって言う人が多くて辟易してたしね。家族を探してほしいとかさあ」




うわ、やっぱりそっちにもそういう手合いがいたか。




「自分で頼め!ってずっと突っぱねてたけど、最近なーんか嫌な目付きで見られることが増えてきてさあ。」




よかった。


このタイミングで話しておいて。


この上旦那まで見つかりました!ってことが知られたらいよいよ何が起こるかわからんからな・・・


美沙姉は強いからいいけど、もし美玖ちゃんになんかあったら困るしな・・・




とにかく、これで問題は一つ解決しそうだな。


残る問題は一つ。




「あとは由紀子ちゃんと雄鹿原さんか・・・」




2人も最早俺の関係者みたいなもんだし、この先のことを考えると外に出した方がいい。


っていうか美沙姉にまで話が行っているんだ、あの2人にも俺に用のある人間が何か接触しているはずだ。


神崎さんに口をきいてもらって、秋月町の病院で面倒を見てもらうか・・・


それとも、隣の家に住んでもらって俺が面倒を見るか・・・




あっ!?それだとオッサンのこと言わなきゃ・・・いや、そろそろ頃合いかなあ。






「いや、ウチに住んでもらえばいいじゃん」




「・・・えっ?」




「あれでしょ?ポニテで巨乳の美人な子と小動物みたいな可愛い子でしょ?別にいいわよあの2人なら」




急に美沙姉がとんでもないことを言いだした。




「美紀の部屋も余ってるし・・・美玖が凄くなついてるもん、悪い子じゃないでしょ?アンタがそうやって気に掛けるくらいだし」




「そりゃ・・・そうしてもらえればいいけど、でも、いいの?おっちゃんとおばちゃんは?」




「大丈夫だと思うけどねえ・・・よし、なら早速聞きに行きましょ!凜ちゃんとあっくんはここで美玖と待っててね!」




そう言うと美沙姉は立ち上がり、俺の腕を掴んで立たせる。




「ホラホラ、善は急げってね!早く用意して行くわよ!」




「え?ええ~?」




あれよあれよという間に出発することになった。








「かまわねえぞ別に」




「お嬢ちゃん達の準備ができたら、すぐに連れてきていいのよ?」




「ほらね」




「うっそだろぉ!?」




これである。


店に着き、挨拶もそこそこに美沙姉がさっきの話をしたところ、まさかのほぼ即決である。


勿論、坂下さんや美玖ちゃんがここに住むことについてもだ。




「あの嬢ちゃん達は俺も何回か話したことがある。礼儀もしっかりしてるし、美玖も懐いてるしな」




「いい子たちだったわねえ。それに、この先避難所が変なことになりそうなんでしょ?じゃあなおさら連れて来なさいな、女の子だもの・・・何かあったら大変よ?」




懐が・・・懐がデカすぎるよこの人たち。




「ここは元々俺の親やら兄弟やら12人で暮らしてた家だしよ。今更4人ばかし増えたところでどうってことねえよ」




「敦君がいるなら、怪我が治った後畑も大きくできるしねえ。水にも困ってないし、電気は一朗太ちゃんのおかげで大丈夫だし」




「それによ、水くせえじゃねえかボウズ」




おっちゃんが俺の頭にげんこつを軽く落としてくる。


地味に痛い。




「俺の孫も、娘も、義理の息子も・・・全員助けた癖によお?それくらいの頼み事ならいっくらでも聞いてやるぜ?俺ぁ・・・。でっかい恩がこっちにはあるんだ」




・・・乱暴だけど、相変わらず優しいなあ。


そう言ってもらえると、こっちの気も楽になる。


ふと気付くと、美沙姉がこちらを見ていた。




「ま、父さんが嫌だって言ってもアタシが許したけどね。一太に恩があるのはアタシも同じだし」




「そうそう、私もよ。・・・あ、一朗太ちゃんがここに住んでもいいのよ?ホラ、あの自衛隊の綺麗な人も一緒に」




「おう、そうだそうだついでにお前もここに住んじまえ!」




・・・ちょっと待ってなぜそこで神崎さんが出てくる!?


違うの!俺たちはそういうんじゃないの!


頼れる相棒なの!・・・向こうもそう思ってくれてるといいなあ。




あと、俺は嫌だよ家があるのに!


ここの人たちは好きだけど、それとこれとは問題が違うの!!




・・・まあいい、これで後顧の憂いは断たれたな。




それでは美沙姉じゃないが善は急げ。


早速引っ越し大作戦といこう!!




・・・おっと、その前に由紀子ちゃん達の意見も聞いておかないとな。


美沙姉も美玖ちゃんも持っていきたいものとかもあるだろうし、今日は避難所に泊まるかな。

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