第26話 立派な警官のこと

立派な警官のこと








『・・・そして、輝く未来をもたらすのだ。』




『感謝せよォ!!偉大な王と、300の戦士たちに!!!』




『勝利へ進め!!!!!!』




画面の中で、筋骨隆々の戦士たちがマントを翻し、こちらに向け突撃をしてくる。


そしてそのままエンドロールが流れた。




いいよなあこれ!!


俺の好きな突撃シーンベスト1だわ。


ちなみにベスト2はスコットランド独立の英雄の伝記映画のラスト。


あの雄叫びと共に空を舞う大剣・・・ウルっとくるよなあ。






コンビニで大暴れした翌日。


俺はいつものように映画鑑賞としゃれこんでいた。




昨日は少し落ち込んだが、今になってよくよく考えるとあのコンビニはおかしい。




俺が煙草を物色している時は放置しておいて、帰る間際になってあの対応。


荒事に手慣れている様子の店員2人。


もしかして、わざと盗ませておいて多大な賠償を求めるタイプの場所だったのかもしれん。


あのまま言うとおりにしておいたら、車どころか荷物も命も全部取られる勢いだったしな。


初めから賠償が目的だった可能性があるな。


あそこは『餌場』か?




・・・う~ん、だんだんと治安が悪くなってきているな。


これからも悪くなりはすれど、良くなることは中々ないだろうなあ。


警察なり自衛隊なりがゾンビを一掃して、以前の状態に戻るまでは。


自宅の要塞化を厳重にすべきか・・・?




そういえば、ゾンビって何故か腐らないんだよな。


じゃあ、殺さない限り永遠にあのままだったりするのか・・・?


飢え死にとかするんだろうかあいつら?


時間がたってもあのままだとすると、掃討はかなり大変になるな・・・




まあ、俺が考えてもどうしようもないな!


がんばれ自衛隊とか警察のえらいひと!!






昨日よかったことと言えば、あの即席棒手裏剣だ。


思った通り、牽制にはかなり使える。


近距離では中々便利な武器だな。


音がしないのがいい。


慣れればもっと速く投げられるし、もっと速く飛ばすこともできるだろう。


元はいくらでもある鉄の棒なので、落としたりしても惜しくないしな。


素人に奪われても使いこなせるとは思えない。




あれ?俺ひょっとして天才では?




とりあえず、時間があるときにある程度の数をこさえておこう。




現状で俺が用意できる飛び道具の中では一番だな。


複雑な形の手裏剣はグラインダーとか大掛かりな工具が必要になるし、弓なんかはかさばる上に練習が必要だ。


ボウガンに至っては作り方すらわからん。


あれば便利なんだろうけどなあ。




前にも言ったが銃は論外。


この国では入手方法が限られすぎている。


持つことはないだろう。




・・・いや待て、そういえば交番に銃の保管庫があるって聞いたことがあるぞ。


それに、警官がゾンビになってウロウロしている可能性もある。




俺個人としては全く魅力を感じないが、ヤバいタイプの奴らの手に渡ると大変なことになる。


基地外に刃物でも恐ろしいのに、基地外に拳銃となると大惨事必至だ。




・・・探索中にもし見つけたら、回収して宮田さんに預けよう。


この町の治安のために。






めんどくさいことに、一端気になり始めると拳銃のことが頭から離れない。


ゴロゴロしていたかったが、思い立ったら吉日って言うしな。


そんなわけで、俺は近所の交番にやって来ていた。


とりあえず近場だけでも確認しておくことにしよう。




ここは初めて探索に来たコンビニから5分ほど歩いたところにある。


周囲に人影はなく、物音ひとつしない。




しかし、普通の生存者をとんと見かけないな。


普通じゃないタイプのアホにはよく遭遇するというのに。


各地の避難所とかに分散して避難しているのかな?


警察や自衛隊以外に、個人単位でまとまっているところもありそうだな。


まあ、積極的にかかわる気はないが。




ゆっくりと交番に踏み込むと、奥に向かって石を投げる。


何か金属製のものに当たったのか、かぁんと甲高い音が響く。




じっと耳をすませる。


他の音や人の気配はない。




しばらく確認した後、ライトを点けて奥へと進む。


室内は狭いので、木刀を短く持つ。




床には書類やガラス、何かの肉片などが散乱している。


そのまま奥の部屋に進む。




台所、トイレに、洋室が見える。


洋室の扉をゆっくりと開く。




むせかえるような血の匂いがした。




椅子に座ったまま、40代くらいの男性警官が死んでいる。


専門家じゃないのでわからないが、あまり腐っていないので死後そんなに時間が経っていないのだろう。


頭の左側に大きな穴が開いて、床にその中身をぶちまけていた。


だらりと弛緩したその右手には、握られたままの拳銃。




よく見ると、右のこめかみに丸い穴。


・・・拳銃で自殺したのか。


銃弾は出ていくときにデカい穴を開けるって聞いたことがある。




足元にメモ用紙が落ちている。


乱れた字と、血まみれで読みにくいが、なんとか解読する。






『噛まれてから5時間たつ 体の自由がきかなくなってきた ああなってみんなに迷惑をかけたくない』




『自分で始末をつける おれをゆるしてくれ ゆるしてくれあきら どうか無事で    高山登』






これは、遺書だ。




この警官は高山さんっていうのか。


あきら、っていうのは家族の名前かな。




・・・首筋に噛まれた跡があるな。


なるほど、ゾンビになる前に自殺したのか。




なんというすごい覚悟だ。


俺がもし同じ状況ならどうするんだろうな。


こうまで見事にできるとは思えない。


・・・立派な警官だ。




俺は高山さんを拝んだ後、その見開いたままの目を閉じさせた。


手から銃を取る。


リボルバーってやつだっけ。


ズッシリと重い。


弾倉の中には5発の弾が装填されている。


一発は使った後だから、実弾は4発残っている。




いや、警官の銃って空砲が入ってるんだっけ?どこかで聞いたが忘れてしまった。




まあとにかく俺は使わないし使う気もないので、拳銃から弾丸を抜いてズボンのポケットにしまう。


弾丸はベストに入れた。


・・・これ暴発とかしないよな?


火にでもぶち込まなきゃ大丈夫だとは思うが、明日にでも宮田さんに届けよう。




高山さんを椅子から下ろして床に寝かせ、たぶん仮眠用だろう布団を見つけたので上からかけた。


その際、左手から何かが落ちた。




床にはらりと落ちたのは、一枚の写真だった。






どこかの学校の校門の前。


桜が満開だ。入学式かな?


高山さんとおぼしき男性と、その腕に抱き着いている女の子が写っている。






2人とも、幸せそうないい笑顔だ。


この娘があきらだろうか。




それを見ていると、不意に泣きそうになってしまった。


写真を見たからだろうか、胸がつまる。


娘を遺してこんなところで1人で死ぬのは、さぞ辛かったろう。


その無念さは想像すらできない。






俺は、俺はなんとしても、この拳銃を宮田さんに届けなくてはならない。


この立派な警官で、立派な父親の銃を、好き好んで他人を傷つけるような人間に使わせるわけにはいかんのだ。


せめて銃だけは、人を守れる人間の助けにしなければ。






丁寧に埋葬してあげたいが、今はこれが精いっぱいだ。


遺書と写真も回収し、胸ポケットへ。


高山さんの胸ポケットに入っていた警察手帳も。


これも一緒に届けよう。


同じ警官の宮田さんなら、娘さんの居所を知っているかもしれない。




見つけたら明日届けようと思っていたが、今から行こう。


これは、俺が持っていていいものではない。


最後にもう一度両手を合わせて拝んでから、俺は部屋を後にした。






交番を出て、すぐに3人の男とすれ違った。


軽く会釈してみたが無視された。なんだよもう。


久しぶりの生存者だってのに、この近所には失礼なやつしか残っていないのか。




帰ったらすぐに車を出して、避難所に行こう。






しばらく歩いていると、後ろから追いかけてくる音がする。


ゾンビかと思い振り返ると、さっきの男たちだった。




イヤな予感がする。




「おいっ!お前銃持ってるだろ!?」「こっちによこせ!!」「早くしろ!!」




口々に叫んでくる。


こいつら、交番に行ったのか。


・・・間一髪だったな。


危うく拳銃装備のアホが誕生するところだった。




「断る。これは知り合いの警察官に届ける。俺やお前らが持ってていいもんじゃない。」




嘘をついてもどうせ信じてくれそうにないので、正直に言う。




「ふざけんな!どうせそんなつもりないだろ!」「自分で使う気だろうが!」「殺されたいかお前!?」




奴らは激昂してこちらに足を踏み出す。


ナイフ、包丁、バットが武器のようだ。




「それ以上寄るな。」




聞くわけもなく、奴らはそのままこっちに向けて走り出す。






この銃だけは絶対に渡すわけにはいかん。






右端のバット野郎に手裏剣を思いっきり投擲。


腹のど真ん中に刺さった。


奴は悲鳴を上げて尻もちをつく。


一番リーチがある武器から潰す。




真ん中の包丁野郎には投げる時間がない。


そのまま飛び込んで、柄頭の部分を両手を伸ばして鳩尾に叩き込む。


左手で鞘を引きながら抜刀し、鎖骨のあたりを斬りつけ、体重を乗せた当身で転ばせる。




そのまま左端のナイフ持ちに向き直り、地を這うように下段から切り上げる。


ナイフを握る手に当たり、拳の表面を刃がなぞる。


刃を空中で反転させ、切り返した斬撃で肘の内側をざくりと切る。




傷を押さえ、戦意を喪失したナイフ野郎から振り返り、立ち上がりつつある包丁野郎の顔面を、上段から切りつける。


額をかすった傷から、おびただしい鮮血が吹き出す。


頭は少しの傷でも大量に出血するから、戦意を失わせるのに便利、らしい。




「これでもまだやるか?・・・次はこんなもんじゃ済まさんぞ。」




血振りしながら、地面に転がってそれぞれ痛みに呻く奴らに言ってやる。






「とっとと俺の目の前から消えろ!!!!殺すぞてめえら!!!!」






かかってきたらホントにぶち殺すつもりで恫喝してやると、3人は這う這うの体で逃げ出していった。


しばらく観察し、戻ってこないのを確認すると、再び交番に戻る。




案の定ひどい有様だった。


室内は荒らされ、高山さんの遺体は布団の外に出されていた。


あいつら・・・腕くらい斬り落としてやりゃあよかった。




俺は高山さんを外に運び出すと、交番の裏に穴を掘って埋めた。


うまい具合に交番にスコップがあったので、そこまで時間はかからなかった。


さっきとは気が変わったのだ、残しておくとまたさっきみたいなやつらが来るかもしれない。




ゆっくりと眠らせてあげたかった。






家まで帰る途中、周囲を確認しながら歩く。


・・・あいつらの姿はない。


念のため、普段は通らない道や他人の家の庭を通ってかく乱する。






家に着いたので、中には入らずにそのまま軽トラへ乗り込み、出発した。




いつもより苦く感じる煙草を吸いながら、俺はアクセルを踏み込んだ。






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