第18話 人斬り初体験のこと

人斬り初体験のこと








「神様が『まだ来るな』って言ったのね。」




「フッ・・・俺には、お前はずっとそうして一人で飛んでいろって言われた気がしたがね。」






あああもう!ここいつ見てグッとくるなあ!




アホと遭遇して心が疲れすぎたので、家に帰るなりアニメ映画を見ていた。




ご存じ、豚になった飛空艇乗りが地中海あたりで大暴れするアレだ。


カッコいいなあ・・・豚界最高のいい男だぜ・・・!


他に豚のイケメン知らないけど。




人生で何十回も見ているが、何度見ても面白い。


俺もこんなカッコいい男になりたいもんだ。




あんな若造にキレ倒しているようではまだまだ甘いな。精進せねば。




・・・いやキレるわあれは。


仏様でも肩くらい外すかもしれない。


預言者様だって、左ほほを打たれたら右ほほをぶん殴ることだろうさ。








さて、翌日である。


あの後、名作アニメ映画マラソンをしてから寝たので目覚めはすこぶるいい。


いい作品は勇気と希望を与えてくれるな!




昨日あんなことがあったので、今日は北区にあるホームセンターに来ている。


以前からよく来ている『キョーナン』だ。




何のためかというと、ガソリンの調達のためだ。


前回来たときに満タンまで入れてあるし、軽トラの燃費はいいのですぐに走れなくなるということはない。


だが長距離の移動に備えて携行缶に備蓄しておこう、ということだ。




というのも、俺は明日隣町まで行こうと思っている。


理由はもちろん、坂下家の母親を探すためだ。


前にも言ったが、由紀子ちゃんには負い目がある。


オッサンのことだ。


だからできる限りこう、善行をしておきたい。




たとえオッサンがやらかして家庭内ヒエラルキーで最下級戦士になっていたとしてもだ!


このミッションを完遂し、母娘を再会させることで俺は負い目を忘れ、真の意味で自由になることができる!


気ままにあちこち移動したり釣りをしたりDVDを調達したりプラモを大人買い・・・取り?したりできるのだ!




というわけで、俺は坂下のおばさんを探さねばならんのだ。




隣町まで車でだいたい40分、おばさんのいるであろう勤務先の病院までは50分ほどだったと思う。


いつもならなんてことない道のりだが、今は何があるかわからんからな。


車に積む予備や、家に備蓄するものも必要だ。




さてさて、敷地内のガソスタに着いたぞ。


ここは自家発電機に加え、緊急時用の手回し給油ポンプがあるのだ。


安全を確認したので給油をする。




入れ物は、やはりホームセンターから調達してきた安全携行缶なるものだ。


20リットルを入れることができ、頑丈で倒しても破損しないすぐれもの、だそうだ。


ただ何も入れてない状態でもクソ重い。


運ぶのも一苦労だ。




・・・前に来た時は発電機が動いていたが、燃料が尽きたようだ。


仕方がないので手回しポンプを使用する。




黄色の台車にハンドルや2つのホースが付いているものだ。


これの吸入用ホースを地下のタンクに入れ、吐出ホースを車につなぐ。


後はひたすらハンドルを回すだけだ。




なぜこんなことを知っているかというと、ガソスタでバイトしていた高校時代の友人が教えてくれたのだ。


地震が来て電気が止まっても安心だぜ~などと言っていたな。


ありがとうパウロくん。


あっ違うこれあだ名だったな、えーと本名は・・・




・・・ありがとうパウロくん!!






ひたすらハンドルを回す。


おっも!重すぎ!!


くみ上げる量も少なすぎる!




電気のありがたみを再確認しながら、無心で給油していく。


結果、汗だくになりながら軽トラ本体と、6つの携行缶にガソリンを入れることができた。




さらに重くなった携行缶を軽トラに積み、後片付けをして作業は終了。


あー終わった!!重労働だなあこれ・・・


一服したいところだがさすがにここで火はまずい。


帰りながら吸うか。






車に乗り込もうとした時、人影に気付いた。




ゾンビ!・・・じゃない、人間だ。


駐車場の放置車両に隠れていたらしい。


4人組の男たちが軽トラを挟んで向かいにいた。


軽装ながら、全員鉄パイプを持ってる。


穏やかな雰囲気じゃないな、これは。




あれ、なんか1人に見覚えが・・・




ん?んん!?




アイツだ!前にここで会った3人組の中にいた金髪!


タケかリキのどっちかの、覇気がなかった方!




こいつら、俺が作業終わるの待ってやがったな・・・


緊急用ポンプなんかの使い方も知らなかったんだろうし。


ガソリンが目的か、それとも・・・






「よお、いつかのクソガキじゃないか。何の用だ。」




じっと俺を睨みつけてくる金髪に声をかける。


こいつ相手に気を使う必要はないからな。


石川さんはいないし。




「ンだとゴルァ!・・・おっさん、ガソリンと車よこせよ。こっちは4人だ、ケガしたくねえだろ!?」


顔を真っ赤にして言ってくる。


おーおー、そうするとホントに猿に見えるな。




しかしガソリンどころか車までよこせときたもんだ。


これアレだわ、素直に渡してもケガさせるタイプの嘘だわ。


気持ちが目にあらわれまくってるもん。




「なんだ?寝言は寝てからほざくもんだぞカス。それともいつも夢見心地だからそんなに馬鹿なのか?」




軽口を叩きながら相手方を観察する。


木刀を持っていない俺を完全にナメてるらしく、全員身構えもしていない。


車が影になって、運転席の日本刀が見えていないようだ。




「・・・っ!そォかよ・・・舐めやがって!!!!ぶっ殺してやるァ!!!!」


はい殺意いただきましたー。






そりゃこっちの台詞だっての。






キレた金髪が軽トラを回り込もうと速足で近付いてくる。


愉快な仲間たちは加勢するでもなく後ろでニヤニヤ見ている。




好都合だ。




しゃがみこんで日本刀を手に取り、腰に差す。


そのまま影から飛び出し、金髪に向かって走る。




「えっ」




俺の腰のものに気付いた金髪が目を見開きマヌケな声を漏らすが、もう遅い。


右足を踏み出すと同時に腰をひねり、体を開くように抜刀の姿勢に入る。




十分に速度の乗ったやや切り上げ気味の斬撃が、俺に対応しようと中途半端に鉄パイプを振り上げかけている金髪の右手首に吸い込まれるように入った。


やつの手首をしっかりととらえたそれは、ぬるりという手ごたえを伝え、4分の1ほどの肉を切り裂きながらあっけなく反対側に抜けた。


俺は手首の動きで刃を返しながら、一歩踏み込みハーフパンツからのぞく左太ももにもう一太刀。






「あっおっあっぎぃいいいいいィ!!!?!?!?」






奴はそのまま地面に崩れ落ち、手首と太ももを器用に押さえながらのたうち回る。


押さえた手のスキマから、鮮血が流れるのが見える。


動脈は外したが、無力化には成功した。




やっぱゾンビよりよっぽど楽だわ人間。




初めて人を斬ったが、驚くほど練習通りに体が動いてくれた。


まあゾンビをいつもいつもどつき殺しているので今更か。




頭の芯が熱を持ったようにぼうっとするが、同時に冷静さも失っていない。


骨に当てていないので、刀にさほどのダメージはないだろう。




「りっリキヤぁ!!」「なんっ・・・なんだっ!」「わっ・・・わぁあ!」




後ろの仲間たちが叫ぶ。


ほーん、こっちがリキか。




「てっめこの!!のやろああああああああああ!!!」




喚きながら1人がこっちに突っ込んでくる。


顔面は蒼白。パニック状態のようだ。




俺目掛け、力任せに両手で上段から振り下ろされた鉄パイプを半歩後ろに引くことでかわす。


空振りした鉄パイプが地面にぶち当たり、かぁんと音を立てる。




あっけにとられた顔をしたそいつの、伸びきった両腕の肘あたりを横一文字に切り裂く。




「いっがああああああああああああああ!!ぎっっ!!!」




鉄パイプを取り落とし、崩れ落ちかけたそいつの顎を柄頭で上に跳ね上げた。


脳を揺らされ、白目をむいてやつも地面に倒れる。


よし2人目。




残る2人の様子を見ると、何やらキャンキャン喚いているもののこちらに来る様子はない。


なんという薄情なやつらだ!仲間を想う気持ちはないのか!


なんてな。




血振りをし、腰に挟んだタオルで刀身を拭う。


懐紙を持ってくればよかった・・・


刃こぼれやゆがみはない。


それを確認すると、血をできる限りぬぐって納刀する。


錆びるからね。


家に帰ったらもっとしっかり清掃しなきゃ・・・




「おいお前ら。」




まだ喚き続ける2人に声をかける。




「こいつら持って帰れ。止血すりゃ死ぬほどの傷じゃない。」




そういえば、止血の方法知ってるのかな?


まあ死ぬほど痛いだろうし、悪くすればリキは死ぬだろうが。


俺の知ったことじゃない。


殺そうとしてきた相手を心配するほど聖人じゃないし。






「それともまだやるってのか?」






言うと、2人は雷に打たれたようにビクつき、慌ててこちらに走り寄ってくる。


鉄パイプを地面に放り投げたところから、完全に戦意を失っているようだ。




一応用心して後方に離れ、観察する。


2人はそれぞれリキともう1人を抱え、近くに停めていたけばけばしいペイントの車に引きずっていった。


気絶した方は静かなもんだが、リキはもういてえいてえ死ぬ死ぬの大合唱だ。


あっちも気絶させときゃよかった。




2人は後部座席にケガ人を載せ(というか魚河岸の魚めいて放り込んでいた)、エンジンをかけると飛ぶようにホームセンターから出ていった。




ていうか車あるんじゃねえかよ。




俺は車が視界から消えるまで見届けると、腰から刀を外し軽トラに乗り込んだ。


一服しようと煙草を咥え、火を点けようとするとライターを持った右手が小刻みに震えていることに気付く。




安心した今になって緊張が出てきたようだ。


苦笑いしながら煙草に火を点け、吸いながらエンジンをかける。






しばらくここには来ない方がいいな、南区のホームセンターを開拓するか。


アホとはいえ弟分をやっちまったんだ、石川さんとタケがどう出るかわからんし。


気持ちを切り替えていこう、家に帰ったらしっかり休んで疲れを取るとするかな。


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