幻影森のあやかし商店街

さしみ/鱵

第0怪 始まりはいつも奇妙

―――ある夢を見た。

その夢は何処となく懐かしく感じ、少し儚げだった……鮮明には覚えていないのだが、土の地面に横たわる一人の女の子が居た。


その子は今にも命が尽きそうで、生死の境目をさ迷っていた。

「こひゅー」「こひゅー」と息を絞り出し、微量ながらも呼吸をしていた。

すると、女の子は咳き込み酸漿かがちを潰したかの様な真っ赤な血を吐いていた。


風に揺らぐ程の弱い命の灯りが今消えかかっているまさにその時、艶気を含む高い声が聞こえた。艶気の中にまだ幼さが残るその声は女のものだった。


その声の主の顔は何故か黒い靄がかかり見えないのだが、服装と髪型だけは見えた。

赤い着物を身に纏い、髪型は茶色のロングヘア

女は倒れている子に語りかけていた。


「……生きたいか?」

女は少し憐憫れんびんの眼差しで話している。


すると、地面に倒れている女の子は喉から漏れた空気を声にし

「い…き…たい…です!!」と懇願こんがんした。


「そうか……ならば生かしてやろう。」

女は右手の人差し指を左手の爪で引っ掻き、倒れている女の子の口に指から出た血を飲ませた。

みるみるうちに女の子の傷が塞がっていき、腹部に空いていたはずの風穴が綺麗になっていく。


――――朝のアラームで夢が冷めた。時刻は六時丁度


「夢……か。リアルだったな〜。」

こう独り言をしているのはどこにでも居るOL

美影みかげ李華りか


熊本に住んでいたが、就職の関係で上京した。田舎暮らしだった李華にとって東京はとても煩かった。

周りの車や人の喧騒がストレスになる。しかも人混みが嫌いと言う弱点まであった。


「はぁ……こんな時に現実逃避が出来る場所があったらな〜。」

熊本に住んでいた時は近所の神社や大きな森に良く昼寝をしに行った。


自然に触れ合っている時は嫌な事が忘れられて心が休まっていたのだ。

「仕事……行きたくないなぁ」

時間と言うのは冷酷でお構い無しに過ぎ去っていく。

徒歩一五分弱で辿り着ける短い距離の職場


余裕を持って準備が出来る事に関しては今住んでいるアパートは優良物件なのかも知れない。


この時までは……


時刻は夕方の五時を回った。仕事を終わらせ、足早に帰宅する。

「……?」

不自然な違和感を感じた。

アパートの入口に数匹、中型の蠢く何かが居たのだ。


最初は猫か犬が座っているのだろうと思っていた。

「キャッ!!」

思わず悲鳴をあげた。


どう言う原理か、うごめは一斉に分裂していく。

ここぞとばかりに中型の何かの顔を確認した。しかし、それはこの世のものでは説明が付かない程悍ましかった。


「ギギギッ……!!」

腰を抜かし、暫くその場にへたり込んでいるとその生物は笑いながら消えていった。


―――この時から美影李華は、徐々に妖の世界へと足を踏み入れてしまっていたのだった……


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