お願い
影平まこと
僕の幸福。
夕食の手伝いをしていた時、母から皿を取ってきてと言われた。僕は、いろんなお皿の中から、これだ!と自信を持って、母に持って行った。きっと、ありがとうって、言ってくれるに違いない!そう思って持って行ったのに、母からは、「これじゃ小さい」、と言われた。それだけだった。
「これじゃ小さい」
その一言で、僕は全ての自信を削がれ、自尊心というものが、ごっそり奪われていった。しまいには、母からの信頼を失ったと思い、どうしようもなく死にたくなった。たったこれだけのことで?って、そう言われてしまったらそれまでだ。僕だってわかっている。すごくくだらない理由だと。でも、当時の僕は確かに、世界の中で一番不幸で、役立たずで、要らない子なのだと本気でそう思っていた。母が自分で皿を取りに行ったとき、無造作に置いてあった包丁をぼんやり眺めながら、喉元に突き刺して死ねたらなって、そう考えていた。
誰にでも、命は一つしかない。僕らには、生れてこないなんて選択肢はなかった。それならば、せめて、自由に死なせてくれないか。君にとっては、すごくくだらない理由かもしれない。でも、それは僕にとって、死にたくなるほどの絶望なんだ。大好きな母に褒められなかった、僕はたったそれだけで、心が死んでしまうから。
生きたいと願って生きられない人、死にたいと願って死ねない人、どうして優劣をつけるのだろう。誰だって同じように苦しんで、幸福を掴みたいはずなのに。
死を選ぶことは、いろいろな人に迷惑をかける。わかってるよ。でも僕は、誰かの不幸のうえで成り立つものだって、幸福だって言っていい、そう思っている。それが。誰かの命を奪うことではない限り、自分の思い描く自由を、幸福を、追いかけてもいいんじゃないかって。
だから、どうか、否定しないで。
そっとしておいて。
君の価値観の中に、僕を組み込まないでくれ。
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