顔を食べる
黒瀬
顔を食べる
クラスメイトたちはお互いの顔を食べる。そして顔を食べたあと、その人の顔は食べた人の顔になる。喋り方や所作はその人のままなのに、顔だけが別人になるのだ。
しかしそれをみんなは気づいていない。食べていることも食べられていることもみんな気づかない。そこには痛みがないらしいし、音もない。だから誰も気づかない。
わたしは誰からも食べられないし、誰も食べない。理由はシンプルでその必要を感じないから。そんなわたしでも恋愛感情というものはあるようで、最近同じ部活の下級生が気になっている。彼もまた顔を食べない人だった。放課後の部活の時間、彼は会う度に読書をしている。私はその正面に座り課題のために教科書を広げる。
「でさー」
図書館で大声で話す人達は大抵、読書や勉強を目的にそこにいるわけではない。
そういう時にわたしたちは部室に逃げる。わたしたち2人だけが所属するこの部活動に名前はもうなくなった。昔は文学研究部なんていう立派な名前があったらしいが、わたしたちがここにいる時からはほとんどないものになっていた。
「スグルくんは学校が好き?」
「好きですよ」
「そう、わたしは嫌い」
「なぜです?」
「よくわからないけど、好きではない」
「僕は先輩に会えるから好きです」
「それは勘違いの元だよ」
「勘違いじゃなくて、ちゃんとした告白です」
「うれしいなあ」
わたしは彼の告白を受けることにした。それからの関係は今よりも良好だった。毎日、毎週、毎月、わたしたちはお昼休みにご飯を食べたし放課後は毎日帰った。
ある日の秋のことだ。わたしたちはいつものように部室にいた。楽しい日々が毎日のように続いていたその日、わたしは彼がわたしの顔をしていることに気がついた。
わたしは思わずまじまじと彼の顔を眺める。その顔は間違いなく、わたしの顔をしている。
「どうしました?」
「いや、ごめん。ちょっとトイレ」
なんとなく不安になったので、わたしは逃げるように部室から出て行った。
間違いではなかった。スグルくんの顔は間違いなくわたしの顔だった。もしかしたらと思い女子トイレの顔を覗いた。
そしてわたしは思わず笑ってしまった。わたしだって結局のところ、忌み嫌っていたクラスメイトと変わらない。わたしも人の顔を食べる彼女たちと同じ存在で、そこに違いは何もない。
顔を食べる 黒瀬 @nekohanai2
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