第16話 本当に不安が募る

 外履きに履き替え、全力で駅まで走る。

 C組を飛び出す時にヒロくんは気まずそうな顔をしていた。

 でも今はヒロくんのフォローなんて出来ない。

 私にとって一番大切な人が苦しんでるから。

 早く会いたい。

 会って抱きしめてあげたい。

 我慢させてごめんねって。

 気付いてあげられなくてごめんねって言いたい。

 その想いが私を突き動かしている。

 電車で座り最寄り駅まで休憩した後、改札を飛び出して再び疾走した。

 カバンからスマホを取り出し、走りながらも一応電話をかけてみる。

 やはり咲那さなは電源を切っていて出ない。

 とにかく急いで彼女の自宅に向かった。

 

「あら、あなたはえーっと……」

三隅光凛みすみひかりです! 咲那ちゃん居ますか!?」

 

 インターホンを鳴らすと、玄関から出て来たのはお姉さんだった。

 肩で息をする私を見て、少しだけ驚いた表情をしている。

 

「え、咲那? まだ帰って来てないけど?」

「どこに行ったのか分かりますか!?」

「どこって、学校に行ったはずだよ? いつもより早かったけど、今朝も制服姿で出て行くところを見たもの」

 

 そんなバカな。

 咲那は学校には来ていない。

 自分で欠席の連絡まで入れている。

 あれは彼女の独断だったのか。

 嫌な予感が的中してしまった。

 家にこもるどころか、家族にも告げずに雲隠れしてしまった。

 どこで何をしているんだろう。

 本当に不安が募る。

 

「今日は学校に来てません。担任も体調不良で休むって連絡が来たと言ってました」

「はぁ!? 何してんのよあの子………」

「咲那ちゃんの事は悪く思わないで下さい。ずっと気付いてあげられなくて、彼女は独りで戦ってたんです」

「やっぱり虐めにあってたんだ……。時々様子が変な日あったもんなぁ」

「どこに行ったか心当たりとかありませんか? すぐに探しに行かないと!」

「待って! あたしも行くから!」

 

 お姉さんが靴を履き替え、鍵を閉めてる間に呼吸を整えた。

 今すぐにでも探しに行きたいところだけど、彼女の行き先が全く思い当たらない。

 とりあえずお姉さんを頼るしかない。

 そして一刻も早く見付け出さないと。

 

「お待たせ! あの子が行くとしたら、近所の広い公園か河原だと思う。落ち込むと時々散歩に行くって言って、その辺を彷徨うろついてたから」

「じゃあ手分けしましょう! 私は河原に向かうので、お姉さんは公園を探して下さい!」

「それはいいけど、先に連絡先を教えて。状況報告に必要になるから」

 

 私は柄にも無くテンパっていた。

 判断能力が薄まり、とにかく動くことしか考えていない。

 お姉さんが冷静な人で本当に助かった。

 すぐに電話番号を交換し、河原に向かって残りの体力で突っ走る。

 運動は得意な方ではない。

 ほとんど気力だけで走っている。

 咲那のことを思うと、止まっている方が苦痛だった。

 走り回っている方がまだ楽になる。

 胸の痛みをすこしだけ忘れられるから。

 それでもまだ手がかりがあっただけ。

 彼女が見付かったわけではない。

 本当に不安が募る。

 

「え、なにあれ……?」

 

 河原に到着して上流方面を見ると、遠くに救急車らしきものが見えた。

 多少人集りもできている。

 嫌な予感がした。

 私はその場所に向かって慌てて駆け出した。

 近付いて行くにつれて、担架に乗せられようとしている人影が見える。

 その影はどんどん鮮明になっていく。

 私と同じ制服。

 私と同じ年頃の女子。

 それはどう見てもずぶ濡れで意識の無い咲那だった。

 

「待って下さい!!!」

「ん!? 君はこの子の知り合いかい!?」

 

 救急隊員の一人が振り向き様に目を見開く。

 私の制服を見て察したのだろう。

 他の隊員に出発の準備を急がせて、私に近付いてきた。

 

「彼女は自分で川に飛び込んだらしい。今もまだ心肺停止状態で一刻を争うんだ」

「そんな……」

「近くの救急病院に運び込む。君も後から来るといい」

 

 それだけ言い残した隊員は、咲那を乗せた救急車に乗り込む。

 そして私を置き去りにして走り去ってしまった。

 ただ呆然と立ち尽くすしかない。

 行動しようにもやるべき事が思い浮かばない。

 そうだ、電話だ。

 お姉さんに電話しないと。

 取り出したはいいが、スマホを持つ手が震えている。

 それでもなんとか発信は出来た。

 早く伝えないと。

 

「もしもし三隅さん? 咲那は見付かった?」

「…………」

「もしもし!? どうしたの!?」

「………うっ」

「三隅さん!? 泣いてるの!? 一体何があったの!?」

「咲那ちゃんが……きゅ、きゅうしゃで……」

「待ってて、すぐ行くわ」

 

 まるで会話にならなかった。

 受話器越しに送った声はほとんど嗚咽のみ。

 拭いても拭いても涙が止まらない。

 その場にへたりこんで泣くことしか出来ない。

 全てが夢であって欲しいと願った。

 

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