第27話 噂の彼女
見た目には、捻挫していることがわからないくらいにまで自然に歩けるようになったある日、授業が一緒になった夏海がニコニコ笑いかけてきた。
「 瑠里ちゃーん、とうとうなのね!おめでとう!」
「 とうとう?……何がおめでとうなの?」
隣で教科書の資料を見ていた瑠里は、不思議そうな顔で夏海を見た。
「 またまたぁ!私には言って欲しかったなぁ!」
「 だから、何を?あ、足首のこと?まだお医者さんから走ってもいい許可貰ってないよ?」
「 それ、本気で言ってる?」
夏海がジトッとした目で瑠里を見る。
「 月城さんと、付き合ってるんでしょ?とうとう!」
「 えぇ!?はぁ!?」
思わずすっとんきょうな声を発した瑠里は、周りの注目を集め、固まった。
「 瑠里ちゃん!声、声!」
夏海が小声で注意した。
「 あ……す、すみません……」
瑠里は、赤くなって誰にともなく謝った。
そして、今度は瑠里が夏海をジトッと睨んだ。
「 夏海ちゃんのせいだからね!変なこと言うから……」
「 だって!噂でもちきりなんだもん!あの月城さんにまさかの彼女が出来たって!」
「 えぇ!?うそ!?そうなの!?どんな人!?」
夏海の言葉のままに単純に驚いた瑠里に、夏海は目を丸くした。
「 瑠里ちゃん……ひょっとして凄い天然……?」
「 ……よく言われるけど……」
瑠里が不機嫌に答えると、夏海は、机に突っ伏して声を殺して笑い出した。
「 だって!月城さんの彼女は、瑠里ちゃんのことなのに!」
私が、青の彼女……
もちろんそうなりたいけど……
いや、今は私の希望の話ではなかった!
「 あのね、なんかね、そんなような噂は、以前になんとなく伝わってきたけど……噂だから!私が月城さんの彼女のわけないじゃん!」
「 アタシもそう思ってたのよ?でも、目撃情報が飛び交ってて、これは瑠里ちゃんに確かめずにはいられないと思って!」
「 目撃……情報?」
夏海は、小さくウンウンと頷く。
「 秋季大会の日、捻挫した瑠里ちゃんを月城さんが自転車の後ろに乗せて学内を走ってたって!」
うわぁ!あれかぁ!
瑠里は、あの日のことを思い出しながら、ちょっと赤くなった。
目撃されてたんだ……
そりゃ、そうか!学内を堂々と2人乗りで走ってたわけだし……
「 あれは……月城さんが、たまたまバス停まで運んでくれただけだよ……」
「 あの月城さんがよ!自転車の後ろに女子乗せるって!ないでしょ!?彼女でもなきゃ!!」
確かに、夏海の言わんとしたいことは、わかる。
青が誰に優しくするとか、親切にするとかは、イメージ的に想像出来ない。
「 なんて言うか……本当にたまたまの偶然で……」
「 でもさ、月城さんて、本当に瑠里ちゃんだけには激甘よねー」
「 げ、激……甘……?」
「 神崎さんて、そもそも月城さんと入学一緒だったらしいけど、彼が笑うのなんて初めて見たって言ってた。それも、瑠里ちゃんといる時限定でって。」
瑠里の頬はどんどん熱くなり、居心地の悪さったらなかった。
青が笑うのは、自分の前だけだという自覚はある。
なんなら、おまえは特別だとも言われた。
その時のことを思い出すと今でも心臓が止まりそうになるくらいだ。
「 好きなんだよね?月城さんのこと。」
夏海のストレートな問い掛けに、瑠里は泣きそうな顔で小さく頷いた。
そんな真っ赤で今にも泣きそうな瑠里を、夏海はたまらず横から抱きしめた。
「 知ってる!ずっと前から気付いてた!瑠里ちゃんがずっと月城さんだけ追いかけてるのも、わかってたよ!」
夏海に抱きしめられて、彼女の優しいコロンの香りが、心地よかった。
「 最初は、あんな人ダメ!って思ってたけど、瑠里ちゃんにだけは優しいみたいだから、応援してるの!」
瑠里は、夏海のストレートであっさりとした優しさに感謝して微笑んだ。
そして、おそらく誰にも話したことのない青に関しての自分の気持ちを初めて夏海に話す。
「 月城さんが走ってる姿が大好きなの。彼女とか、そういうのじゃなくても、いいの。」
夏海は、言葉を選びながら話す瑠里に理解するように頷く。
「 時々、喋れて、時々笑ってくれて、時々冗談で意地悪されて、時々ダメな私を叱ってくれて……それで十分なの。」
すると、なぜか夏海の瞳が涙いっぱいに潤んだ。
「 なんか……純粋すぎて切なくて泣けてくる。やだ、もう……」
そう言って、ポケットから出したハンカチで目頭を押える夏海に、瑠里の胸は、とても暖かくなった。
出会った時から、付かず離れずでいつも同じ明るさと優しさをくれる彼女のことが大好きだと思う。
生まれて初めて “ 友達 ” だと思える人だと思った。
瑠里が捻挫から完全復活した頃、青達の駅伝チームは、最終の走り込みや調整で、完全に別練習の別メニューだった。
あの自転車でバス停まで送ってもらった時から、青とは話すどころか顔を合わすこともなく、淋しいながらも瑠里は瑠里で遅れを取り戻す為にトレーニングや自主練に励んでいた。
11月ともなると、すっかり日暮れも早くなり、6時近くになると空気が一気に冷えだす。
そんな居残り自主練を終えようとしていたある日、青が突然現れた。
「 適当に切り上げないと、体冷やすぞ。」
三週間振りに聞こえた懐かしい声に、瑠里がパッと振り返ると、サブグラウンドの階段の途中に両手をポッケに突っ込んだ青が立っていた。
「 お、お疲れ様です!」
「 足は完全に治ったのか?」
クールで冷たく見える切れ長の瞳が、尋ねるように瞬く。
「 はい、完全復活しました!」
瑠里は防寒ウエアを羽織ながら、ニッコリ笑った。
「 月城さんも、元気でしたか?調整は、順調ですか?」
青は階段を軽く飛ぶように下りながら、瑠里の目の前までやって来た。
「 完璧だ。」
「 後、一週間ですね、大会。」
瑠里が荷物をまとめながら尋ねると、
「 もう終わりか?また……バス停までチャリで送るか?」
突然の青の誘いに、瑠里の動きが止まった。
バクバクする心臓に慌てながらも、ちょっとだけ大胆なことを考える。
「 あの……月城さんも帰り道なら、バス停までチャリ押しで送って貰ってもいいですか?」
「 チャリ押し?乗った方が早くないか?」
そうなんだけどね!
でもね!早いバイバイは嫌なの!
聞きたいこと、喋りたいこと、いっぱいあるんだもん!
瑠里は、顔が赤らむのを隠すために荷物をまとめながら、もごもごと呟いた。
「 ……乗っちゃったらすぐ着いちゃうじゃないですか……」
すると、今度は、青の動きが止まった。
薄暗くて表情まではわからないが、次の瞬間背を向けて階段を上り始めた。
「 チャリ持ってくるから、上で待っとけよ。」
「 はい!」
二人は、バス停までの道のりをゆっくり歩きながら、いろいろな話をした。
主には、この会えなかった三週間の駅伝チームの練習の様子や、青の仕上がり具合など瑠里の質問に、青が答える形だったが。
元々口数少ない青が時々尋ねる瑠里の復帰後の様子は、瑠里から積極的に説明をした。
特待組の練習に合流したこと、予想していたよりは、ついていけていること。
二度と転ばないように位置取りや小競り合いに負けない移動の仕方なんかを研究中であることも。
二人の会話は、陸上一色だった。
そんな中で、瑠里が青の頭痛のその後を尋ねた。
「 そういえば……その後、頭痛はまだ続いてますか?まだ……夢を見ますか?」
私の夢……とは聞けない瑠里だった。
青は、少し考えるように黙った。
「 なぜかはわからないが、最近は、頭痛は起こらない。夢も、見ないようになった。」
「 頭痛がなくなったのは、良いことじゃないですか!良かった!」
青の夢に登場できなくなったのは……ちょっと淋しいけど。
瑠里はニッコリ笑いかけながら、胸に浮かんだ淋しさを追い払った。
「 いや、なんかな……思い出す切っ掛けを失った気がしてる。」
「 むしろ、思い出さなくてもいい!って合図なんじゃないですか?」
楽天的な瑠里の問い掛けに、なぜか青は答えない。
明るい街灯で見える横顔は、どこか不機嫌そうだった。
「 どうかしました?」
瑠里は、不思議そうに青の顔を覗き込んだ。
「 ……いや、なんでもない。大会が終わったら、また治療を受けてみる。」
なぜ不機嫌そうなのかはわからないまま、瑠里は励ますように微笑む。
「 自然体でいきましょう!月城さんとは、こうして走ることをいっぱい話せて、時には教えて貰えて、仮に思い出せなくても、あの頃と何ら変わらないんですから。」
「 ……俺は、その “ あの頃 ” とやらを知らない。」
そのぼそっとした言い方が、瑠里の笑いを誘った。
「 なんか、拗ねてるみたいですね?」
「 うるせぇ。」
瑠里はクスクス笑いだした。
なんか、青が可愛いと思ってしまった。
この、何てことない時間がとても嬉しい。
そう、あの頃と何も変わらない二人だ。
お互いを好きだという気持ち以外は。
「 たまに思うんだが……おまえ、俺に話した当時の記憶、出来事、あれが全てか?話してない事はないか?」
おっと!!
瑠里はドキッとして笑いが止まった。
「 あ、ありませんよ!なんでそんなこと思うんですか?」
青は自転車を推しながら、眉を潜め、前を睨んだ。
「 よくわからないが……1番思い出さないといけないことが抜け落ちてるような……1番大切なことを見落としているような……」
まぁ、見落としているといえばそうですけど……
そこは、私の口からは絶対に言えない案件ですけどね。
瑠里は、神妙な顔で、心の中で呟いた。
「 嘘はないと、誓うか?」
突然、青に詰められた。
「 え!?あ!ち、誓います!」
「 俺が思い出して、もし隠してることがわかったら……お仕置きな。」
「 えぇ!?お仕置きって……」
「 なんだ?何も無ければお仕置きもないだろ?」
例のちょっと意地悪そうな横目で睨まれて、瑠里はつと目を逸らした。
「 もちろん!何も無いですから……」
尻つぼみな答え方にはなったが、思いっきり嘘をつくしかない瑠里だった。
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