第24話 夏合宿
夏合宿は、毎年、前半が10日間、1週間の休暇の後、後半10日間、
琵琶湖北部の
琵琶湖と違って、小さな田舎の湖は、夏でも観光客も殆ど無く、1周 約6キロの湖や適度なアップダウンのある山道の走り込みが主な練習場所となる。
特に、冬の関西大学駅伝大会に向けて駅伝メンバーはクロスカントリーで徹底的に脚力作りを行う。
合宿出発当日、2週間振りに青が姿を現した。
男女合わせて30名程なのでバスも1台での移動となる。
瑠里は、極力視界から青を外す努力をした。全員集合の時も、バスに乗り込む時も、バスに乗ってからも。
車で小1時間の所にある余呉湖近くの宿舎に着いても、とにかく青から1番遠い場所にいるように心掛けた。
「 瑠里ちゃん、私達、部屋は一緒だからねー!……坂上さんもだけど。」
今回は、1年生がマネージャー入れて3人だったので、3人同部屋となった。
夏海が坂上の名前を後から出したのには理由があった。
あの記録会以降、坂上の瑠里に対する態度が変わったのだ。
一般入部の瑠里に負けたことがよっぽど悔しかったのか、ライバル心というか、敵意みたいなものが、あからさまになった。
瑠里としては、あの時勝てたのは、たまたまのまぐれだと思っていたのだが、分かりやすい敵意を剥き出しにされると、それはそれで居心地が悪かった。
特別に仲良くなるつもりなどなかったが、いがみ合うつもりもない。
だが、種目が同じということは、練習も同じになるということだ。
朝は5時からジョグが始まる。
呼吸と体幹を意識して1時間半かけて湖周道路を2周する。
その後、朝食と休養を取り、10時からウエイトトレーニングを中心に個人練習2時間。
昼食後休養、そして3時から6時まで各種目のみっちりとした走り込みが行われる。
ハードではあったが、和気あいあいというよりは、各自黙々と練習を積むという感じだった。
早朝ジョグは、群れる人と個々で走る人、それぞれだったし、トレーニングもそれぞれ自由だったので、午後練までは、特に誰とも絡むこと無く淡々と過ごせたのが楽だった。
青は、男子チームで尚且つ駅伝チーム復活だった為、練習では一緒になることは無かった。
宿舎一階の共同フロアや食堂は男女合同だったので、極力出くわしたり近くをスレ違ったりしないように、アンテナを張り全力で注意を払った。
合宿の中日が終わろうとする夕食の時に、夏海がトレイを持って、1人で食べていた瑠里の向かいに、ヘタるように座った。
「 今日でやっと半分!バテるわぁ~! 」
「 お疲れ様!ホントに暑いよね。毎日、お世話ありがとうね!」
瑠里は感謝を込めてウンウンと頷きながら笑った。
「 瑠里ちゃんは、なんとかバテてない?体調、大丈夫?」
「 なんとかね 。キツイけどねー」
瑠里は、ポテトサラダを口に運びながら苦笑いを浮かべる。
朝食は、糖質メイン、夕食は、たんぱく質メインなのでボリュームも結構ある。
今夜は、豚の生姜焼きがメインだ。
「 よしよし!食欲は大丈夫そうね?」
夏海は瑠里のトレイを覗き込んでチェックするように大きく頷いた。
マネージャー業も、すっかり板についてきた感じだ。
「 この後の自由時間、瑠里ちゃん何する予定?」
「 うーん……何も考えてないけど、軽く湖を散歩するくらいかなー。夏海ちゃんも一緒にどう?」
珍しく瑠里がそう誘うと、
「 行く!行きたい!……でも、行けない~ !」
“ 行く ” の三段活用のように唱えると、夏海はガックリとうなだれた。
「 午後練の1人1人のタイムまとめなきゃいけないの……」
瑠里は慌てて手を合わせて謝る。
「 ご、ごめん!忙しいのに変な誘い方して!」
夏海は小さく首を振ると、ニンマリ笑った。
「 9時までには終わるから、後でフロアのカウチで一緒にコーヒー飲も?」
「 オッケー!部屋に居ると思うから声かけて!」
「 部屋だとさ、坂上さん居るからあれこれ話せないもんね…」
夏海が顔を寄せ、小声でそう言ってウインクをすると、瑠里は、苦笑いしながら頷いた。
夕食後、夏海と別れると、瑠里は宿舎を出て湖畔の遊歩道を歩いた。
余呉湖は、天女の羽衣伝説で有名な湖である。
その昔、天から舞い降りた天女達の1人に一目惚れした若者が、羽衣を隠し、天に帰れなくなった天女と夫婦になり、この地の子孫が生まれたという伝説。
湖は小さいが、風の無い凪の時は湖面が鏡のようになり、空と周囲の山を写し、とても美しいという。
まだ凪の日には出会ってないが、朝のジョグの時は、済んだ空気と湖面が朝日を浴びてキラキラと輝くのを眺めるのが瑠里の楽しみになっていた。
完全に日が落ち、辺りも徐々に暗くなって湖の静かな水面の音だけに包まれる。
昼間は暑いけれど、山と湖だけの地は、日が沈むととても涼しくなる。
瑠里は、遊歩道の規則正しい間隔を空けて植えられた桜の木にもたれて小さく息を吐く。
青は駅伝チームで頑張っているだろうか……
いつもの癖でそう考えてしまった自分を叱りつけ、頭から振り払っていると……少し離れた所から規則正しい足音が近づいてきた。
「 おい、高宮か?」
突然、振って沸いたような青の登場に、瑠里はさすがに飛び上がった。
「 ち、違います!」
暗いのをいいことに、瑠里は咄嗟に否定した。
桜の木から体を起こすと慌てて逃げ去ろうと声と反対方向に歩き出そうとする。
だが、瑠里の動きを見越した青に正面に立たれた。
「 おい、逃げるな。」
瑠里は道を塞がれて、思わず青の顔を見上げた。
遠くの外灯の僅かな明かりでも彼がちょっと怒っているのはわかった。
「 見事に俺を避けてくれたな。」
瑠里は否定も肯定もせずに、目を反らした。
そして、わざとらしくはあったが、1歩下がってペコリと頭を下げた。
「 こんばんは、お疲れ様です。……失礼します。」
そう言うなり、体の向きをくるりと変え、元来た道を宿舎に向かって歩き出す。
「 おい!待てよ!」
だが、瑠里は止まろうとはしなかった。むしろ、突然ダッシュで走り出した。
だが、ものの数秒で肘を掴まれ、無理やり走りを止められた。
「 俺に勝てるわけないだろ!逃げるなよ!」
勝とうなんて思ってないし!
瑠里は、肘を掴まれたまま青をキッと睨んだ。
「 おまえに、話があるんだよ。」
「 私には、話すことは何も無いです!」
瑠里は肘を引き抜き、きっぱり答えた。
この人は青じゃない!
この人は青じゃない!
この人は青じゃない!
心の中でそう呟きながら。
「 おまえに無くても俺にはあるんだよ。この前の……」
「 あのっ!!!」
青が話す途中で、瑠里は大きく遮った。
そして、青が話を続ける前に、一気に口を開く。
「 この前の事なら、全部忘れて下さい!やっぱり、私、頭おかしかったんです!夢でも見てたのかもしれません。そうです!月城さんの仰る通り、どうかしてたんです!」
そして、再び1歩下がると、
「 なので、もう私には関わらないで下さい!私に関わればろくなことはありませんから!どうか走ることに集中して下さい!私もそうしますから、もう話しかけないで下さい!では!!」
瑠里は、ハキハキと若干の早口でそう捲し立てるように言うと、今度こそ宿舎に向かって走り出した。
さすがの青も、走り去る瑠里の背中を呆然と見送らざるを得なかった。
「………マヂかよ。……くそっ!」
青は瑠里の言葉にショックを受け、そう吐き捨てた。
そして、無意識に胸の辺りのTシャツを掴んでいた。
ムズムズとした痛みのような感覚があった。
「……なんだよ、あいつ……」
かつて自分が瑠里に発した「 関わるな、近づくな 」の言葉を、まさか彼女から返されるとは思わなかった。
胸の辺りをえぐられたようだった。
自分が、他人との関わりの中でこんな風に痛みを感じることが驚きだった。
頑張った!頑張った!私!
瑠里は宿舎に向かって走りながら、泣きそうな顔でそう呟いた。
本心ではない言葉を機関銃のように投げつけた。
でも、これでよかったのだ。
おそらくは、彼が自分に話しかけてくることは二度と無いだろう。
そう、二度と……
瑠里の瞳から、涙が零れた。
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