第20話 記録会 〜 青のラン 〜
今年の夏は暑くなると、天気予報では去年と同じことを繰り返して伝えていた。
毎年、去年より暑くなると聞くと、春が好きな瑠里は、げんなりする。
でも予報通り、すでに6月からうんざりするほど暑かった。
そして、そんな暑さの中、7月の第2週目の記録会を迎えた。
大学からバスで15分程の市営運動記念公園へ移動して、2日間に渡って行われる。
1日目が、短距離、フィールド競技
2日目が、中長距離走だ。
中長距離班は、男女合わせ1年生まで入れての参加は38人。
各距離のタイムによって、この夏の合宿参加メンバーが決まる。
合宿選抜メンバー以外は学校での居残り練習となる。
今日のスケジュールは、男子は、1500メートル、5000メートル、1万メートルを行い、女子は1500メートル、5000メートルを行う予定になっていた。
男子が先に行い、女子が後半2種目行う。
バスも男子を先に運び、同じバスで女子を運ぶ。
瑠里は、どうしても青の復帰戦が見たかった。
彼が独りで地獄のような努力を積んできたことは、痛いほど想像出来るから、その努力の結果を見届けたかった。
もちろん、自分も自己ベスト更新を最大の目標として走る。
「 夏海ちゃん!おはよう!」
瑠里は、バスを降りて会場に入ると、朝から忙しく動きっぱなしの夏海に駆け寄った。
「 瑠里ちゃん!おはよう!来たわね、いよいよね!」
首に幾つもストップウォッチをぶら下げて、サンバイザーの下で笑う彼女は、すでに汗だくだった。
「 暑いのにご苦労様!男子、どこまで進んだ?」
「 五千メートルが済んだとこよ。後15分で1万スタートするわ。」
青のレースがもうすぐ始まるのを知って、瑠里の視線が競技場を彷徨った。
「 月城さんを探してるの?」
夏海が小首を傾けて尋ねた。
そして、トラック内の芝生に固まっている10人程の集団を指差した。
「 あそこにいるんじゃないかな?月城さんも。」
夏海が教えてくれた集団の中に、青がいた。
黒のタンクトップに、青いショーツを履いていた。
前に見たときよりも、髪が短くなっている。
青を見つけた瑠里の顔が、パァッと輝くのを見て、夏海はヤレヤレと笑った。
「 完全復活になるといいね。」
「 うん!」
ピストル音の号砲と共に、青のレースは始まった。
1年から4年まで10人の選手がスタートした。
青は、本来は3年なのだが、休学により単位不足で留年となり、2年としての参加だ。
長距離、駅伝のコーチ、2年の男子選手数名、マネージャー神崎、金沢、酒井で10台のストップウォッチで1名ずつ測る。
瑠里は、更衣室へ続く通路の入口近くの日陰で自分の腕時計で青のタイムを測定しながら、レースを見守った。
自分の走る五千メートルとは、ペースが全く違う。
例えば、箱根駅伝の出場条件としてなら、1万メートル 34分を切らないといけないらしい。
単純に、1キロ 3分半のペースだ。
それを10回繰り返せばいいのか?
それとも前半で貯金をして後半の疲労に備えるのか?
1万は、瑠里には未知の世界だった。
2周半で1キロ。
2列で綺麗に整列し、皆が同じリズムで走る。
最初の1キロで時計を見る。
2分35秒、かなり早い。
それがオーバーペースなのかもわからない。
青は前から3番目の列のインコースに位置取りをしている。
相変わらず綺麗なフォームで、リズミカルに走っている。
折り返し距離の5キロを過ぎる頃には、1キロ2分50秒前後でペースが落ち着いていた。
その頃になると、走力の差が出始め、徐々に列が長く崩れ始めた。
青のスピードは先頭と変わらず、遅れることもなく、安定した走りを続けていた。
瑠里は、自分の時計とにらめっこしながら、全身を緊張させて、息を飲むように見つめていた。
8千メートルを過ぎた頃に、ペースが変わった。
1キロ3分まで落ちていたが、先頭の2人が一気にペースを上げ、飛び出した。
それを機に、若干青が遅れ始める。
遅れているのか……ペースをまだ上げないのか……
だが、青のフォームが崩れることはなく、リズムも同じに見える。
若干、顔が少し上を向いている。
苦しいのだろうか?
瑠里は気が気でなかった。
先頭の2人は、4年生で間違いない。
その経験豊富の2人の次に青がいる。
ペースは上がったが、青の遅れは10メートル程度を保っていた。
保っているいうことは、青は青のペースで走っているということだろうか?
今回の結果で、駅伝復帰もあるかもしれないという。
残り1000メートル、瑠里はもう天に祈るしかなかった。
この1000メートルで2分40秒までペースが上がり、青との距離も広がってはいない……ということは、青のペースも同じように上がっているということだ。
そして、ラスト800メートルになった時、先頭2人のペースがもう1段階上がった。
そして、青のペースも目に見えて上がった。
腕の振り、脚の回転が明らかに早くなった。
黒のタンクトップの揺れが風を受けて胸に張り付いている。
いつもは絶対に動くことの無い顎が、やはり少し上を向いている。
この1年近く、どれ程のリハビリとトレーニングを積んだとしても、約1年半振りの実践なのだ。
前と同じはずがないし、すぐには感も戻らない。
「 青!…青!……頑張れ!!」
心の中の言葉が、声になって漏れる。
ラスト1周 ―――
先頭2人、少し遅れて青、3人が持てる力でラストスパートを掛ける。
青の後ろのメンバー達もスパートしたが、明らかに距離が開いていく。
残り200メートルを切り、第3コーナーを回った時に、先頭2人と青の距離が縮まった。
青のスピードがもう1段上がったのだ。
最終コーナー、ほぼ3人はひと塊になった。
「 いけ!いけ!いけー!青!!」
だが、残り20メートルで完全に青の顎が上がり、失速を始めた。
そして、そのままゴールとなった。
「 ……あぁ!!時計止めるの忘れてた!!」
最終コーナーから青がゴールするまで、呼吸するのも忘れて必死に凝視していた瑠里は、自分の時計のストップウォッチを止めてなかったことに気づいて嘆いた。
ゴール付近を見ると、内側の芝生に青は大の字になっていた。
え!?倒れたの!?
どこか痛めた!?
青!?大丈夫なの!?
瑠里は思わず日陰から出て、グラウンド近くまで駆け出すと、青がゆっくり起き上がったのがわかった。
「 ……起きた…… 」
瑠里は走りを止めると安堵の息を吐いた。よかった……。
青、走れたね!凄いよ!
それも3番目!1年半振りに走ったのにトップと互角!
復活だね!完全復活!
おめでとう!
瑠里は、起き上がってクールダウンの為に再びグラウンドを歩き始めた青に向かって、拳を握り満面の笑みで心の中でそう呟いた。
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