第14話 青の復活
青から引き離されて(実際は近づくなと言われた)
瑠里は、かなり凹んだ。
青に再会することだけを目標として、青の彼女になることだけを夢見て、頑張ってきたというのに……
現実の青は自分を覚えていない上に、鬱陶しいから近づけるなと言われ……
再会を果たしてからは、青に関しての何もかもが受け入れ難いことばかりだった。
近づくなと言われてしまえば、作戦も、意味がなくなった。
唯一、嬉しいことがあるとしたら……
自分のフォームが青のフォームに似ていると言われたことだ。
ある意味、そこだけが唯一、かつて二人が一緒に過ごしたのだという証になるのだから。
そして、今になってあの頃の青とのやり取りや、交わした会話の中で、幾つも思い当たる節が出てきた。
あの時、青は親しい友達とかはいないのかもしれないと、言っていた。
誰の顔も浮かばないと。
神崎マネージャーの話と紐付けると、それは正解になる。
人と関わるのを極端に嫌っているとしたら、浮かばなくても仕方ない。
ならば……瑠里はハタと考えた。
あの青は、誰だろう?
顔は同じ。声も同じ。口の悪さも殆ど同じ。
でも、あの時の青は、楽しくて実は優しい、よく笑う青年だった。
陸上をこよなく愛し、走るために生まれてきた気がすると語っていた。
もう一人の青……
青の中に、実はもう一人の青が存在する?
それが本来の青の姿だとしたら?
ただ、あの時の青と、今の青に共通していることが一つだけあると、瑠里は思った。
周りと関わりたくなくても、あれだけ必死にリハビリをしているということは、陸上を嫌いになっていないということだ。
もう一度、走ろうとしているということだ。
そこは、自分の知ってる青と同じだ。
陸上を通してなら、まだ何かのきっかけが見つかるかもしれない。
直接近づけないという状況ではあるが、青がグラウンド復帰すれば何かが変わるかもしれない。
そう思うと、ちょっとだけ心の中に希望が灯った気がした瑠里だった。
次の週、一年生に新しいメンバーが加わった。
金沢に、部活前の準備中の一年が集合をかけられ、紹介される。
「 本日から、新しくマネージャーとして入部した酒井夏海さんです。」
「 な、夏海ちゃん!?」
突拍子のない声をあげたのは瑠里だった。
「 高宮さん、知り合いなの?」
金沢が尋ねた。
「 はい!学部や授業が一緒なんです。」
意味深な笑みを瑠里に投げながら、夏海が答えた。
「 そう、心強いわね。あくまでマネージャーとしての入部だから練習やトレーニングは参加しないけれど、帯同はするし、準備片付けも一緒なので皆さんもそのつもりでよろしくお願いしますね。」
「 あらためて、酒井夏海です!いづれ一年専属のマネージャーになるのでよろしくお願いします!」
思わず瑠里だけが拍手をして、注目を浴びてしまい、真っ赤になる。
「 びっくりしたぁ!!一昨日の講義の時、何も言わなかったじゃん!」
紹介が終わると、瑠里は夏海に駆け寄った。
「 ごめんね、驚かせたくて黙ってたの。」
夏海は悪びれもせずに、いたずらっぽく笑った。
「 でも、なんでマネージャーなの?それも陸上部の?」
「 私、運動部経験殆ど無いの。でも、マネージングやトレーナー的な管理側にずっと興味があって。で、やるなら瑠里ちゃんが居る陸上部がいいと思ってたら、マネージャー募集してたから!」
夏海の説明を聞いて、初めて彼女の考え方を知った。
講義で一緒になったり、ランチを一緒にすることはあっても、あまりパーソナルな事は話題にしなかった。
「 全然知らなかった……」
「 だって、初めて話したもの。」
夏海は、クスっと笑った。
「 そっか!でも、せっかく同じ部になったんだから、一緒に頑張ろ!ね!」
素直に嬉しそうに笑う瑠里に、夏海は頷いて笑い返した。
少なくとも、知り合いが同じ空間に居ることで、瑠里の小さな喜びが一つ増えた。
青は、あのクレームの後、トレーニングルームにも現れなくなった。
少なくとも北別館で見かけることはなかった。
かといって、もう1ヶ所の西館に行って偶然を装う勇気はとうてい持てない瑠里だった。
青のあの蔑むような冷たい眼差しと、乾いた笑い声がトラウマのようになっていた。
そんなある日、合同ランの後にジムでトレーニングメニューをこなし、部員も殆ど帰った後のクラブハウスに向かっていた時、メイングラウンドの横にある、誰も居ないサブグラウンドを走っている人影が目に飛び込んできた。
瑠里は大きく目を見開き、息をすることも忘れて立ち尽くした。
デジャブだった。
高校の教室の窓ガラス越しに、校庭を走る青を見つけた時と同じ光景。
あの記憶に残る綺麗なフォームでグラウンドを走る青の姿。
まるであの時に戻ったかのように胸が早鐘のようにドキドキした。
涙で青のシルエットが滲んでぼやける。
青が、走っている!
再び、あのフォームで走っている!
「……青……綺麗……」
涙の粒と共に瑠里の口から言葉が零れた。
冷たくされようが、忘れ去られていようが、近づくなと言われようが……あの透けるような眠ったままだった青が、こうして再び自分の力で走っている姿に、瑠里は感動していた。
そう、それは何より望んでいたことだった。
青が意識を取り戻し、辛かったであろうリハビリやトレーニングを乗り越え、また走れるようになる……それこそが瑠里の何よりの願いだった。
瑠里は首に掛けていたスポーツタオルで涙を拭い、飽きること無く青の走る姿を眺めていた。
その日以降、また新たな作戦が始まった。
どうやら青が、皆が練習を終え帰った後に、サブグラウンドでランニング練習をしているらしいとわかったから、瑠里も自主練をすることにした。
一緒に走るわけにはいかないから、グラウンド横のスペースでトレーニングメニューとして組まれているサーキットトレーニングや、重りの詰められたボールを使ったネットで見つけたトレーニングなどをすることにした。
青の走る姿を堂々と見られるのが第一の目的ではあったが……
圧倒的に違う推薦組との走力の差を少しでも縮めたいという目的もあった。
そう、あの高校最後の大会で優勝という経験をしてからの瑠里の走ることへの意識は変わりつつあった。
楽しむだけの走りから、速く走りたい、タイムを上げたいという欲が生まれた。
グラウンドでの居残り自主練を始めて二日後には、青が走りにやって来た。
相変わらず、こちらを見ることもせずに、一通りのアップの後走り始めた。
ジョグの段階から、ビルドアップまで黙々と走り込んでいるその姿は、やはり惚れ惚れするほど美しく、無駄が無かった。
腕の振り方、脚の蹴り方などを横目で盗み見しながら自らもトレーニングに励んだ。
青の走り込みと、瑠里の自主練が重なる日が三回目を迎えると、とうとう青がトレーニングをしている瑠里の前に立った。
「 おい!どういうつもりだ?」
瑠里はバーピージャンプの最中だったが、すぐに動きを止めた。
「 ……何がですか?」
Tシャツの袖で汗を拭きながら答えた。
「 神崎から、俺に近づくなって言われたよな?」
トレーニングのせいとは違う心臓のバクバク感と共に、瑠里は青と向き合う。
「 聞きました。」
青はイライラを隠しもせず瑠里を睨み付けた。
「 じゃぁ、なんでお前がここにいる?目障りなんだわ 」
さすがの瑠里も、その青の言い方にカチンときた。
「 自主練しているだけです、いけませんか?邪魔はしていないはずです。」
初めて言い返してきた瑠里に青の目は細められ、尚更キツくなる。
「 視界に入られると気が散るんだよ、俺の居ない時に自主練でもなんでもやってくれ!」
瑠里は、青をグッと見返しながら首を横に小さく振った。
「……私だって、陸上部員です!一年生は、雑用も沢山あって、自由に練習出来ないんです。別に月城さんの邪魔をしようとか思っていませんから!」
瑠里の強い口調に、青は睨みながらも口を噤んだ。
「 視界に入ろうと入らまいと、無視したらいいじゃないですか?月城さんの走行進路を邪魔してるわけでもないんですから。」
きっぱりと言いきった瑠里に、青の睨み付けていた眼差しが少し緩んだ。
「……なんで、お前だけ居残り自主練してるんだ?一年は他にもいるだろうが?」
おそらくは、再会を果たしてから、初めてのまともな青からの問い掛けだった気がする。
瑠里は、少し顎を上げて青を真っ直ぐ見た。
「 私は……力不足なんです!推薦組でもない私は、他の人より練習しないとおいていかれるんです!」
その言葉は、なぜか青から蔑むような表情を消した。
「 おまえ、一般入部か?」
おまえじゃなくて、高宮だってば!そう言いたい気持ちを呑み込みながら、初めて青に出会った時にも同じことがあったことを思い出す。
「……そうですけど。」
青は、何も言わずに瑠里をちょっと間見つめると、突然、クルリと背中を向けてグラウンドに歩き出した。
瑠里は、一瞬ポカンとなってから慌てて声を掛けた。
「 あ、あの!自主練、やめませんから!」
だが、青はそれに答えることなく、グラウンドに戻っていった。
心臓が爆発しそうだった。
瑠里は無意識に両手で胸に手を当てて抑えようとする。
僅か、3分足らずの出来事だったにも係わらず、今にも足元から崩れてしまいそうな感じだった。
酷く緊張していたのだ。
遠ざかり、グラウンドを走り始める青の姿を見つめながら、心の中で叫び続ける。
私は、高宮瑠里だよ!
青に会う為にここまで来たんだよ!
気づいてよ!
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