第2話 白銀の聖女

 けが人の応急処置は済ませた。右腕の肘から先が無く、左足の太ももから途切れているのは外見からわかっていたけど、肋骨が折れ肺に刺さっており、左腕も折れていた。右の脇腹はドラゴンの爪が刺さったのだろうか、抉れていた。


 満身創痍と言っていい状態だった。

 一度に全てを治せれば一番いいのだろうけど、それだと体の負担が著しいのだ。

 聖女と呼ばれる人なら、いとも簡単に回復させることも出来るかもしれない。しかし、私はそんな人物ではないので、止血のみに留め、あとは折れた骨の固定と消毒をして包帯を巻いておく。


 というか、この人物。まじで呪われている。全身に鱗状の痣が蠢いていた。どれだけ恨まれているのか。


 そう言えばとふと気になった。あの青いドラゴンこの人物の肉を食べていたなぁと。お腹壊していないだろうか。

 この人物の荷物を探すついでに、様子でも見に行ってみるか。




 結果的に青いドラゴンは泡を吹いて悶絶していた。その側には複数のドラゴンが寄って来ており、心配そうに様子を伺っていたが、原因がわからず困っていたようだ。


 私はそのドラゴン達の間を抜け、悶絶している青いドラゴンの腹を身体強化した体で蹴飛ばした。青いドラゴンは、くの字に折れ曲がりながら口からどす黒い何かを吐き出し、宙を舞う。

 ドスンと地響きを響かせながら地面に激突する青いドラゴンを背にして、私は赤黒いドラゴンに向かって言う。


「長老。青い子は呪われた肉を食べたみたいだから、白いドラゴンに頼んで治癒をして貰ったほうがいい」


『呪われた肉だと!どこで拾い食いをした!好奇心旺盛なのはいいが、何でもかんでも食べるのはやめろといつも言っているだろ!』


 ピクピクと痙攣している青いドラゴンに向かって長老は説教を始めたが、聞こえていないと思う。周りにいたドラゴン達もいつもの馬鹿な事をして泡を吹いていたのかと納得して去っていく。


 そんな姿を横目に私は辺りを見渡し目的のものを見つけた。この場に似つかわしくない、人が持ち歩くような荷物と折れた大剣が地面に転がっていた。


 その荷物を持ち、意識が戻り、白いドラゴンに治癒を施して貰っている青いドラゴンに声をかける。


「青いのちょっと確認したいのだけど」


 私の言葉に反応して顔をあげる青いドラゴンの目が輝いているように見える。あ、また始まる。


『嫁。嫁。やっぱり嫁はすごいな。強いな。人にしておくにはもったいないなぁ』


 尊敬の眼差しと共にドスドスと地響きが近づいて······いや、不機嫌そうな白いドラゴンに首根っこをガシリと掴まれ引き止められている。


『まだ、治療中。人族。用件をさっさと言いなさい。そして、さっさと住処に帰りなさい』


 白いドラゴンは私をキッと睨みながら言ってくる。白いドラゴンは青いドラゴンに好意を寄せていることは周知の事実なんだけど、青いドラゴンだけが全くわかっていない。おこちゃまだから成長するのを待っているらしい。頑張ってほしいものだ。そして、私への“嫁”呼びをやめさせてほしい。


「ああ、私の尋ね人は何と言っていたのかと聞きたかった」


『あの弱っちい人族?なんか白銀の聖女を探してるって言っていた。俺はお前の来るところじゃないって追い返そうとしたのになぁ』


 とても残念そうに言っているが、もう少し穏便に追い返せなかったのだろうか。


 白銀の聖女。確かにそう呼ばれたことはある。私の銀髪と溢れ出る白い魔力を指して誰かが言い始めたのだ。先程も話したとおり私は聖女ではない。大人達が一人の子供をいいように使う為に用いた名称にすぎない。


 空間に手を差し入れ、煙管キセルを取り出す。乾燥させた葉を火皿に詰め、火をつけ、肺いっぱいに煙を吸い込む。


 子供の頃が一番幸せだったと紫煙を吐き出す。別にここの生活に不満があるわけじゃないけど、心が満たされる程の幸せを感じることはない。



 白いドラゴンに威嚇される前にその場からさっさと離れる。しかし、そのまま家に戻るかといえば、家を囲う結界の前で立ち止まり、地面に座り考える。


 あの人物は白銀の聖女という噂を頼りにここにたどり着いたのだろう。あの禍々しい呪いを解除して欲しいというのが、会いに来た理由だと推察される。


 あの禍々しい物が解除できるかと問われれば、正直わからないと言うのが本音だ。見た感じだと、手を出すのもためらう程のモノなんだけど、何かがおかしいような気がする。あのようなモノは手を出さない方が良い。


 答えは決まった。あの人物の呪いには関わらない。治療が終わったらさっさと出ていってもらおう。


 そうと決まれば、白銀の名が示す髪の色を変えてしまおう。闇のように真っ黒な髪にする。ついでに明け方の空のような紫色の目も黒くしてしまえば、白銀と呼ばれた人物と同一人物とは思われないだろう。


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