銀の魔女の憂鬱〜ここが乙女ゲームの世界だったなんて聞いていない〜

白雲八鈴

第1話 ドラゴンと横たわる鎧と私

 青く透き通る空を背景に、鈍色を纏った鎧が宙を舞い、グシャリと音を立てながら地面に沈んでいく。その鎧の奥には勝鬨なのだろうか。咆哮を上げなから胸を張っているように見える青い鱗を纏ったドラゴンがいる。


 そのドラゴンの視線が私を捉えた。土埃の立つ地面を4つ足で駆けながら私の目の前までやって来る。2本足で立ち上がり、体を起こすと見上げる首が痛いほど大きい。5メートル程の高さはあるようだ。


 頭上には翼を大きく広げた青いドラゴン。足元には血を流しながら横たわる鎧。隣町に買物に行くようなワンピース姿の私。


 どう見てもこの場で異質なのは私。


 ドラゴンの視線はずっと私に向けられたまま、大きな口を開いた。


『嫁。客らしい』


 このドラゴンは何故か私の事を“嫁”と呼ぶ。多分一度、ボコボコにしたのが駄目だったのだろう。きっとその時に脳みそが揺さぶられた反動に違いない。


「嫁じゃない。それで客と言いつつこの状態は何?」


 私はきっぱりと否定する。私はドラゴンではなく、普通の人族だ。そして、血の海に沈んでいる鎧を指しながら聞いてみる。


『嫁と同じ人族っていうのが、気に食わない』


 人族ってだけでこの様な状態にされるのは、たまったもんじゃない。っていうか、マジで死にかけている。

 できれば、今日は森の方まで行きたかったけど、人命がかかっているのなら仕方がない。


 バカなドラゴンに出くわしてしまったこの人の運がなかったのだろう。せめて別のドラゴンなら違ったのに。

 そんな事を考えながら鎧を触り、浮遊の魔術を施す。どう見ても私より大きな鎧を持ち上げるなんて出来はしない。

 軽くなった鎧の首根っこを掴み引きずるようにしてもと来た道を戻っていく。

 あ、別に引きずってはいないよ。浮遊しているから振動はないはず。と、状態を確認してみるとこの鎧。右手と左足が無かった。

 慌てて振り返り青いドラゴンを見てみると、口がモゴモゴと動いている。喰っている!


 直ぐ様、応急処置として私の魔力で患部を覆い、圧迫するように纏わす。これで、出血もましにはなると思う。




『今日は何を運んでいるのかな?』


 もう少しで私の家にたどり着くというとことで、頭の上から声が降ってきた。顔を上げると、先程の青いドラゴンが子供に見えるほど大きな赤黒い鱗に覆われたドラゴンが私に話しかけてきた。


「長老、何やら私の客人らしいのですが、青い子に遊ばれてしまったのです」


『はぁ。あの子は手加減ということをいつになったら覚えてくれるのか。しかし、他所様の客人に牙を向くとは·····すまなかったな。早く手当をしてやってくれ』


 そう言って、赤黒いドラゴンは背を向けてノシノシと歩いて去っていく。ここは竜の谷と呼ばれる高い山間の谷間。ここで竜達はついの棲家として過ごす竜もいれば、子育ての為に立ち寄る竜もいる。

 あの赤黒いドラゴンはここの長老として、まとめ役を担っている竜だ。私が引きずっているモノが気になり、外敵を引き入れていないか確認をしに来たのだろう。


 しかし、怪しい物体の悲惨なる状態になった原因が青いドラゴンの所為だとわかったので、説教でもしに行くようだ。


 そう、私を嫁と呼ぶ青いドラゴンだ。と言っても人の私よりの幼い10才児だ。遊びたいざかりのはわかるけど、遊びの延長上で訪問者を半殺しにするのは良くない。


 そのような事を考えていれば、白い外壁の平屋の家にたどり着いた。家の周りは木々で目隠しをして、その内側に結界を張り巡らしてある。容易にはドラゴン達を近づかせないほどの強力な結界だ。


 ここが私の住処だ。家の中に入り、奥の寝室の扉を開け、中にはいる。床に血まみれの鎧を置き、さてどうするかと考える。


 全く動かない鎧をみる。フルプレートアーマーと呼ばれる全身と覆う鎧だ。着ている人物はとてもガタイがいいことが伺える様相だ。

 しかし、そんな鎧を着ている人物を見たことがあっても、どういう仕組なのかさっぱりわからない。手当をするにはこの鎧の脱がさなければならないのだけど、もう、手足の部分が欠けているから壊してもいいか。


 取り敢えず兜の部分を外してみる。真っ赤な髪が溢れ落ちた。思っていたより長い髪なので、女性なのかと顔を確認してみると・・・誰?


 いやさ、私を訪ねてきたってことは、ここに来るまでに出会った知り合いかと、内心すごく焦っていた。この怪我は流石に命取りだから早急に治療しなければと思って連れて帰ってみれば、全く知らない人物だった。


 真っ赤な長い髪に苦悶に歪む顔はイケメンといっていいほど整っている男性だ。しかし、問題はその皮膚に蛇のような黒い鱗の痣が刻まれていた。それが皮膚を撫でるように蠢いている。


 絶対にこれは関わっていけない人物だった。今から何処かに捨ててくる?いや、駄目だ。この黒い痣は呪いと言っていいほど強大な禍々しい力を放っている。この人物が死ねば辺り一帯に、この禍々しい力をばら撒いていくのだろう。


 ああ、最悪だ。


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