はずれスキル「なぞなぞ」が最強すぎたので

おもちさん

第1話 降り立った世界は

 山奥の村の外れに幼い声が響き渡る。空はあいにくの曇天模様なのだが、その雲を追い払うほどに覇気が込められた叫びだった。


「はぁ、はぁ、粉砕ィーーッ!」


「よっしゃ粉々だ、さすがだなテッド!」


「もう無理だよぉ、いっぺん休ませてぇ……」


 テッドと呼ばれた少年は、同世代の子供よりふた回りも大きな体を地面に横たえた。仰向けに晒された大きな腹が、呼吸に合わせて上下する。


 彼らが担うのは畑の開墾だ。少年少女、しかも4人だけで成し遂げるには大仕事なのだが、ごく普通の子供ではない。


 全員が魔術学院の卒業生という、エリート集団なのだ。


「ミアは魔法で土の成分を整えてくれ。お前のスキル『術式操作』なら簡単だろ」


 その呼びかけに、茶色のポニーテイルが揺れた。汚れた作業着に反して髪のツヤが美しいのは、手入れに彼女なりのこだわりがあるからだ。


 そんな彼女は、少年たちに比べてずっと華奢なのだが、食ってかかる程度には心が強い。


「出来るけどさ。アナタも少しは手を動かしてよ、さっきから口先ばかりじゃない」


「オレのスキルは『統率者』だからな。お前らの後ろで命令するのが仕事ってわけ。分かる?」


 そう語る少年は、真っ赤な短髪を両手で後ろに撫でつけ、白い歯を見せびらかせた。この自信は強さという裏付けがあるからだ。


 ミアは納得した風ではないものの、魔力による文字式を虚空に描き、魔法を発動させた。途端に辺りの地面から過剰な水分が消え、程よい湿り気を帯びるようになる。


「やるじゃん。オレほどじゃないにしても役に立つな」


「コーディ、褒めるなら汗のひとつもかいてみてよ。全然嬉しくないわ」


「おいおい、オレなんかより酷い奴が居るだろう。そこに」


 視線の先では、小柄な少年が静かにうずくまっていた。地面の小砂利を退けているのだが、会話には一切加わろうとせず、ただ黙々と作業を続けている。アゴ先まで伸ばした蒼い髪に、青い瞳。それらは深い湖面のような色味で、思慮深さや清廉さを感じさせ、好意的に見る者も少なくない。


 だがその一方で、無用な敵愾心(てきがいしん)を煽る事もある。それが同世代の子供となれば、露骨な言葉となって現れるのだ。


「なぞなぞスキルのクエスタ。魔術学院まで出してもらって、成果が屑スキルって。金をドブに捨てたようなもんだよな」


「何よその言い草は。コーディの家が出した訳じゃないでしょ、学費は村長さんのご好意よ!」


「別に。オレは皆が考えてる事を言ったまでさ。穀潰しのクエスタ。孤児で役立たずのクエスタってな」


「酷い事言わないでよ、聞こえたらどうすんの!」


「今日も独り言をブツクサ言うだけだろ。どうせ聞いちゃいねぇよ」


「もういいわよ。ほんと、バカバカしい!」


 ミアは憤激から足を踏み鳴らしつつ、コーディから遠ざかった。そしてクエスタの隣に腰を下ろし、柔らかな声色をひり出した。


「ねぇクエスタ。さっきの言葉は聞こえた? 気にしちゃダメよあんな奴」


 返事はない。ただ延々と、緩慢な動きで砂利を取り除いている。


「コーディはね、嫉妬してるのよ。もしクエスタに対等なスキルがあったら、何一つアナタに敵わないんだもん。ここぞとばかりに陰口を叩いてるの、それはもう酷い悪口を」


 やはり返事はない。しかしミアは唇が動いている事に気づく。耳を側に寄せてみれば、彼は限りなく小さな声で言葉を発していたのだ。


「この村で、やってもやっても無駄な事か。答えはそうだねぇ、畑仕事かな?」


「ちょっとクエスタ、何を言ってるの」


「えっ、ミア? いつの間に……」


「さっきからずっと隣に居たわよ。それで、またいつもの癖が出たの?」


「ごめんよ。このスキルのせいで、謎解きというか、不思議な声が聞こえてくるんだ」


「程々にしときなさい。そんなだから、皆から変な目で見られちゃうのよ」


「うん。分かってるけどね……」


 そのとき、空に重たい音が響き渡った。ゴロゴロと、まるで獣が野太く叫んでいるかのようだ。


「起きろテッド、もうじき雨が降るぞ!」


 コーディが声をかけると、全員が固まって走りだした。降り出した雨は瞬く間に豪雨となり、辺りに激しく打ち付けた。彼らは自宅まで戻る事を諦め、途中の納屋で休む事にした。


「ふぅぅ、ビビった。ここんとこ天気が悪いな」


「最近は雨ばっかだよ。しかも一度降り出すと、ずっとだよね」


「親父が言ってたぞ、今年も作物がヤベェって。だから慌てて畑を広げてんだけどさ」


「でも、せっかく耕しても、こんなに雨が降ったら……」


 テッドとコーディが干草に横たわりつつ、愚痴交じりに不安を吐き出した。その脇で、ミアは髪を丁寧に絞った。根元から毛先に向かって、優しく、丁寧に。そしてスカートの裾から水気を払いつつ、入り口に突っ立ったままの背中に声をかけた。


「ねぇクエスタ。そのままだと風邪ひいちゃうよ?」


「止まないよ」


「止まないって、何が?」


「雨はしばらく降り続ける。そして僕は、この村を追い出されるんだ」


「ねぇ、意味が分からないわ。さっきから何を言ってるの?」


「そうだよね、ごめん」


「うわぁ気持ち悪ぃ! ほんと不気味だよな、お前って!」


「コーディには言ってないでしょ、会話に入ってこないで!」


 ミアは不吉な想いに揺さぶられた。今の言葉は、下手な冗談であって欲しい。そう願ってしまうくらいに、謎の信憑性が感じられたのだ。


 そして無情にも、現実は少女の思惑を踏みつけにして、動き出す。


「コーディは居るか、他の3人も一緒か?」


 納屋の扉が叩かれて揺れる。名指しされたコーディは素早く飛び起き、内鍵を外した。


「ここに全員居るよ。言っとくけどサボりじゃないから!」


「ああ分かってる。それよりも村長がお呼びだ、すぐに来てくれ」


「来てくれって、この雨の中を?」


「火急の用事だ。我慢しろ」


 不安になって目配せする少年達。しかし唯一、クエスタだけは虚空を見つめ、一言も発しなかった。


 雨脚は強い。肌を叩いて音を鳴らす程であり、瞬く間に全員がズブ濡れになった。それでも不平が飛び出さないのは、呼びつけに来た青年の形相である。只事ではない様子が無駄口を遠ざけるのだ。


 やがて村長の屋敷に通されると、濡れた体もそのままに奥へと連れて行かれた。そして顔役が揃う中で、4人は耳を疑うほどの言葉を聞くことになる。


「生贄……ですか?」


「そうだ。連日の豪雨で今年も凶作が予想される。そして地滑りに地盤崩落。更には謎の獣までも見かける様になった。これはただの天候異常ではなく、大地の神がお怒りなのだと判断した」


「それで、まさかオレ達を……!?」


「大地の神は穢(けが)れを嫌う。それゆえ生贄は幼くてはならん。また幼すぎても、魂の重みが釣り合わず、大勢を捧げる結果となるだろう。それゆえ10歳を1人捧げるのが妥当である。かつての村長がそう決めたようにな」


「そんな、オレは嫌だ! 死にたくない!」


 300名程度が暮らす田舎村に同年齢の子は少ない。全村民を集めたとしても、条件を満たすのはこの4人だけである。その世代層の脆弱さから、全員を魔術学院で育てる事に決めたのだが、皮肉にも命を捧げる結末を迎えようとしていた。


「村長、オレは統率者ってスキルがある。村の役に立つのは間違いない。テッドは粉砕があるし、ミアも術式操作がある。生贄にしなきゃならねぇのは……」


「クエスタ、と言いたいのか」


「待ってよ村長! 確かにクエスタのスキルは酷いけど、魔法学院をトップクラスで卒業したの! 彼にはスキル以外で色々と役に立つから!」


「ミアは黙ってろ、こんな奴を生かしても意味ねぇだろ!」


 村長は、真っ向から反発する2人を交互に見て、テッドに目線を向けた。


「おぬしはどう思う?」


「オレも、クエスタしか居ないと思う」


「テッド……アナタまで!」


「仕方ないだろ! 一人だけ選べって言われたら、誰だってコイツに決めるよ!」


「との事だ。クエスタよ、おぬしは?」


 最後に言葉を求められた少年は、蒼い髪から雫を垂らしながら、事も無げに言った。


「僕もそうすべきだと思います」


「決まったな。これは他ならぬ、おぬしたちの手で決めたのだ。他の世代に恨み言など言わんようにな」


「まだ決まってない! 私は認めないから!」


 ミアが術式を走らせ、手のひらに火の玉を生み出した。誰かを焼き尽くすには十分な火力がある。


「クエスタを解放して。さもないと……」


「バカな真似はやめろ!」


 コーディが後ろから羽交い締めにすると、ミアの魔力が乱れ、火の玉は霞になって消えた。両手を暴れさせて逃れようとする。しかしテッドが手首を掴んだ事で、それすらも叶わない。


「ゆくぞクエスタ。皆のためだ、恨まんでくれよ」


 促されて消えていく2つの背中。そこに悲痛な叫び声が向けられた。


「クエスタ、お願いだから逃げて!」


 しかしそれも豪雨が鳴らす音にかき消され、届かなかった。


 やがて大人たちは厳重にクエスタを連れ歩き、とある崖の側までやって来た。先日までは山道があったのだが、今は吹き飛んだかのように底が見えない。突然の崩落によって生まれた大穴だ。


「この奈落の穴は神の世界へと通じておるだろう。何か言い残す事は?」


「こんな事、僕で最後にしてください」


「おぬしが神の怒りを鎮めたなら、希望通りとなるだろう」


 それを最後に、小さな体は虚空へと押し出された。落ちていく。ただひたすら、掴まるものもなく落下していく。


 辺りは一切の光が差し込まない、闇の世界だ。感じるのは体に吹き付ける風と、穴に注がれる大雨の音くらいだ。自分がどの位置にいるかも分からない。それどころか、落下している感覚する分からなくなり、ただ時が過ぎていくのを待ち続けた。


 しかしその時だ。彼の脳裏に場違いなほど明るい声が響き渡った。子供の、もしかすると彼よりも幼い少年のものだ。


——問題です。魔界へ繋がる穴を落ちる少年は、助かるでしょうか?


 いつもの声、なぞなぞスキルが発動したのだ。クエスタは、魔界という単語が気になったが、無視する事にした。どうせ死にゆく運命だ。


「そんなの考えるまでも無いよ。死ぬんだ、アッサリとね」


——残念、ハズレです!


「えっ、どうして? 助かる見込みなんか……」


 思わぬ結果に困惑するも、突然吹き上がった風を受けて更に慌てた。何か異質な気配がある。しかし、それが何かは分からない。


 いつしか風は止んでいた。ゆったりと落ちていく感覚を覚えつつ、足元を見た。そこでは色とりどりの光が輝き、まるで地中に星空が埋め込まれたかのようだった。


 そしてとうとう彼の足は地を踏んだ。衝撃もなく、浅傷すらない体で。


「ここは、どこなんだ?」


 クエスタは呆然と周囲を見渡した。そこは石や木々が煌めく、異質なる世界が広がるばかりだった。書物にも伝聞にも無い世界が。


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