月の輝くところ

綾乃 蕾夢

第1話月の輝くところ

 月に向かって、大きな蝶が飛んでいった。


 闇夜に青白く輝く、大きな月。

 うれいをびた美しい鱗粉りんぷんが尾を引いて。



 彼はいつでも月の輝くところを目指していた。



 あの日、彼は旅に出ると言った。


 何もない、この不毛の大地に未練はないと。


 私は残される悲しみを少なからず感じていたが

 彼を止めることは出来ないと分かっていた。


 じゃあ、お気を付けて。


 背後から声をかけた私を彼は振り返り、おそらく微笑んでくれたのだと思う。


 の光の中に入ってしまった彼の顔は、逆光のせいもあったのか、その表情は今では上手く思い出せない。


 また、会える。


 確かに彼は、そう言ったはずなのに……。



 もう、ずっと昔のことのような気がする。


 彼はいまだに帰らない。



 そこは豊かな水が緑を育て、月の明かりが花を照らす。

 甘い蜜に蝶が踊り、限りを知らない喜びが溢れるところ。


 そんな場所があるはずは無い。


 彼の妄想もうそうを私は笑ってしまった。


 彼は無事にそこにたどり着いたのだろうか。


 今日も彼の背中を見送ったこの場所に立つ。


 ふと落とした視線の先に、大きな蝶が横たわっていた。


 力尽きたその身体を風が通り抜けていく。


 そのままにしておいてはいけない気がして

 私は蝶を両手ですくい上げた。



 ああ。そうか。


 私は澄んだ夜空をあおいだ。


 彼は私そのものだった。

 彼はってしまったのだ。


 月の輝くところへ。

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月の輝くところ 綾乃 蕾夢 @ayano-raimu

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