第12話 一ノ瀬さん

(さて、休憩、休憩)


 俺は一ノ瀬さんという人に心当たりがないため、特別気になることもないのだが、自然と話し声は耳に入ってきてしまう。


「お久しぶりです。山下さん。パーティ希望の子見せてもらえますか?」


「はいはい。デュオパーティ希望の女の子だよ。毎度のことながら一ノ瀬さんみたいな美人な子が募集してるって言ったら、ほら、こんなに。女子にもモテモテだね。で、どう? 今回は見つかりそう?」


「いつもありがとうございます。……こればかりは私が決めるのではなく、システムが決めることなので、なんとも……」


「契約者……だっけ? まだまだこの魔王システムもよく分からないよね。あ、その子なんて結構──」


 一ノ瀬さんは女性のようだ。そして、どうやら訳ありで女子同士のデュオパーティを探している様子。デュオパーティ自体は珍しくもないが、募集してデュオというのは珍しい。


(ま、でも俺には関係ないし、首を突っ込むことでもない。良いパートナーが見つかりますように)


 俺は山下さんと一ノ瀬さんの方は見ず、そっと心の中でお祈りだけして横を通り過ぎようとした。


「あ、獅堂君お疲れー」


「あ、はい、山下さんおつか──」


 しかし山下さんの方から挨拶をしてくれたので、俺は立ち止まり挨拶を返そうとした。そして彼女──一ノ瀬さんと目が合った。


「……ん? どうしたの? 二人とも見つめ合っちゃって。知り合いだった?」


 知り合いじゃない。初めて会った筈だ・・。だが、何とも言いようのない感覚に包まれ、言葉に詰まる。代わりに口を開いたのは一ノ瀬さんだった。


「初めまして、だと思います……。山下さん、彼は……?」


「あぁ、すれ違ったこととかあるのかな? えと、彼は獅堂君だよ。最近フリーのモーラーになってもっぱらこのダンジョンを利用してくれている常連さんだ。って、個人情報言っちゃまずかったか……。ま、折角だから二人とも自己紹介しよう。モーラー同士の繋がりは大事だからね」


 山下さんは何か勘違いしているようだと思う一方で、すれ違ったことがあるという言葉は間違っていない気もする。


「そうですね……。私は一ノ瀬ヒカリと言います。イギリスとのハーフですが、日本育ちなので、言葉は問題なく。フリーのE級モーラーです」


 一ノ瀬さんは綺麗なプラチナブロンドのショートヘアで、瞳は青く、その容姿はファッションモデルさんのようで確かにハーフと言われ納得だ。


「おーい。獅堂君もほら、自己紹介、自己紹介」


 見惚れてしまっていたため山下さんに苦笑されてしまった。慌てて自分も名乗る。


「……あ、獅堂辰巳です。東京生まれ、東京育ちです。先月からフリーのE級モーラーとしてデビューしたばかりの新人です。よろしくお願いします」


「こちらこそ……」


 俺が頭を下げると、一ノ瀬さんも頭を下げる。その表情はどこか困惑している様子だ。


「はいっ、というわけで先月デビューしたばかりの獅堂君は熱心でまっすぐなイイ子なんだよ。一ノ瀬さんの方が一年くらい先輩だから指導してあげてくれないかな。獅堂君なだけに。うぷぷ」


 山下さん得意のE級オヤジギャグが飛び出たところで俺はピクリとも笑うことができない。一ノ瀬さんにしても難しい顔でずっとこちらを見つめているだけだ。


「……あのー、二人ともホントにどうしたの?」


 愛想笑いすらしない俺たちに山下さんはどこか心配そうな声だ。 


「……見つかりました」


 それに対し、一ノ瀬さんは俺からフッと視線を外し、わずかに頬を緩ませ山下さんにそう言った。


「はい? 何が?」


 山下さんの顔がさらに困惑する。


「私の契約者は彼です」


 そして一ノ瀬さんはなにやら可笑しなことを言った。


「は??? え、いや、だって、女の子しかイヤだって……、え、えぇ……」


 山下さんは一ノ瀬さんの不可思議な発言に引いていた。俺もいきなり初対面の人から契約者ですと指名されて困惑する筈だ。なのに──。


「獅堂さん。私の契約者となってもらえませんか?」


「はい」


 俺はごく自然にそれが当然であるかの如く返事を返した。


「えぇぇぇえええ!? そ、そんな簡単に!? え、いやだってさっきソロの方が気楽って、性に合ってるって、迷惑かかるって、いや、それに契約者ってなんだよってツッコミもなくっ、即決ぅっ!?」


 山下さんはこの可笑しな邂逅に対して全力でツッコんでくれた。だが、俺も一ノ瀬さんも意に介すことはない。


「獅堂さんありがとうございます。ステータスオープン。契約者を獅堂辰巳に設定」


 一ノ瀬さんが自身のステータスボードを開き、そう言うと、俺のステータスボードがポップアップし、そこに『契約者を受諾しますか?』という文字が浮かび上がる。俺は迷わず『はい』を選んだ。


「……獅堂さん改めてこれからよろしくお願いします」


「はい。こちらこそよろしくお願いします」


 一ノ瀬さんの細く白い手が差し出される。俺はひんやりしたその手を握り返し、そう返した。


「……おじさん、マジ意味わかんない。え、最近の子って、そういうノリなの? いやいや、一ノ瀬さんも獅堂君もすごく常識的な子だったじゃん……。いや、お互いが納得してるようだから良いんんだけどさ。良いんだけどさ。……おめでとうね、二人とも。これからパーティー、じゃなく? 契約者? として頑張ってね……。ハァ、ドッと疲れちゃったよ……」


 山下さんは額に流れる汗をハンカチで拭いながら、すごくお疲れのようだった。


「ハハ、山下さんすみません。おかしな話しですよね。俺もこれがおかしな状況だってのは頭で理解はできています」


 山下さんの言ってることはもっともだし、これが異常だと頭では理解できる。しかし、不思議なことにこの行動に反省や後悔の気持ちは湧いてこない。


「私も困らせてすみません。山下さんにはたくさん紹介してもらったのに、しかも女性でお願いしていたのに……」


 一ノ瀬さんはチラリとこちらを見てから、山下さんに申し訳なさそうに謝る。


「あー、いや、いいんだよ。きっと運命だったんだよ。いいなぁ、青春というのは。ともかく一ノ瀬さんにパートナーが見つかって良かった! うんうん。獅堂君も男の子として、一ノ瀬さんを守れるくらい強くなるんだよ」


「「山下さん……」」


「いやぁ、なんだろう。この娘が連れてきた彼氏に優しくしちゃったパパみたいな気持ち……。う~ん。まぁ、いいや。はい、じゃあお二人さんはお互いのことを知ったり、今後の計画について話し合わなきゃいけないでしょ。休憩室使っていいから。だ・け・ど・あ・く・ま・で、ダンジョン攻略についての計画を──」


 と、そこまで言った山下さんは頭を掻きながら、ため息を一つつき、


「ハァ、君たちこんな運命っぽい出会い方しておきながら、二人して何、当たり前のこと言ってるんですかって顔やめなさい。おじさんがバカみたいでしょーが! ほれ、行った行った」


 俺たちを追い払うのであった。

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