第11話 IDOの山下さん
さて、クラスメイトたちとの繋がりは切れないで良かった。とは言っても学校に戻るわけにもいかないため、俺はひたすらソロでチュートリアルダンジョンを周回することとなる。装備によってステータスが微増した効果は体感的にはゼロだ。だが、【弄ぶ者】の効果は凄まじい。雑魚敵には効果が発動しないが、ボスであるホブゴブリンにはこうだ。
◇
「グギャ、グギャ」
もう何度目、何十度目かのホブゴブリン。見慣れたスピード、見慣れた攻撃パターン。こん棒を紙一重でかいぐくり、右手の短剣で腹を切り裂き、左手のハンドガンから放たれた銃弾は顎をかち上げる。
<【弄ぶ者】の特殊効果レベル1が発動されました>
「百、と。ほいっ、一、二、三」
被弾せずに百回攻撃が当たるとその特殊効果が発動され、身体全体が白いオーラに包まれる。
「二百九十九……次で」
「グルァァァアア!!」
股の下を潜り抜け、背中に回ってクルリと逆手に持ち変えた短剣で渾身の一振り。
「三百ッ」
<【弄ぶ者】の特殊効果レベルが上昇しました>
被弾しないまま攻撃回数が三百を超えるとオーラが青に変わる。恐らくそれ以降も効果レベルは上がると思うのだが──。
「グ、グギャ、ギャァ……」
バタン。
「三百と五十一、か。左手武器が手に入れば三百切れそうだな」
ホブゴブリンはそこまで保たなかった。初戦で千回以上攻撃しなければ倒せなかったのが半分以下になったのだから驚くべき効果だ。
「はい、ホブゴブリンちゃんお疲れ様。さ、ボス箱、ボス箱、と」
初めてチュートリアルダンジョンをクリアしてから一ヶ月程が経つが、装備ドロップの進捗としては防具が一式揃ったところまでだ。中々左手武器が手に入らない。と言うのも武器ドロップは極端に少ないのだ。
「初戦で右手武器が出たのは奇跡だったんだなぁ……」
今回出たボス箱を見てそんなことを呟く。青箱だ。装備品が入っている可能性は低い。かーなーり低い。だが、諦めたらそこで終了だという言葉を思い出す。親父がことあるごとにドヤ顔で言うセリフだ。
「頼むぞっ」
俺は右手を宝箱に押し当てる。するといつものようにピコンとポップアップウィンドウが出て、中身が表示される。
「ホブゴブリンの爪。……ハァ」
素材アイテム。これが現実のダンジョンではなくゲームであれば売ったり、トレードしたりで何かしらの対価を得られるだろうが、この魔王様のシステムは何を考えたのか、アイテムの譲渡、売買が一切できない。
素材は何に使うかって? 一応生産職のジョブスキルはあるのだ。但し、作っても使えるのは自分だけ。というわけで生産職ジョブスキルを持っていない者にとって素材は一番のハズレだ。
「ま、幸いなのはボスを討伐した人の武器系統がドロップすることか」
アイテムや装備を譲渡できない代わりに装備ドロップは宝箱獲得者の装備系統に依存する。このドロップ率で使ってもいない杖だの大剣だの斧だのが出た日には絶望しかないだろうから、せめてもの救いだ。
「だが、それにしても素材の確率高すぎるだろ」
俺の【アイテムボックス(仮)】の中身のそのほとんどが、ホブゴブリンの素材で、あとは最低品質の回復薬くらいだ。
「……俺が生産職ジョブを取ることができたら全身ホブゴブリン装備を何式か作れるだろうな。いやまぁ今も全身ホブゴブリン装備なのだが」
そう思い直して自分の姿を短剣に映して眺める。茶色く薄汚れた革の頭巾に、同じ素材でできた原始人が着てるような片方肩掛けの上衣。戦闘中にパンツが見えてしまうような革の腰ミノ。あと靴か袋か分からないような茶色い何かを両足に履いている。
「……フ。大丈夫だ。どうせ俺はソロ。見た目なんて気にしない。気にしない。ダンジョンオーバーの時までに次の装備を揃えればいいさ」
ダンジョンオーバーの時はダンジョン装備を装備して家族や戦えない人を守ることになる。それまでになんとかしなければ俺のあだ名は獅堂ゴブ巳になってしまうだろう。
「……よし、帰ってもう一周だ。なんとしても左手武器をドロップして次のカッコいいボスのいるダンジョンに潜らねば」
というわけで一応素材アイテムを【アイテムボックス(仮)】に保管し、帰還用の転移門に乗る。
「帰還っと」
ぺいっ。
いつもの世田谷ダンジョン施設のゲート前に吐き出された。
「おや、獅堂君おかえり。ボス箱はどうだい?」
「あ、山下さん。ハハ、いつも通り素材ですよ」
ぐるっと180度椅子を回して受付から声を掛けてくれたのはIDO職員の山下さんだ。毎日ここに通っている内に世間話をする程度の仲になった気のいいおじさんだ。
「それは残念だったね。でも後左手の武器だけだろ? この一ヶ月よく頑張ってるからきっとそろそろ出るよ……。なんて無責任なことは言わない方がいいか」
「いえ、大丈夫です。自分の
「……そうかい。でもソロは大変じゃないかい? ほら獅堂君みたいにまっすぐで頑張ってる子なら固定パーティも引く手数多だと思うんだけど、やっぱり……」
「えぇ、ありがとうございます。ソロの方が気楽だし、性に合ってるんですよね。相変わらずステータスは全然上がらないので、迷惑かけちゃうのは目に見えていますし」
レベル50を越えたがステータスは上がらなかった。かろうじて装備の分が上乗せされているだけだ。それに、パーティを組んだら経験値が貰えないという呪いも忘れてはいけない。
「……システムも残酷だね。いや、でも僕は獅堂君を応援してるし、もしパーティを組みたくなったら声を掛けてね。ルイーダの酒場ならぬ山下の酒場……って、獅堂君の歳じゃこのネタ分からないかな?」
「アハハ、その……すみません」
山下さんはこんな感じでちょくちょく冗談を交じえてくるのだが、かなりの頻度でジェネレーションギップが発生し、その度申し訳なくなる。
「ハハ、こちらこそすまないね。っと、すまない続きだが仕事のようだ。やぁ、一ノ瀬さん、久しぶりだねー!」
山下さんは突然、先ほどと同じように180度くるりと椅子を回すと受付カウンターで一ノ瀬さん(?)を対応するという仕事に戻ったようだ。
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